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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第八章 陰謀の湖畔編
290/518

その287 ~華燭《かしょく》の宴~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 舞台はパルモの地より北に馬車で約一日。この国の王都アルタムーラ。

 王城や貴族街では連日連夜、貴族達によるパーティーが行われていた。

 彼らは全て領地を持たない宮廷貴族達。つまりは王家から俸給を得て生活している者達である。

 現在、この国はジェルマン・”新家”アレサンドロの指揮する大モルト軍の侵攻を受けている最中にある。

 明日をも知れぬこの危機的状況に、国の中枢を担う者達が遊びにうつつを抜かしていて大丈夫なのだろうか?

 否。こんな状況だからこそ、彼らはパーティーを開いているのである。

 王都から逃げ出しても行くあてもない彼らは、同じ立場にいる仲間同士で身を寄せ合う事で、迫り来る恐怖から目を反らしているのである。

 いや違う。彼らは目を反らしているのではない。現実を忘れたいのだ。

 だが、いくら彼らが見ないようにしようが――あるいは忘れようとしようが、大モルト軍という脅威が消えてくれる訳ではない。

 華燭(かしょく)の宴は続く。

 ラスト・デイ。

 全てが終わってしまうその日まで。

 それはまるで、消えかけの蝋燭の最後の灯のように華やかで――そしてただひたすらに空虚だった。




 ここはそうした宮廷貴族達のパーティーの一席。

 きらびやかな広間。着飾った貴族達に招かれた豪商達。そしてテーブルに並んだ豪華な料理の数々。

 今回パーティーに掛けられた金額だけで、現在、王都にあふれる避難民全員が満腹出来るだけの炊き出しが行えるに違いない。

 今日のパーティーは、最新のニュース――国王バルバトスの救出作戦の話題で持ち切りだった。


「いやあ、久しぶりに胸のすく思いがしましたぞ」

「ええ。残念ながら失敗こそしたものの、新家の若当主もさぞや肝を冷やしたことでしょう」


 大モルト軍に囚われの身となっているバルバトス国王とイサロ王子。二人を救出するためにサバティーニ伯爵はロレンソ将軍を現地に遣わした。

 そして昨夜。遂に救出部隊は国王の幽閉されている館を強襲したのである。

 その一報が王都にもたらされるや否や、宮廷貴族達の間にざわめきが走った。

 国王軍の敗戦後、ずっと暗く淀んでいた空気の中で、久しぶりにもたらされた頼もしい知らせ。このニュースに、誰もが「もしや」と熱い期待を胸に抱いた。

 固唾をのんで続報を待ったものの、残念ながら作戦は失敗。

 館への突入までは成功したが、既にバルバトス国王の身柄は別の場所に移されていたのである。

 国王救出部隊は大モルト軍に取り囲まれ、壊滅。

 部隊を指揮していたロレンソ将軍は討ち死に。副官のルーファス隊長は重傷を負って動けなくなった所を捕虜となったのであった。


「ロレンソ将軍も拙速でした。兵を動かす前に、陛下がその館にいらっしゃるかどうか、確認をしておくべきでしたな」

「左様、おっしゃる通り。この一件で大モルト軍にも警戒されてしまったでしょうし、今後の救出作戦はかなり厳しくなりますぞ」

「いやいや、下手に探りを入れて計画自体が漏れては元も子もないでしょう。勝敗は兵家の常。今回はたまたま運が大モルト軍に味方しただけで、将軍は上手くやったと思いますがね」

「それにしても、指揮官のジェルマンの殺害に失敗してしまったのが惜しまれる。こんな好機はそう何度もないだけに、返す返すも残念でならない」


 参加者達は、自分達は指一本、動かしてもいないくせに、作戦をあげつらっては勝手な事ばかりを言い合った。

 その内容もいい加減なもので、「今後の救出作戦が厳しくなる」も何も、そんな計画を誰が立てているんだ、とか、「下手に探りを入れては計画が漏れるおそれがある」も何も、とっくに計画は露呈していて、国王の身柄は百勝ステラーノことロドリゴ・ステラーノの指示で別の場所に移されていただろうとか、「ジェルマンの殺害に失敗」も、こちらの作戦を計画したのは”ハマス”・オルエンドロであって、サバティーニ伯爵ではないだろう、などと、いちいち上げていけばキリがない。


 なぜ、彼らの間ではこんなにも事実とは異なる情報が乱れ飛んでいるのだろうか?

 理由は簡単だ。彼らは知り得た情報を、主観というフィルターを通して自分にとって耳障りの良い形に――都合の良い形に再構築。その上で、妄想や願望で歪められた情報を、同じ価値観を持つ者同士で持ち寄り、共有し合っているためである。

 彼らはウソをついているつもりもなければ、間違った話をしているという自覚もない。

 これらは全て、彼らが「こうであれ」と願う話であって、「こうであって欲しい」と信じたい幻想なのだ。

 いつしか、話には尾ひれはひれが加わり、ロレンソ将軍の一連の働きは、「国王と王子をあと一歩の所で救出出来る所だった」「ジェルマン・”新家”アレサンドロの首を落とす寸前まで肉薄した」「大モルト軍はロレンソ将軍の勇猛な活躍に心胆寒からしめられた」などと、大袈裟に誇張されるようになっていった。


「せめて計画の半分は上手くいって、イサロ殿下だけでもお救い出来ていれば良かったのですが」

「確かに。四賢侯の一人、ルジェロ将軍の薫陶の(あつ)い殿下さえおられれば、数が半分に減った大モルト軍など恐るるに足らぬものを」

「そうとも。王都に残った騎士団と王都に逃れて来た平民共を義勇兵とすれば戦力としては十分。それを僅か一万の手勢で大モルト軍の別動隊、四万と互角の戦いをされたイサロ殿下が指揮すれば、正に鬼に金棒。大モルト軍とて何するものぞ」

「おおっ! 初戦の敗北からの逆転勝利。これは正に、殿下の名を知らしめる事となった、アマーティの勝利の再現ですな!」


 アマーティの勝利とは、クロ子の戦争初参加にもなった、隣国との緩衝地帯の隘路(あいろ)アマーティで起きた戦いである。

 この時イサロ王子は、村の少年ルベリオの考えた作戦を採用し、ロヴァッティ伯爵家ドルドの追撃部隊をこの地で返り討ちにしている。

 王子が一躍、次期国王の後継者争いに加わる結果となったこの戦いだが、周囲の評価とは裏腹に、王子自身は初戦の大敗もあって勝ち戦とは考えていなかった。

 ちなみに、「せめて計画の半分が上手くいっていれば」との言葉だが、ロレンソ将軍がサバティーニ伯爵から命じられていたのは二点。

 一つは言うまでもなく、国王バルバトスの救出だが、もう一つは救出のどさくさに紛れてのイサロ王子の抹殺である。

 もし、彼が言うように半分上手くいっていれば、イサロ王子は既にこの世にはいない事になる。

 口にしている本人は本気で悔しがっているようだが、実は両方失敗した事で彼が期待しているイサロ王子の命は失われずに済んだのであった。


「それにしてもグレシス様にこのような計画を実行する気概がおありとは。失礼ながら見誤っておりました」

「左様。亡くなられた四賢侯、先代のサバティーニ伯爵には大きく見劣りするとの声もございましたが、どうしてどうして」

「窮地に立たされた時にこそ、その者の器量が輝く、と申しますが、グレシス様は逆境でこそ力を発揮するタイプなのかもしれませんな」


 その時、一人の貴族が慌てて広間に駆け込んで来た。


「皆さん! サバティーニ伯爵の馬車が到着しました! グレシス様がいらっしゃいましたぞ!」

「おおっ! 待ちかねましたぞ!」

「我らの英雄をお迎えしませんと!」


 全員が期待を胸に見守る中、やがて広間に一人の男が現れた。

 四十がらみ。もみあげまで繋がった頬ひげ。大柄な、良く鍛えられた体。彫りの深い男らしい顔。

 サバティーニ伯爵家現当主、グレシス・サバティーニであった。

 話題の人物の登場に、会場は歓喜の渦に包まれた。

 貴族達は少しでもグレシスの覚えを良くしようと、次々に挨拶に訪れる。

 グレシスはそんな来客者を適当にあしらいながらも、内心で大いに満足していた。


(計画が失敗したと聞かされた時には絶望したものだが、いやいやどうして。俺の目的は果たせたようだな)


 グレシスは決して愛国心のためだけに、危険を冒して国王救出作戦を実行した訳ではない。

 流石に愛国心が全く無いという事はないが、そのほとんどは名誉欲のため。

 国王バルバトスを旗頭に立て、自らが貴族社会の中心人物となるためであった。

 彼がロレンソ将軍にイサロ王子を抹殺するように命じたのも、自分以上に人心を集める王子の存在がジャマになると予想したためである。

 結果として国王の救出は失敗。ロレンソ将軍まで失うという最悪の事態となってしまったが、瓢箪から駒。

 見ての通り、貴族社会の話題と尊敬を一身に集める事には成功したのだった。


(見ろ、コイツらの顔を。どいつもこいつも、この俺の歓心を買おうとこびへつらっている。偉大な父に比べて、その息子は無能だ凡人だと、ずっと俺を見下して来たヤツらがこれだ。何とも胸のすく光景じゃないか)


 確かに国王の救出作戦は失敗した。

 しかし、結果としてはそれで良かったのかもしれない。

 もし、国王が無事に戻っていたなら、グレシスに浴びせられる称賛は今よりも大きな物になっていただろう。

 だが、それも一時の物。すぐに風化して、みんな国王バルバトスに付き従うようになっていたに違いない。

 しかし、作戦が失敗した事で――国王が戻らなかった事で状況は変わった。

 彼らが頼るべき相手は自分しかいない。

 王都に残った貴族で唯一、大モルト軍を恐れず、敢然と行動を起こしたこのグレシス・サバティーニに従うしかないのである。


「遅れて済まなかった。不本意ながら今まで王城で宰相から根掘り葉掘り事情を聞かれていたのでね」


 王城に唯一残った四賢侯。宰相ペドロ・アンブロスは、現在も大モルト軍ジェルマンとの厳しい交渉を続けている。

 当然彼は、無断で大モルト軍と事を構えたグレシスを厳しく糾弾した。

 グレシスはこの場では恰好を付けて平気な顔をして見せているものの、王城ではひたすら平謝りに徹していたのである。

 しかし、グレシスの言葉に、貴族達は不愉快そうに眉をひそめた。


「大モルト軍の顔色を窺うばかりの宰相が何を偉そうに」

「左様。あれで陛下と同じ四賢侯とは嘆かわしい」


 宰相ペドロは、元は外交官としてこの国の外交政策を主導する立場にあった。

 しかし、前宰相サバティーニの急逝によって、国王バルバトスから乞われる形で宰相へと就任。以後はずっと国に留まり、国内政策に尽力して来た。

 本来、他国との交渉は、彼が最も得意とするもの。彼の持つ本来の能力を生かす仕事である。

 ペドロ宰相は難しい状況の中、良くタフな交渉を続けていた。

 しかし、そんな宰相の努力も、宮廷貴族達の目には卑劣な侵略者にこびへつらう弱腰な外交に映っているようだ。


「真にこの国の事を考えているのはグレシス様しかおられません」

「宰相も四賢侯の名をグレシス様にお譲りし、引退された方がこの国のためであり、本人のためにもなるであろうな」

「おお。すると親子二代で四賢侯となるのか。これは素晴らしい偉業となりますな」


 多分にへつらいもあろうが、貴族達はペドロ宰相をこき下ろし、逆にここぞとばかりにグレシスを褒め称えた。

 そのせいでグレシスは益々いい気分になった。

 グレシスは広間に作られた舞台の上に上がると全員を見回した。


「みんな聞いてくれ!」


 グレシスの男らしい声は大きな広間の隅々にまでよく届いた。


「確かに今回、俺はバルバトス陛下をお救いする事は叶わなかった。更には――ここだけの話だが、宰相からは可能な限り努力はするが、大モルト軍から要請があればこの俺の身柄を引き渡す事になるかもしれない。その覚悟はしておくようにとも言われている」


 来客者達から小さな悲鳴と、それにも増した怒りの声が上がった。


「グレシス様は王家に忠義を尽くしたのだぞ! その英雄に対して何という裏切りだ!」

「そうとも! 宰相は何かしたのか?! まるで御用商人のように大モルト軍の所にはせ参じて頭を下げているだけではないか!」

「宰相が王家の忠臣を大モルト軍に差し出すというのなら、俺達は断固として戦う!」

「左様! 我らの心はグレシス様と一緒だ!」


 グレシスは胸に熱いものがこみ上げて来るのを感じた。

 偉大な父の凡百な息子として軽んじられて来た長い年月。その苦労の全てがこの瞬間に報われた気がした。

 そうだ。自分は無能などではない。単に他人に才能が理解され辛かっただけ。あるいはほんの少し人より遅咲きだっただけなのである。

 ようやく周囲が自分の価値に気付いてくれた。

 これから新しい人生が始まる。

 今までのような屈辱と理不尽に満ちた、暗く曲がりくねった道ではない。

 明るい光に包まれた真っ直ぐな道。成功へと続く勝利者の道を歩み始める日が来たのである。


「みんな! 俺はここに誓う! 俺の命がある限り、必ずしやこの国から――」

「大変だ!」


 しかしグレシスの言葉は、突然の叫び声によって遮られた。


「大モルト軍が王都に向かっているそうだ! 既に町は大騒ぎになっているぞ!」

「なんだって?!」


 今までの興奮から一転。会場は絶望の悲鳴で埋め尽くされた。

 腰が抜けてしまったのか、力無くその場に座り込む者。慌てふためいて会場から逃げ出す者。ショックのあまり気を失う夫人達。

 広間は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


「そ、そうだ! グレシス様! 今こそ立たれる時ですぞ!」

「グレシス様! 我らに指示を!」


 グレシスの近くにいた貴族達が振り返った。

 しかし、グレシスは呆然と立ち尽くすだけだった。

 この時期に大モルト軍が動いた理由。それは――


(俺が大モルトを招いてしまったのか?! 大モルト軍は俺を捕らえるためにやって来るのか!)


 人生の頂点から絶望へ。

 グレシスはようやく自分が火薬庫の中で危険な火遊びをしていた事に気付いたのである。

 いや。ここにいる宮廷貴族達全員が、自分達がずっと目を反らし続けて来た現実に直面したのであった。

次回でこの章が終わる予定です。

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