その251 メス豚、自分を棚に上げる
ドン・バルトナが助けを求めた相手。
それは王都の金融を牛耳る大商人。オスティーニ商会の商会主、ロバロ・オスティーニであった。
ロバロ老人は「ふん」と鼻を鳴らすと、女騎士達に向き直った。
「こやつらの事はワシが請け負った。連れて行くが良いな?」
女騎士は不満そうな顔をしていたが、王都騎士団と言えどもオスティーニ商会には文句が言えないようだ。
イケメン騎士が慌てて上司の代わりに答えた。
「オスティーニ商会が身元引受人になるという話ですね? 分かりました。後で彼らに話を聞く事もあると思いますが――」
「その時はワシの屋敷に使いをよこすがいい。おい、二人共、行くぞ」
どうやら我々が到着する前に、既に彼らの間で話は付いていたようだ。
その結果、私達の身柄はオスティーニ商会が引き受ける事になったらしい。
ロバロ老人はイスから立ち上がると、私達の返事を待たずにさっさと部屋を出ようとした。
相変わらず落ち着きのないお爺ちゃんだ。
ドン・バルトナは慌ててロバロ老人を止めた。
「ま、待ってくれ! ここには俺の部下達もいるんだ! ヤツらを残して行く訳にはいかねえ!」
「むっ。そうか」
ロバロ老人は足を止めるとこちらに振り返った。
「しかし、ワシの馬車にはそう何人もは乗れんぞ。お前の部下とやらは何人いる」
「それなら、彼らは我々騎士団がそちらの屋敷まで連れていきましょうか」
ドン・バルトナが返事をするより先に、イケメン騎士が老人の言葉に答えた。
「貴族街を平民だけで歩いているとどうしても目立ちます。騎士団員が同行していれば問題は起こらないでしょう」
「そうか。バルトナよ、それで良いか?」
「もちろん構いません。よろしくお願いします」
ドン・バルトナは二人に頭を下げた。
やれやれ。一時はどうなる事かと思ったが、ようやくこの幽霊屋敷から解放されるようだ。
一先ずはオスティーニ商会の屋敷に連れて行かれるようだが、そこから先はどうなるんだろう?
出来れば私だけでも釈放して欲しいのだが。
といった訳で外。
私は一日ぶりの屋外の新鮮な空気をお腹いっぱい吸い込んだ。
目の前には二頭立ての馬車が停まっている。
あれに乗ればいいのかな?
実は私は、日本人だった前世も含めて馬車に乗るのは初めてだ。
やべえ。オラ、わくわくして来たぞ。
「月影殿、ドン・バルトナ殿」
女騎士が我々に声を掛けた。
「騎士団の不祥事の解決に強力して頂いたにもかかわらず、このように拘束してしまい、恩を仇で返すような事をして済まなかった」
彼女はそう言うと頭を下げた。
王都騎士団の副団長ともなれば、家柄の良い貴族に決まっている。
そんな彼女が、どこからどう見ても反社の男(違うけど)と、謎の仮面の黒マントという怪しさ満点の男達にその頭を下げたのである。
私達は驚いて言葉も出なかった。
「今は時間が取れないが、いずれ正式に今回の件の礼と謝罪に赴きたいと思うがよろしいか?」
悪化の一途をたどる王都の治安。そんな中で判明した、大物貴族家の武装蜂起計画。
それだけでも大変なのに、なんと騎士団団長の横流しが発覚、逮捕に至ってしまった。
王都騎士団はガタガタである。
副団長の女騎士にかかる重圧は相当なものであろう。
(それなのに、私達に謝罪に来るなんて・・・)
私は女騎士を甘く見ていた。
いや。女騎士の――彼女の正義感を侮っていたのだ。
そう思った時、私は衝動的に彼女に尋ねていた。
【スマンが、もう一度尋ねても構わないか?】
「えっ?」
【あなたの名前だ。俺は人の名前を覚えるのが苦手でな】
ドン・バルトナが小声で「月影殿にも苦手なものがあったんだな」と呟いた。うっさいわ。
女騎士は少しキョトンとしていたが、すぐに困った顔になった。
イケメン騎士が彼女に代わって答えた。
「リヴィエラ・ビアンコ様です。男爵令嬢となります」
「こんなふうに男性から面と向かって『名前を忘れた』と言われたのは初めてだ。決して自分の容姿を鼻にかけていたつもりはないが・・・いや、やはり己惚れていたんだろうな」
女騎士は――リヴィエラはそう言うと、恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。
あ~、いや、本当ゴメン。
リヴィエラは日本で言えば大学生くらい? 男の人なら絶対に放っておかない美人さんだ。なんなら女の私だって見とれちゃうくらいである。
当然、こんな風に再度名前を尋ねられた事なんて一度もないんだろう。
マジですまんこってす。
【そうか。リヴィエラ嬢。貴女の名前を忘れていたのは申し訳ない。そして俺に対しての謝罪は無用だ。貴女は貴女の職務において必要な事をしただけに過ぎない。それでも申し訳ないと思うのなら、貴女の力で少しでも王都騎士団が良くなるように努力してくれ。それがこの王都の民の救いにもなる】
私の言葉にリヴィエラはハッと目を見開いた。
「私がすべきことは謝罪ではなく、民の信頼を取り戻す事にある・・・か。確かにその通りだ。
分かった! 月影殿、ここに約束しよう!
必ずや私が中心となり、本当に正しい騎士団の姿を取り戻してみせると!」
リヴィエラは決意を胸に宣言した。
正義感の強い彼女なら、きっと組織の腐敗を食い止め、高潔な騎士団を作り上げてくれるに違いないだろう。
そしてドン・バルトナは何か言いたそうな目でこちらを見ている。
彼は私の本当の目的を――騎士団団長が横領した装備をパクリるためにこの屋敷に来た事を――知っている。
お前、どの口でそれを言ってるんだ? 他人に説教できる立場じゃないだろうに。などと思っているに違いない。
知ってるよ。
我ながら、盗人猛々しいとか思うよ。
でも、ここは空気を読んで黙っていて欲しい。
「バルトナもそれで構わないか?」
「――王都に住む民として、安全な生活に勝るものはございません。勿論、異存はございません」
ドン・バルトナはそう言うと慇懃に頭を下げた。
流石はドン・バルトナ。空気の読める男である。
「話が終わったなら早く馬車に乗れ。ワシは夜までに屋敷に帰らねばならんのだ」
早々に馬車に乗り込んでいたロバロ老人が、イライラしながら我々を手招きした。
こちらはいい歳をして空気が読めないお爺ちゃんである。
少しはドン・バルトナを見習え。
イケメン騎士が慌てて私達に声を掛けた。
「わ、分かりました。ではお二人共お気を付けて。バルトナの部下達は間違いなく我々でオスティーニ商会まで送り届けますので」
「月影殿、バルトナ殿、今後はあまり無茶な事はされるなよ」
【リヴィエラ殿も、・・・ええと、副官? 殿もおたっしゃで】
「肝に銘じておきます」
我々は慌ただしく最後の挨拶を交わした。
その間、ロバロ老人は顔をしかめながらずっと貧乏ゆすりをしていた。
他人に待たされるのが我慢ならないようだ。
本当になんなの、この落ち着きのない老人は。
見かねたイケメン騎士が我々を馬車へと送り出した。
気苦労の多そうな人である。
こうして我々はリヴィエラ達と別れ、オスティーニ商会の馬車で幽霊屋敷を後にしたのだった。
ガタゴトと馬車に揺られる事少々。
貴族街とはいえ、夕方とあって、街は喧騒に包まれている。
夕食の支度をしているのだろうか? どこからともなく漂って来る良い匂いに、私は鼻をヒクヒクさせた。
「あの・・・月影殿。本当に座らなくてもいいのか? 結構揺れるだろう?」
馬車に立ち込める重苦しい沈黙を破り、ドン・バルトナが私に声を掛けた。
ロバロ老人は不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
馬車の中では、ドン・バルトナとロバロ老人が向かい合って座っている。
そして月影こと私は、その真ん中に突っ立っていた。
【――この程度の揺れなら、なんの問題も無い。俺の事は気にしないでくれ】
「気になるに決まっとるだろうが!」
とうとうロバロ老人が切れた。
よっぽど目障りで仕方がなかったらしい。
まあそうだろうな。
「馬車の中で立ったままのヤツなど見た事も聞いた事もないわ! 亜人は一体どういう習慣をしとるんだ!」
亜人は関係ないんだがな。
ちなみに、立ってるか座っているかで言えば、実はさっきからずっと床に寝っ転がっていたりする。
揺れがお腹にダイレクトに伝わるので、決して寝心地が良いとは言えないが。
いやね。仕方がないんだよ。
月影は水母が作った骨組みに、マントを被せているだけのがらんどう。
イスに座るなんて器用な事は出来ないんだよ。
だから立っているしかないんだよ。
――などと正直に言う訳にもいかないので、私は”影”は人前では決して座らない、というムリヤリな設定で押し通していた。
【”影”は人前で隙を見せる事はしない】
「それはさっき聞いたわい! 何があっても即座に反応出来るように立っている、じゃろ?! あの時はそれで納得もしたが、まさか走り出してもずっとそのままでいるとは思わんだろうが!」
「月影殿。あんたの言いたい事は分かるが、揺れる馬車の中で立ったままでいるってのは逆に危なくないか?」
ドン・バルトナの言葉は正しい。実際、馬車ってのは結構揺れるしな。
私だって、こんな中で立ってるヤツがいたらハラハラして仕方がないだろう。
【気にするな】
「気にするわい!」
などと言い争いをしながらも、我々を乗せた馬車はガラガラと貴族街を進んで行くのだった。
次回「メス豚と襲われた屋敷」




