その285 メス豚、いよいよその時が来る
コラーロ館の四つの建物。その中心となる本館? の一室に、私達クロコパトラ女王一行は通された。
ここは以前、アンナベラと対談した時とはまた違う部屋だ。
この建物にはこんな部屋がいくつもあるのだろう。
なんとも贅沢な事で。
「チッ、ようやくかよ。なんだか随分と待たされたな」
「カルネ!」
案内役の使用人が部屋を出て行き、私達だけになると、傷だらけの亜人の大男――カルネが思わずといった感じで舌打ちをした。
そんなうかつなカルネを、クロコパトラ歩兵中隊の副官、ウンタが鋭くとがめた。
「ここは大モルト軍の館だ。どこで誰が聞き耳を立てているか分からない。うかつな事を口にするな」
「わ、悪い。けどよ。俺達を呼び出しといて、もう何日もほったらかしだったんだぜ? ちょっと酷すぎやしないか?」
そう。ようやく私は、大モルト軍の指揮官に――この国を支配する最高権力者からの呼び出しを受けたのだ。
ここまで長かった。
思えば、ショタ坊と契約を結び、イケメン王子軍に参加したのも、メラサニ山で大モルト軍別動隊と戦ったのも、全てはこの日、この時のため。
人間達に、亜人にも戦う力があるという事を見せつけ、更には軍事同盟の約束を守る事で、亜人は契約を守るという事実を証明する。そのために犠牲を払ってまで戦って来たのだ。
長く厳しい戦いだった。
何度も「本当にこれでいいのか?」と自問自答を繰り返して来た。
全てはこの場を作るためだけに――人間サイドの最高権力者と差し向かいで話し合える場を作るためだけに――行って来た、と言っても過言ではないだろう。
いよいよその時が――念願の時がやって来たのだ。
「二人共落ち着いて。人間達の社会で亜人が差別されてる事なんて、とっくに知ってたでしょうが」
今日は例の騒ぎがあってから三日後。私らがこのパルモの町に来てから数えると、優に十日以上は経っている。
私は領主夫人を集めたお茶会にお呼ばれしたり、勝手に無断で館に忍び込んだりしていたけど、その間、カルネ達クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、ずっと館に閉じこもってたのだ。
カルネが苛立つ気持ちも理解出来なくはなかった。
「これでも、まだ早い方だと思うわよ。私の見立てでは、後半月は放置されてたと思うから」
「マジかよ・・・」
私がふとした思い付きで行った、メイドハーレム男、マルツォの治療。
どうやらあれが館の警備隊長にバレたらしく、「亜人の密偵が入り込んでいただと?! どういう事だ!」と、大騒ぎになったらしい。
そういや最後に口止めしとかないと、とか思ってたけど、すっかり忘れてたわ。
いや、なんかいい感じに会話が終わっちゃったもんで、つい、ね。
後で私から説明を聞いたウンタ達には盛大に呆れられてしまった。
く、くそう。下手な情け心なんて出すんじゃなかったわい。
しかし、人間万事塞翁が馬。世の中何がどう転ぶか分からない。
その話を聞いた大モルト軍指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロが「そういえばそんなヤツらを呼んでいたっけ」と、私らの事を思い出したのだ。
いや、さすがに本気で忘れていた訳ではないだろうが、色々あって後回しにしているうちに、うっかり失念していたらしい。
奥さんから話を聞いてなかった訳? アンナベラも案外頼りにならねえな。
密偵の件の確認もしたいし、マルツォの治療の礼も言いたい。との事で、急遽、私達との面談が予定されたのだった。
情けは人の為ならず。
やっぱり、人助けをしておいて良かったよ。
「失礼します」
使用人が入って来ると、テーブルにお茶の準備を整えた。
私の前に一つと対面に二つ。こちらはカルネとウンタの分だろうか?
「従者の方々は控室でお待ち下さい」
「ああ、分かった」
「じゃあな。クロ子――パトラ女王」
使用人は二人を連れて部屋を出て行った。
ならばこのお茶は誰のもの?
それから一分もしないうちに、二人の男が部屋に入って来た。
一人は青年実業家といった感じの、目付きの鋭い若い男。
もう一人はいかにも武将といった感じの、白髭のやたらとガタイの良いお爺ちゃん。
私はこの二人を良く知っている。
当たり前だ。
なにせこの何日間、何度もこの館に忍び込んでは、彼らの会話に聞き耳を立てていたんだからな。
「待たせたな。俺がジェルマン・アレサンドロ。大モルト軍の指揮官だ」
そう。彼の名はジェルマン・アレサンドロ。この大モルト軍の指揮官であり、”新家”アレサンドロの若き当主であった。
ジェルマンは私の方を見ると、ハッと目を見開き、その場に立ち尽くした。
なんぞ?
疑問を覚える私。直後に今度はお爺ちゃんの方が自己紹介をした。
「ワシはロドリゴ・ステラーノ。そのほうの部下にはワシの孫が世話になったようじゃな」
お爺ちゃん武将の名はロドリゴ・ステラーノ。七将とかいう大モルトでは有名な武将の一人で、”百勝”の二つ名で知られているらしい。
てか、良いよね。二つ名。
蒼き狼(※モンゴル帝国を築いた英雄チンギス・ハン)とか、甲斐の虎(※言わずと知れた戦国武将、武田信玄)とか、二刀流(※日本人メジャーリーガーの大谷翔平)とか、畑のお肉(※大豆)とか。
ん? 最後のは違うか。
私もこの国では魔獣とか呼ばれているらしいけど、これってあくまでも名称であって、二つ名と言っていいかはちょっと微妙だし。
かと言って、自分で付けるのもなんだかなあ。こういうのって自然にみんなから呼ばれるからこそ趣があるのであって。
ちなみに先程の「畑の肉」という大豆のフレーズ。これは、元々ドイツで生まれたモノなんだそうだ。
アメリカでは「大地の黄金」と呼ばれているらしい。
カッコイイな大豆。思わず嫉妬しちゃうぜ。
「殿。そちらの席にどうぞ」
「あ、ああ、そうだな」
お爺ちゃん武将に促されて、ジェルマンがようやく再起動した。
おっと、私も挨拶しておかんとな。
「メラサニ山の亜人村の守護者、クロコパトラじゃ。本日はお招き頂き光栄に存じるぞよ」
こんな感じでいいのかな? とりあえず頭を下げときゃ失礼にはならないか。
二人は私の正面に座った。
我々の未来が、亜人村の村人達の未来が、これから始まる話し合いで決まろうとしている。
ヤバイ、緊張して来た。
こっそり義体から出て、目の前のお茶で喉を潤したい。
いや、そんな事出来ないけどさ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
(なる程。これは確かに、皆が騒ぐ訳だ)
ジェルマンは亜人の女王クロコパトラの美貌に驚いていた。
先程はロドリゴが気を利かせてくれたから助かったが、そうでなければ、いつまでも女王の美貌に見とれていただろう。
今はこうして強く意識しているので大丈夫だが、それでもこうして対面していると、つい視線が女王に釘付けになってしまいそうになる。
(女王が微笑み一つ浮かべるだけで、どんな願いでも聞いてしまう貴族も多いだろうな)
ジェルマンはそんな益体も無い事を考えた。
ロドリゴはそんな主人の様子を見て、ここは一先ず、自分が会話の主導権を握った方が良いと思ったようだ。
彼は女王に向き直った。
「先程も言ったが、ワシの孫の治療をして頂き、感謝の言葉もない。見事な施術に医者も感心しておった。月影殿には孫に代わってワシから礼を言わせて貰いたい」
実際に治療を受けた本人――マルツォも、黒マントの正体どころか名前さえ知らなかった。
月影の名前と情報は、王都に潜伏させている諜報組織”草葉”からもたらされたものである。
とはいってもこの短期間では、月影という名前。そして女王クロコパトラに仕えているという事。人並み外れた高い体術の持ち主であるという事。更には何か魔法を使えるらしい、という程度の事しか分からなかった。
(高い体術の持ち主とは報告に書かれてあったが、よもや厳重に警備されたこの館にまで忍び込むとは・・・)
あんな事件が起きた後だ、外部の者の出入りどころか、人の出入りそのものが厳しく制限されている。
そんな中、月影は一体どのような手段を用いてこの館に忍び込んだのだろうか?
そして、そんな苦労をして潜り込んだにもかかわらず、彼はマルツォの前にアッサリと姿を現した。
(おそらくは売り込み。女王の指示によるものに違いあるまい)
ロドリゴは捕虜となったイサロ王子達から、クロコパトラ女王と亜人の部隊に関する情報を得ていた。
それによると、女王は自分達の戦力を売り込む事で、サンキーニ王国の庇護下に入ろうと画策していたようである。
(自分達に戦う力があると示す事で、敵対するよりも、協力した方が利用価値があると思わせたかったのだろう。実際、弱兵揃いのイサロ王子軍がハマス別動隊と互角に戦えたのも、女王率いる亜人部隊の活躍があったからとも聞いている)
つまりは傭兵のようなものか。
ロドリゴはそう納得した。
だとすれば、残念ながら同じ手は大モルト軍には通用しない。
なぜなら、大モルト軍はたかだか百人程度の傭兵団をありがたがる程、戦力に困っている訳ではないからだ。
クロコパトラ女王が必要とされたのは、相手がサンキーニ王国だったから。
そしてサンキーニ王国が戦っていたのが、自分達より遥かに格上の大モルト軍だったからである。
(手の内を封じられた女王は、次は自分達の切り札――月影を始めとする密偵部隊を利用する事にしたのだろう。マルツォを治療したのはそのための示威行為。サンキーニ王国に対して、魔法の力を持つ部隊として売り込んだ方法を、形を変え、今度は諜報部隊として我が軍に売り込もうとした。おそらくはそういう狙いであろうな。随分と乱暴な方法を考えたものじゃ)
ロドリゴは、クロコパトラ女王の考えは大体読み切ったと考えていた。
おそらく女王は、月影を館に忍び込ませた上で、わざと気付くように仕向ける事で、「亜人の密偵部隊は侮りがたい」とこちらに思わせる狙いだったのだろう。
一か八か。一歩間違えば大モルト軍を敵に回す危険な賭けだ。
それだけ女王には後がない、という事なのだろう。
女王には――正確には月影には――孫のケガを診て貰った恩がある。
それに新家アレサンドロ夫人、アンナベラも、個人的に女王を気に入っている節がある。
そして ロドリゴ本人も先日、館の警備を担当するキンサナにジェルマンに告げ口をされ、頭を下げさせられた事をほんの少しだけ根に持っていた。
そのため、キンサナが月影の潜入を知って慌てふためく姿に、胸のすく思いがしたのも事実である。
(だからここでは問題にはせん。館の警備はワシの役目ではないしの。が、釘は刺させて貰おうか)
ロドリゴは、あえてこの場で月影の名を出す事で、女王に対し「お前は随分と自分達の諜報部隊の能力に自信を持っているようだが、こちらもそれぐらいの調べはついているのだよ」と、暗に示して見せたのである。
相手の部隊の規模どころか、月影の能力すらロクに分かっていない現状では、ほぼハッタリと言ってもいいが、警戒厳重な館にまで入り込まれたのだ。これ以上、相手に勝手を許す訳にはいかない。
釘を刺す意味も含めて、ここは出鼻をくじいておく必要があった。
「デアルカ。月影には妾の方から伝えておこうぞ」
「・・・んっ? それだけなのか?」
「・・・んっ? それだけとは?」
しかし、女王はアッサリと感謝の言葉を受け取った。
女王は無表情のため分かり辛いが、言葉通り。そこには何の駆け引きも感じられなかった。
(えっ? そこで素直に認めるのか? というか、それだけか? 売り込みじゃない? なら、なぜ優秀な密偵を無駄に使ってあんな事をさせたんだ?)
ロドリゴには分からなかった。
分かるはずもなかった。
よもや、クロコパトラ女王が月影本人で、ただの思い付きと成り行きでマルツォの治療をしたばかりか、ここでは月影の名前を明かしていない事すら覚えていないとは、考えもつかなかったからである。




