その241 メス豚、頼られる
急に立ち止まった私を、ドン・バルトナ達は怪訝な顔で振り返った。
ふむ。ここは最近覚えたての魔法を試しに使うチャンスなのかもしれない。
「どうした月影殿」
【一度、魔法で屋敷内を探ってみる。少し待て】
男達が「おおっ! そんな事が出来るのか?!」とどよめいた。
ちょっと静かにしてくれないかな。集中したいんだけど。
――さてと。練習通り上手く出来るかな?
【魔視】
魔法を発動した瞬間、私を中心に球状に魔力の波――魔力波が広がった。
よっしゃ、成功だ! やっぱり私って魔法の天才なんじゃね?
私は人知れず満足感に浸った。
つい先日。王都へと続く峠道で、我々は竜を連れた砦の兵士達と出会った。
彼らが連れていた竜は、大きな体に牛とトカゲを合わせたような姿をしていた。
一見、強そうなその見た目。
しかし兵士達の言葉によると、牛トカゲは鈍重な草食竜で、とても戦闘には使えないそうだ。
大きな体をしているくせに臆病で力も弱く、荷車を引くのもイヤがるので荷駄馬の代わりにもならないらしい。
ではなぜ、彼らはそんな役立たずを使っているのだろうか?
さっきも言ったが、牛トカゲは鈍重な上に力も弱い。
肉食獣に見付かればひとたまりもなく餌食にされてしまう。
臆病な彼らは、強力な探知の魔法を使って敵を見つけ、自分達の身を守っているのである。
兵士はこの牛トカゲの索敵能力を砦の防衛に利用していたのだった。
牛トカゲが使用していた探知の魔法。
名称が不明だったので(牛トカゲに話を聞こうにも、彼らはウサギのように声帯を持たない生き物だった)、私は勝手に魔視と命名した。
魔視の原理はレーダーや魚群探知機に良く似ている。
今も私が連続して放っている魔力波。コイツが私を中心に広がり、その範囲にある物体(の魔力)に当たって反射する。
反射した魔力波の強弱で、そこにどんな物があったのかが大体分かる、という仕組みである。
つまりレーダーにおける電波や、魚群探知機における超音波にあたるのが魔力波、という訳だ。
魔視の魔法とは、目で光を受けて物を見る替わりに、魔核で魔力波を受けて物を見る魔法である、とも言える。
ちなみに「魔力波を受けて物を見る」、と言っても、流石に目で物を見るようにはいかない。
なぜなら私の体には、魔力波で物を見る器官なんて存在しないからである。
だからと言って使いどころが無い訳ではない。
魔力波は壁を通過出来ないが、対象が完全に密閉されていない限り、電波のように回析して遮蔽物を回り込む性質がある。
つまり魔力波であれば壁の向こうの物も――隠れている敵も――見る事が出来るのだ。
魔視の魔法の有効範囲は半径およそ五十メートル。
意外にしょぼいと言うなかれ。魔力波自体はそれよりも飛んでいるが、あまり遠くまで行くと減衰が大き過ぎて私の頭では処理しきれないのだ。
ちなみに牛トカゲは常時、半径五百メートルくらいの範囲の生き物を把握しているらしい。多分、脳の作り自体が私達とは違っているんだと思う。
私の頭の中にいくつもの光点が浮かんだ。
大きさも色も違うそれらの点が、それぞれ魔力を持つ物体となる。
ちなみにこの世界の物質は――それが生き物であれ、岩や鉄のような無機物でさえ――大なり小なり魔力を含んでいる。
光の色はその物質が持つ魔力の密度。つまりは材質という訳だ。
装備に使われている鉄の色(密度)は、ドン・バルトナ達が持っているナイフを参考にすればいいだろう。
同じ鉄でも、材質の違いがあるだろうって? んな見分けがつく訳ないだろ。
君はナイフを見て「ん~、これは炭素鋼ではなくステンレス鋼だな。鋼材はATS-55。いや、この色味は今は生産終了しているATS-34だね」とか分かるのかね?
余程のドマニアでもなければ、「これは鉄」って事くらいしか分からないと思うぞ。
おっと、話が逸れてしまった。
屋敷の中で鉄の塊がある場所は・・・と。
――ちいっ。ツイてないぜ。
私は小さく舌打ちをした。
「どうした? 月影殿」
私の舌打ちが聞こえたのだろうか。
ドン・バルトナが緊張した面持ちで私に尋ねた。
【屋敷の中に人間がいる。12、いや、13人。全員、武装している。恐らく騎士団員だ】
「なっ?!」
ドン・バルトナ達の間にサッと緊張が走った。
「騎士団員って・・・間違いはないのか?」
【姿を見ている訳じゃないから、絶対とは言えない。だが、状況的に見て間違いないだろう】
私が察知したのは、屋敷の中にいる13人の人間達。
屋敷で寝泊まりしている浮浪者? んな訳ない。全身を鉄の装備で固めた一般人などいるはずがないだろう。
状況から見て、彼らは間違いなく王都騎士団員。
我々は彼らが屋敷に武器を取りに来た現場に、たまたま鉢合わせしてしまったのである。
彼らは最初、いくつかの集団に分かれていたが、今はそのほとんどが玄関ホールらしき広間に集まりつつある。
間違いない。ヤツらは我々の存在に気付いている。
敵は我々が屋敷に入った所に不意打ちをかけ、包囲殲滅するつもりなのだ。
「マジか。家の外からそんな事まで分かるってのか?」
「おい、テメエ月影さんの魔法を信じられねえのか。さっき見たばかりだろうが」
「あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃねえがよ」
男達は完全に浮足立っている。
こちらの人数は私も入れて八人。
相手は武装した騎士団員。しかも人数差は約1.5倍。男達が及び腰になるのも分かるというものだ。
ドン・バルトナは部下の不甲斐なさに、「むうっ」と不機嫌そうな唸り声を上げた。
いやいや。バトル漫画のサイヤな宇宙人でもあるまいし、男達のリアクションの方が普通だと思うぞ。
「――月影殿。アンタの力でなんとかならねえか?」
ドン・バルトナは私に尋ねた。
とはいえ、彼としてもそれほど期待していた訳ではなかったようだ。
彼だって彼我の戦力差は十分に分かっている。だが部下達の手前、直ぐに「逃げる」とは言い出せなかったのだろう。
私の力でどうにか、ねえ。
まあ、私はそのために呼ばれている訳だし、「出来ません」ではカッコが付かないか。
しゃーなし。報酬のためにも、ここはひと働きしますかね。
しかし、まさか本当に王都騎士団と揉める事になろうとはな。
私は黒マントの隙間からこっそり顔を出し、幽霊屋敷を見上げた。
ふむ。二階の窓。あそこに張り付いている見張りさえどうにか出来ればいけそうだ。
黙り込んだ私に、ドン・バルトナは慌てて声をかけた。
「あ、イヤ、無理なら仕方がねえ。そうだな。相手は騎士団だ。オスティーニ商会のブラッド様達を助けた時のようにはいかねえか」
【二階の見張りを仕留めて、そこから屋敷に忍び込む。お前達はしばらくこの場で待機していろ】
「は? 待機って? お、おい、月影殿!」
私はドン・バルトナに答えず、屋敷の外に駆け出した。
そのまま二階の窓から死角になる位置に来ると『風の鎧』。自分に身体強化の魔法をかけた。
『水母。私は屋敷の裏から回り込んで、二階から屋敷に侵入する。見張りを倒したら合図するからそこで合流ね』
『了解』
私は黒マントの下から抜け出した。
人目を避けて移動するなら、月影でいる必要はない。
私は子豚の姿が見られないように素早く移動。屋根の上に駆け上った。
下を振り返ると、ドン・バルトナ達が月影を取り囲んでいるのが見えた。
てか、屋敷の外まで追いかけて来たのかよ。その場で待機って言っといたのに。
「月影殿、何で急に走り出したりしたんだ? 二階の見張りがどうとか言ってたが、一体どういう事なんだ?」
【・・・・・・】
「おい、どうして黙っているんだ?!」
あーうん、ゴメン水母。みんなの事は適当にあしらっといて。出来るだけ早く見張りを排除するから。
私は屋根から屋根に。素早く屋敷の裏に回り込んだ。
『やっぱり裏門が開いてる。ヤツらは裏から屋敷に入ったんだな』
屋敷の裏に荷馬車が止まっていた。
私の予想通り、どうやら彼らはこの屋敷に装備を取りに来ていたようだ。
今から屋敷内で作業。といった所で、我々が正門から入って来たのに気付が付いた。と。
考えてみれば、いくら夜とはいえ、後ろめたい事をしているヤツらが正面から堂々と乗り付ける訳はないのだ。
正門の轍の跡は、不動産屋か何かが屋敷を見回りに来た時に付いたものだったのかもしれない。
それでも念のため。
私はもう一度魔視の魔法で屋敷の中を探った。
『魔視。・・・ふむ。屋敷の中の人間はさっきのまま動き無し、ね』
武装した人間達は、玄関ホールらしき位置で散開したままジッと動いていなかった。
やはり彼らは、我々が屋敷に踏み込んだ所を一網打尽にする狙いのようだ。
しかし、この魔視。思っていたよりもかなり便利な魔法だな。
牛トカゲ達にはいい魔法を教えて貰ったもんだ。
この魔法を覚えられただけで、王都への長旅も十分に元が取れたと言っても過言ではないな。
『さてと。それじゃそろそろ行きますかね』
私はヒラリ。幽霊屋敷の屋根に飛び移ると、見張りのいる二階の窓を目指したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、どうしたんだ月影殿。いい加減黙ってないで何か言ってくれ」
ドン・バルトナはイライラと小柄な黒マントの男――月影に詰め寄った。
月影は先程から返事どころか身動きすらしない。
何かを待っているように、さっきからずっと屋敷の外で佇んでいた。
「ドン。どうしやす?」
「助っ人が動かねえんじゃ、俺達にどうしようもありませんぜ」
「う、うるせえ! ――月影殿が待てと言ったんだ! 待つしかねえだろうが!」
ドン・バルトナは開き直ると屋敷に振り返った。
長く放置された屋敷はあちこちにツタが這い、不気味な姿を見せていた。
(二階の窓に見張りがいるって話だが、一体どの窓の事を言っていたんだ? ――ん?)
その時、暗い夜空を背景に、屋根の上から小さな黒い影が飛んだ。
だが、それはあまりに素早い動きだったので、ドン・バルトナは影の形どころか、影がどこに消えたのかすら気付けなかった。
(コウモリ? いや、フクロウか? 屋敷の屋根裏を寝床にしているのかもしれねえな)
その時、不意に月影が動いた。
目の前で起きた非常識な光景に、男達はギョッと目を剥いた。
「つ、月影さん? ちょ・・・あんた浮いてるぜ。大丈夫なのか?」
そう。彼はまるで見えない糸に吊られているかのように、フワフワと宙に浮き上がっていたのである。
「ちょっ! お、おい、どこに行くんだよ! そっちは屋敷だぞ! おい、待てったら!」
月影はフラフラと宙を漂いながら屋敷の二階へ。そのまま開いていた窓の中にスルリと吸い込まれていった。
残された男達は呆然と屋敷を見上げるしか出来なかったのであった。
次回「メス豚と潜入作戦」




