その273 メス豚、お茶会に参加する
◇◇◇◇◇◇◇◇
大モルト軍の本陣となっているコラーロ館。
パルモ湖を見下ろす白亜の城といったこの大きな館には、先日より、大モルト軍指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロに呼び出されたこの国の領主達が集まっている。
ジェルマンは彼らと個別に面会。その人となりを見極め、品定めを行っていた。
ちなみに領主ではない貴族達――治める土地を持たず、王城に勤める事で王家から給金を貰っている貴族達――に関しては、後回しにされている。
そのどちらとも言えないクロ子達は、とりあえず呼び出されはしたものの、館に入る事は許されず、呼び出しが来るのを町で待機している状態であった。
そして本日。彼ら領主達の夫人を招待してのお茶会が開催された。
主催するのは新家アレサンドロ夫人、アンナベラ。
夫人達は戦々恐々。しかし断ることも出来ずに、お茶会の会場、空中庭園へとやって来ていた。
「これが噂に聞いたコラーロ館の空中庭園・・・」
「なんて見事なんでしょう。ここが建物の上だなんて、とても信じられませんわ」
「まるで本当の庭のよう。池や木まであるなんて」
夫人達は驚きの光景に目を丸くした。
アルベローニ伯爵が、金に糸目を付けずに作らせたこのコラーロ館。
館は大きく四つの建物に分かれている。
先ずは入り口でもあり、館の中心でもある巨大な前館。
そして来客者用の宿泊施設となる左右の袖館。
最後に一段高い場所にそびえる大きな塔。館の主人の住居となる後館である。
全ての建物は空中回廊で結ばれ、その中央には巨大なすり鉢状の空間――空中庭園が造られている。
アーチ状の二十本の柱で支えられたこの庭園は、例え千人が乗っても大丈夫なように頑丈に設計されていた。
今日のお茶会の参加者は十人。
夫人達は、アンナベラの使用人達に案内され、小さな池の上に張り出した東屋へとやって来た。
そこで彼女達は、車イスに座った絶世の美女と初めて遭遇するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
やっと来たか。
私はすっかり冷めてしまったお茶から視線を上げた。
貴族のご夫人達のお茶会なんて、考えただけでも胃が重くなる案件だが、三十分以上も一人で待たされた今の私にとって、参加者の到着は最高に嬉しい知らせだった。
いやね。確かに最初は金のかかった豪華な庭園を見てワクワクしたよ。
けど、さすがに飽きるって。
私がどこに住んでいると思ってるんだよ。山奥の亜人村だぞ。
自然なんて毎日飽きる程見てるっつーの。
人工物の上に自然を再現する。
これって金持ちならではの贅沢な趣味だと思う。だって、果てしなく馬鹿げてるもん。
庭なんて地面に作ればいいじゃん。
それだと建物に囲まれて日当たりが悪いだろうって? そりゃあそうかもしれないけど、館の外を見てみなよ。
見渡す限りの大自然じゃん。
下に見える湖に比べたら、ここの池なんて水たまりみたいなもんだろ。
なのに、なんでわざわざこんな場所に自然を再現するかな。
例え大きな空中庭園だろうと、周囲に広がる大自然に比べればミニチュアみたいなものだろうに。
これはアレだな。リゾートホテルのプール。
目の前にビーチがあるのに、なんでホテルにプールを作るのか。みたいな。
それが贅沢というものなんだろうけどさ。
ご夫人達は私を前に立ち止まっている。
割とおばちゃん――ゲフンゲフン。お年を召した方々だ。
お昼の通販番組のスタジオで、「ええーっ」とか言ってそうな年齢層――って分からんか。
全員、おしろいで顔を真っ白に塗りたくっている。
こういうのって西洋だとドーランとか言うんだっけ?
着ているのが時代がかったドレスという事もあって、何だか大昔の映画を見ている気分だ。
ええと、こっちから挨拶をしてもいいのかな?
私の前世は享年十五歳。貴族の礼儀どころか、社会人としてのマナーすら身に付ける前に死んでしまった。
かといって、このまま黙っているというのも何だか気まずい。
ええい、ままよ。
「――苦しゅうない。席に着くが良い」
おうふっ! やっちまったぜ。貴族の、しかも領主の夫人相手に、何、偉そうに上から目線で言ってんの。
相変わらず、プレッシャーに弱々だな私。
てか、ご夫人達も、慌ててテーブルに着く必要なんてないから。
小娘が勝手に暴走しただけだから。
『迷惑行為』
「ボソッ(煽っとらんわい!)」
私の小声のツッコミに、全員の視線が一斉に集中する。
や、やり辛い。
針のムシロとは正にこの事だ。どうしてこうなった。
私の隣に座った、ジブリアニメの温泉旅館の魔女みたいな髪型をしたおばちゃんが、意を決したように私に尋ねた。
「ええと、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ふぅん(※海馬コー〇レーションの社長風に)。妾は――」
ナイスタイミングだ、奥様。今度は失敗しないぞ。ええと、私は――。
その時、見覚えのあるメイドが現れた。アンナベラの侍女、サンドラだ。
「皆さん。奥方様がいらっしゃいました」
慌てて立ち上がるご夫人達。
ああん。もうちょっとだったのに。
まあいいか。どうせ全員の自己紹介の時間があるだろうから、その時を待とう。
私以外の全員が立ち上がって出迎える中、館の本館から――でいいのか? 高い塔がある建物の方から――見知った若い女性が歩いて来た。
新家アレサンドロ夫人、アンナベラである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アンナベラの登場に、夫人達の間には戸惑いのざわめきが広がった。
(あのお顔。女性が素顔で人前に出て来るなんて)
(奥方様の周りには、誰か止める者がいなかったのかしら?)
(どうしましょう。あまりジロジロ見るべきじゃないわよね)
夫人達は失礼にならないように慌てて視線を逸らした。
彼女達は、ドーランの塗られていないアンナベラの顔を見て、彼女がメイクをし忘れているのだと勘違いしたのである。
だが、ご存じの通り。アンナベラはメイクをしていない訳ではない。
ドーランも――ファンデーションもちゃんと塗っている。
ただ、ご夫人達の知っているメイクと、使われている量が違っているだけ。
アンナベラはクロコパトラ女王に教わったばかりの未来のメイク技術――ナチュラルメイクで出て来たのである。
「「「「お、お招き頂きありがとうございます」」」」
「席に座って楽にして頂戴。今日は楽しく過ごして頂ければ幸いですわ」
アンナベラはそう言うと長テーブルの奥、短辺の席に座った。
夫人達も(最初から座っていたクロコパトラ女王を除いて)席に着いた。
侍女達が飲み物とお菓子を用意すると、領主夫人達のお茶会は開始された。
最初はどうすれば良いか分からない様子の夫人達だったが、しばらく話をしているうちに、ようやく落ち着いてアンナベラの姿を見る余裕を取り戻したようである。
こうしてアンナベラをよく見てみると、最初の印象とは違い、素顔ではない事が分かる。
唇には紅がさされ、目もとにはアイラインが引かれ、頬にはチークが入っている。
ただ、そのメイクがあまりに薄く、自然に見えたため、一瞬、メイクをしていないのではないかと錯覚してしまったのである。
しかし、一度気付くと、素顔との違いは一目瞭然であった。
(ひょっとして、これが大モルトの貴族の間で流行しているお化粧なのかしら?)
(新興の新家とはいえ、流石はアレサンドロ家当主の奥方様。最新の流行にも敏感なのね)
妙な形で感心する夫人達。
中には「ただの薄化粧ならこうはならないはず。きっと私達が知らない化粧品を使っているに違いないわ」などと、鋭い勘を働かせる夫人もいた。
そして夫人達の、アンナベラのメイクに対する理解が増すのと反対に、彼女達は自分のしているメイクがいかにも古臭く、野暮ったいように感じてならなくなっていた。
彼女達は失礼にならない範囲でアンナベラのメイクを良く観察し、少しでもその技術を盗もうと懸命になっていた。
全員がアンナベラの言葉に――その一挙手一投足に注目している。
こうなれば話術に長けたアンナベラの独壇場である。
アンナベラは最初にメイクのインパクトで招待客の度肝を抜き、労せずして場の空気を完全に支配してしまったのだった。
(まさかお化粧一つでこんなに楽に進むなんて)
アンナベラにとっても流石にここまでの反応は予想外。新鮮な驚きだった。
彼女は自分の容姿が平凡なものである事を自覚している。
そしてアンナベラは常々、「もしも、私がもう少しでも美人なら、もっと人に話を聞いてもらうのが楽になるのに」と考えていた。
女は美人というだけで、自然に人目を集める。
相手に話しかけるのも、話を続けるのも、容姿に優れている者の方がずっと労力が少なくて楽で済む。――アンナベラはそう考えていた。
(こんないい事を教えてくれたクロコパトラ女王には、感謝しなければいけないわね)
アンナベラは満足すると共に、このお茶会の成功を確信していた。
ちなみに、そんなアンナベラからの感謝の念を一身に受けている、当のクロコパトラ女王はと言うと・・・
(むぐぐ・・・き、気になる)
お茶請けに出されたフルーツの乗った焼き菓子を、どうにかして持って帰って後で食べられないかと苦悩していた。




