その228 メス豚、親子を救う
月明かりに照らされた王都の通りに降り立つ黒い影。
頭から足の先まで全身を覆った黒い布。
正に怪人と呼ぶにふさわしい異形の姿。
まあ、中身はメス豚なんだが。
正確には、水母が作った人の形の布の中に私が収まっている、と言うのが正しいか。
意味が分からないって? ええとだな。水母が自分の体を人の形に変化させ、その上にさっき見つけた黒い布の旗を被っている、という説明で分かって貰えるだろうか?
ちなみに、完全な人型にするには質量が足りないので、作っているのはあくまでも頭のてっぺんと肩の部分だけ。
その他の部分は全く存在しない、がらんどうである。
つまりは、私は布製の人型テントに入っているような感じなのだ。
今は夜なので布の中は真っ暗だけど、もしも明るければ傘の骨のように広がった水母 の姿が見えるだろう。
フワフワと宙に浮ける水母でなければ不可能な方法である。
「な、なんなんだテメエは!」
『最も危険な銃弾』
あ。やべ。
野盗の一人が急に剣を突き出して来たので、咄嗟に魔法を使ってしまった。
ロクに狙いを付けていなかったとはいえ、さすがに外すような距離じゃない。
不可視の棘は男の腹に命中した。
パンッ!
乾いた破裂音と共に男の腹が弾け、赤い血が飛び散る。
大きく開いた傷口から臓物がゾロリとこぼれ落ちた。
うへっ、グロ注意。
「う・・・うああああああっ! お、俺の腹が! い、痛てえ、痛てえよおおお!」
男は石畳に落ちた自分の内臓に悲鳴をあげている。
出血のせいか、男の顔はみるみる紙のように白くなっていく。
やっちまったぜ・・・。いや、まだケガで済んでいるからギリギリセーフ。
出血性ショックですぐに死んじゃいそうだけど。
仲間がやられた事で、他の野盗達がいきり立った。
「テメエ、コイツに何しやがった!」
いや、ちょっと待ってくれ。
今のは不幸な事故だったんだ。話せば分かる。
私は、「金持ち一家を助ける」と決めて屋根の上から舞い降りた。
しかし、待って欲しい。必ずしも襲撃者の方が悪だとは限らない。
なにせ私は彼らの事情を何も知らないのだ。
どう見ても襲撃者達の方が悪いようにしか見えないが、ひょっとしたら金持ち一家の方が大悪党で、襲撃者達は悪を懲らしめるために立ち上がった正義の義士かもしれない。
とてもそんな風には見えなかったって? まあ、私もそう思うけど。
だが、人を見かけで判断してはいけない。
私だって見た目はメス豚、中身は可憐な(?)女子高生なのだ。
いかに彼らが見た目粗暴で、女子供を泣かせていたとしても、まだ悪党と決まった訳ではないのである。
という訳でまずは話し合おう。
私は首からぶら下げた、水母が作ったマイクに囁いた。
『ヒソヒソ(あーあー、水母、聞こえる?)』
『感度良好』
『コホン――。ボソッ(今のは事故だ)』【今のは事故だ】
私の声がマイクを通じて水母に届き、彼はそれを人間の言葉に翻訳してスピーカーから出力した。
私の声に男達が一瞬黙り込む。
それはそうと、何なのこの声のチョイス。なんか杉田〇和似のイケボなんだけど。これって水母の趣味?
そして自分の言葉がイケボ(CV:杉〇智和)で再生されるという超絶違和感。
そういうボイスチェンジャーだと考えれば、これはこれでアリなのか?
【そんな事より、武器を捨ててこの場を立ち去れ。そうすれば見逃してやろう】
「はあっ?!」
あっ、しまった。今の言い方だと煽ってるみたいじゃん。
この声があまりに渋カッコ良過ぎるあまり、ついつい、単語のチョイスが声のイメージに引っ張られてしまったようだ。
「テメエ、なめてんじゃねえぞ!」
「この人数に敵うとでも思ってるのか?!」
【フッ。なめられるのが嫌なら、一人で俺の前に立つんだな。群れなければいきがれない時点で自分がザコだと認めているも同然だと、なぜ気が付かない?】
男達の顔が怒りで朱に染まった。
ああん。いや、ちゃうねん。煽るつもりはなかったのねん。「フッ」とか鼻で笑うつもりはなかったのねん。
あのね。声がイケボ過ぎて、こんな言い方しか出来ないのよ。
だって、こんないい声で「あの~、良ければ事情を聞かせて貰いたいんですが」とか言えないでしょ?
決して、声が良すぎて私のテンションが変な方向に爆上がりしているとかじゃないから。
「ぶっ殺す!」
「八つ裂きにしてやる!」
・・・ああ、うん。これは話し合いでは解決不可能だな。
もうコイツらが悪党って事でいいか。
男達は武器を手に私を取り囲んだ。
頭に血が上っても、全員で襲い掛かる程度の知恵は残っていたようだ。
まあ、私相手には無駄なんだが。
【最も危険な銃弾】
パンッ!
あ、水母。魔法の名前は翻訳しなくていいから。
正面の男がガクンと頭を跳ね上げて崩れ落ちた。
男の頭が、ゴツン、石畳にぶつかる鈍い音が大きく響いた。痛そう。
いや、それどころじゃないか。
「なっ!」
「まただ! 一体何をやった?!」
「何をやった?」と聞かれて「実は今のはですね」と説明を始めるヤツはいない。そんなのは少年漫画やバトルアニメのキャラくらいだ。
【最も危険な銃弾】
パンッ!
【最も危険な銃弾】
パンッ!
だから、魔法名は翻訳しなくていいんだって。・・・まあいいや。イケボで私が命名した魔法名を聞くのも何だかカッコ良く思えて来た所だし。
立て続けに三人程片付くと、包囲網の一角に穴が開いた。
私は素早く包囲網から抜け出した。
「しまった! に、逃がす【最も危険な銃弾】ギャッ!」
仲間に指示を出していた男が、胸に不可視の弾丸を食らって崩れ落ちる。
コイツがリーダーだったらしく、男達が目に見えてうろたえた。
こうなってしまえば後は作業だ。
とはいえ、窮鼠猫を噛むとも言う。油断はしない。
「う、うわあああああああっ!」
「ひいいいいっ! た、助けてくれー!」
最後に残った二人が逃げて行く。
どうしよう。追いかけた方がいいかな?
――いや、いいか。
本来ならこういった治安活動は警察の――この世界だと衛兵の――お仕事だ。
あくまでも私は善意の協力者。必要以上に深く関わる必要はないだろう。
散々ぶっ殺しておいて今更何言ってるんだって? 私もそう思うよ。
【・・・全てはこの声がカッコ良過ぎるのが問題だな】
私が妙なテンションにさえならなければ、このイケボ・ボイスチェンジャーさえなければ、流血沙汰を避けられたかもしれない。
戦いの熱も引き、私は軽く反省していた。
頭のてっぺんがツンツンと突かれると、細い触手がニュルリとマントの外に伸びた。
触手の示した先を見ると、野盗に襲われていた金持ち一家が、抱き合った状態で私の方をジッと見ていた。
金持ち一家は四人。
まだ若い両親と小学生くらいの女の子と男の子の姉弟――姉弟でいいんだよな? ややこしい関係とかいらないんで。
ママとお姉ちゃんは大丈夫そうだが、パパのズボンの左足は血で黒く染まっている。どうやら野盗の剣で切られたようだ。
弟くんは、倒れたまま母親に頭を抱きかかえられている。痛みを堪えている様子だし、どこかにケガをしているようだ。
『ヒソヒソ(水母。あの子のケガを診てくれる?)』
『了解』
私は彼らに近付いた。
金持ちママとお姉ちゃんが、怯えてギュッと抱き合う。
金持ちパパが家族を自分の後ろに隠すように前に出た。
「――我々を助けに来てくれた。そう思ってもいいのか?」
パパが警戒するのも当然か。上から下までどう見ても怪しい黒マントだからな。
【屋根の上からあなた方が襲われているのを見たのでな。助けに参上したという訳だ】
「や、屋根の上? 一体、なんでそんな所に?」
おっと、いかん。余計な事を言って不審に思われちまった。
【それより、そちらの男の子はどこかケガをしているようだ。私に診せてみたまえ】
「?! あなたは医療の知識があるのか?!」
知識があるのは私じゃなくて水母だがな。
私が弟くんの前に立つと、マントの中から水母の触手がコッソリ伸びて彼を診察した。
『診察終了』
そう。だったら、早く彼らに教えてあげて。
【了。左肋骨、第七に分節骨折、同、第八、第九に斜骨折。頭部に軽度の皮下出血。肘と背中の一部に擦過傷が見られる】
「――えっ?」
水母の言葉に金持ちママがポカンと口を開けた。
いやいや、水母。病院のカルテじゃないんだから。今の説明で分かってくれるのはお医者さんくらいでしょ。
私は親子から離れると水母を問い詰めた。
『ヒソヒソ(ちょっと水母。あんた、もっと分かりやすい説明が出来ないの?)』
『・・・可能かは疑問』
おおう、そ、そうか。
結局、私が水母から診断結果を聞いて、彼らに説明する事になった。
弟くんのケガは肋骨のヒビ。添え木を当てて動かさないようにする事。
頭も打っているようだけど、たんこぶが出来ているだけで内出血はみられない。
擦り傷は後でキレイな水で洗っておく事。
そんな形で説明は終わった。
「あばら骨のヒビですか。分かりました」
さて、お次は父親の傷の手当――と思った所でここでタイムオーバー。
「あそこです! あそこで馬車が襲われました!」
「旦那様! ご無事ですか?!」
金持ちパパの使用人達と思われる男達が通りの向こうから姿を現したのだ。
どうやら馬車の御者が、パパの実家に応援を呼びに行っていたようだ。
ならば後は彼らに任せておけば大丈夫だろう。
【風の鎧】
「あっ!」
私は身体強化の魔法をかけると、ヒラリ。家の壁を駆け上がり屋根の上に。
そのまま夜の町へと去って行ったのであった。




