その286 メス豚と新家アレサンドロ
遂にこの時が来た。
大モルト軍指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロとの対談。
(この話し合いで私ら亜人の村の未来が決まる!)
そう気合を入れて挑んだ私(※クロコパトラ女王)だったのだが・・・。
意外な事に終始会話は事務的に、驚く程に淡々と進んでいった。
「――戦いに参加する条件に、東のメラサニ山を亜人の領地として認めると、イサロ王子の名で彼の部下のラリエール男爵が約束したのか。ならば王子本人にも確認を取る必要があるだろうな。ああ、その時の契約書があるのか。見せてくれ」
考えてみれば当然か。
私にとってみれば、自分達の未来がかかった大一番。
しかしそれは、今回、ジェルマンに呼び出された全ての領主にとっても同じ事なのだ。
大モルト軍という征服者の前では、領主であろうが、亜人の村の代表であろうが、等しく支配される立場に過ぎない。
むしろ失う物の多い領主達の方が、私らよりも必死の覚悟でこの会談に挑んだに違いない。
ジェルマンはそんな領主達の相手をして来たのだ。
この事務的な対応も仕方がないというものだろう。
ジェルマンの言葉に、私は事前に用意しておいた契約書を――ショタ坊と交わした契約書を――取り出した。
私がショタ坊と交わした契約。
それは、イケメン王子軍に加わり、大モルト軍と戦う代わりに、メラサニ山を亜人の領地として認めてもらう、というものだった。
ああ、それと人間との交易のために、麓の村の所有権も頂くという条件も付け加えていたっけ。
今考えると、あの時は状況も状況だったとはいえ、随分と強気に吹っ掛けたもんだな。
こんな条件を呑んだショタ坊もショタ坊だが。
「これがその契約書か――むっ。なぜカルトロウランナの文字で書かれているんだ?」
ジェルマンは契約書を手に取ると眉間にしわを寄せた。
彼はお爺ちゃん武将こと百勝ステラーノに振り返ったが、お爺ちゃん武将はお手上げとばかりにかぶりを振った。
「ワシは新言語の文字しか読めません。カルトロウランナ文字など、とてもとても」
「ふむ。俺は多少、読めないでもないが、この契約書は随分と古めかしい文言で書かれている。読み間違いがあってもいかん。右筆(※秘書官)の中にカルトロウランナ文字に詳しい者がいたはずだ。そいつを呼べ」
お爺ちゃん武将は廊下に出ると、立哨中の警備兵に件の右筆とやらを呼びに行かせた。
てか、カルトロウランナって、確か大モルト、アマディ・ロスディオ法王国に並ぶ、この大陸の三大国家の一つだよね。
この契約書って、そのカルトロウランナ王朝の文字で書かれているって事?
このサンキーニ王国で使われている文字じゃなくて?
一体、何でそんなややこしい事になってる訳?
ええと、ちょっと待て。一度、状況を整理しようか。
この契約書を作ってくれたのは水母である。
私はこの世界の――この国の――文字なんて知らないからな。
正確に言えば言葉自体を知らないのだが。
いや、お前、普通に言葉を喋っているじゃないか、って?
実はこれ、無意識に発動している翻訳の魔法によるものなのだ。
だから私はこの国の言葉を知らない。言葉を知らなければ文字だって分からない。当たり前である。
さて。水母は私が彼の管理する施設に――魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターに訪れるまで、一万年もの長きに渡り、ずっと人類との接触を持たなかった。
この何でも出来るスーパーコンピューターは、ショタ坊の持っていた本をコッソリ盗み読みする事で、この国の文字を学習したのである。
・・・・・・。
ああ、そういう事か。
名探偵クロ子。謎は全て解けた。
つまりこれはアレだ。多分、ショタ坊の持っていた本がカルトロウランナ王朝で出版された物だったのだ。
何でショタ坊が外国の本を持っていたのかは分からないが、水母が覗き見したのがたまたまその本だったと。
そして水母は、その本に書かれている文字がこの国で使われている文字だと勘違いしてしまったのである。
いや待て。この国で使われている言葉と、外国の文字とでは言葉も文章も違っているんじゃないか?
いくら水母が魔法科学文明の残したスーパーコンピューターといっても、本一冊で、しかも短時間で、外国の文字をマスター出来る訳は・・・って、思い出したわ。
確かあの時水母は、「データバンク上にある文字と類似点が多い」的な事を言っていたはずだ。
一万年前の魔法科学文明で使われていた文字と似ていたから、すぐに覚えられたとか何とか。
なる程、なる程。つまりはこういう事か。
たまたまショタ坊はカルトロウランナ王朝で出版された本を持っていた。
そしてたまたま、水母が覗き見したのがその本だった。
そしてカルトロウランナの文字は、水母にとってなじみの深い、前文明の様式に近かった。いや、違うな。前文明の様式を残す物だったのだ。
だから水母は短時間で理解出来た、と。
ていうか、ものスゴイ偶然もあったモンだな。
こんなピタゴラス〇ッチ的な偶然なんてホントにある訳?
正に事実は小説より奇なり。
私が驚きの偶然に気付き、納得している間に、気難しそうな初老のオジサンが部屋に入って来た。
どうやらこのオジサンがさっき話に出ていた右筆らしい。
オジサンは「失礼します」と言って契約書を受け取ると、そのまま部屋を出て行った。
どうやら別の部屋でこの国の文字に翻訳してくれるようだ。わざわざすまんのう。
「要求は分かった。調べてはみるが、契約書もあるし、そう面倒な事にはならんだろう。以後はこの国の王家に代わり、俺が契約を引き継ぐ事になる。ただし、領地問題はその土地を所有する領主との兼ね合いもある。なるべくそちらの要望に沿うようにするが、全てが望みどおりになるとは思わないでくれ」
えっ?! マジで?! それって、私らの要求が通ったって事?
何の見返りもなく、大モルトが亜人のために動いてくれるのか?
最悪、「俺達の知らない事だ」と突っぱねられるのも覚悟していたので、意外とアッサリ話がついてビックリなんだけど。
ホントのホントに信じちゃってもいいの?
上手い話過ぎて現実感がないというか。
上げて落とす的なドッキリじゃないよね?
後で知った事だが、当主の仕事はほとんどが裁判官のようなものらしい。
中でも、土地境の問題と川の利水問題は、取った取らないの水掛け論になり易く、特にこじれやすいんだそうだ。
けど私らの場合は、相手がこの国の王族であり、書類もちゃんと残っている事。それに場所も利用価値の低い国境近くの山とあって、比較的スムーズに話が通ったようである。
「まあ、当然っちゃあ当然だな。支配者が、”自分こそがこの国の支配者である”と周囲に知らしめるためには、功績のある者に恩賞を与え、罪を犯した者には罰を与えなきゃならねえ。この国の支配権がサンキーニ王家からジェルマン様に代わった以上、この国の者達に不満や叛意を抱かせないためにも、ジェルマン様は例え相手が亜人だろうが、ちゃんとした証拠のある契約なら履行する必要があったって訳さ」
とは、後に私の話を聞いたメイドハーレム男、マルツォの言葉である。
ジェルマンは「さて」と私に向き直った。
「詳しい話は後で担当の部下と詰めて貰うとして、亜人を国民として認めるのならば、相応の税を納めて貰わなければならないのは分かるな?」
まあそうなるわな。
ぶっちゃけ、現代人の感覚では、税というよりはみかじめ料的なイメージなんだが。
だって貴族達は、どうせ搾り取るだけ搾り取って、自分達の贅沢な生活に使うだけだろうからな。
貴族とヤクザの違いは、国がバックに付いているかどうか。(偏見)
ヤクザと違って貴族は多少は国民の生活のために還元してくれるかもしれないけど、それだって大して期待は出来ない。
どうせ中抜きされまくりで、末端に届く頃には微々たる額になってるだろうし。
ましてや私ら亜人が住んでいるのは山奥の貧乏村。
生活するのもやっとで、日照りやら冷夏やらで予定より収穫量が減れば、冬を越すために口減らしとして子供や年寄りが間引かれる程である。
知識チートを持った転生者、パイセンによる農業改革で、昔よりは多少は改善されてはいるようだが、それでも貧乏村である事に変わりはない。
一応、お金を得るために色々と試してはいるが(例えば、紙作りだったり、コスメ作りだったり)、実際に人間側の商人と取引をしてみないと、これがどの程度の収入になるかは分からない。
私にパイセンみたいな知識チートがあればなあ。
「山奥の貧乏村ゆえ、多くは支払えぬぞ」
「分かっている。俺が聞きたいのは租税ではなく、夫役の事だ」
なる程、律令制度か。
律令制度における平民の義務は調と役。あるいは租税と夫役だ。
租税は地租。土地にかかる税金の事だ。いわゆる年貢というヤツだな。その土地の生産量に応じて支払額が決められているそうだ。
夫役は労働で納めなければならない税金だ。具体的には兵士として徴集されたり、宮殿を作る際に人工として働いたりなどの肉体労働の義務を言う。
昔、ショタ坊とショタ坊村の住人が、イケメン王子の軍に輜重部隊として参加したのもこれだな。
「妾達に傭兵になれと?」
「サンキーニ王家とはそういう契約を結んでいたのだろう?」
まあ、そうなんだけど。
とはいえ、あの時はそれぐらいしか――戦力として売り込むしか――亜人の村の必要性を売り込む手段がなかった。
今日の会談で、亜人の村を国に認めさせる、という当初の目的は果たしたので、今後は積極的に危険な戦場に行く理由は無くなったとも言える。
とはいえ、さっきも言ったが、亜人村は貧乏だ。
傭兵として活動する事で租税をまけてくれるなら、非常に助かるのも事実である。
しかし、これ以上、国同士の戦争に関わるのはなあ。
今回、負け側についてしまった事で、随分と危ない橋も渡ってしまった。
当分は勘弁かなあ。
正式に村として認められた事で、今後は人間の商人との取引とか、色々やらなきゃいけない事もあるし。
「晴れてこの国の一員となった以上、協力したい気持ちはやまやまじゃが、冬を越す支度もあるのでな。すぐにはムリじゃな」
「ふむ。山奥に住んでいるのなら、冬の雪は確かに厳しいか。では、この話の続きは春になった時にする事にしよう」
あれ? 言葉の選択をミスった?
失礼にならないように、無難な理由を口実にしたつもりだったんだけど。
いや、大モルト軍が、たかだか百人そこそこの亜人小隊を本気で必要としているはずもないか。
という事は社交辞令? 偉い人のリップサービス? また今度誘って下さいね、と言われて別の機会に誘ったら、「えっ? マジで?」みたいな反応をされるというアレ?
ううむ。分からん。
「よしなに」
うん。その時になってから考えよう。
こうして大モルト軍指揮官、ジェルマンとの会談は三十分ほどで終わった。
成果は十分に満足いくものであったし、私はホッと胸をなでおろした。
そんな私と違って、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は不満だったようだ。
中でも大男のカルネは、「たったこれだけ?! こんな短い話のために、俺達は遠路はるばるこんな所までやって来た上に、家の中で何日も待たされたのかよ!」と言って憤慨していた。
いやいや、会談の時間が長ければいいってもんじゃないだろう。
てか、その長い時間、誰がお偉いさんと差し向かいで話をすると思っているんだ?
同じ成果が出るのなら、話し合いなんて短ければ短い程いいじゃないか。




