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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第八章 陰謀の湖畔編
271/518

その268 メス豚と静かな戦い

 大陸の三大国家の一角大モルト。その大国を実質的に支配しているアレサンドロ家。


(その当主の妻ともなれば、さすがに一筋縄ではいかないって訳か)


 日頃から社交界の魑魅魍魎、海千山千の貴族共と腹の探り合いをしているのだろう。

 私は指揮官夫人アンナベラの巧みな話術に舌を巻いていた。

 アンナベラは話題の振り方、話し方が絶妙で、こちらの心にスルリと入り込んで来る。

 こちらに「もっと話をしていたい」と思わせるのが非常に上手いのだ。


(とはいえ、このまま”喋らされている”状況はマズいわね)


 こちらには魔法の事や水母(すいぼ)の事など、とにかく秘密にしておかなければいけない情報が沢山ある。

 しかしこのままだと、いつかうっかり、調子に乗ってポロリと喋ってしまいそうである。

 だからと言って、こちらから話を打ち切る訳にもいかない。

 なにせ相手は戦勝国の指揮官夫人。こちらは敗戦国の、しかも小さな山村の代表者代理である。

 本来であれば、力任せに押しつぶされた所で文句すら言えない立場なのだ。

 こうして差し向かいで話をして貰えるだけでも非常にラッキーな事なのである。


 ぐぬぬ。よもやこんな形でピンチになるなんて。


 私はアンナベラの話術に絡み取られつつあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


(意外だわ。お(ひい)様が戸惑っておられる)


 アンナベラの侍女は、主人の側に控えながら驚きを隠せずにいた。

 幼少の頃からずっとアンナベラの世話をして来た彼女は、アンナベラの育ての親――ある意味ではもう一人の母親のような存在である。

 そのため彼女は、アンナベラのずば抜けた高い知性と鋭い洞察力を誰よりも深く知っていた。


(相手は女王を名乗っているとはいえ、所詮は亜人の代表。しかも、年齢もお(ひい)様とさほど変わらない若い娘でしかない。確かにその美貌には驚かされたものの、お(ひい)様が苦労なさるような相手ではないと思っていたけど・・・)


 そう。アンナベラは女王クロコパトラに――クロ子を相手に苦戦していた。

 とはいえ、彼女は巧みに話題を切り替え、一見、この場を完全に支配しているようにも思える。

 しかし、アンナベラを良く知る侍女の目には、主人がクロコパトラ女王のポーカーフェイスを切り崩せず、攻めあぐねているようにしか見えなかった。

 そして彼女の見立てはほぼ正しかった。


(・・・亜人の女王を甘く見ていたわ。まさかこれ程やり辛い相手がいたなんて)


 アンナベラは取り繕った笑顔の裏で、密かに悪態をついていた。




 アンナベラが最も信頼する老将、”七将”百勝ステラーノから、恐るべき亜人の諜者の情報がもたらされたのは昨夜の事だった。


「ワシの孫――マルツォが今日の夕方に遭遇した者の話なのですが・・・」


 ”百勝”ロドリゴ・ステラーノはそう前置きをすると話し始めた。

 その内容はにわかには信じ難いものだった。


「そのような話。信じ難いのですが」

「マルツォにとっても不本意だったようです。なにせ兵にも『ワシに知らせるな』と命じたぐらいですから。本人に問い詰めた所、『もしもヤツと出会っていたのが戦場だったら、今頃俺は殺されていたかもしれない』などと申しておりました」

「そ、それほどのものとは・・・」


 アンナベラは驚きのあまり絶句した。

 マルツォは戦場に出てまだ二年程の若武者だが、既にいくつもの戦いに参加して数々の武勲を立てている。

 大変に武勇に優れ、まだ粗削りながら将の器も備えている。

 ロドリゴが引退した後は、きっと彼が百勝ステラーノの名を継ぐに違いない。周囲からは早くもそう目されていた。


「亜人の中に、お前やマルツォがそこまで言う程の剛の者がいるなんて」

「お(ひい)様――奥方様。世の中は広い。この大陸には強者(つわもの)などごまんとおります。ワシやマルツォは確かにその中の一人でしょうが、言ってしまえばただそれだけの事でしかございませぬ。そして強者(つわもの)であろうが新兵であろうが、所詮は同じ人間。飯を食わなければ飢えて死に、槍で突かれれば血を流して死ぬのです。奥方様は決して我らを過信なさらぬように」


 アンナベラは、目の前の老将が敵にやられて死ぬ姿を想像出来なかったが、彼の言いたい事は伝わった。

 七将の下で戦う兵士にとっては、その武勇は心の支えになるが、七将を使う立場の指揮官までもがその武勇に目を奪われてはならない。

 七将とて所詮は人間。敗れもすれば死にもする。上に立って命令する者はそう思っていなければならない。ロドリゴはそう言いたかったのである。

 老将の教えに、アンナベラは「そうですね。よく覚えておきます」と頷いた。


「しかし、黒マントの亜人ですか。亜人には他にもそのような優れた戦士がいるのでしょうか?」

「さて、ワシも亜人に関してはさほど詳しい訳ではありませぬが、ワシの知る亜人は、見た目以外はさほど人間と変わりはしませんでしたな」

「ではその者が特別だと?」

「亜人の女王――クロコパトラと言うそうですが、あるいはその者から何か特別な訓練を受けるなり、何か特殊な力を授かっているのやもしれません」


 はめ殺し、ないしは、分からん殺し、という言葉がある。

 対策を知らなければ対応のしようもない、完全な初見殺しの技の事を言う。

 ロドリゴは、自分の孫――マルツォは鋭い勘で、黒マントがそういった技を隠し持っていると察したのではないか? そう推測しているようである。


「亜人の女王クロコパトラ・・・ですか」


 女王――女性か。

 アンナベラはイヤな予感がした。


 アンナベラの夫、”新家”アレサンドロの当主ジェルマンは、冷酷な支配者のようでいて立場の弱い者――老人や女子供に対しては慈悲深い面も持っている。

 そんな所も彼女が夫に惚れ込んでいる理由の一つなのだが、あるいは今回は夫の寛大な心が悪い方向に働くかもしれない。


「私が見極める必要がありますね」

「奥方様自らでございますか?!」

「ええ。女同士でなければ分からぬ事もあるでしょうし」


 ロドリゴは「いやいや、相変わらず奥方様はおっかない。女王には同情してしまいますな」などと冗談めかしてワハハと笑った。

 こうして急遽、女王クロコパトラとの会談の準備が整えられたのであった。




(女王から秘密の一端でも聞き出せればと思ったのだけど)


 アンナベラは女王クロコパトラのガードの硬さに舌を巻いていた。


(やり辛いわ。特に表情が微塵も動かないのが分かり辛過ぎる。女王の顔って実は作り物なんじゃないかしら)


 確かに、喋っている時はちゃんと口が動いているし、瞬きもしている。優雅な動きでお茶を飲んでもいる。

 しかし、それだけだ。

 女王は会談が始まって以来、完全なポーカーフェイスを貫いていた。

 そう。まるで良く出来た作り物の顔であるかのように。

 ――知っての通り、このアンナベラの腹立ちまぎれの想像は、実は正鵠を射ている。

 女王クロコパトラの正体は、ピンククラゲ水母(すいぼ)が作り出した人間そっくりの義体である。

 しかし、いくら聡明で知られているとはいえ、前提条件として前魔法科学文明に対しての知識が無いアンナベラに、真相を見抜くことは出来なかった。


(試しに何度かわざと踏み込んだ話をしてみたけど、まさか眉一筋動かさないなんて・・・)


 ちなみにその時は何の成果も無かったばかりか、逆に女王に警戒心を煽ってしまったらしく、その後の会話の選び方に苦労させられただけに終わっていた。

 

(あるいはその時に、私の狙いがバレてしまったかもしれないわね。だとすると、このまま話を続けていても意味はないのかもしれないわ)


 アンナベラは密かに焦りを覚えていた。


 彼女の誤算は二点。

 一つは女王クロコパトラから全く表情の変化が読み取れなかった事。

 しかしこれは女王の正体が水母(すいぼ)作成の義体である――つまりは作り物であるため、仕方のない事である。


 そしてもう一つは、女王の正体、クロ子が現代日本の転生者だった点が挙げられる。

 日本では誰しも七歳になる歳から義務教育が始まる。

 親は子供を学校に通わせなければならないのだ。

 クロ子も前世では榊原六花(りっか)として六年間小学校に通い、中学の三年間、そして入試を経て高校へと進学していた。もし、風呂場で急死していなければ、いずれは大学にも進学していただろう。

 もし、アンナベラがクロ子――六花(りっか)が、同年代の少年少女数百人と、同じ施設で何年も毎日勉強していたと聞かされたら、「信じられない!」と驚愕したに違いない。

 アンナベラが子供だった頃、彼女の周囲にいたのは屋敷内の者達だけだった。後はたまに屋敷に訪ねて来る親戚や寄り子の貴族家の者達程度だ。

 社交界に出てからは交流関係が広がりはしたが、それでも同年代の少年少女に限るとその数は数十人。

 しかし、クロ子――六花(りっか)の通っていた小学校の生徒数は各学年で約150人。

 桁が一桁違うのである。


 勿論、六花(りっか)が毎日学校で顔を合わせるのは、基本的には同じクラスの人間だけ。三十数人程度でしかない。

 しかし、たまの社交場で顔を合わせるだけのアンナベラとは違い、六花(りっか)は月曜日から金曜日まで毎日、朝の八時から昼過ぎまで、同じ歳の少年少女達と一緒の教室で過ごしていた。

 そして学年が変わるとクラス替えが行われ、知らない人間と新たにコミュニケーションを取る所から始めなければならない。


 そう。クロ子本人は全く自覚していないが、彼女はアンナベラに比べ、圧倒的に同年代の少女と会話をして来た経験が多いのである。

 その経験の差が技術(スキル)の差となって表れ、アンナベラの思惑を阻む事になっていたのだった。


(こうなればアレサンドロ家の力を使って、威圧するしかないかもしれないわね)


 技術(スキル)の差が余裕を奪ったのだろうか。

 アンナベラは、数ある選択(オプション)の一つ、「家の格を使って相手を従わせる」という手段に訴える事を考え始めた。

 しかし結論から言えば今回の場合――クロ子を相手にした場合、それは完全な悪手である。


 もし、アンナベラが強硬な意志を表した途端、クロ子はハッキリとアンナベラを敵対する相手として認識するだろう。

 そしてクロ子が苦戦している理由。それは「アンナベラが仲良くしてくれる」からに他ならない。

 敵じゃないから強く出られない。むしろ敵対してくれた方が対応するのも楽なのに。

 もしもクロ子がそんな風に思っていると知れば、アンナベラはクロ子の正気を疑っただろう。


 いくらクロ子の魔法が強力でも、所詮は個人の武力でしかない。大モルト軍という大軍には敵わない。それが普通の考えだ。

 しかし、今、この状況においては話は別なのである。

 クロ子は王都を出発する前に、寄せ場の元締めドン・バルトナから、とある(・・・)極めて重要な情報を得ていた。

 大モルト軍が本陣としているこのコラーロ館。

 昔、この館を作った職人から得たというこの情報。


 そう。召喚を受けて亜人村から王都に登ったあの時とは違う。

 今のクロ子は、会談の結果次第では大モルト軍と戦う覚悟が出来る状況にあったのだ。

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