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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第七章 混乱の王都編
237/518

その235 ~ジェルマンの野望~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 サンキーニ王国、王都アルタムーラから南。馬車で約一日の距離。

 パルモ湖のほとりに建つ瀟洒な館。

 国王バルバトスが所有するコラーロ館は、現在、大モルト軍が接収、臨時司令部が置かれていた。


 館の執務室で部下から報告を受ける青年。

 年齢は二十代半ば。アッシュグレイの髪に物憂げな表情。線の細い、どこか(みやび)な印象を持つ若者である。

 腰に剣を佩いて戦場に立つよりも、書斎で分厚い本でも開いている方が様になるこの青年。

 彼こそがこの大モルト東征軍の総指揮官。

 ”新家”アレサンドロの現当主。

 ジェルマン・アレサンドロその人であった。


「――以上が現在判明している各領地の地代となります」


 ジェルマンの眉間に不愉快げにしわが寄った。どうやら部下の報告は彼の気にめさなかったようだ。

 部下は主君の勘気を恐れ、恐怖にゴクリと喉を鳴らした。


「・・・もういい。下がれ」

「は、はい!」


 部下は書類をテーブルに置くと、慌てて部屋を後にした。

 ジェルマンはため息をつくと、書類に手を伸ばした。

 その時、彼はふと人の気配を感じて顔を上げた。


()か・・・」

「はい。我が殿」


 部下と入れ違いに部屋に入って来たのか、若い女性が立っていた。

 癖の強い巻き毛。派手目な顔のやや赤ら顔の女性。

 ()と呼ばれたこの女性こそジェルマンの妻。アンナベラ・アレサンドロ。

 ”執権”アレサンドロ家の当主、アンブロードの孫娘である。

 アンナベラは夫の手元の書類を眺めた。


「内容がお気に召しませんか?」

「・・・当然だ」


 ジェルマンは端正な顔立ちを歪めた。


「サンキーニ王国はもっと裕福だと思っていたのだが、この程度か」


 ジェルマンは書類を置くとため息をついた。


「期待外れだ。・・・この程度では俺の理想とする軍勢を養えん。これでは三役を敵に回すのは不可能だ」


 三役。

 大モルトにおいてそれはアレサンドロ家の事を指す。

 ”執権”アレサンドロ。”北部管領”アレサンドロ。”南部管領”アレサンドロ。”公方”アレサンドロ。

 以上、四家のアレサンドロ家が、大モルトの全てを牛耳っていると言っても過言ではない。

 そしてアレサンドロ家で唯一、役職を持たないアレサンドロ家。

 それがジェルマンの”新家”アレサンドロであった。


「アンブロードに奪われたトルサルディ。俺の父が育てたあの商業都市を取り返すには、今のままの戦力では足りない。俺には力が必要なのだ」


 ジェルマンの父サルディレは、執権の分家でありながら一代でアレサンドロにまで登り詰めた稀代の英雄である。

 そのサルディレの躍進を支えて来たのが、サルディレ自らが築き上げた商業都市トルサルディ。

 サルディレの名を冠したこの都市が生み出す潤沢な資金があったからこそ、彼は政治にも軍事にもその辣腕を振るう事が出来たのである。

 今から数年前。サルディレは流行り病にかかり、病没してしまった。

 彼の死後、執権の当主アンブロードは即座にトルサルディを手中に収めるべく暗躍を開始した。

 新当主となったばかりのジェルマンはまだ権力基盤も弱く、老獪な執権当主を相手になすすべもなかった。

 こうして新家を支え続けた商業都市トルサルディは、執権アンブロードに奪われてしまったのである。

 この時の工作がいかに苛烈で卑劣だったかは、トルサルディから多くの商人が逃げ出した事からもうかがわれる。

 サルディレの死を境にトルサルディの人口は激減。現在に至っても当時の繁栄を取り戻せていないという。


「しかし殿は先日、祖父の懐刀、”ハマス”オルエンドロに見事勝利したではありませんか」

「――ふん。当たり前だ。ハマスごときに負けるようでは、執権には勝てん。とはいえ、勝つには勝ったが戦力は互角だった。逆に言えば、俺はまだアンブロードの手下と戦えるだけの力しか――執権本家と戦える力は持っていないという事だ」


 ジェルマンは不機嫌そうに吐き捨てた。

 彼はハッと我に返ると妻を――アンナベラの顔を見た。


「・・・今のは奥の心にのみ留めておけ。ここだけの話。他言無用と心得よ」

「無用な心配でございますよ。我が殿」


 アンナベラは苦笑を浮かべた。

 ジェルマンは平均よりやや背が低いし、華奢で線が細い印象である。

 大モルトでは、大柄な武人然とした益荒男の方が――悪く言えば粗暴な男の方が――主君として好まれる。

 彼は己の姿が威厳に欠ける事を気にしていた。

 部下に弱音や愚痴を聞かれるなどもっての外である。

 彼が唯一、本音や弱みを見せるのは妻の前だけ。

 自分を上回る才女、アンナベラの前だけであった。


「それよりも殿。降伏勧告を受け入れたこの国の領主達が集まりましてございます」

「そうか。して、我らに従わぬ者は?」


 アンナベラは小さく笑った。


「今の所は誰も。領主は全て王都に集まっております」

「ふむ・・・奥の予想通りという事か」


 実の所、ジェルマンは領地を一つ二つ滅ぼすつもりだった。

 実際にどうなるか見せつけなければ、自分達が置かれた立場が分からない愚か者もいるからである。

 それに軍内部の問題もあった。

 大軍を養うには大量の兵糧や薪も必要だし、兵士の士気を保つためには、乱取り(※略奪)も必要だったのである。

 しかし、アンナベラは彼の考えを否定した。


「殿の目的がこの国からの略奪、あるいは大モルトへの併呑ならそれも良いでしょう。しかし、もしも殿の狙いが他にあるのなら、自らの手でこれ以上、この国を荒らすような事はなさるべきではありません。私の言葉は間違っているでしょうか? 殿」


 ジェルマンは妻の言葉にジッと耳を傾けた。

 やがて彼は居住まいを正すと妻に向き合った。


「――奥の言う通りだ。俺の目的のためにはこの国は出来るだけ無傷でいて貰わなければならない」


 ジェルマンはこの時初めて秘めた策を妻に明かした。


「俺はこの国を手に入れ、この国の王になるつもりだ」




 ジェルマンの狙いはこの国を手に入れる事。

 大モルトの属国ではなく、ジェルマン・アレサンドロを国王とする独立国という形で手に入れる事。


「殿の本当の狙いはこの国を手に入れる事にあると?」

「狙いもクソもない。今の俺は執権の勢力下で身動きが取れない。かと言って、執権の影響が届かない土地に逃げても他の三役に使い潰されるだけだ。それでは今と全く変わらない。

 俺に必要なのは三役の力が及ばず、かつ、大軍を養える土地。執権を打倒するための力が貯えられる土地。そんな土地が大モルトに無い以上、いっそ外国に求めるしかあるまい」


 ジェルマンの大胆な告白。しかしアンナベラは驚かなかった。

 ジェルマンはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「・・・やはり俺の狙いなど、奥はとうに気付いておったか」

「いえ。そのような事は」


 アンナベラは殊勝な態度で否定したが、ジェルマンは全く信じていなかった。

 それにしてもアンナベラの態度はどういうことだろうか。

 執権アレサンドロを打倒する。それは執権の当主、アンブロードの打倒に他ならない。

 彼女にとっては、夫から「俺はお前の祖父を倒すつもりだ」と告げられたに等しいはずである。


「私はジェルマン様の妻。アンブロードの事はとうに身内とは思っていませんので」


 アンナベラはこともなげに言い放った。

 ジェルマンはこういう時にいつもこう思う。

 俺の妻は俺よりも執権の家を憎んでいるのではないだろうか。と。




「殿? いかがされましたか?」

「ん? いや、何でもない」


 妻の声にジェルマンはハッと我に返った。

 少し考えにふけっていたようだ。


「それで何の話――いや、そうか。この国の領主達が集まっているという話だったな。では早速ヤツらをここに呼べ。俺に忠誠を誓わせるのだ」


 ジェルマンが王都に入らなかった――王都を荒らさなかった――理由。

 そしてこの国の国王と王子を手に入れながら、その命を奪わなかった理由。


 それはこの国の国力を保ったまま、全てを己が傘下に収めるため。

 それは来るべき”執権”アレサンドロとの対決に向けての準備。


 ジェルマンの野望が遂に動き始めたのである。




 ジェルマンの命令を受け、早馬が次々に王都へと発った。

 そんな使者の動きに紛れ、一人の男が王都に戻った。

 彼は商業区画に駆け込むと、彼の主人に――オスティーニ商会商会長ロバロ老人の下に――情報をもたらした。


「大モルト軍は、コラーロ館で我が国の領主達を参列させた大規模な式典を開くもよう」


 この報せに、ロバロ老人はハッシと膝を打った。


「ついに来たか! この報せを待っておったぞ! 誰かバルトナのヤツに使いを送れ! 大至急じゃ!」


 こうして人知れず王都でも事態が動き出したのであった。

次回「メス豚、出迎える」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなくこのジェルマンは蜀の滅亡のさいに国をのっとって独立しようとした鍾会を思い起こさせますな…
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