その262 メス豚、到着する
大モルト軍の指揮官、ジェルマン・アレサンドロの招集に応じて集まったこの国の領主達。そして私。
彼らはお供の武官達と切り離され、身の回りの世話をする数名と共に大モルト軍の本部、コラーロ館に入っているという。
「お前達が宿泊するのはここだ」
しかし、我々がちょび髭ことガルメリーノ・ガナビーナに案内されたのは、コラーロ館を遠くに臨む、そこそこ大きな館だった。
ふむ。つまり私はコラーロ館にお呼ばれしていないと。
なる程。
私達は館に入ると荷物を降ろした。
「何か言いたそうじゃの?」
「あ、いや、何でもない」
ちょび髭はやや気まずそうに目を反らした。
どうやら私が「なぜ妾達はコラーロ館に呼ばれていないのじゃ!」などと言い出すんじゃないかと身構えていたようだ。
それが素直に従ったので、肩すかしを食った気になったのだろう。
ぶっちゃけ、私は屋根さえあれば納屋だろうが厩だろうが構わないのだ。
だって豚だし。
とはいえ、これでも隊員の身を預かる立場なので、本当に厩に案内されたら流石に文句を言ったと思うけど。
そもそも、ちょび髭に文句を言っても意味がない。コイツも上から言われた事を私らに伝えているだけなのだ。
ならばちょび髭の心象が悪くなるだけ損というものだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
元々、ここパルモの地は富裕層の避暑地とあって、町の規模の割には人口密度は非常に低い。
そこに大モルト軍が攻め込んで来るとあって、ほとんどの者は王都へと逃げ出し、ほぼ無人と化していた。
大モルト軍は何の抵抗も受けずに、そのまま町を占領。
国王バルバトスを始めとする捕虜達も、同じくこの地へと移されていたのだった。
「おーい! チビ助はいるか?!」
大きな声と共に、家のドアが勢い良く開け放たれた。
どこかの商家が所有するこじんまりとした一軒家である。
声の主はまだ若い。少年と言ってもいいだろう。日本で言えばまだ高校生くらいだろうか?
同年代の中ではどちらかと言えば小柄な体。気の強そうな顔に無数の傷跡。
着崩した服に、これ見よがしな高価な装飾品。
パッと見、裏社会のチンピラか何かのようにも見えるが、にじみ出る育ちの良さと生来の明るさがガラの悪さを相殺している。
少年はズカズカと家に上がり込むと、手にした槍を適当な場所に放り投げた。
家の外で見張っていた兵士が、慌てて槍を拾い上げた。
「マ、マルツォ様! 武器をお持ち下さい! ここにいるのはサンキーニ王国の捕虜なのですよ!」
「あぁん?」
マルツォと呼ばれた少年は、兵士に振り返ると目をすがめた。
「テメエ、この俺が素手だとチビ助に後れを取るって言うのかよ?」
「なっ?! そ、それは・・・」
ギシリッ
まるで空気が音を立てて軋んだように感じられた。
マルツォの少年とは思えない凄みに、兵士のこめかみに冷や汗が伝った。
(さ、流石は七将、百勝ステラーノ様の孫。この若さで何という殺気だ・・・)
緊張の時間は、しかし、長くは続かなかった。
新たな声が張り詰めた空気を吹き飛ばした。
「マルツォ様。彼は自分の仕事を果たしているだけでございます。私が言える立場ではありませんが、あまりお国の兵士を困らせるべきではないと思いますよ」
「おお、チビ助! 遊びに来てやったぜ!」
マルツォは破顔一笑。困った顔をしている大人しそうな少年――ルベリオに振り返ったのであった。
ルベリオはマルツォを応接間に案内した。
イサロ王子の軍師、ショタ坊ことルベリオ少年。
王子軍は大モルト軍ハマス別動隊に降伏したが、そのハマス別動隊はジェルマン・アレサンドロ率いる本隊に敗れてしまった。
取り残された王子軍は、今度は本隊の捕虜となり、このパルモの地まで連れて来られていたのである。
「捕虜っつったって、お前はもう身受けが決まってるじゃねえか。もっと堂々としてりゃあいいんだよ」
「そう言われましても。敗軍の将には変わらない訳ですし」
国家存亡の大戦とあって、サンキーニ王国はこの一戦に持てる限りの全戦力を投入した。
ここで迷いなく、その手段が切れる所が、国王バルバトスが四賢侯と謳われる所以であろう。
しかし、結果は敗北。国王バルバトスを始めとして、多くの将兵が囚われの身となった。
大モルト軍が彼らをこのパルモまで連れて来た理由。それは王都や領地に残した家族に、将兵達を買い戻させるためだったのである。
要は身代金目当てという訳だ。
ちなみにルベリオは、立場こそラリエール男爵の当主とはいえ、実際は名ばかりの爵位。
領地どころか屋敷すら持っていない。
そんな彼の身代金はイサロ王子の母親の実家、マサンティオ伯爵家が支払う事になっていた。
「んだよ、敗軍って。チビ助の所は負けてねえだろ。この国の国王の軍が俺らに負けたから、仕方なく王子の軍も降伏しただけで、ハマスんトコの軍には勝ってたんだろうが」
「勝っていたと言うのは、流石に言い過ぎですよ。相手の方が何倍も戦力が上だった訳ですし」
「それで勝てなかったんだから、ハマスのヤツらは言い逃れは出来ねえよ。お前らは良くやった。そこは自覚しとけ。
なあチビ助。お前はまだチビだから謙虚になるのもいいし、俺もお前のそういう所は嫌いじゃねえ。けど、それもあまりに度が過ぎると、いつかテメエの手柄を他のヤツに奪われていいように利用されちまうだけだぞ。
それでもお前は構わねえのかもしれねえが、俺らは部下を率いる立場だ。それじゃ命を張ってくれる部下があまりに報われねえだろうが」
二人は日本ではまだ高校生くらいの少年と、中学生に入るか入らないかくらいの少年。
しかし、この世界では、互いに将として部下を――他者の命を預かる立場にあった。
「・・・確かにそうですね。私の考えが足りませんでした。教えて頂きありがとうございます」
「チッ。だからそういうの止めろって言ってんだろうが、むずがゆい。お前はいつも真面目過ぎるんだよ」
マルツォはこの年下の少年を気に入っていた。
最初は「ハマス別動隊の手を焼かせたイサロ王子の軍はどういうものだったのか」「一体どういう戦いをしたのか」が気にかかり、捕虜に疑問をぶつけたのが始まりだった。
そこでマルツォは、クロコパトラ女王率いる亜人の部隊が、ハマス別動隊の精鋭、”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロが率いる”五つ刃”を打ち破った事を知った。
更にマルツォは衝撃的な話を聞かされた。
「サンキーニ王国では、亜人だけの部隊が存在するってのか?!」
なんとサンキーニ王国では亜人だけで遊撃部隊を作り、彼らの魔法を戦力として利用しているというのだ。
「魔法を戦争に・・・そんな事、本当に可能なのかよ」
マルツォは、以前クロ子達が戦った隣国ヒッテル王国のロヴァッティ伯爵軍の狂竜戦隊の事は知らない。
だから魔法とは「竜が獲物を獲る時に使う、原理の分からない攻撃方法」としか思っていなかった。
それはこの世界に生きる人間の平均的な知識といっても良かった。
マルツォは何人もの捕虜から情報をかき集めた。
やがて彼は、この奇策を立てたのが自分より若い――まだ幼いと言ってもいい少年である事を知ったのだった。
それからである。彼は何かにつけてこの少年を――ルベリオを気にかけるようになった。
大モルト軍にも若い将兵はいるが、兵ならともかく、流石に将には彼と同年代の若者はいない。
捕虜とはいえ、立場や年齢の近いルベリオのような存在は貴重だった。
そして武を尊ぶ傾向の強い大モルトにあって、寡兵で善く大軍と戦ったイサロ王子軍は一目置かれていた。(この点に関しては、ハマス別動隊という共通の敵と戦った間柄も影響していると思われる)
こうしてマルツォは、いつしかルベリオを弟分のように考え、気安く付き合うようになっていったのだった。
「それで今日はどういったご用件なのでしょうか? そろそろ日が暮れますが、お時間は大丈夫なんですか?」
ルベリオの声にマルツォはハッと我に返った。
「ああ、だから来たんだ。お前、ロクなもんを食ってねえだろ? 前に言ってた大モルトの料理。あれを作らせたから一緒に食いながら話でもしようと思ってよ」
ルベリオは元が村の少年だったために粗食には慣れている。
そして(まだ幼い少年だから当たり前とも言えるが)自分では全く料理が出来ない。
村にいた時は祖母が料理をしていて、彼は野菜すら切った事が無かった。
そのため、ルベリオはいつもは見張りの兵士に頼んで彼らの食事を分けて貰っていた。
「そうですか! ありがとうございます!」
粗食に慣れているとはいえ、別に美味しい食事が嫌いな訳ではない。
むしろ王都のマサンティオ伯爵家の屋敷で過ごすようになってから、すっかり舌が肥えてしまっていた。
ルベリオは久しぶりに年相応の少年らしい笑顔を浮かべた。
「・・・それにしても遅せえな。そろそろ着いてもいい頃なんだが」
マルツォは顎を掻きながら窓の外に目を向けた。
「誰かが持ってくる事になっているんでしょうか?」
「ウチの侍女共だ。お前も知ってるだろ? アイツらに持って来させているんだが・・・どこかで迷っているのかもしれねえな。しゃーねえ。ちょっと見て来るか」
マルツォはパチンと膝を手で打つと、勢い良く立ち上がった。
ルベリオは玄関までマルツォを見送ると、申し訳なさそうに謝った。
「すみません・・・。私も一緒に行ければいいんですが」
「気にすんなって。身受けが決まっているっつっても、今はまだこの家から出られねえもんな。つー訳で、ちょっと待ってろ。すぐに美味いモンを食わせてやるからよ」
マルツォは家の見張りの兵に「ちょっと出てくんぞ」と告げると、愛用の槍を受け取り、通りの向こうに消えて行ったのだった。
山に囲まれたパルモは、空が赤くなったと思うと直ぐに夕日が西の山の稜線の向こうへと消える。
早くも薄暗くなりつつある路地裏に、数名の兵士達が集まっていた。
「は、放して! 私達はステラーノ家の――」
若い女性の叫び声。
「そいつを黙らせろ。他のヤツらに聞かれたらマズイ」
バシッ!
大きな音が辺りに響いた。
そして女の悲鳴。
「おい! 顔を殴るんじゃねえよ。せっかく見つけた若い娘なんだぞ。俺は顔を腫らした女に興奮する趣味はねえぞ」
「良く言うぜ。穴が開いてりゃ何でもいいくせによ」
「起たねえなら先に言ってくれ。その分、俺の順番が回って来るのが早くなるからな」
「・・・誰もやらねえとは言ってねえだろうが」
男に殴られた女性は痛みと恐怖に怯えた目で男達を見上げた。
鼻から流れた血が、白いシャツに黒い染みを作る。
この場にいるもう一人の女性――彼女の同僚は男に組み敷かれながらも必死に抵抗をしている。
大きく捲れたスカートの中からすらりと伸びた太ももが露わになり、男達から野卑な歓声が上がった。
(なんでこんな事に・・・)
簡単な使いのはずだった。
二人はステラーノ卿マルツォの侍女。
彼女達はマルツォに命じられ、自分達が作った料理をルベリオの家まで運んでいる所だった。
実は館を出る所まではマルツォも一緒だったが、落ち着きのない主人は「俺は先に行っているから、お前らは後から来い」と言い残し、走り去ってしまったのである。
「それでどう? 家の場所は分かる?」
「多分、この辺だったと思うんだけど・・・」
道に迷った若い女性。そしてここは占領地。
規律の緩んだ兵士にとって、二人は隙だらけの恰好の獲物に思えた。
「よお。何か困ってるみたいだけど、俺らが案内してやろうか?」
そんなおためごかしの言葉と共に仲間の兵士が二人を取り囲むと、近くの路地裏に引っ張り込んだのである。
思わぬ獲物に獣欲をたぎらせる男達。
そんな中でも比較的理性を残した男が、疑問の声を上げた。
「なあ、今コイツ、ステラーノ家とか言わなかったか?」
「ステラーノって百勝ステラーノか? たまたま襲った女がステラーノ家のヤツだったって? そんな偶然がある訳ねえだろ。適当に知ってる名前を言えば俺達がビビると思ったんだよ。決まってるだろうが」
しかし、彼も仲間の言葉にあっさりと「それもそうか」と納得してしまった。
わずかばかり残った理性も、若い女の白い肌の前には消し飛んでしまったようだ。
「下らねえ事を言ってないで外を見張ってろ。順番が来たら呼ぶから――な、なんだテメエは!」
仲間の声に振り向いた男達は、ギョッと目を剥いた。
いつの間にか、漆黒のマントに身を包んだ仮面の怪人が、静かに佇み、ジッと男達を見ていたのである。




