その278 ~ハマス残党兵~
私は真っ暗な狭い通路を駆け抜けた。
時折、壁越しに誰かが怒鳴り合う声が聞こえる。
どうやら館の者達も侵入者に気付いたようだ。
突然、寝込みを襲われたせいもあって、慌てふためいている様子だ。
私と違って、事前に襲撃の情報を知らなかったんだから当然だな。
混乱の極みにあるコラーロ館。
そんな中、襲撃者達は、ジェルマン・”新家”アレサンドロの休むこの居館へと突入を果たしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「一体、警備の兵は何をやっていたのだ! 殿のおわす館へ賊の侵入を許すとは、なんたる失態!」
神経質そうな中年の将軍が、口角に泡を飛ばしながら部下を怒鳴り付けた。
彼こそがこのコラーロ館の警備を命じられている、新家アレサンドロの宿将、ブローナー・キンサナである。
キンサナは従者に鎧の着付けを手伝わせながら、イライラと足を踏み鳴らした。
「賊は何者だ?!」
「わ、分かりません。突然、館の中に現れたとしか・・・」
「バカも休み休みに言え! ネズミや虫じゃるまいし、何も無い所から兵士が出て来る訳があるか! 必ずどこかに侵入経路があるはずだ! 草の根を分けてでも探し出せ!」
「そ、それは勿論ですが、今は既に入り込んでしまった賊に対処するのが先決かと」
「当たり前だ! そんな事も言わなければ分からんのか!」
キンサナはサイドテーブルの水差しを掴むと、怒りのままに部下へと投げつけた。
「くそっ。俺の面目は丸つぶれだ。そうでなくても、”ハマス”・オルエンドロ軍との戦いでは、新参者達に手柄を許してしまっている。このままでは新家になる前から代々仕えて来た俺達宿老の立場がないではないか」
キンサナの苛立ちの原因。それは組織内での派閥争いにあった。
ジェルマンの父、サルディレが”執権”アレサンドロ家から独立、新たなアレサンドロ家、いわゆる新家アレサンドロを立ち上げた際、数多くの武将が新たに配下に加わった。
これら新規の者達は、しかし、キンサナ達、旧来の家臣の立場を脅かすものではなかった。
彼らは所詮、昨日今日配下に加わったばかりの新参者達。
代々仕えて来た家臣団の忠誠心にはかなわなかったのである。
しかし執権の孫娘、アンナベラの輿入れによって、その状況は一変した。
アンナベラは大モルトにその名を轟かせる”七将”。百勝ステラーノを実家から引き抜いて来たのである。
勇猛にして高潔。何より中央に顔が利き、政治力にも長けている。そんな老将、ロドリゴ・ステラーノは、旧来の家臣達を一気に抜き去り、瞬く間に家臣団の中でも重要な立場に登り詰めた。
この流れを好機と捉えたのは、今まで新家の中でずっとくすぶり続けていた新参者達である。
彼らは百勝ステラーノの下に集まると、新たな勢力を築き上げたのだった。
ちなみにロドリゴに、旧来の家臣達との間で事を荒立てるつもりは全くない。
ただ、主君やアンナベラのために有能な人材を拾い上げる際、どうしても立場の低い新参者達が多くなってしまったのである。
これは別に、旧来の家臣達は能力が低い、という意味ではない。
旧来の家臣達の中に能力の高い者がいれば、その者は順当に出世し、既に相応しい地位に付いているからである。
能力があっても埋もれているのは、組織内でも立場の低い者達。つまりは新参者に限られている、という訳である。
キンサナ達、古くから仕える宿老にとっては、ロドリゴ・ステラーノは正に目の上のたんこぶである。
しかし、まさか七将を無下にする訳にもいかない。
そんな事をすれば、彼らの主人ジェルマン・アレサンドロが、七将を使えぬ器量なしと周囲からあざ笑われてしまう。
それにロドリゴは、日頃から旧来の家臣達を立て、軋轢を生まないように注意をしている。
百勝ステラーノに――有名人に下手に出られて悪い気がする者などいる訳がない。
こうしてキンサナ達宿老は、ロドリゴに対して、「不満はあるがいて貰わなくては困る」という複雑な感情を抱いているのだった。
キンサナはようやく鎧を着終えると、愛用の槍を手に取った。
狭い屋内で振り回すにはいささか長い得物だが、キンサナは直接前線に出て切り合いをするようなタイプではない。
武術の心得はあるものの、せいぜい普通の腕前、といった所だろう。
なんならその腕前すらも、最近では年齢のせいもあって錆びついているかもしれなかった。
「兵を集めよ! 殿のご寝所の前に陣を敷く!」
「それは――いえ、分かりました!」
賊の狙いはこちらの大将――ジェルマンの首であるのは間違いない。
そんな状況で兵を集めるのは、「この先に重要人物がいますよ」と敵に対して宣伝しているに等しい。
しかし、戦力を集中させるという点では正しいとも言える。
守備隊の勝利条件はジェルマンを殺されない事であって、賊を皆殺しにする事ではない。
守りさえ固めていれば、じきに味方が集まって来るだろう。
(それにこの館には、あの百勝ステラーノがいる!)
上司であるキンサナの心情をおもんぱかって口にこそ出せないが、キンサナの部下は頼もしい思いを抱いていた。
こうして守備隊はキンサナの指揮の下、ジェルマンの寝所の手前に防衛ラインを構築した。
高価な家具が廊下に積み上げられ、即席のバリケードが築かれる。
絵画やカーテン、布張りのイスは、延焼を防ぐために部屋の奥に片付けられた。
驚くなかれ。これだけの準備をキンサナは僅か十分ほどで成し遂げている。
流石はジェルマン自らが館の警備を任せただけの事はある。さっきまで部下に当たり散らしていたのがウソのような、見事な采配であった。
その直後、侵入者達が姿を現した。
暗い中での同士討ちを避けるためだろうか? 全身の装備を墨で黒く汚している。
そんな中、抜身の剣だけは犠牲者の血で赤黒く濡れていた。
「かかれ!」
「「「「オオオオオオッ!!」」」」
こうして守備隊と侵入者の本格的な戦いが始まったのであった。
「警備の兵達とぶつかったか」
一人の若武者が背後を振り返った。
ここはキンサナ達守備隊が守っている場所から少し外れた位置。
外から見て大きな塔になっている場所である。
ひと気のない塔の内部は、館の喧噪をよそにひっそりと静まり返っていた。
「キンサナ本人の武勇はともかく、指揮官としての腕前は――特に守りに関しては、アイツは中々のものだ。ロクな指揮官もいない”ハマス”の残党では話にならんだろうぜ」
若武者はそう言って鼻を鳴らした。
ボサボサの髪にだらしなく着崩した鎧。体中を派手な装飾品で飾り立てている。
それでいて下品に感じないのは、生まれついての品の良さ。育ちの良さによるものかもしれない。
彼こそは百勝ステラーノの孫。やがて偉大な祖父から”百勝”の異名を受け継ぐと目されている、マルツォ・ステラーノその人であった。
「急ぐぞ。あまり時間の猶予はなさそうだ」
「「「はっ!」」」
マルツォは四人の部下を引き連れ、一足飛びに階段を登り始めた。
塔と言っても、それほどの高さがあるわけではない。
彼らはすぐに上の部屋へと到着した。
見張りの物だろうか? ドアの隙間からは部屋の明かりが薄く漏れていた。
(静かだな。外の騒ぎに気付いていねえのか? いや。ここで迷っている時間はねえ)
マルツォが無言で指示を出すと、部下達は一斉に剣を抜いた。
一人がドアを開け放つと、残りの三人は一塊となって部屋の中へとなだれ込む。
この奥にいる者の地位を考えればとんでもない暴挙だが、彼らが支配下となった国の国王に遠慮する理由はなかった。
そう。ここにいるのはサンキーニ王国国王バルバトス。
この塔は国王バルバトスが囚われている場所なのである。
予想通りなら、この部屋にいるのは国王を監視している見張りの兵士が二人から三人。
その先の部屋には病気療養中の国王。隣の部屋には彼の息子のイサロ王子。そして昼間であれば、二人の身の周りを世話をする使用人が数名控えているはずだった。
「ぐふっ!」
ビュン! 空気を切り裂く鋭い音が響き渡った。
その直後、目にも留まらぬ速さで突き出された槍の穂先が、鎧ごとマルツォの部下の胸元を貫いていた。
口から血を吐き、ドウッと倒れる男。
しかし、負傷した仲間に目を向ける者は誰もいない。
全員が目の前の敵から叩きつけられる殺気に、身動きが取れなくなっているのである。
(この殺気――マジかよ)
マルツォは最悪の予感に天を仰いだ。
彼は開け放たれたドアから、部屋の中へと踏み込んだ。
「なっ?! マルツォ! まさかお前が来るとは?!」
「おジイ・・・やっぱりアンタだったのか。まさかここにいるなんてな」
血塗られた槍を手に、部屋の中央に立っているのは白髭の老将。
大モルトにその名を響かせる七将。マルツォの祖父、”百勝”ロドリゴ・ステラーノであった。
四賢侯の凡百な息子、グレシス・サバティーニ伯爵が計画した、国王バルバトス救出作戦。
伯爵から部隊の指揮を任されたロレンソ将軍は、国王が囚われているという館を襲撃。
しかし、そこに国王の姿は無かった。
国王の身柄は百勝ステラーノによって極秘裏に、大モルト軍が本陣を構えるコラーロ館へと戻されていたのだ。
同じ時刻、謎の武装集団が何者かの手引きでコラーロ館へと潜入する。
彼らは”新家”アレサンドロ軍の内部に残ったハマスの残党兵達。
ハマス兵達はジェルマンの寝所に迫るが、その行動は屋敷の警備を担当する宿老キンサナの部隊によって阻まれる。
その頃、同じ建物内の別の場所では、百勝ステラーノことロドリゴ・ステラーノが、国王バルバトスの寝所を襲撃した者達と対峙していた。
彼らを率いていたのはロドリゴの孫。次代の”百勝”、マルツォだった。
数多の思惑が入り乱れる中、クロ子はピンククラゲ水母と共に、館の中を駆け抜ける。
長い夜はまだ終わらない。




