その252 メス豚と襲われた屋敷
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子達三人を乗せたオスティーニ商会の馬車は、貴族街を走っていた。
最初に月影がイスに座るの座らないのといったゴタゴタがあったがそれはそれ。
直ぐに今回の一件の事情説明が行われた。
騎士団団長バローネ男爵の長年の横領。更には殺人の容疑。
月影inクロ子の戦い。その際に聞かされたサバティーニ伯爵の疑惑。
そして騎士団副団長、リヴィエラによる拘束。
「――という事で、俺達は騎士団の監視下に置かれるはめになったって訳さ」
ドン・バルトナはそう言って話を締めくくった。
ロバロ老人は関心があるのか無いのか、最後まで眉一筋動かさずに説明を聞いていた。
ドン・バルトナは話を終えると、真剣な面持ちで身を乗り出した。
「オスティーニさんよ。この一件、まさかあんたが裏で噛んでるんじゃねえだろうな?」
「・・・なぜそう思った?」
ロバロ老人は表情を変えずに答えた。
「俺の勘・・・てのは冗談だ。伯爵家が絡むとなれば、いくらなんでも事件がデカ過ぎる。それだけ多くの人間が関われば、当然、大金だって動く。王都の金の流れを牛耳るあんただ。コイツに気付かなかったとは思えねえ。違うか?」
「ふん――ワシを買い被りすぎじゃ」
ロバロ老人はつまらなさそうに切り捨てた。
「今の王都は荒れに荒れておる。息子夫婦がネクロラの信徒に襲われた件もそうじゃ。ワシの目の届かない事などいくらでも起こっておるわい」
「・・・そうかい? まあ、あんたがそう言うならそうなんだろうな」
ドン・バルトナは意外な程アッサリと引き下がった。
しかし、その顔はロバロ老人の言葉を信じているようには見えなかった。
実際、彼はこの一件に何らかの形でロバロ老人が関わっていると確信していた。
(そうでもなきゃ、この食えねえ爺さんがすんなり俺達を助けに来る訳はねえ。大方、俺達に恩を着せておいて、これ以上勝手な動きをしないように釘を刺す。あるいは、目の届く所に置いて監視する。とまあ、そんな所だろうぜ)
このドン・バルトナの予想は、当たらずとも遠からず、といった所だった。
確かにロバロ老人はサバティーニ伯爵の武装蜂起に関係している。
しかし、それは資金援助という形で、ドン・バルトナが思っているように、計画に深く関わっている訳ではなかった。
ドン・バルトナと月影を助けたのも、「恩を売っておくか」程度の意味合いだったのである。
ロバロ老人の言うように、現在の王都は様々な思惑が入り混じり、金融界の巨人、ロバロ老人をもってしても、全てを読み取ることは不可能になっていたのだ。
そしてロバロ老人は、窓の外を見ながら考えに沈んでいた。
(しくじったな。サバティーニ伯爵)
サバティーニ伯爵の家令は騎士団団長バローネ男爵に声をかけた。
彼が今まで横領した大量の騎士団の装備を買い取るためである。
しかし、バローネ団長は部下の副団長どころか、ドン・バルトナにまで横領の証拠を掴まれていた。
サバティーニ伯爵はバローネ団長の無能さを見誤ってしまったのである。
そして現在、王都には避難民に混じって、大モルト軍の諜者が大量に入り込んでいる。
(バルトナにまでバレたくらいだ。大モルト軍まで計画が漏れたと考えておくべきじゃろう。問題はどこまで知られているかだが・・・)
大モルト軍指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロは、まだ二十五と歳が若い事もあって、あまり詳しい情報は分からない。
しかし”ハマス”オルエンドロ軍を危なげなく打ち破った事からも、知勇に優れた指揮官である事は分かる。
(厄介な事になった。今のうちに切り捨てる準備をしておくべきだろうな)
ロバロ老人はサバティーニ伯爵から手を切る覚悟を決めた。
自分の商会に飛び火する前に切り捨てる。そう判断したのである。
しかし、ロバロ老人の決断は遅過ぎた。
大モルト軍諜報部隊は、彼が考えているよりもずっと強力で、ずっと過激だったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私達を乗せたオスティーニ商会の馬車は、貴族街を出て商業区画へと入った。
私の位置からでは外の様子は見えないが、明らかに街が活気づいたのが分かった。
物売りの声に、呼び込みの声。誰かが誰かを呼ぶ声に、楽しそうな話し声。怒鳴り声に笑い声。
流石はこの国を代表する商業区画。一国の王都である。
ここまでの道中で、ドン・バルトナの口からロバロ老人に、今回の事情が語られた。
ああ、勿論、私も説明には参加したぞ。どっちかと言えば、ドン・バルトナより私の方が事態の中心にいた訳だからな。
最後にドン・バルトナがロバロ老人黒幕説を唱えた時には驚いたが、本人はつまらなさそうに否定していた。
これはどっちと捉えればいいんだ?
ドン・バルトナもそれ以上突っ込まなかったから、疑いは晴れた、と見ていいのかな?
う~ん、よく分からん。
ガタン。
この時、馬車の速度が落ちたと思うと、そのまま停車した。
落ち着きのない事には定評のあるロバロ老人が、眉間にしわを寄せるとステッキでコンコンと馬車の正面を叩いた。
パシャリと小窓が開くと、当惑した様子の御者が顔を出す。
「なぜ停まっている。早く屋敷に向かわんか」
「も、申し訳ございません。道が一杯で、これ以上前には進めません」
「なにっ?」
ドン・バルトナがすかさず窓から顔を突き出した。
「あー、こりゃあ動かないぜ。道の先で何かあったみてえだな。人で溢れ返っていやがるぜ」
「何とかしろ」
「いや、コイツは無理だって。むしろ歩いた方が早いと思うぞ」
余程すごい人混みなのだろう。ドン・バルトナは肩をすくめて首を左右に振った。
やれやれ、面倒な事になったわい。
私は馬車の床でブヒっとため息をついた。
その時、水母の触手が私の頭をツンツンとつついた。
『目的地が混雑の原因』
『えっ?』
ちょっと待って水母。それってどういう事?
「おい、月影殿。今の声は一体――」
【オスティーニ商会の屋敷で何かが起きている。この人混みはそのせいだ】
「なんじゃと月影! それは一体どういう事じゃ!」
水母のピンククラゲボディーは高度な観測機器の集合体だ。
彼のセンサーが屋敷で起きた異常を察知したのである。
【それは分からん。だが、異常の中心が屋敷である事だけは確かだ】
「くっ!」
ロバロ老人は馬車のドアを開け放つと、喧騒の中に飛び出して行った。
ドン・バルトナも慌てて後に続く。
私も【風の鎧】。彼らの後を追いかけるのだった。
屋敷の門は開いていた。
しかし、野次馬達も王都に名高いオスティーニ商会の敷地内に、勝手に踏み込むような真似は出来ないようだ。
いや、違う。
屋敷の入り口は開け放たれ、そこには腹を割かれた男が――屋敷の使用人が倒れていた。
ピクリとも動かない。
既に死んでいるのか、あるいは大量出血で意識不明なのか。
『死体現象を確認』
水母 の無情な一言。
血の跡から見て、どうやら彼は瀕死の状態で屋敷から逃げ出して来たはいいが、ここで力尽きてしまったのだろう。
男の体からは大量の血が流れ出していた。
「きゃああああああっ!」
屋敷の中から女の悲鳴が上がった。
野次馬達からどよめき声が上がる。
ドン・バルトナが近くの男の肩を掴んだ。
「おい! この屋敷で一体何が起きている?!」
「わ、分かんねえ! お、俺が知っているのは屋敷の門番が死んでいるって事と、さっきからずっと屋敷で悲鳴が上がっているって事だけだ!」
男の指差している方を見ると、確かに茂みの中に男が倒れていた。
どうやらあれが屋敷の門番。その成れの果てらしい。
ロバロ老人が怒気をみなぎらせて屋敷に踏み込もうとした。
ドン・バルトナが慌てて止める。
「放せ! どこの誰だか知らんが、ワシの屋敷で勝手なマネをされて黙っていられるか!」
「バカ言ってんじゃねえ! あんたが行ってどうするんだ! みすみす殺されに行くようなもんじゃねえか!」
「大モルトのヤツらだ・・・」
野次馬の誰かが呟いた。
ロバロ老人がハッと振り返った。
「大モルトだと?!」
「俺は門番が男達と揉めているのを聞いていた。俺は商売で何度か大モルトに行っているから知ってる。奴らの言葉には間違いなく大モルトのなまりがあった」
大モルト、という単語に野次馬達が一斉にどよめいた。
大モルト軍は今、この王都で最も恐れられている。
オスティーニ商会の屋敷を襲っているのは、その大モルトの男達だと言うのだ。
ロバロ老人の顔色は一転。血の気を失って青ざめた。
「まさか・・・大モルト軍がワシの屋敷を襲ったか。見せしめのため? ワシが伯爵に協力したから・・・」
伯爵? 例の何とか伯爵の事か?
この爺さん、やっぱり伯爵の一件に絡んでいたのか。
大モルト軍はそれを知って、落とし前を付けに来たのか?
あるいは伯爵に対する見せしめ、ないしは警告のためにこの屋敷を襲ったと?
「いやあああああっ!」
その時、再び屋敷から女の悲鳴が上がった。
今度の声はまだ幼い。子供の声だ。
「アンネッタ!」
ロバロ老人が叫んだ。
アンネッタ? 私の脳裏に、ちょっと気が強そうな小学生くらいの女の子の姿が浮かんだ。
私が助けた金持ち親子。姉弟のお姉ちゃんの方だ。
【風の鎧!】
気付いた時には、私は身体強化の魔法を発動していた。
私は一陣の疾風と化すと、血の匂いでむせ返る殺戮の屋敷へと飛び込んで行った。
次回「メス豚と大モルト諜報部隊」




