その282 メス豚と空中庭園の秘密
私は水母と協力。ジェルマン・”新家”アレサンドロの命を狙ったハマス兵達を、空中回廊へと誘導した。
ここからは時間との戦いだ。
ボヤボヤしてると、ハマス兵達に逃げられてしまう。
『てなわけで、とうっ!』
私は建物の窓から大きくジャンプ。
ヒラリと地面に降り立った。
目の前にはアーチ状のぶっとい柱が見える。
空中庭園を支える二十本の柱である。
そんな柱に囲まれた中央には、平屋の大きな建物がデンと鎮座している。
私の目的地。揚水場である。
『あっ、しまった』
建物のドアには南京錠がかけられていた。
そりゃそうか。夜には鍵くらいかけるよな。
『水母、どう? 開けられそう?』
『確認する』
ピンククラゲボディーからスルスルと触手が伸びると、南京錠に絡みついた。
そのまましばらくガチャガチャといじっていたかと思うと、バキリッ! なんと豪快に根元から引きちぎってしまった。
てか、力技かよ。てっきり鍵開けするのかと思ったわ。
鍵を引きちぎるとか、実はこの触手ってめちゃくちゃ力が強かったのな。全然知らなんだわ。
『容易』
水母はどこか誇らしげにフルリと震えた。
『否定』
『違うって何が?』
『誇らしげ、否定。私は感情を持たない』
ああ、その設定って、まだ生きてたのね。
感情が無いっていうのはコンピューターキャラらしいイケてる設定だとは思うけど、ぶっちゃけそろそろ無理があるというか。
てか、不機嫌になってる時点で感情を持ってるじゃん。感情丸出しじゃん。
まあそれを言うと水母が拗ねるから言わないけど。
『ごめんごめん。それより急ぐわよ。お邪魔しまーす』
私は鼻でブヒっとドアを押すと、暗い建物の中へと入って行った。
『何と言うか、アレだな。漫画やアニメで奴隷が働かされている場面。アレで見たようなアレだな』
アレアレアレと語彙が死んでてスマンが、アレとしか言いようがないので勘弁な。
漫画やアニメなんかで見た事はないだろうか? 鎖を付けられた奴隷達が棒を押してグルグルと回っていて、そんな彼らを悪そうな男達がビシビシとムチで叩きまくっているというあの場面。
揚水場の建物の中央にはズドンと大きな丸い柱が突き抜けていて、そこから放射線状に何本もの棒が伸びていた。
見た目はまんまアレそのものだし、使い方もまんまアレそのものなんだが、ここでは奴隷ではなく、ドン・バルトナが手配した作業員達が働いているそうだ。
彼らがこの棒をグルグルと回す。すると建物の下を流れている地下水がくみ上げられ、中央のパイプを通って空中庭園へと送られる。つまりはそういう仕組みらしい。
立派な空中庭園の下では、実はそんな過酷な重労働が行われていたとは。
優雅に泳いでいる白鳥も、水の中では激しく足をもがいているんですよ、的なアレか。
他人の目からは優雅に見える人でも、実は裏ではすごい努力をしているんですよ、という例えに使われるあの言葉。
実は白鳥は水鳥なので、放っておいても体が水に浮くため、別にもがいてはいないらしい。
だから優雅に泳いでいるように見える白鳥は、実は本当に優雅に泳いでいるだけなんだそうだ。
現実は身も蓋もないな。
おっと、こんな無駄話をしているヒマはないんだった。
『水母。どれか分かる』
『要注目』
触手がニュルリと伸びると、パイプの真下を指差した。
なる程アレか。良し分かった。
『早速やるわね。最大打撃』
最大打撃は、物を持ち上げるという機能に特化した魔法だ。
魔法が発動すると、ズルリ。大きな岩が浮き上がった。
ポカリと空いた空間に、ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ、と、周りの岩が滑り落ちていく。
岩の崩落は連鎖反応式に広がり、すぐに私の足元の岩も頼りなくズルリと動いた。
『ヤバっ。呑気に見てる場合じゃなかった。逃げるわよ、水母』
『避難~』
私は踵を返すとダッシュ。慌てて揚水場の建物から逃げ出したのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃。建物を脱出したハマス兵達は、空中庭園に集まっていた。
ここも決して安全とは言えないが、狭く見通しがきかない建物の中とは違い、開けたこの場所なら事前に敵の接近に気付くことが出来るだろう。
それに、そろそろ朝が近い。空も薄っすらと明るくなり、暗い建物内より外の方が周囲が良く見えるようになっていた。
ハマス兵達は、各々澄んだ池の水で乾いた喉を潤した。
「ここにいる者で全員か? 逃げ遅れた者はいないか?」
リーダー的立場の者が、仲間達を見回して確認を取った。
「・・・残ったのは五十人程か」
元々は七十人近くいたので、約三割程を失った計算になる。
それほどの被害を出したにもかかわらず、目的であるジェルマンの殺害どころか、即席で作られたバリケードすら抜けなかった。
不甲斐ない結果に、リーダーは力なく肩を落とした。
「別部隊が国王バルバトスの身柄の確保に成功していればいいんだが・・・」
今回の作戦は最初から二段構えになっていた。
ジェルマン・”新家”アレサンドロの殺害と同時に、別部隊がこの国の国王、バルバトスを確保する手はずとなっていたのである。
むしろ、守備隊の激しい抵抗が予想されるジェルマンの殺害より、国王バルバトスの誘拐の方が作戦の成功率は高いと言えた。
だからこそ、彼らの中で最大の戦力であるマルツォが――次代の百勝ステラーノと目されている彼が――少数精鋭の別動隊の指揮を任されたのだが。
ジェルマン殺害部隊は、マルツォ達の行動を悟らせないようにするための陽動部隊の意味合いもあったのである。
「これ以上待っても合流する仲間はいなさそうだ。そろそろ空も明るくなって来た。夜が明ける前に館を脱出する事にしよう」
その時だった。
どこからか小さく、低い音が聞こえて来た。音は次第に大きくなり、やがて彼らの足元にも振動が伝わって来るようになった。
「何だ? 一体何の音だ? 何かが転がってる音のような」
「見ろ! 池の水面が波打ってる! 俺達の足元が――この空中庭園が揺れているんだ!」
「な、なんだこれ?! じ、地震か?!」
振動はより大きくなり、彼らは立っていられなくなった。
「お、落ち着け! みんなその場で四つん這いになれ! 倒れてケガをするぞ!」
「言われなくても立ってなんていられるか! 何だこれ! この世の終わりが来たのか?!」
「おい、危ないぞ! 木が倒れ――うっ」
庭木が大きく傾いた。そう思った次の瞬間だった。
ズゴッ!
大きな音と共に彼らの足元が抜けた――いや、違う。空中庭園が崩れ落ちたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『うひょー、スゲー! スゲー!』
目の前の光景に、私は度肝を抜かれてしまった。
揚水場の建物から飛び出した私が見たのは。土煙を撒き上げながら次々と倒れて行くアーチ状の大きな柱――空中庭園を支えるニ十本の柱だった。
『例えて言うなら映画のクライマックス?! マジかよ、CGみたい!』
気分はアクション映画のクライマックスシーン。
私は振動を続ける石畳を素早く駆け抜けると、『とうっ!』そのまま三角蹴りを続けながら本館の壁を駆け上った。
『ふんっ、ふんっ! おっしゃコラー! ここからなら良く見えるわ!』
私は屋根の上に降り立つと、崩壊しつつある空中回廊を見下ろした。
鼻息も荒く興奮する私に、ピンククラゲが不思議そうにフルリと震えた。
『興奮する所?』
『そりゃまあ、ドン・バルトナから聞かされてはいたけどさ。けど、話で知ってるのと実際に目の前で見るのとでは別でしょ。スゲー、スゲー! ホントに映画みたいだわー!』
ダイナミックな光景に私のIQが下がってしまったようだ。
さっきから、スゲー、スゲー、と、同じ言葉を繰り返している。
崩れて行く空中庭園。
そう。これこそが、私がドン・バルトナから聞かされていた、このコラーロ館に隠されたもう一つの秘密。
稀代の迷惑男、先代のアルベローニ伯爵が作らせた大掛かりな仕掛け。
実は空中庭園の真下。揚水場の石畳は、一ヶ所だけ抜けるようになっていて、そこを抜く事で揚水場の床が雪崩式に崩れ落ちるようになっていたのである。
揚水場の床が崩れれば、その周囲に配置されている空中庭園を支えるアーチ状の柱も、地盤を失って倒れる。
柱が倒れれば、当然、その上に乗った空中庭園も崩壊する。
すり鉢状の空中庭園は、中心から底が抜けるように崩れ落ち、やがては空中回廊の真ん中にポッカリ大きな穴を残すだけになるのである。
てか、何で先代のアルベローニ伯爵は自分の館にこんな危険な仕掛けを作ろうと思ったかな。
バカなのか? バカなんだろうな。
建物内に張り巡らされた隠し通路といい、こんなモノばかり作ってれば、そりゃあ破産もするわ。
今となっては、伯爵が何を目的として、空中庭園にこんな大仕掛けを作ったのかは分からない。
ただのこだわりか、あるいはロマンか、はたまた、事故に見せかけて誰かの命を狙ったものなのか。
この秘密を知ったドン・バルトナとオスティーニ商会のロバロ老人は、この仕掛けを使って、大モルト軍の中枢を根こそぎ討ち取ってやろうと考えた。
この間私も参加した、領主の夫人達を招いたお茶会。
少し前、あんな感じで大モルト軍の指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロを中心として、主だった将軍達が集まった昼食会が、空中庭園で行われた事があったらしい。
正に絶好のチャンス。
揚水場に奴隷――じゃなかった、作業員として潜り込んでいたドン・バルトナの部下は、作戦実行の命令を待った。
しかし、ロバロ老人はその許可を出さなかった。
まだその時ではないとか何とか言って。
ドン・バルトナとしては到底納得出来ないものだった。
しかし、形としては二人は協力関係だが、その立場は違う。実際に計画に資金を出しているのはロバロ老人。
ドン・バルトナとしてはスポンサーの命令を無視する事は出来なかった。
だが、この一件と、それに続いてサバティーニ伯爵の件を秘密にされていた事で、ドン・バルトナはロバロ老人をこれ以上信用出来なくなった。
ドン・バルトナは悩んだ末、密かにこの件から手を引く事を心に決め、私に――月影の上司、女王クロコパトラに相談したのだった。
東雲色の空の下、空中庭園が崩れ去って行く。
外の騒ぎを聞きつけたのだろう。
館の窓からは驚きの顔をした兵士達が、身を乗り出すように外を見つめている。
彼らが見守る中、空中庭園のハマス兵達は、なすすべなく次々と崩落に巻き込まれていく。
地上は酷い土煙に覆われ、ここからでは彼らがどうなったのかは分からない。
しかし、地面までの距離は大体10m程。運が良ければ死なずに済む高さかもしれないが、あれだけ大きな岩と一緒に落下するのだ。流石に無事では済まないだろう。
転落死はしなくても、岩に挟まれての圧死は免れないと思われる。
惨い死に方だとは思うが、敵に情けをかけて勝てる程、私は強くはない。
それに彼らだって他人の命を狙ってこの館を襲撃して来たのだ、逆に殺されたって文句が言える筋合いじゃない。
先に手を出したのは自分達なのだ。
やがて最後の岩が落下すると、空中庭園の崩落は終わった。
シンと静まり返った館に、今度はジェルマン軍の指揮官の声が響き渡る。
現場の確認と負傷者の調査を命じているのだろう。
長い夜は終わった。
私は屋根の上で大きな欠伸をしたのだった。




