その263 メス豚、路地裏で
【じゃ、周囲の偵察をしてくるから】(CV:杉田〇和)
私は黒マントの怪人、月影の姿で、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達に告げた。
「なんて言うか、声の違和感がスゲエな」
「ああ。まるで別人みたいだ」
「今のはクロ子が喋ったんだよな?」
隊員達は戸惑った様子で顔を見合わせている。
そういや、コイツら相手に月影の姿で喋った事って、今までなかったんだっけ。
【無論だ】
「無論だ、って・・・口調まで変わっているんだが」
副官のウンタが呆れ顔で呟いた。
いやね。声がカッコイイと、ついテンションが上がってしまうんだよ。声のイメージに引っ張られると言うか。
別に自分の地の声が嫌いって訳じゃないんだよ。アレだよアレ。役割演技ってヤツ?
【これはロールプレイだ】
「いや、何言ってんのか分かんねえよ」
キズだらけの大男、カルネの突っ込みに、隊員達はウンウンと頷いた。
まあいいや。晩御飯の前にやるべき事をサッサと済ませよう。
私達は大モルト遠征軍指揮官との会談の地、パルモに到着した。
ちなみにいつものように、俺達の魔法をフル活用した高速移動である。
道中の街道では何台もの馬車をぶっちぎってやったわい。
きっと彼らの目には、我々は競歩かマラソンの集団のように見えていたに違いない。
そんなこんなで、私達はお昼過ぎにはパルモに到着したのだった。
多分、今回招集を受けた者達の中で、我々が一番早く現地入りしたのではないだろうか?
早い者勝ちで会談の順番が決まる訳じゃないだろうけど。
【風の鎧】
私は毎度おなじみ身体強化の魔法をかけると、ヒラリと館の屋根に駆け上った。
大モルト軍との会談の結果がどうなるかは分からない。
可能性としてはあまり高くないと思うが、謀殺の危険だってある。
いざ逃げ出さなければならなくなった時に慌てないよう、事前にある程度、周辺の地理と大モルト軍の警備状況を知っておくべきだろう。
そんな事態になりそうなのかって? いや、知らんけど。
平安時代。蝦夷地(今の東北地方)の族長、阿弖流為は、朝廷の支配に反発。十年以上にも渡って激しい戦いを繰り広げた。
この時、朝廷軍の副将軍の一人に任命されたのが、後の征夷大将軍。毘沙門天の化身とも言われた英雄、坂上田村麻呂である。
最終的にアテルイは田村麻呂へ降伏。氏族の者達500余人を率いて朝廷軍へと下ったそうである。
戦いが終わり、アテルイを連れて平安京へ凱旋した田村麻呂は、「二人はこうして降伏したのだから、東北は彼らに任せるべきである」と訴えたのだが、都の貴族達は彼の言葉を拒否。
「ヤツは野獣と同じだ。また裏切るに決まっている」と言って、アテルイを処刑してしまったのである。
といった訳で、大人しく降伏したからといって殺されないとは限らない。
むしろ「これ幸い」と謀殺される可能性の方が高いかもしれない。
何事も備えあれば患いなし。なにせ今の私は隊員達の命も預かる身だからな。
石橋を叩いて渡る。ノンノン。渡る可能性に備えて、前もって叩いておくのだよ。
さてと。周囲の様子はどうなっておるのかな。
ふむ。ザッと見渡した所、この辺は比較的家が密集しているようだ。どうやら町の中心部に近い位置にあるらしい。
コッソリ逃げ出すなら、外れにあった方が楽なんじゃがのう。
兵士達の姿は・・・ここから見ただけで、結構な数がウロウロしているのが分かる。
なにせ四万人近くの軍勢だからな。全員が町に入っている訳ではないだろうが、それでも結構な数になるのだろう。
あまりあちこちウロチョロしていると、誰かに見付かってしまいそうだ。
『う~ん。本格的に調べるつもりなら夜になってからかもね』
幸い、この辺りは建物が密集しているので、屋根から屋根に飛び移るのに苦労はしなさそうだ。
いざとなれば、幽霊屋敷の時ように水母に運んで貰えばいいんだけど。
『ん? あれは・・・』
通りの一角で若い女性が二人。だらしなく着崩した男達に取り囲まれているのが見えた。
『あれも大モルト軍の兵士か? 昼間から酔っぱらって女の子に絡んでいるとか? あっ。路地裏に引っ張り込んだ』
男達は女性の口を塞ぐと、強引に路地裏に連れ込んだ。
彼女達も懸命に暴れているが、男の腕力には敵わないようだ。
『・・・・・・』
『放置を推奨』
わざわざ水母に忠告されるまでもない。
ここで大モルト軍の兵士と揉め事を起こしていい事なんて何もない。
なにせ相手は戦勝国。こちらは敗戦国だ。
確かに、同じ女性として目の前の光景は許し難い。
だが、今、この国ではあちこちで民間人に対する殺人やレイプが行われている。
その一つがたまたま私の目の届く場所で行われた。ただそれだけの事に過ぎない。
男達は女性二人を地面に押し倒すと、その上にのしかかった。
暴れる女性に苛立ったのか、片方の男が彼女の顔を殴りつけた。
女性の鼻から血が流れ、服に赤黒い染みを作る。
『再度推奨』
『・・・聞いてるわよ。自分から揉め事に首を突っ込むなって言ってるんでしょ?』
何度も言われなくても分かっているっての。
見ず知らずの女性のために、クロコパトラ歩兵中隊の仲間を――私達の帰りを待っている亜人の村人達を危険に晒すような事は出来ない。
そう。私にだってそのくらい分かっているのだ。
諦めたような声で水母が呟いた。
『意味不明』
「な、なんだテメエは!」
レイプ犯の一人が私の――月影の姿を見つけて叫んだ。
男達が一斉に顔を上げてこちらに振り返る。
そう。いつの間にか私は路地裏に降り立ち、彼らに近付いていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それは異様な姿をした人間だった。
音もなく、突然この場に現れた謎の怪人。
全身をスッポリと覆った黒いマント。唯一、表に出ている顔は木製の仮面で隠されている。
男なのか女なのか、大人なのか子供なのかすら分からない。
あるいは路地裏の闇からにじみ出た、人ならざる者なのかもしれない。
「なんだテメエは!」
男が再度、重ねて怒鳴った。
男の声は恐怖と緊張でやや裏返っていた。
黒マントは返事をしない。ポッカリと開いた二つの目はどこを見ているのか分からない。
あるいはここではない何かを見ているのかもしれない。
人が路傍の石をわざわざ気にしないように、この怪人にとってはこの場にいる人間など、意識する価値さえ感じていないのではないだろうか?
「ちっ! クソが! シカトしてんじゃねえぞ!」
男の中の一人――最も血の気の多い短気な男が、愛用の大型ナイフを引き抜いた。
狭い路地裏では長い武器は取り回しが悪い。
彼はこのナイフで、今まで何人もの人間の命を(その多くは民間人だった)奪っていた。
【抜いたか。正当防衛なら仕方ないよね。うん。仕方ない】
「せいとう? 何だって?」
【最も危険な銃弾】
パンッ!
乾いた破裂音と共に、男の頭がガクンと跳ね上がった。
そのままドサリ。ゆっくりと仰向けに倒れた。
「はあっ?!」
「お、おい。どうした――ヒッ!」
男の顔面はザクロのように弾けて真っ赤に染まっていた。
ピクリとも動かない。即死だった。
「なっ?! ゴウロに何をしやがった! テメエ――【最も危険な銃弾】――ぐはっ!」
「ま、待て! 俺達は大モルト軍の――【最も危険な銃弾】――ぶっ!」
「や、止せ! 止めろ!――【最も危険な銃弾】――ひっ!」
パンッ! パンッ!と乾いた音が連続して響くと同時に、男達は顔面を、そして腹を、血で真っ赤に染めて倒れた。
なすすべなく次々と倒れて行く男達。
それはまるでタチの悪い冗談のようだった。
こうして最後に一人だけが残された。
それはついさっき、女性を殴ったあの男だった。
「な、何だ? い、一体何が起きたんだ? コイツらに何があったんだ? お、お前は一体何なんだ?」
【最も危険な銃弾】
「よせ――ギャアアアアアッ!」
クロ子の魔法は男のむき出しの股間に命中。
男は激痛に絶叫すると、背を丸めて崩れ落ちた。
【うるさい。最も危険な銃弾】
パンッ!
男の頭が真っ赤に弾け、彼は物言わぬ屍となった。
こうして卑劣なレイプ犯達は、月影ことクロ子の魔法によって全滅した。
最初の男が死んでから、最後の男に止めを刺すまで一分未満。正に秒殺であった。




