その244 メス豚、呆れる
暗闇に包まれた玄関ホール。
部隊の指揮官と思わしき男が立ち上がると、大きく剣を振った。
「全員やれ! その男を殺せ! そいつは大モルト軍の間者だ!」
私が大モルト軍の間者? どこからそんな話が出て来たんだ?
男の予想外の言葉に、私は一瞬呆気にとられてしまった。
そんな私の隙を突くように、次々と明かりが灯され周囲を照らした。
うおっ! まぶしっ!
大した光量ではないが、暗闇に慣れた目にはカンテラの火は眩し過ぎた。
「なんだ? 一人なのか?」
戸惑うような男の声。さっきの指揮官だ。
「いや、他にも仲間がいるかもしれん! 先ずはそいつの息の根を止めろ!」
指揮官の命令と同時に、騎士団員達が剣を手に私に迫る。
お前ら殺意高すぎなんじゃね? 私から先に手を出しておいてなんだけど、殺伐とし過ぎだろ。
【最も危険な銃弾乱れ撃ち】
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
「ぐはっ!」
私の魔法が炸裂。
無数の不可視の弾丸が男達に襲い掛かり、パパパパーンと乾いた音を立てて炸裂した。
ほとんどの弾丸は彼らの鎧に防がれてしまったが、運悪く鎧の隙間に当たった者や、手足に当たった者は、もんどりうってその場に転倒した。
【最も危険な銃弾乱れ撃ち】
【最も危険な銃弾乱れ撃ち】
パパパパーン! パパパパーン!
私は魔法を三連打。
なすすべなくバタバタと倒れる騎士団員達。
「なっ?! なんだ?! どうした?! 一体何が起きた?!」
残っているのは敵の指揮官一人だけ。
彼は目の前で起きた事が信じられないのか、浜に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせるだけで、完全に戦意を喪失しているようだ。
こうして私と騎士団員達の戦いは、あっさりと。開始からほんの数秒――秒殺で幕を閉じたのであった。
玄関ホールには、負傷した騎士団員達のうめき声が響いている。
戦いは拍子抜けするほどあっさりと終わった。
まあ、私は大モルト軍という軍隊を相手に戦ってるからな。今更、騎士団員の十人やそこらくらい、軽い軽い。
『火災注意』
黒マントの足元から水母の触手がニュルリと伸びた。
触手は床に転がっているカンテラをせっせと起こして回る。
おっと、すまん。戦いに夢中で気付かなかった。
やっぱり調子に乗っちゃいかんな。危うく火事を起こす所だったわ。
「ど、どういう事だ?! カンテラが勝手に起き上がったぞ!」
指揮官の中年男がギョッと目を剥いた。
どうやら彼の目には水母の触手が見えなかったようだ。まあ、触手は半透明で細いし、カンテラの明かりは薄暗いからな。
彼が青ざめるのも仕方ない。彼にとってみれば、カンテラがひょこひょこと勝手に起き上がっている事になる訳だ。
なんという怪奇現象。
あっという間にやられてしまった部下達。そして謎のカンテラ起き上がり現象と、立て続けに起きた出来事に、彼はガクガクと震えている。
ふむ。
私は無言で彼に近付いた。
「ひっ! ひいっ! ひっ、ひっ」
敵指揮官は恐怖のあまり呼吸も出来ないようだ。
ひっ、ひっ、と浅く息を吸い込んでいる。
私は無言で元の場所に戻った。
『・・・要説明』
水母が呆れた様子で私に聞いて来た。
いや、あんまりビビってるから何となく。――じゃなくて、今のは相手にプレッシャーを与えたんだよ。
ピッチャービビってる。ヘイヘイ。
【もう一度だけ聞く】
ビクリッ! 男の背筋が伸びた。
【三度目はない。覚悟して答えを――】
「わ、分かった! 話す! 全部話す!」
指揮官は即座にその場に膝をつくと剣を投げ出した。
お、おう。素直でよろしい。
男は最初の高圧的な態度はどこへやら。打って変わって、ペラペラと聞いても無い事まで喋ってくれた。
有難いけど、これってどうよ。
男の話は意外なモノだった。
ああ、ちょっと待って。少し頭の中で整理するから。
男は王都騎士団団長バリアノ・バローネ男爵。
どうやら本当に男爵本人だったらしい。
最初にうっかり殺してしまわなくて良かったぜ。
男爵は長年に渡って騎士団の装備を密かに横領。横流ししていたらしい。
彼はそうやって得た利益を各所にばら撒く事で、騎士団団長の座を守り続けて来たそうだ。
この屋敷は横領品の保管場所であり隠し場所だったという訳だ。
ちなみに、さっき私が見つけた死体は、横領の証拠を探りに来た騎士団員達の成れの果てなんだそうだ。
そこは大体私の予想通りだった訳か。
さて。こうして我が世の春を謳歌していた男爵の元に更なる大チャンスが舞い込んだ。
大モルト軍の侵攻である。
王家は防衛のため、溜め込んでいた大量の装備を放出した。
男爵は騎士団団長の立場を最大限に悪用して、それらの装備品をゲット。
横流しに励むべく、せっせとこの屋敷に運び込んでいたのだった。
てか、国家存亡の危機に何をやっとるんだコイツは。
この国が敗けてしまったのも仕方がないんじゃないか? こんな不届き者が騎士団のトップなんだからな。
それはさておき。
男爵にとって国王軍の敗北は予想外だった。
大モルト軍は王都のすぐ近くまで迫っている。
このままサンキーニ王家に従うか、それとも大モルト軍に寝返るか。
この国に住む全ての者達が付きつけられた選択を、男爵も迫られていた。
【それが何故、浮浪者をそそのかして商人を襲わせる事に繋がるのだ?】
「・・・大モルト軍に取り入るためにも金が要る。そう考えたのだ」
現在の王都は、逃げ場を失くして流れ込んで来た者達が溢れ、かなり治安が悪化しているそうだ。
とはいえ、あくまでもそれは一般人の住む平民区画での話。
商人などの富裕層の住む商業区画は、比較的治安も安定しているらしい。
男爵は彼らの持つ財産に目を付けた。
彼は食い詰めた者達に武器を渡し、商人を襲うようにそそのかした。
困った商人達が、身の安全を求めて自分達を頼らざるを得なくなるように仕向けたのだ。
【つまり、全ては自作自演のマッチポンプで、商人達から用心棒代を巻き上げようとしていたと。呆れたヤツだ】
「マッチ・・・何だって? そもそも最初に商人のヤツらが、融資を断らなければこんな事をせずに済んだのだ」
ああ、借金を断られた腹いせもあったのね。てか、何という小者っぷり。
騎士団団長という肩書だけで、ヤバい相手だと警戒していた私がバカみたいじゃないか。
しかし、話を聞けば聞く程、ほとほと残念なクズだな。コイツ。
なんでこんなみっともない話を堂々と出来るんだか。
なんだか一周回って大物に思えて来たわ。
【それで、今夜は浮浪者に渡す武器の追加分を取りに来たという訳か】
「そ、それは・・・」
ここまで躊躇なく、聞かれていない事まで話していた男爵が、ここで初めて言いよどんだ。
なんだ、このリアクション?
まさか、今までの話は私を油断させるためのフェイクで、全ては何者かの指示によるものだったとか?
「そ、そんな事はない! 横領の件は全て私の一存――【点火】――熱っ!」
男爵の口髭の先に小さく魔法の火がついた。
昼間ドン・バルトナ相手にも使った脅しである。
「ほ、本当だ! この件にはサバティーニ伯爵は関わりがない! あっ!」
男爵は慌てて口を押さえたが後の祭り。
そうか、サバティーニ伯爵。そいつが黒幕の名前か。
「ち、違う! 本当に違うのだ! 伯爵には武器を売る約束をしただけなんだ!」
こうなれば隠している意味はないと思ったのだろう。男爵は観念して説明を始めた。
その何とか伯爵は現在、武器をかき集めている最中だと言う。
男爵は伯爵家の家令から、「騎士団の装備で余っている物があるならば、そちらの言い値でいいから全て買い取る」と持ち掛けられたんだそうだ。
コイツはボロ儲け。浮浪者に武器なんて配っている場合じゃない。
そう思った男爵は急いで手下を集め、この屋敷に武器を回収するためにやって来た。
そこでたまたま偶然、我々と鉢合わせしてしまった。とのことだ。
【伯爵はなぜ今更、武器を集めている。この国は既に敗れた後だろうに】
「し、知らん――が、噂では伯爵の手の者がパルモ湖畔に集まっているとの事だ」
パルモ湖畔。現在、大モルト軍が駐留している場所だ。
ふむ。伯爵はそこで何か軍事行動を起こそうと画策している。そのために現在、人手と武器をかき集めている。つまりはそういう事か。
「お、俺が知ってる事は全部話した。なあ、お前の上司に俺を紹介してくれないか? ここまで話した以上、俺はもうサンキーニ王国には残れない。大モルト軍に加わりたいんだ。頼むよ」
ん? 何で私が上司に紹介すれば大モルト軍に――って、ああなる程、そういう事か。
そういえばコイツ、最初に私の事を「大モルト軍の間者だ!」とか言ってたっけ。まだ勘違いしたままだったんだな。
どうりでやたらと口が軽いと思った。私に信用して貰うためと、ご機嫌取りのつもりだったんだな。
「なあ、頼む。上手くとりなしてくれればお前にもそれなりの謝礼を――」
【最も危険な銃弾】
男爵のお腹の辺りでパンッ! と、乾いた音がした。
「ぐうっ」
お腹を押さえてかがみこむ男爵。
鎧に当てただけなので、命に別状はないだろう。まあ、青あざくらいは出来るかもしれないが。
話をするのも不愉快なヤツだったが、最初に「話せば見逃してやる」と約束してしまったからな。
私は約束は守る女なのだよ。
さて。それにしても、王都騎士団を敵に回したかと思えば、次は伯爵様のご登場か。
もう面倒ごとの予感しかしないのだが。
どうして厄介事ってのは、こうも次から次へと続くんだろうな。
次回「メス豚と女騎士」




