その284 メス豚と全てを失った少年
深夜の襲撃騒ぎがあった翌日。というか、その日の朝?
私は、割り当てられた宿泊所に戻って食事と仮眠を取ると、再び現場となったコラーロ館へと舞い戻っていた。
今回の事件を受けて、大モルト軍は――ジェルマン・”新家”アレサンドロは、今後どう動くのか?
現地で直接、生の情報を得るためである。
空中庭園の崩落現場は、未だに手つかずで残っている。
そもそも、何トンもの大岩がゴロゴロと山積みになっているのだ。うかつに手を出して崩れでもすれば、作業員達が危険である。
彼らは一先ず見張りを立てた上で、王都から専門家を――職人を呼ぶ事にしたようだ。
岩の下敷きになったハマス兵達の死体の捜索はそれまでお預けである。
「しかし、巻き込まれたのがハマス兵だけで幸いだったな」
「天罰が下ったのさ。いい気味だ」
どうやら空中庭園は自然に落下したと思われているようである。
偶然起きた崩落に、たまたま現場にいたハマス兵達が巻き込まれてしまった。そう考えられているらしい。
まあ、知らなきゃそう思うのも当然か。
実際は、館の元の持ち主が――先代のアルベローニ伯爵が――作らせていた仕掛けを、私が密かに発動させた結果なのだが。
王都の大手商会、オスティーニ商会のロバロ老人が、この仕掛けを使って何やら企んでいる様子だったので、前々からどこかのタイミングで潰しておこうとは思っていたのだ。
今回、丁度良い機会だったので、邪魔なハマス兵の始末をするために利用させて貰ったのである。
そうそう。王都と言えば、マサンティオ伯爵家の館を襲撃した王都の貴族、サバティーニ伯爵。
彼が派遣した国王救出部隊だが、大モルト軍に包囲殲滅されたそうである。
寡兵ながらも覚悟を決めた最後の抵抗に、大モルト軍もそこそこの被害を出したらしい。
最終的には、部隊指揮官の何とか将軍は戦いの中で討ち死に。彼の部下の何とか隊長だけはどうにか捕らえる事が出来たとか何とか。
大モルト軍の将軍も、死なせるには惜しい相手だった、とか褒めていたな。
さて。そんな事件があった直後という事で、コラーロ館の警備は厳重を極めていた。
兵士はみんな殺気立ち、辺りにはまるで戦場のようなピリピリとした空気が漂っている。
まあ、隠し通路を使っている私には全く関係ないんだが。
どうやら誰も、壁の隙間に隠し通路が通っているとは思わなかったようだ。
ホント、どうして先代のアルベローニ伯爵は、自分の館にこんな仕掛けを作ろうと思ったんだろうな?
こうして私は、時には館中に隠しておいたマイクで、そして時には壁越しに自分の耳で、大モルト軍の情報をコッソリ集めて回ったのだった。
そして重傷を負って療養中の裏切り者――百勝ステラーノの孫、マルツォ・ステラーノの様子を見に来たのである。
マルツォは痛々しくも右腕をバッサリと失っていた。
念のため水母に傷口を診てもらった所、感染症? 菌血症? とにかく、彼的には医者の処置に不満があったらしく、その場で再治療を始めたのだった。
【――てな訳でお疲れさん。これで大丈夫だろう】
「・・・て、テメエ、俺の体に何をしやがった」
マルツォは脂汗を浮かべながら私を――黒マントの密偵、月影を睨み付けた。
その目は完全に不審者を見る時のそれだった。
【まあ落ち着け。お前はかなりの重傷だ。ここの医者の治療だけでは心許ないと判断してな(水母が)。少し手を貸してやったんだよ(水母が)】
「治療? 今のが治療だってのか?」
なんだよ疑ってるのか? 信用ないなあ。
「何言ってやがる。ほんの数分。しかもロクに手元も見ずに上の空で、人の傷口をいじくり回しただけじゃねえか」
ああ、うん。確かに。これはないわ。
マルツォの目には、謎の黒マントがベッドの横でボンヤリと佇んでいたようにしか見えなかったのだろう。
こんなの私だって、医療行為とは思わないわ。
どっちかと言えば霊感商法?
これで、医者の治療だけでは心許ない? 手を貸した?
ふざけるのも大概にしろ。そう言いたくなるのも当然である。
いや、水母は高度な治療を施したんだぞ。私らに分からないだけで。
【――こちらが勝手にやった事だし、信じる信じないはそちらの自由だ。不満があるなら後でそちらの医者に診て貰うといい】
まあ、私的には信じて貰えなくても別にいいんだが。
元々、ちょっと様子を見に来ただけだったし。
いやね、コイツってショタ坊の知り合いらしいから、死んだら後味が悪いかな、と思ってさ。
けどまあ、予想外に元気そうで良かったよ。片方の腕は失くしてるけど。
ここでマルツォは「そういや」と、何かを思い出したような顔になった。
「そういや、お前はウチの侍女達のケガも診てくれたんだっけな。なる程。医療の心得もあるって事か」
ああ、あったねそんな事。
そういやあの時のメイドさん達は、今日はいないのかな?
マルツォはアッサリと謝罪した。
「疑って悪かったな」
【そうアッサリ納得されると、それはそれで驚くが。いいんだぞ? ムリに信じてくれなくても】
「いや、考えてみれば、お前に何をされようと別にどうでもいいんだ。どうせ俺はこの傷が治るまで生きちゃいねえからな」
マルツォはそう言うと「はん」と鼻を鳴らした。
なんだよその達観したような顔。妙に思わせぶりじゃないか。気になるし。
【何を言っているんだ? 治療はちゃんと行ったぞ】
不思議そうな私に、マルツォは意趣返しが出来たとでも思ったのか、少しだけ満足そうな笑みを浮かべた。
殴りたい、その笑顔。
「お前は知らねえんだよ。この傷がどういう経緯で出来たのか。俺はな、ジェルマン様を裏切っちまったんだよ。これはおジイ――俺の爺さんの槍で切られて出来たケガなのさ」
マルツォは「どうよ」とばかりに、皮肉げに唇の端を吊り上げた。
いや、そんな顔されても、そんな事くらい知ってたし。
てか、知ってたから、こうしてわざわざ様子を見に来たんだが。
マルツォは私がもっと驚くと期待していたのだろう。
私のリアクションの薄さに少しガッカリしつつも話を続けた。
「ジェルマン様と奥方様は、こんな俺なんかに随分と目を掛けて下さった。
俺はその恩人達を裏切っちまったんだ。お二人にとっては飼い犬に手を噛まれた気分だろうよ。
それに爺さんもだ。
お前知ってるか? 俺の爺さんは百勝ステラーノつって、大モルトじゃ知らねえ者がいない”七将”の一人なんだよ。
俺の槍も中々の腕前だと思っているが、さすがに爺さんには敵わねえ。実際、バッサリやられちまった訳だしな。
今まで俺が”新家”アレサンドロでやって来れてたのも、爺さんのおかげだ。
俺は爺さんの顔にも――百勝ステラーノの顔にも――泥を塗っちまったんだ。
それで計画を成功させていればまだしも、失敗しちまったと来てる。
俺はな、全部失っちまったんだよ。
自分がバカだったばかりに。キレイさっぱり。全てをな」
マルツォはそう言うと顔を反らした。
これって、まさか――
【お前、まさか自殺する気なのか? だからケガが治る事なんて無い。治療をしても無意味だ。そう言っているのか?】
「ああ・・・そうだ」
いや、マジかよ。
【それって、いじけてるだけじゃん】
「ああっ?!」
マルツォはギラリと私に殺気を飛ばした。
おま、ちょっとゾクッとさせられたぞ。
【まあ聞け。片腕を失ったんだし、へこむ気持ちも分からないではない。だがな。だからと言って勝手に死なれちゃ周りが迷惑だ。お前を助けた医者もそうだし、お前の所の当主だってそうだ。罪は償わせるけど、命までは取らない。そう言ってたんだぞ。お前はその気持ちを無にするのか?】
「はあ?! 適当言ってんじゃねえぞ! 何も知らねえくせに勝手な事をほざいてんじゃねえ!」
【いや、少なくともお前よりも良く知ってる。何せこの耳で直接聞いたんだからな。お前のお爺さん――百勝ステラーノだったか? 彼もみんなの前で頭を下げ、お前の助命を嘆願していたからな】
「ふざけんな! あのおジイが、俺のためにそんな事をするはずないだろ!」
マルツォは痛みを忘れて本気で怒鳴った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
黒マントの言葉は、マルツォにとって信じられないものだった。
マルツォの祖父は――ロドリゴ・ステラーノは、家族の温もりを知らずに成長した。
そのせいだろうか? 彼は情事を交わした女は大事にしても、彼女達が生んだ子供には愛情が持てなかった。
強いか弱いか――あるいは能力の有る無し。それだけが彼の判断基準だった。
血を分けた家族であっても、せいぜい、部下に対して抱く感情と変わらない。百勝ステラーノとはそういう情の薄い人間だった。
「そんなおジイが、俺に対して・・・なんで・・・」
【お前がお爺さんの事をどう思っているのかは知らない。だが、お前のお爺さんはお前の事を日頃から部下達に自慢していたそうだぞ。それこそ「またか」とウザがられる程にな】
その話は確かに聞いた事がある。
聞いた事はあるが、その時は「どうせ俺をからかっているだけだろう」と考えて本気にしなかった。
なぜならロドリゴは昔から、息子達に対して親としてではなく、百勝ステラーノとして接していたし、マルツォに対しても、祖父と孫ではなく、師匠と弟子として、あるいは上司と部下として接していたからである。
「けど、おジイは・・・あの時俺を殺そうとして・・・」
【その話だが、お爺さんはこう言っていた。「確かにあの時、ワシはあヤツを殺そうとして切った。切ったが、あヤツは死ななかった。それはすなわち、”天”があヤツの命を救った事に他ならない。さすればもう一度あヤツを切るという事は、天を試す事と同義となりませぬか。天運を失っては一大事。我が軍の、ひいては殿の大願成就もおぼつかなくなりますぞ」そう言って周囲を脅していたんだぞ】
「おジイが・・・そんなウソを付いてまで俺の事を・・・」
ロドリゴが言うように、あの時、本当にマルツォの命を奪おうとしたのかは分からない。
あるいは、孫の命を奪うためらいが太刀筋を鈍らたのかもしれない。
ギリギリだったとはいえ、マルツォが躱す事が出来たのはそのおかげかもしれない。
おそらく、ロドリゴは一生真実を語る事は無いだろう。
ただ、ハッキリしているのは、ロドリゴは主人の不興を買う覚悟をしてまでも孫の助命を願い出たという事。
その事実だけである。
【ジェルマンも奥さんから事情は聞かされていたようだ。罪は償わせるとは言ったものの、お前は既に片腕を失っているし、百勝ステラーノの今までの功績に免じて命までは取らない。だそうだ】
「ジェルマン様・・・おジイ・・・俺は・・・」
マルツォは激しく混乱していた。
自分は一夜にして全てを失ってしまった。そう思っていた。
しかし、実際は違っていた。
それを知らされた時、マルツォは不思議な感情があふれ出し、自分でもどうすればいいのか分からなくなっていた。
黒マントは――クロ子は、今はそっとしておくべきだと考えたのか、静かに壁の向こうに姿を消した。
それでもマルツォが現状を悲観し、自殺を選ぶのならその時はその時。
しかし、クロ子はなんとなく、マルツォは立ち直るのではないかと予感していた。
月影の喋り方がクロ子っぽくて違和感がある、とのご指摘を頂きましたので、修正しました。
内容は特に変えていませんので、読み直す必要はないと思います。
ご迷惑をおかけいたします。




