その264 メス豚と七将の孫
日が陰り、薄暗くなった路地裏には血の匂いが充満している。
死屍累々。
辺りには大モルト軍の兵士と思われる男達の死体が転がっている。
彼らは女性二人をこの路地裏に連れ込み、襲おうとしていた強姦魔共。その成れの果てだ。
『非合理的行動』
『・・・うっさい。そんな事より、あの女の人のケガを診てあげて頂戴』
ついカッとなってやった。反省はしていない。
私はピンククラゲの言葉を遮ると、被害者の女性へと振り返った。
二人は恐怖に顔をこわばらせ、ガタガタと震えている。
むき出しの肩や大きく捲れたスカートが、いかにも「襲われた被害者」といった感じで痛々しい。
どうやら精神的ショックのあまり、乱れた衣服を直す余裕もないようだ。
うん。やっぱり強姦魔共は殺して正解だったな。放置しといたら、他でも罪を重ねただろうし。
私はこの女性達を救っただけではない。未来の犠牲者達をも救ったのだ。
【心配ない。もう大丈夫だ】(CV:杉田智〇)
私は優しく声を掛けながら、ゆっくりと近付いた。
二人はビクリと体をこわばらせると、大きく後ずさった。
あれ? これって私が怖がられてる?
『当然の結果』
マジかよ?! ショック!
ええと。状況を整理しようか。
二人は大モルト兵に強姦されそうになったと。そうしたら、そいつらを余裕でぶっ殺す謎の黒マントが現れたと。
そりゃビビるわ。
『野良犬に囲まれて噛まれそうになった所に、突然クマが乱入して野良犬を噛み殺した。みたいな感じ?』
『みたいな感じ』
おう。シット。
どうしよう。誰か人を呼びに行った方がいいのかも。けど、そいつらもそこで転がっている兵士同様、ロクデナシという保証はない訳だし。
『二人が落ち着くまで、うちに来て貰う・・・って訳にはいかないよね。亜人しかいない家だし。しかも男ばっかりだし。困ったな。だったら――』
「テメエ! そこで何してやがる!」
ドスの利いた叫び声にハッと振り返ると、そこには槍を構えた若い男が立っていた。
私を睨み付ける若い男。兵士ではない? 大きくはだけた胸元や、二の腕辺りまで袖をまくり上げた腕には、洒落たネックレスや腕輪が光っている。
ピンピンに跳ねた髪に派手目な服。崩れた着こなしも相まって、チンピラ感マシマシ、といった感じだ。
昔風に言えば、傾奇者といった所だろうか。
『要警戒』
『――分かってる』
コンピューターのピンククラゲ水母でも気付く程の、ただならぬこの殺気。
チンピラなんてとんでもない。
コイツは今まで私が戦った中で最も手強かった相手、”五つ刃”の武将に――大身槍の髭モジャ、陰気な忍者野郎に――匹敵する殺気を放っている。
この傾奇男は間違いなく強者だ。
「テメエ何者だ! ウチの兵共を殺してタダで済むと思うなよ!」
男は路地裏に足を踏み入れた。――が、そこまで。足を止めた。
コイツ。やはり手強い。
おそらく、殺された兵士の傷を見て、私の攻撃手段が飛び道具だと直感したのだろう。安易に距離を詰めるような事はして来ない。
かと言って、私が逃げ出す気配を見せれば、瞬時に飛び込んで槍の間合いに入るに違いない。
激昂しているように見えるのは演技? あるいは野生の勘に優れた感覚派?
見た感じだと後者な気がする。
『ヒソヒソ(どうしよう水母。これ以上騒ぎを大きくしたくないんだけど)』
『ボソリ(自業自得)』
大人しく捕まるのは論外だ。仮面を取れと言われたら、マントの中身が空っぽな事がバレてしまう。
ならばここは檀公三十六策。逃げるに如かずか。
防がれる事前提で一発かませば隙も作れるだろう。
「何をブツブツ言ってやがる! テメエ――なっ?! そこにいるのはトリィとリッタか?!」
「わ、若?!」
「マルツォ様!」
暗さに目が慣れて来たのだろう。傾奇男が襲われていた二人の女性――トリィとリッタだっけ? の存在に気が付いた。
二人も自分達の名前が呼ばれた事で、ハッと我に返ったようだ。
立ち上がると傾奇男に駆け寄り、縋りついた。
若い女性に抱き付かれて慌てる男。
おうおう、若いのう。
必死に取り繕っているようだが、はだけた肌にチラチラと目を奪われているのは誤魔化せんぞ。
女は男のそういう視線を見逃さないのだよ。
「お、お前ら一体?! こ、こんな所で何をしているんだ?!」
傾奇男は私の方を警戒しながらも、怯える女性を振り払う事も出来ずに困っている。
あ、ご存分にどうぞ。
逃げるなら今が絶好のチャンスなんだが、後々のためにもここで誤解を解いておいた方がいいだろう。
まあ、誤解も何も、私が大モルト軍の兵士達を殺したのは事実なんだが。
ちゃんとした理由があったと分かってさえ貰えればそれでいいのだ。
【ごゆっくり】
「ごゆっくりって何だよ! 何で急に屈伸なんて始めたんだ?!」
屈伸? ああ、水母が気を利かせて、手を左右に広げて屈伸しているのか。じゃあ折角なので。
【ねえ、今どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち?】
「はあっ?! どんな気持ちって何だよ! てか、おい! いい加減、誰か状況を説明しやがれ!」
すっかり毒気を抜かれた傾奇男は、顔を赤くしながら悲鳴を上げたのだった。
ようやく落ち着きを取り戻した女性達――トリィとリッタが、これまでの事情を傾奇男に説明した。
「そ、そうだったのか。すまなかったな。俺がお前達を置いて先に行っちまったせいで、酷い目に遭わせちまった」
「いえ。道をちゃんと覚えていなかった私達がいけなかったのです」
真面目そうな女性が(多分、こっちがトリィだと思う)そう言って頭を下げた。
そういう男を甘やかせるような事を言うのはどうかと思うぞ?
二人は捕虜のラリエール男爵の所に、手料理を持って行く途中だったという。
本当なら傾奇男――マルツォだったか? も一緒に行く予定だった所を、彼は待ちきれずに先に向かってしまったんだそうだ。子供か。
それはそうと、ラリエール男爵ってどこかで聞いたような気がするな。何て言うか、記憶のどこかに引っかかっているような・・・って、あっ! 思い出した!
ラリエール男爵ってショタ坊の事か! 確かショタ坊は男爵家の養子になったとかで、今の名前はショタ・ラリエールだったはずだ!
『訂正。ルベリオ・ラリエール』
そうそう、それな。ルベリオ・S・ラリエール。えっ? Sはいらない? はいはい。ルベリオ・ラリエールね。
「その途中でコイツらに襲われたって訳か」
傾奇男マルツォは、怒りも露わに足元の死体を見下ろした。
おっと、言い訳するならこのタイミングだな。
【彼女達の貞操を守るためとはいえ、そちらの兵士に手をかけた事は謝罪する。しかし、狭い路地裏に多勢に無勢。ましてや相手は武器を抜いたため、こうするより他に仕方が無かったのだ】
「なに、気にする事はねえ」
マルツォは「ふん」と鼻を鳴らした。
「ステラーノ家の家人を襲ったんだ。どの道コイツらの命はねえ」
どうやらマルツォの実家はそれなりの貴族家らしい。ただの兵卒が――平民が――貴族家の使用人を襲って無事に済む訳はない。最悪、親兄弟、一家纏めて殺されて然るべき罪との事だ。
「そうなる所が自分の命ひとつで済んだんだ。コイツらもあの世で肩身の狭い思いをせずに済んで良かっただろうよ」
マルツォは「出来れば俺自らが首を刎ねたかったが、流石にそれをお前に言うのは筋違いだろうぜ」と吐き捨てた。
おっと、この感じ。これって無罪放免、って感じでいいのかな?
私、助かっちゃった?
「それで、料理の方はどうなったんだ?」
「それならあっちに」
少し軽そうな女性(多分こっちがリッタだろう)が、近くの木箱の上に置かれた鍋を「よいしょ」と持ち上げた。
蓋を開けると、美味しそうな匂いが辺りに漂う。
トリィが中身を覗き込んで頷いた。
「見た感じは大丈夫そうですね」
「そうか。ひょっとして後で食うつもりで避けていたのかもしれねえな」
「流石にここだと匂いが酷過ぎて、あまり美味しそうには思えませんけどね」
リッタが困った顔で苦笑した。
そう? 普通に美味しそうな匂いがしてると思うけど。
どうやら人間の鼻では、辺りの死臭が強すぎて、料理の匂いが嗅ぎ分けられないようだ。
その点、私はメス豚だからな。チャーミングなこの大きな鼻は伊達ではないのだよ。ブヒヒ。
「それじゃあ、死体の始末は適当な兵士に任せるとして――おい!」
マルツォは私の方に振り返った。
「コイツらを助けてくれた礼だ。一緒にメシでも食おうぜ。なあに、チビ助なら気にしねえと思うぜ。ああ見えてなかなか肝の座ったヤツだからな」
私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
理由は説明したといえ、コイツは自分の国の兵士を殺した謎の黒マントを食事に誘うのか? しかも他人の家の食事に?
神経が図太いにも程があるだろう。
トリィとリッタは怯えたような目で私を見ているが、そっちの反応の方が普通だと思うぞ。
【誘いは嬉しいが、今は急ぎの仕事があるので失礼する】
「おいおい。連れねえな。まあ急ぎだっていうなら無理には引き留めねえよ。――あっと、最後に確認しておきたい事があった」
マルツォは笑顔をそのままに、目を鋭く光らせた。
「お前に会いたくなったら、クロコパトラとかいう女を訪ねればいいんだよな? 確か亜人の女王だったか」
【――!】
私はハッと動きを止めた。
なぜ、ここでクロコパトラの名前が出て来る? この男は何を知っている?
月影は亜人の女王クロコパトラの影。――という設定だが、私はその話をこの場ではしていない。
沈黙の時間が流れた。
マルツォは「ちっ」と舌打ちをした。
「鎌をかけてみたが、全身黒マントと仮面じゃ流石に反応が分からん。まあ、黙り込んだ所を見ると、図星で正解か」
マルツォは槍を軽くしごいた。
「チビ助の話を信じていなかった訳じゃねえ。だが、魔法ってのは俺が予想していたよりも、よっぽどヤバイ代物だったらしい。肝に銘じておく事にするぜ」
この言葉で私はようやく理解出来た。
マルツォはショタ坊からクロコパトラ女王の話を聞いていたのだ。
そして足元の死体の傷だけで、私の攻撃が魔法によるものだと当たりを付けたのである。
なんという直感。
こと戦いに関して、この男はとんでもない才能を持っているのは間違いない。
私がマルツォを、大モルトに名高い”七将”、”百勝”の異名を持つステラーノの孫だと知るのは後日の事である。




