その250 メス豚、軟禁される
コンコンコン・・・
ノックの音に私はピクリと耳を立てた。
薄暗い埃まみれの部屋だ。多分、元は応接間か何かだったのだろう。
しかし、今では家具は失われ、壁紙はボロボロになって剥がれ落ち、すだれ状になっている。
鎧戸の隙間から差し込む光は、すっかり長くなっている。
どうやら外では日が傾き、夕方になっているようだ。
【ボソリ(あー、あー)・・・何か用か?】(CV:杉田〇和)
「月影殿、食事をお持ちしました」
若い男の声。
そう。今の私は女王クロコパトラの影。謎の黒マントの男、”月影”。
ギギッと立て付けの悪い音を立ててドアが開くと、背の高いイケメン騎士が入って来た。
彼は王都騎士団の女騎士の側近? 秘書? まあそういった感じの男である。
名前は確か・・・何だっけ? 確か三文字くらいだったような・・・。
まあいいや、イケメン騎士で。
イケメン騎士は部屋の隅の私を見た後、この部屋に唯一残ったまともな家具、大きなソファーに目を向けた。
「あの・・・睡眠は取られなかったですか?」
あーそれな。
立ってるように見えてただけで、中身の私は普通に寝たから。
水母は多分、寝ていないけどね。
水母の正体は前文明のスーパーコンピューター。
元々、睡眠は必要としないのである。
月影の正体は、水母が骨組みを作り、その上に黒いマントを羽織った物――つまりはハリボテである。
要はアレだ。人型のテントと思って貰えば問題無いだろう。
いやね。私も最初はソファーの上で寝ようとしたんだよ。でも、こちらの様子を見に来た騎士に驚かれてしまったもんで。
それはそうだ。はたから見れば、黒マントの男がソファーの上にジッと立ってるようにしか見えない訳だからな。
さっきも言ったが、月影の中身はがらんどうだ。
椅子に座ったり、ソファーに寝っ転がったりなんて器用なマネは出来ないのである。
月影に妙なキャラが付いてしまっては、後々面倒だ。
私は、仕方なくソファーから降りて床で寝る事にしたのである。
どの道、他人からは立ってるようにしか見えないだろうって? まあそうなんだけど、部屋の隅で立っているのと、ソファーの上に立っているのとではインパクトが違うだろ。
そんな訳で、こう見えて私はちゃんと睡眠をとっていたのである。
さて。ここは貴族街の外れ。大通りから外れた寂れた区画に建つ通称”幽霊屋敷”(いやまあ、私が勝手にそう呼んでいるだけなんだけど)。
昨夜、私こと月影は、寄せ場の元締め、ドン・バルトナの依頼を受けて屋敷に侵入した。
そこからなんやかんやでゴチャゴチャあって、今は王都騎士団の副団長、女騎士に軟禁されているのだった。
『説明不足』
「あの、月影殿、今の声は?」
ピンククラゲ水母のツッコミに、イケメン騎士がビクリと反応した。
【何の事だ? 俺には何も聞こえなかったが】
「声というか、音というか・・・あ、いえ。どうも私の気のせいだったようです」
そう言いながらも、イケメン騎士は納得してはいない様子だ。
チラチラとこちらの様子を窺っている。
そんなことよりメシだメシ。
軟禁状態はこれしか楽しみがないからのう。
ほうほう、今日のメニューはパンと温野菜、それに豆の煮物か。
【騎士団の食事は意外と家庭的なんだな】
「あ、いえ。これは近くに部下の実家があるので、そこで用意して貰ったものなんですが」
なんだ、ちょっとガッカリ。王都騎士団の軍用食が食べられるかと思ったら、モノホンの家庭料理だったとは。
【そこに置いておいてくれ。後で食べる】
「そ、そうですか。失礼致します」
何だかイケメン騎士は妙に緊張している様子だ。
これはアレか。昨夜、私の魔法を見たからか?
謎の飛び道具を持った相手を軟禁しなければいけなくなったのだ。そりゃあ警戒もする訳だ。
相手の機嫌を損ねたら、いつ魔法をブッぱなされるか分からないんだからな。
やれやれ、私がそんな乱暴者に見えるのかね。
余程の事がなければ、そんな事やる訳ないだろうに。
『信用不足』
「い、今の声は?!」
【なんだ、まだいたのか。何でもないから下がって下がって】
振り返ると、ドアの所でイケメン騎士が立ち止まっていた。
面倒くさいなあ、もう。
イケメン騎士が部屋から離れたのを確認してから、私は食事を頂くことにした。
それではいただきます。むしゃむしゃ、ごっくん。デリシャスマイル~。
『悪くはないけど、出来ればこの倍はボリュームが欲しい所かな』
動物が味を感じる感覚器官、味蕾の数は、実は人間より豚の方が多いそうだ。
その数は大体、二倍から三倍。ちなみに犬や猫は人間の半分以下しか持っていないらしい。
そういう意味では、豚は人間よりも味覚に優れた生き物なのだが、味には鈍感で、虫だろうが草の根っこだろうが何でも食べてしまう。
味覚に優れている、イコール、美食家になるとは限らない、という訳だな。
さて。たっぷり睡眠をとったし、栄養もとれた所で、先ずは私の置かれている状況を確認しようか。
『最初は私が軟禁されている理由ね。王都騎士団の団長、横流し小悪党男爵は、何とか伯爵に話を持ち掛けられて・・・。え~と、何伯爵だっけ?』
『サバティーニ伯爵』
『そうそう、それな。その何とか伯爵。ちゃんと覚えてるって。何とか伯爵』
『・・・』
小悪党男爵は伯爵から、騎士団で余っている装備があればウチで買い取るぞ、と持ち掛けられた。
噂では伯爵は王都の南、パルモ湖畔で何か大きな軍事行動を起こそうとしているらしい。そのために人手と装備をかき集めているようだ。
『ねえ水母。伯爵の狙いって何だと思う?』
『情報不足。推測は可能。大きく二つ』
パルモ湖畔はこの国のセレブ御用達の有名な避暑地らしい。そして現在、約四万の大モルト軍が駐留している。
『一つは大モルト軍指揮官、ジェルマン・アレサンドロ。もう一つはこの国の国王、バルバトス・サンキーニ』
『敵将の命か、はたまた、捕虜になっている国王の救出か――って所か』
あるいはその両方を狙った欲張りセットかも。
ふむ。十分にありそうな話だ。
『けど、それって可能だと思う?』
『情報不足』
さすがの前文明のスーパーコンピューターにも予想不可能らしい。そりゃそうだ。
出来るか出来ないかの話はさておき。
私は横流し小悪党男爵から、この話を聞いてしまった。
こんな重要な話、もしも外に漏れれば一大事だ。
本当なら本当で大変だし、デマだとしてもそれで問題無しとはならない。
なぜなら現在、この国は大モルト軍に生殺与奪を握られている状況だからだ。
なんでも王都にも大モルト軍のスパイが大量に入り込んでいるらしい。
そんな中で、この国を代表する伯爵家の陰謀が発覚すればただでは済まないだろう。
あるいはこの一件が大モルト軍の全面攻勢の引き金にもなりかねない。
事態を重く見た副団長の女騎士は、事の真相が判明するまで――あるいは、何らかの形で事態が落ち着くまで、我々を目の届く所に留め置く事にしたのだった。
という訳で、昨夜からこの屋敷に軟禁されて今に至る、と。
軟禁と言っても、ロクに見張りもついていない緩いもので、どちらかと言えば我々の身の安全を確保するためのようだ。
水母の話によると、昼の間も女騎士達は忙しく外と連絡を取り合っていたらしい。
おそらく、何らかの手段を使って、伯爵の計画が本当かどうか確かめていたのだろう。
お前はよくそんな中で寝ていたな、って?
いやあ、この数日、私はすっかり夜型人間に(動物に)なってたから。
昼間は眠くて仕方がないんだよ。
まぶたがね。私の意思に反して、こう、勝手にくっついて開かなくなるんだよ。
いや、ホント、ホント。
それはそうと、いつまでもこうして軟禁されてはいられない。
私には、私の帰りを待っている部下達がいるのだ。
いざとなれば実力行使も止む無しだが・・・女騎士達は悪いヤツらじゃないからなあ。
むしろ正義感に溢れる善人と言ってもいい。
出来れば荒事は避けて穏便に事を運びたいものだが、さて、どうしたものか・・・
ドンドンドン。
その時、ドアが乱暴にノックされた。
「おい、月影殿。俺だ、バルトナだ。話がある」
この野太い声は、王都の寄せ場の元締め、ドン・バルトナのものだった。
私はドン・バルトナに続いて部屋に入った。
部屋にいるのは女騎士と彼女の部下の騎士団員達。
そして枯れ木のような――それでいて、異様な圧力を発する一人の老人。
ドン・バルトナはゴツイ顔に愛想笑いを浮かべながら老人に声を掛けた。
「すまねえ、ロバロ様。あんたに手間をかけさせちまった」
「ふん。お前自らが調子に乗ってしゃしゃり出るからこんな目に遭うのだ」
老人は容赦ない言葉でドン・バルトナを叩き切った。
見た目で言えば反社会的勢力の組長、といった感じのドン・バルトナも、この老人には頭が上がらないようだ。
などと考えていると、老人は今度は私をジロリとねめつけた。
「月影。しくじったな。こんな男の口車に乗せられおって」
うぐぅ。ご、ごもっとも。
けどね。まさかこんな大事になるとは誰も思わないって。
騎士団が隠した武器を、ちょっとくすねるだけの予定だったんだって。
なんか怖いから下手な言い訳はしないけど。
私とドン・バルトナを睨み付けるこの老人。
ドン・バルトナが助けを求めたこの男。
彼こそは王都の金融を牛耳る大商人。オスティーニ商会の商会主、ロバロ・オスティーニであった。
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