その255 メス豚vsイリーガル部隊
私は王都の屋根を疾走した。
――いた!
捜していた男達はすぐに見付かった。
オスティーニ家の屋敷を襲撃した、大モルト軍の工作員達だ。
見付かった、とは言ったものの、十人程の男達が王都の町を集団マラソンしているのだ。こんな物、逆に見付けられない方がどうかしている。
幸い、ヤツらはまだ私の接近に気付いていないようだ。
どうする? 後方から不意を突いて襲い掛かる? それともこのままヤツらのアジトまで尾行を続ける?
襲撃の利点は、言うまでもなく奇襲になる点だ。
相手の数は約十人。戦闘の前に敵の数を削れるのは正直ありがたい。
欠点としては、ヤツらが金持ち一家のお姉ちゃん――アンネッタをさらっている、という点だ。
ヤツらにアンネッタを人質にされてしまったら、私は手も足も出せなくなってしまう。
逆に尾行の利点は、襲撃のタイミングをこちらが好きに選べるという点だ。
王都騎士団の副団長、リヴィエラに協力を頼むのもいい。
ワンチャン上手くいけば、この王都に潜伏している大モルト軍の工作員を一掃出来るかもしれない。
『あっ』
その時だった。工作員の一人がこちらに振り返ると、仲間に何か叫んだ。
全員が一斉にチラリと後方を振り返ると、彼らの速度が上がった。
シット! 見つかっちまった!
どうやら屋根の上を走る黒マント姿は、非常に目立っていたようだ。
バットな男のハリウッド映画も、全身黒タイツのヒーローだけど、彼の活動時間は主に夜だった。
せめて昼間は白マントにしておくべきだったかもしれない。でも白は汚れが目立つんだよなあ。
おっと、現実逃避している場合じゃなかった。
こうなれば尾行は不可能だ。だったら実力行使あるのみ。
私は急加速。彼らに追いつこうとした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大モルトの諜報部隊。その実行部隊”棘”。
彼らは外に待機していた仲間と合流すると、前もって下調べしておいたルートで逃走を開始した。
目的地は平民街。
現在、この王都は大モルト軍から逃れて来た避難民達で――余所者達で溢れ返っている。
木の葉を隠すには森の中。人を隠すには人混みの中。
余所者の集団に上手く紛れ込めば、自分達の痕跡を辿られる可能性は限りなく低くなるだろう。
傷だらけの長身の男――実行部隊のリーダー、毒蛾は、誘拐した少女を担ぎ直した。
少女は騒がないように、今は薬で眠らされている。
走っている振動で少女の束ねた髪が崩れ、ほつれた髪が風に揺れる。
少女の髪の匂いと体温が、毒蛾の嗜虐心を激しく刺激した。
(隠れ家に着いたら一晩中可愛がってやる)
この少女は一体どんな顔で泣き叫んでくれるだろう。
その光景を想像して、毒蛾は傷跡で引きつった顔を醜く歪めた。
「右後方! 屋根の上! 尾行されている!」
部下の誰かが叫んだ。
毒蛾はハッと我に返った。
全員が走りながら後方を確認する。
どこだ? 見えた!
確かに、黒マントの男が屋根の上からこちらを追走していた。
毒蛾は速度を上げた。
少女とはいえ、人間一人を担いでいるとは思えない速度だ。
部下は一人も脱落する事無く彼の後に続く。
「――振り切れない?!」
黒マントは彼らが足を速めた分だけ速度を上げていた。
いや、違う。ヤツはこちらに追いつくつもりだ。
「腕の立つ順から六人残ってヤツを始末しろ。目撃者は放置して構わん。速度優先だ」
「「「はっ!」」」
たった一人の相手に、六人がかりで挑むのは時間短縮のためだ。
今の所追手は一人だが、下手に時間をかけてしまえば他にも現れるかもしれない。
そうなる前に、可能な限り迅速に邪魔者を始末する。
六人の部下達が左右に散った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
男達が二手に分かれた。
五人は相変わらず逃走中。別れた男達は建物の中に消えた。
なんぞ?
と思った途端に男が一人、進行方向の屋根の上に現れた。
男はスラリと剣を抜き放った。
『邪魔をするな! 最も危険な銃弾!』
「なにっ?! ぎゃっ!」
不可視の弾丸が男の胸板に炸裂。
男はもんどりうって地面に落下した。
『魔力障壁』
カカン! 硬い音と共に短い矢が二本。見えない何かに当たって跳ね飛ばされた。
驚いて振り向くと、道の反対側の屋根に男が二人。こちらに小型の石弓を向けていた。
「なんだ?! 矢が跳ね返されたぞ!」
「怯むな! 次の矢をつがえろ!」
どうやら今の矢は私を狙ったもののようだ。
それを水母が察知。魔力障壁で防いでくれたらしい。
小型の矢の貫通力では水母の魔力障壁を抜けないようだが、一方的に狙われていい気はしない。
私はMではないのだよ。
私はヒラリ。道の上を飛び越えると彼らの前に着地した。
「なっ! この距離を飛ぶのか!」
『魔力障壁』
『最も危険な銃弾×2!』
「ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
至近距離での打ち合いは私の勝利。
男達の放った矢は水母の魔力障壁に当たって跳ね返され、私の魔法は男達の顔面に命中。彼らの命を瞬時に奪った。
『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ』
確かハードボイルド小説の主人公のセリフだったと思う。
自分は魔力障壁で守られているくせに偉そうだって?
別にいいじゃん。二対一だったし、私はか弱い子豚ちゃんなんだぞ。
『幻聴?』
『・・・何よ水母。何か文句でもある訳?』
道の反対では屋根の上に登った男達が、こっちを見て慌てている。
ただし攻撃は飛んで来ない。
どうやら飛び道具を持っている敵はこちら側にしかいなかったようだ。
『だったら点火!』
私は点火の魔法でクロスボウの弦を焼き切った。
これでヤツらに回収されてもすぐには使えないだろう。
『あばよ。バイバイキーン』
ヤツらの狙いは私の足止めにある。ならば律義に付き合ってやる義理はない。
アンネッタを助けた後、それでもまだ襲い掛かって来るなら、その時は相手をしてやる。
私は屋根の男達を無視。
逃げた誘拐犯の追跡を再開したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ヤツだ! 屋根の上!」
毒蛾は仲間の声に驚いて振り返った。
屋根の上を走る不気味な黒マント。
先程の追跡者である。
(まさか六人もの腕利きがこの短時間にやられたというのか?!)
諜報部隊”草葉”の”棘”。
荒事専門の実行部隊とは言え、所詮は騎士団崩れの集まり。
純粋に剣術の腕前だけを見るなら、騎士団の中でもせいぜい中の下といった所だろう。
しかし、実戦は訓練場での一対一の腕比べなどではない。
ルール無用、何でもありの市街地戦闘なら、棘の男達は騎士団の腕自慢相手にも引けは取らない。毒蛾はそう考えていた。
しかし現実は違った。
彼らはたった一人の黒マントに敗れ。ヤツはこうして自分達に追いついて来た。
(バカな! あり得ん! あいつは一体何者なんだ?!)
オスティーニ商会の用心棒。ではない。
たかが商会の護衛ごときが、自分達イリーガル部隊を相手に出来るはずがない。
そんな事があっていい訳がない。
毒蛾はチラリと通りの向こうに目を向けた。
目的地は――平民街まではまだ距離がある。
このまま逃げ切れるとは思えない。
「散開しろ! ここでヤツを仕留める!」
「「「はっ!」」」
こちらの人数は五人。
しかし、ここには自分が――棘のリーダー毒蛾がいる。
(どんな化け物か知らんが、俺達を敵に回してタダで済むとは思うなよ)
毒蛾は担いでいた少女をその場に降ろすと、愛用の幅広ナイフを抜き放った。
次回「メス豚vs毒蛾」




