その288 ~ロバロ老人の陰謀~
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ここは王都の商業区画。
国の商業の中心地。経済の心臓とも言えるこの場所は、かつては「夜の無い町」と呼ばれ、二十四時間、常に人の流れが途絶えた事がなかった。
しかし、大モルト軍の侵略後は多くの商会が逃げ出し、最近ではすっかり閑散としていた。
「――と、思っておったが、存外、多くの者達が残っておったようじゃな。一体今まで、どこに隠れておったのやら」
屋敷のテラスから外を眺めているのは、目付きの鋭い初老の老人。
王都の――いや、この国の金融を牛耳る経済の巨人。オスティーニ商会商会主、ロバロ・オスティーニである。
ここからでは見えないが、塀の向こうの通りからは大きな喧騒が聞こえている。
大モルト軍の進軍を知った住人達が、算を乱して王都を脱出しようとしているのである。
「既に大モルト軍は目の前まで迫って来ておる。今更逃げ出した所で、どこにも逃げ場などありはせんわ」
そもそも、商業区画でさえこの有様だ。
避難民でパンパンに膨らんでいる一般区画の混乱は、ここの比ではないだろう。
そんな中を商品や家財道具、財産を積んだ荷車を引き連れながら逃げるなど、正気の沙汰とは思えない。
とても王都の外まで出られるとは思えなかった。
「それでも殺されるよりはましと一縷の望みを託しておるのだろうがな。一般区画に入った所で立ち往生して、暴徒と化した輩に根こそぎ奪われるのが関の山じゃわい」
コンコンコン。ノックの音が部屋に響いた。
ロバロ老人は部屋に戻ると窓を閉めた。
「入れ」
「失礼します」
部屋に入って来たのは、使用人の恰好をした上品な中年女性だった。
女性は慇懃な仕草で頭を下げた。
「我々使用人の家族までお屋敷に退避させるよう取り計らって頂き、ありがとうございました」
彼女の名前はロザンナ。父親の代からこのオスティーニ商会で働いている使用人である。
先日の騒ぎ――大モルト軍イリーガル部隊による襲撃の際、屋敷に残っていた多くの使用人達が犠牲となった。
ロザンナはその時の生き残りである。
現在彼女は、生き残った使用人達の中で最も古株だった事もあり、死んでしまった使用人頭の代わりを任されるようになっていた。
「子供達は無事じゃったか?」
「はい。夫と共に部屋で休んでおります。夫もロバロ様に大変感謝しておりました」
ロバロ老人はチラリと背後を――窓の外を振り返った。
「外はあの有様じゃからな。構わん」
ロザンナは既婚者で子供も二人いる。夫は革職人で、家は商業区画の外れ、一般区画との境の辺りに住んでいる。
使用人の多くがロザンナ同様その辺りか、更に家賃の安い一般区画に家を借り、そこからこの屋敷に通っていた。
現在一般区画は、大モルト軍が王都に向けて動き出したと知った住人達によって、パニック状態に陥っている。
ロバロ老人は、混乱に巻き込まれる前に、使用人達に家族をこの屋敷に避難させるように指示していた。
「この屋敷におる限り安全じゃ。もし足りない物があれば屋敷の備蓄から出させろ。妙な遠慮はするなよ。この騒ぎがいつまで続くか分からん。ずっと不自由な思いをし続けるのも馬鹿馬鹿しいからの」
「ありがとうございます」
頭を下げるロザンナに、ロバロ老人は「うむ」と小さく頷いた。
(とはいえ、果たしてこの屋敷がどれだけ安全かどうか。大モルト軍の指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロはまともな為政者である。と、ワシは見ておるが。まっとうな感覚を持つ者であれば、王都の金融を支えるオスティーニ商会の屋敷に押し入るはずはない。じゃが、先日、屋敷に押し入られた件もある。感情に振り回され、過激な行動に出やすい輩なのかもしれんな)
ロバロ老人は、新家アレサンドロ当主、ジェルマンの人となりを推し量り、深く考え込んだ。
実は先日の襲撃事件は、ジェルマンの意志というよりも、大モルト軍諜報部隊の中の実働部隊、”棘”部隊の暴走と言っても良いものなのだが、当然、そんな大モルト軍の内部事情をロバロ老人が知るはずもなかった。
(こんな事になるなら、バルトナの言葉に従い、空中庭園の仕掛けで始末しておくべきじゃったか。いや。仮にあの時点でジェルマンを排除出来たとしても、こちらの情勢が整っていなかった以上は無駄な事。あれはあれで間違いではなかった)
王都の寄せ場の元締め、ドン・バルトナは、コラーロ館に潜入させていた部下から、ジェルマンが館の空中庭園で将軍達の労をねぎらうための宴を開くという情報をキャッチした。
ドン・バルトナは「今こそ大モルト軍の幹部を一網打尽に出来るチャンスだ」とばかりに作戦実行の――空中庭園崩落の――指示を出そうとしたが、ロバロ老人は「まだその時ではない」と彼を止めたのである。
驚いたドン・バルトナは、どうにかしてロバロ老人を説得しようとしたが、ロバロ老人は頑として譲らなかった。
結局、ドン・バルトナが折れる形となったが、彼は最後まで納得していない様子だった。
(本当の事を言ったら、あヤツは計画から降りてしまったじゃろうからな)
ロバロ老人の計画。
それは空中庭園の仕掛けを使ったジェルマン・新家アレサンドロの抹殺――ではない。
本当の狙いはこの国を裏切り、ジェルマンについた領主達。
そう。ロバロ老人の目的はこの国の領主達の抹殺だったのである。
実はロバロ老人は、密かに領主の息子達に――正妻の子ではない庶子や、家を継げるチャンスのほとんどない三男、四男に――金をばらまき、自分のシンパを増やしていた。
領主が死ねば、彼らはロバロ老人の後押しの下に跡継ぎとなっている兄達を退け、新たな領主となる計画になっている。
そのための下準備は着々と進んでいた。
全てはこの国を大モルト軍から取り戻すため。
弱腰な現領主勢力を排除する狙いがあった。
勿論、彼らの中には口先だけロバロ老人に従っている者もいるだろう。しかし、彼ら程度の器量では、共犯者であり、自分達の後ろ盾となっているオスティーニ商会を裏切る事など出来はしない。
ロバロ老人は彼ら地方領主達の連合軍の力を使って、大モルト軍に反旗を翻すつもりだったのである。
(そのためにはどうしても旗頭が――陛下のご威光が必要。どうにかお助けせねばと思っていた所にサバティーニ伯爵の陛下救出計画を聞かされ、渡りに船とばかりに飛びついたのじゃが・・・それが早計じゃったか)
本来であれば、準備にはもっと時間をかけるつもりだった。
しかし、サバティーニ伯爵の計画が上手く行けば、国王バルバトス陛下を大モルト軍からお救いする事が出来る。
そう思ったロバロ老人は、拙速と知りつつも伯爵の計画に乗ってしまったのである。
結果としてサバティーニ伯爵の計画は失敗。
更に不幸というのは重なるもので、頼みの綱だった空中庭園の仕掛けまでもがなぜか暴発。空中庭園は跡形もなく崩壊してしまったという。
こうしてロバロ老人の企みは、一夜にして水泡に帰してしまったのであった。
(所詮、ワシは商人。軍事などという専門外の分野に手を出したのが間違いじゃったか。いや。まいた種が全て失われたという訳ではない。それに今回の一件で新たな繋がり――亜人との繋がりも出来た)
大モルト軍の諜報部隊――その一部隊をたった一人で殲滅した凄腕の密偵、月影。
あの怪物と繋がりを持てたのは、今回の一件の中でも数少ない幸運だった。
(まだ何に使えるかは分からんが、あの規格外の男は――いや、亜人達は、こちらに取り込んでおく必要があるじゃろう)
月影を味方に付けるためには、彼の主人を、女王クロコパトラを味方に付けるのが一番確実だ。
たった一人の密偵を取り込むために、亜人の集落を丸ごと取り込む。
そう言われてしまえば正気を疑いかねない言葉だが、王都の金融を牛耳るロバロ老人にとっては、小さな山村一つを支援する程度は大した出費では無かった。
(それよりも先ずは目先の大モルト軍の進軍を乗り切る事じゃな。ジェルマンがこの国の支配を目論んでいると思われる以上、こちらから協力を申し出れば、悪いようにはならんじゃろう。ふむ。あるいはこれを機に地方の町に手を広げるのも良いか。今後の事を考えれば、王都に財産を集中させている今までのやり方は危険度が高いしな)
ロバロ老人の愛国心はまだ潰えていなかった。
今は雌伏の時。
いずれ立ち上がるその時を見越して、種を撒き、育てていく。
そんな我慢の時間。
自分の考えに沈み込むロバロ老人を、屋敷の使用人頭のロザンナは――大モルト軍諜報部隊の”根”。”松葉”のコードネームを持つ諜報員は――黙ったままジッと見つめているのだった。
これで『第八章 陰謀の湖畔編』は終了となります。
次の章は他の小説を切りの良い所まで書き上げ次第、取り掛かる予定です。気長にお待ち頂ければ幸いです。(その間に私の他の小説を読んで頂ければ嬉しいです)
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