その239 メス豚、依頼を受ける
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寄せ場の総元締めドン・バルトナがたどり着いた黒幕。
それは王都騎士団の団長、バリアノ・バローネ男爵だった。
その目的は不明だが、男爵は部下を使って浮浪者に武器を与え、商人を襲わせるように仕向けていた。
ドン・バルトナは身の危険を感じ、即座に調査の手を打ち切った。
しかし、こちらが相手を調べている事は、既に相手にも知られていると思って間違いはないだろう。
「そうだ、月影! ヤツがいた! この状況、あの規格外の男を使ってどうにか出来ねえか・・・」
昨夜、オスティーニ商会の屋敷で出会った男。黒マント姿の怪人・月影。
話では、武装した十人程の男達を返り討ちにする程の実力の持ち主だという。
ドン・バルトナも、実際に自分の目で月影の常識離れした身のこなしを見ている。
彼はロープも何も使わず、体一つで建物の壁を駆け上がり、屋根から屋根へ、王都の闇に消えて行った。
まるで重力を感じさせないその動きに、ドン・バルトナをはじめとする屋敷の人間達は言葉を忘れて見とれてしまった。
――あの化け物を上手く利用できれば。
ドン・バルトナの頭が回り始めた。
その時、手下の一人が駆け込んで来た。
「ドン! オスティーニ商会の若旦那が亜人の女王に挨拶しに行くそうですぜ!」
「なにっ?! おい、詳しく話せ!」
オスティーニ商会の若旦那ことブラッドは、クロコパトラ女王の部下、月影に家族を救われた礼を言うために、ボルケッティ商会の屋敷に滞在している女王の下に向かうという。
この連絡をもたらしたのはオスティーニ商会の使用人マルチェ。
彼はロバロ老人からドン・バルトナとの連絡係を命じられていたのだが、ドン・バルトナは即座に金と女で彼を懐柔。
今ではすっかり骨抜きにされ、ドン・バルトナのスパイのような存在となっていた。
「コイツは俺にも運が回って来やがったぜ」
どうやって月影に連絡を取るか悩んでいた所に、彼の上司と接点が出来たのだ。
ドン・バルトナは即座に部下に指示を出した。
「オスティーニ商会に向かうぞ! どんな事をしてでもその会談に割り込むんだ!」
商業区画に向かう馬車の中でドン・バルトナは今後の計画を練った。
貧民街から発見した武器は、証拠隠滅を兼ねて女王に献上する。
次にゴリ押しをしてでも、女王に月影の協力を約束させる。
月影さえ仲間に出来ればこっちのもの。
後は出たとこ勝負。どうにかして月影とバリアノ・バローネ男爵がぶつかるように仕向けて、ヤツに男爵を始末させるのだ。
「いける。いや、やってみせる」
正に伸るか反るか。己の命のかかった大バクチ。
ドン・バルトナは久しぶりの鉄火場に血が熱く沸き立つのを感じていた。
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ドン・バルトナの話は思っていたよりも危険な物だった。
相手はこの国の王都騎士団団長。
・・・あれ? ひょっとしてそれほどでもないのか?
王都騎士団の仕事は王都の治安維持。言ってしまえばこの国における警察だ。
正確に言うならば国の首都(日本で言えば東京)を管轄している組織なので、警察庁ではなく警視庁といった所か。
バローネ男爵とやらはその組織のトップ。日本で言えば警視総監ないしは警察庁長官といった所だろうか?
確かに凄い立場であるのは間違いないが、我々はついこの間まで、大モルト軍とガチンコ対決をしていた。
犯罪者を取り締まる警察と、殺し合いを仕事とする軍隊。どちらが相手にしたらヤバいかは言うまでもないだろう。
【事情は理解した。それで? お前は俺に何をさせるつもりだ?】
「お、おう? そうか? いや、分かってくれたならいいんだ」
あっさり引き受けた私に、ドン・バルトナは意表を突かれたようだった。
彼は少し毒気を抜かれたような顔になりながら説明を始めた。
「お前さんには俺の部下と一緒に、男爵が隠した武器を回収して欲しい。浮浪者に渡す武器さえ無くなれば、ヤツらは何も出来ないからな。
回収した武器や防具は全てあんたのモンだ。他に金目の物があったら、そいつもあんたの取り分でいい。全部持って行ってくれ」
【なんだと? お前は何も取らないのか?】
なんなんだ? その意味の分からない大盤振る舞い。
私が全部持って行っていいなら、コイツに何のメリットがある。
部下を使うだけまる損じゃないか。
「ああ、必要無い。俺は俺の縄張りが守れればそれでいいんだ。俺は縄張りの安全を、アンタは装備品とひょっとしたら他に金目の物を得る。どうだ? 悪くない話だろう?」
悪くないどころか、私にとってはボロ儲けだ。
ぶっちゃけ我々は貧乏だ。金や装備品はいくらあっても困らない。
こちらが一方的に得をしているとしか思えないこの条件。
こんなに旨い話があるとは――と、なる程。そういう事か。
私はドン・バルトナのいかつい顔を睨み付けた。
【俺を裏切るつもりなら止めておけ。俺はお前達が何人集まろうが殺れはしない】
「は? あ! お宝を手に入れた途端、アンタを殺して全部奪うつもりじゃないかと疑っているのか?! そんな事する訳ねえだろ! 信じてくれよ!」
どうだか。
ドン・バルトナは大慌てで否定している。
コイツを信じる信じないは別として、一応、釘は刺しておくか。
【ボソリ(点火)】
「熱っ! お、おい、今何をやった?!」
私の魔法でドン・バルトナの髭の先に一瞬火が付いた。
ドン・バルトナは慌てて両手でゴシゴシと顔を擦った。
【さてな。だが女王クロコパトラの操る魔法は俺の物とは比べ物にならんぞ。俺が死ねば次はお前達の番だ。女王の怒りが自分達を襲うと思っておけ】
「魔法・・・今のが魔法だっていうのか。そして女王の魔法。亜人の女王は魔法を使うという噂は本当だったのか」
ドン・バルトナは愕然としている。
私を見る目には驚きと――そして得体の知れない存在に対する恐怖が宿っていた。
これでダメなら腕の一本も吹き飛ばそうと思っていたけど、この様子なら大丈夫そうね。
私は内心でホッとため息をついた。
ホッとするくらいなら、最初からそんな物騒な事を考えるなって? 冗談。こちとら背中から刺される危険を抱えているのだ。
私はまだこの男を信じた訳じゃない。
腕一本の警告で済むなら、そっちの方が平和ってもんだろう。
まあ、ちゃんと私からのメッセージも通じたみたいだし、これ以上はやらないけどな。
【そちらからも人手を出すというのなら、俺の仕事はそいつらの護衛。あるいは現場における邪魔者の排除、それでいいか?】
「ああ。そう思ってくれていい。引き受けてくれるか?」
この国と揉める事になるかもしれないというデメリット。
ただし、この国は現在、大モルト軍に敗れて存続すら怪しい所となっている。
実際、私も大モルト軍の降伏勧告を受け入れて王都に来ている訳だし。
最悪、ドン・バルトナ達を殺した上で月影の存在を破棄。後は知らぬ存ぜぬを通してもいい。
その場合は、王都まで我々を案内してくれたあのちょび髭――ええと、なんて言ったか。そうそう、ガナビーナ。
ちょび髭ガナビーナに「月影なんてヤツいませんでしたよね?」と言って、証人になってもらえばいいのである。
そもそも、我々はこの国に貸しがある。
戦争に参加した時の報酬を、まだイケメン王子から貰っていないのだ。
だったらこれは報酬の差し押さえ。
いつまで経っても払ってくれないから、こっちから頂きに上がった。
ただそれだけの事なのだ。
それに浮浪者にバラまかれる武器が無くなれば、男爵も身動きが取れなくなる。イコール、王都の治安を良くする事にも繋がる。
だからこれは人助け。
私は全然悪くない。
よし。理論武装完了。
そもそもこんな美味しい話、みすみす棒に振るには惜し過ぎるからな。
あっと、最後に本音が出ちゃった。
【いいだろう。その話、受けよう】
ドン・バルトナは子供も泣き出す強面にパッと笑みを浮かべた。
「そうか! 引き受けてくれるか! あんたが手伝ってくれるなら百人力だぜ! なら早速、今夜頼むぜ!」
今夜かよ! 早いな!
まあ、私としては一日でも早い方がいいんだけどな。
【分かった。今すぐこの屋敷を離れる事は出来ないので、夜に合流しよう。どこに行けばいい?】
「そうか。それなら・・・」
その後、私はドン・バルトナと簡単な打ち合わせをした。
私が手伝う事になって安心したのだろう。ドン・バルトナは満足そうに帰って行った。
こうして私はドン・バルトナに手を貸す事になった。
王都騎士団を敵に回すのはちとアレだが、相手も浮浪者を使って何やら陰謀を画策しているようだし。
後ろめたさならどっちもどっち、という事で。
そして作戦開始の夜がやって来た。
次回「メス豚とお約束」




