その280 ~真剣勝負~
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百勝ステラーノと彼の孫との一騎打ち。
銀閃が絶え間なく宙を切り裂き、金属の打ち合う音が激しく耳をつんざく。
どんなジャンルでも、その道を突き詰めた一流の技は、見る者の心を揺さぶる物である。
二人の真剣勝負には研ぎ澄まされた美しさがあった。
ガッチリと噛み合う二人の攻防。
まるで訓練された演舞のように、相手の動きが事前に分かっているようである。
いや、その感想は大まかな所では間違いではなかった。
(くっ! このままじゃヤバイぜ!)
一見、若さに任せてがむしゃらに攻めるマルツォに対して、ロドリゴは防戦一方。
戦いの主導権はマルツォが握っているようにも見える。
だが、違う。
(俺はおジイの手の中で転がされてるに過ぎねえ。マジかよ。本気のおジイがこれ程強かったなんて)
はた目には二人の攻防が噛み合っているように見えるが、これには理由がある。
ロドリゴはマルツォの槍術の師匠。この戦いはいわば同門対決である。
互いに同じ技を使う以上、どこをどういう形で攻撃をするかも、その攻撃をどういう形で防ぐかも分かり切っている。
勿論、肉体的な能力――瞬発力や体力という点では、若いマルツォに軍配が上がる。
しかし、ロドリゴとマルツォではくぐって来た修羅場の数が――戦いにおける経験値が違い過ぎる。
十年後ならばいざ知らず、現時点ではその差は、若さだけでは埋められない程の大きな開きがあった。
(くそっ、まただ。絶対に防がれるのが分かっているってのに、他の攻撃が出せねえ。選択の余地がねえ)
ある攻撃に対し、こういう形で防がれれば、次はこういう攻撃につなげる。
武術で言う”型”のようなものだが、ロドリゴはそれを熟知している。
ならば違う技で攻撃をすれば良さそうなものだが、型というのはある意味、攻防の最適解である。
それを崩すという事は、ベストではない攻撃を仕掛ける、という事になる。
そんな「緩い」技を、百勝ステラーノともあろう者が見逃すわけがない。
その瞬間に切り返され、そこからは一方的に防戦を強いられる事になるだろう。
格上を相手にして守勢に立たされれば、そこから切り返す事はほぼ不可能だ。
つまりマルツォは防がれると知りつつも、ベストな攻撃を――相手にバレバレな攻撃を――繰り返すしかなかったのである。
(それでも現状維持をしているだけに過ぎねえ。このままじゃ勝ち目がねえ。どうする)
勿論、この状態が続けば、いつかは体力に勝るマルツォが優位に立てるだろう。
そうなる前にロドリゴは何か手を打ってくるに違いないが、そこは考える必要はない。
なぜなら、マルツォには悠長に構えているような時間は無いからだ。
いつ、館の守備隊がこの騒ぎに気付くか分からない。
塔の出入り口――階段の下を押さえられてしまえば、いくら国王バルバトスの身柄を確保した所で脱出は不可能だ。つまりは作戦の失敗である。
今はまだ、大モルト軍全体が混乱している状態にある。
外の部隊はロレンソ将軍による国王救出部隊の対処に追われ、館の守備隊はハマス残党兵との戦いに謀殺されている。
だが、そんな混乱がいつまでも続く訳はない。
ロレンソ将軍の部隊はたかだか千人程の寡兵だし、ハマス残党兵に至っては百人にも満たない。
大モルト軍が本気で掛かれば、たちまちのうちに一蹴されるのは目に見えていた。
(だからといって、手の打ちようがねえ。百戦して百勝。百勝ステラーノの名は伊達じゃねえって事か)
もう何度目になるか分からない必殺の一撃が防がれ、マルツォは思わず悪態をつきそうになった。
戦いの最中に弱気は禁物だが、マルツォには自分が祖父に勝利するというビジョンが全く思い浮かばなかった。
(ヤバい。ヤバい。どうする。どうすればいい)
正攻法で敵わないなら、相手の意表を突くしかない。
一か八か。死中に活を求める。
マルツォはそのタイミングを計った。
「おい、これって・・・」
「ああ。勝てるんじゃないのか?」
マルツォの部下達は、勝利の予感に胸を躍らせていた。
実際はマルツォの攻撃をロドリゴが的確にいなしているのだが、それが分かる程の実力にまだ達していない二人の目には、マルツォが一方的に攻め立てているようにしか見えなかった。
「百勝ステラーノが負ける。マルツォ様が百勝ステラーノを超えるんだ」
目の前で今、時代が変わろうとしている。自分達は歴史の証人になるのかもしれない。
二人の勘違いを含んだ熱い視線に気付いたのだろう。
ロドリゴは戦いを続けながら、少しだけ不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
その時だった。
「くっ! やべえ!」
勝利を焦ったのか、それとも床に落ちた汗で足が滑ったのか、マルツォが大きく体勢を崩した。
「ああっ! そ、そんな!」
「マルツォ様!」
マルツォの部下達から悲鳴が上がる。
勝利ムードから一転、突然のピンチへ。
マルツォはロドリゴの前に無防備に体を晒している。
――が、この大きなチャンスに、しかし、ロドリゴは動かなかった。
「えっ? なんで?」
ロドリゴは動かなかった。いや? 動けないのか?
彼の視線はマルツォの背後、何も無い場所に釘付けになっていた。
老将が思わず戦いを忘れる程の何かが、そこにあるというのだろうか?
マルツォの意識が一瞬、自分の背後に向いた。
「し、しまった!」
次の瞬間。ロドリゴの槍の穂先が大きく跳ね上がり、マルツォの体を灼熱の痛みが貫いたのだった。
「捨身剣の外伝、外道の技。ワシが知らないとでも思ったか」
「・・・くっ」
捨身剣。
動乱の大モルトでは、いくつかの剣術の流派が広まっている。その中でも捨身剣は体術を中心とした、一風変わった超実戦剣術である。
以前にクロ子が戦った忍者装束の男――”五つ刃”の不死のロビーダや、彼の部下の特殊偵察部隊、猿の兄弟などがこの流派の免許皆伝を修めていた。
そんな捨身剣には本伝以外にも外伝、外道と言われる技が存在する。
戦闘中にあえて隙を晒して見せ、敵のリズムを崩し、そこを突くという一種の捨て身技。
かつて”一瞬”マレンギが”双極星”コロセオとの一騎打ちの際に仕掛けた技である。
今回、マルツォはロドリゴに対してこの外道技を仕掛けた。
そう。先程足元が滑ったように見えたのは、罠だったのである。
もし、ロドリゴがこの誘いに乗って大振りの攻撃に出ていれば、当然、手痛いカウンターを食らっていただろう。
しかし、ロドリゴは完全にマルツォの思惑を見抜いていた。
しかもただ見抜いただけではなく、「こうするんだ」とばかりに逆に外道技を返してみせたのである。
正に一枚も二枚も上手。
心理的に追い詰められていたマルツォは、ロドリゴの誘いにまんまと引っかかり、何も無い背後に注意を奪われてしまった。
直後に、誘いである事に気付いたものの後の祭り。
捨身剣の外道技の真髄は、その一瞬を生み出す事にこそある。
咄嗟の判断で体を反らし、致命傷こそ避けたものの、電光石火の一撃は彼の腕を切り落としていた。
「奇策は相手の意表を突いてこそ。心が逃げている時に苦し紛れに出しても、逆に己の首を絞めるだけに過ぎん。その傷ではもう戦えまい」
そう。ロドリゴの穂先はマルツォの脇の下から入り、肩甲骨と鎖骨の一部をへし折りながら振り抜け、彼の右腕を根元から切り落としていた。
かなりの重傷だ。
大量出血のショックで、マルツォの息は荒く、顔色は紙のように白くなっている。
ロドリゴの言う通り、これではもう戦うどころではないだろう。
「マルツォ様!」
フラリと倒れ込むマルツォ。その手から槍が滑り落ち、床にガラリと転がった。
部下達が武器を捨てて飛び出すと、慌ててその身体を支えた。
「マルツォ様! マルツォ様! しっかりして下さい!」
「脇を強く押さえろ! 止血をするんだ!」
マルツォは意識が朦朧としているのか、返事も出来ない。
部下達は手拭いを取り出すと傷口を押さえ、きつく縛った。
ロドリゴは血の付いた槍を構えたまま、その光景を無表情に見下ろしている。
この時、ようやくこの場の騒ぎに気付いたのだろう。
守備隊の兵士達が塔の階段を駆け上がって来た。
「そこにいるのは誰だ! うっ! こ、これは・・・」
彼が見たのは、返り血を浴びた鬼神のごとき白ヒゲの老将。
そして床に転がる二つの死体。
片腕を失い、血まみれになって横たわるマルツォ。
そんなマルツォに縋り付き、応急処置を行う二人の兵士。
ロドリゴは味方であるはずの三人に向けて、油断なく槍を突き付けていた。
「ス、ステラーノ様。こ、ここで、い、一体何が?」
兵士の声は緊張で裏返っていた。
その声が癇に障ったのか、ロドリゴは無言でジロリと睨み付けた。
「ひいいっ!」
「そ、その話は後でする! それよりも至急、医者を呼んで来てくれ! このままではマルツォ様のお命が危ない!」
「は、はいっ! わ、分かりました!」
マルツォの部下の叫びに、兵士達は「助かった」とばかりにガクガクと頷くと、転がるように階段を駆け下りて行った。
それから数分後。
守備隊を指揮するキンサナ自らが、医者と兵士を率いてこの場にやって来た。
「こ、これは・・・。 ステラーノ殿、ここで一体何があったのだ?」
ロドリゴはここでようやく槍を下げた。
「裏切り者を切り捨てただけの事。――それよりも賊はどうした」
「あ、ああ。それならば、我らに敵わぬと見て逃げ出しました。今は、逃げたと見せかけて潜んだ賊がいないか、部下達に周囲を捜索させている所です。も、勿論、それが終われば賊を追うつもりですがな」
本当であればキンサナはこんな説明をするつもりはなかった。
ロドリゴが勝手に何かをやっている。それを知らされた彼は、文句の一つも言ってやるつもりで、わざわざ自ら足を運んだのである。
しかし、彼の怒りはロドリゴの姿を見た途端、あっさりと消失してしまった。
怒鳴り付けるなんてとんでもない。迂闊な言葉を発した時が最後、瞬時に首と胴とが泣き別れになるだろう。
キンサナとていっぱしの武将だ。戦場で死の恐怖を感じた経験とて一度や二度ではない。
しかしそんな彼が、濃厚な死の気配に震えが止まらない。恐怖を誤魔化すために舌が止まらない。
(恐ろしい。まるで戦いの神にして、怒りで全ての敵を焼き尽くす炎の神、タイロソスだ。これが七将。百勝ステラーノの本当の姿なのか)
この夜、キンサナは初めて七将の真の力、その凄みの一端を感じたのであった。




