その226 メス豚、感心される
すみません。予告とタイトルを変更しました。
この国の王都は、小国とは思えない程立派なモノだった。
正直かなり意外だった。
てか、実はこの国って意外と裕福なのでは?
完全にお上りさんと化した我々は、王都の規模に気圧されながら峠道を下って行ったのだった。
てなわけで大体一時間程後。
砦の牛トカゲ隊とも別れ、我々は王都に足を踏み入れていた。
大男のカルネが辺りを見回して呟いた。
「随分とデケエ建物があるが、ありゃあ一体何なんだ?」
ふーん、どれどれ。
「多分、神殿ね。この辺は全部神殿の敷地なんじゃない? 神殿ってのは神様を祀っている場所の事よ」
「はあ?! この辺全部だって?! マジか! なんでこんなに広い場所が必要なんだ?!」
「えっ? ここって畑じゃなかったんだ」
「畑にしては変だと思っていたけど、だったらなんでこんなに木や草が生えてるんだ?」
どうやらここを畑か何かだと勘違いしていた者もいたようだ。
そんな訳ないでしょ。どこから見たって立派な庭じゃない。
少し説明しよう。この世界の宗教はちょっと変わっていて、どの国も『大二十四神』という二十四柱の神様を信奉している。(※唯一神アマナを崇める、アマディ・ロスディオ法王国を除く)
とは言っても、二十四の神様を平等に崇拝しているのではなく、国によって人気の神様は違っているようだ。
ちなみに彼ら亜人達は、豊穣の神様ディアラを信奉している。
ディアラは最も広く信じられている神様で、美しく豊満な姿をした女性神である。
文字通り大地に実りをもたらす神であり、出産の神でもあり、雨を降らせて大地を潤す慈雨神でもある。つまりは新しい命を生み出す神様なのだ。
大地神マディソスの奥さんで、良妻賢母でもあるらしい。
「二十四柱も神様がいるんだから、神殿の建物が大きくなるのも仕方ないんじゃない?」
「それもそうか」
神様が二十四柱もいると、中にはとんでもない神様もいたりする。
”罪人の兄妹神”なんかがそれで、兄のラキソスは盗みの神様で、妹のネクロラに至っては、報復の神であり拷問の神でもあるという。何とも物騒な神様がいたものだな。
なんで報復や拷問の神様が必要なのかと言うと、この世界ではこの世の物や行動は、全て神様が生み出した物と考えられているからである。つまり、復讐心も神様が作った物なのだ。
逆に言えば神様がいなければ、人間に復讐心は存在しなかった事になる。この世界の神様はなんとはた迷惑なヤツらであろうか。
私の説明に隊員達は「へえ~」と感心した。
いや、何であんた達が感心してるし。自分達の宗教でしょうが。
「他の神の事は良く知らないしなあ」
「だな」
「俺達はディアラしか信奉していないから」
ちなみにこの世界では、男の神様は名前の後ろに男性神を表す”ソス”が。女の神様には女性神を表す”ラ”が付く。
なんでかって? そういうルールなんだから仕方ないだろ。
だから豊穣神の事を「ディアラ神」とは言わない。
ディアラという言葉自体がディア・ラ「ディア女性神」を意味しているからだ。そこに神を付ければ「ディア女性神神」になって意味が被ってしまうのである。
そんな説明をしている間に、どうやら神殿の敷地内を抜けたようである。
我々はごちゃごちゃと家が立ち並ぶ、町の大通りに到着していた。
そういや、私らは今夜どこに泊るのかな?
「今までの町だと代官の屋敷に泊っていたけど、王都だとどうなるんだろうな?」
「王都の代官って誰になるんだ? 国王とかか?」
「えっ? じゃあ俺達お城に泊るのか?」
なわけあるかい。
浮足立つ我々をよそに、ちょび髭達はズンズンと通りを進んで行く。
ちょび髭達を――大モルトの騎士団を恐れているのか、通りにはまばらにしか人影がない。
そんなまばらな人影すら、こちらの姿を見ると慌てて近くの建物に駆け込んでいた。
「・・・騒がれるよりはまだマシだが、あまりいい気分はしねえな」
「そうだな」
後で分かったが、この辺は一般層が住むいわば下町――平民区画とでも言うべき場所だったようだ。
ちょび髭達はこの平民区画を抜け、富裕層が住む商業区画に入っていった。
どうやらここが我々の今夜の宿泊先になるようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
商業区画の目抜き通り。
王都の金融を一手に握る大商会、オスティーニ商会の屋敷の一室。
白髭の老人が厳しい顔で報告書に目を通していた。
コンコンコン
ノックの音に老人は書類から目を上げた。
「入れ」
「失礼いたします、ロバロ様。私をお呼びでしょうか」
部屋に入って来たのは十代の気弱そうな青年。
この屋敷に住み込みで老人の――ロバロ老人の身の回りの世話をしている使用人、マルチェであった。
マルチェはロバロ老人の険しい顔を見て、怯えた様子で立ち止まった。
「――別にお前に対して腹を立てているのではない。原因はこの賊共だ」
ロバロ老人はそう言うと書類をテーブルの上に置いた。
「・・・ネクロラの信徒、ですか」
「ふん。こんなヤツらが信徒な訳があるまい。神の名を使って好き放題やっているだけの無法者共に過ぎんわ」
ネクロラは”罪人の兄妹神”の妹神。報復の神である。
報告書には『最近、”ネクロラの裁き”と称して商家の者達を襲う賊が出没している』と書かれていた。
彼らは『今、この国が危機に瀕しているのは、商人共が欲に溺れ、人々を苦しめて私腹を肥やしていたせいに違いない』『神の裁きが大モルト軍という形を取って現れたのだ』と吹聴し、商人を襲い、金品や命を奪っているという。
「自分達の悪行の免罪符として神の名を利用しているだけだ。こんな罰当たり共が真っ当な信徒であるはずはあるまい」
ロバロ老人は吐き捨てるように言い放った。
彼は不快な報告書をグシャリと丸めると床に放り捨てた。
マルチェは「後で忘れずに片付けなければ」と心の中で呟いた。
「お前を呼んだのはバルトナの件だ。ヤツから何か連絡は入ったか?」
ドン・バルトナは王都の寄せ場を仕切る顔役。手配師の総元締めである。
二人は数日前からとある計画の共犯関係にあった。
「ドン・バルトナ様ですか? いえ。前回の報告があってからはまだ何も・・・」
「ちっ。バルトナも存外使えんヤツだ。念のためこちらでも人手を集めておいた方がいいか。――いや。やはりワシに繋がる線を残すのはマズい。この点においては王都でバルトナに匹敵する人間はおらん。だがしかし、今のままでは・・・」
ロバロ老人はブツブツと呟きながら考えに沈んだ。
マルチェは、部屋を出るタイミングを失い、困った顔で立ち尽くすのであった。
それから数時間後。
すっかり夜も更けた王都の通りを一台の馬車が走っていた。
馬車にはオスティーニ商会の――ロバロ老人の商会の――旗がはためいている。
「やれやれ。すっかり遅くなってしまった」
馬車に乗っているのは一組の家族。
ロバロ老人の息子ブラッドと彼の妻、そして二人の子供達である。
彼らは貴族の屋敷で開かれたパーティーに呼ばれた帰りだった。
「国がこんな状況でもパーティーだけは開くんですね。貴族様って」
そう言ってブラッドの息子、長男のパジリオは苦笑した。
ブラッドは小さくかぶりを振った。
「あの人達にとってはこの王都が自分達の世界の全て。自分達の足元にまで火が回っているのが見えていないんだよ。仮に明日、大モルト軍が王都に攻め入っても、彼らはきっと、その事実をどうやって自分達の政争に利用するかとしか考えないだろうね」
ある意味では彼らはとても幸せな人種なのかもしれない。
ブラッドは半ば本気でそう思った。
妻が不安そうな顔で振り返った。
「ねえ。それよりも少し御者を急がせた方がいいんじゃない? 最近、この辺りも物騒という話よ。ついこの間の夜も馬車が襲われたそうだし」
その噂はブラッドも聞いている。
一応、馬車が襲われた道は避けるように御者には言っているが、それで安全という保証はどこにもない。
彼は妻を安心させるためにも、馬を急がせるように御者に命じようとした。
ブラッドが御者席の小窓を開けようとしたその時だった。
ガタン!
突如、大きな音を立てて馬車がガクンと揺れた。
「キャッ!」
激しい振動に妻と長女が悲鳴をあげる。
すぐに馬車がガクンと傾くと停止した。
ブラッドは慌てて小窓を開くと御者に叫んだ。
「どうした! 何があった?!」
「分かりません! 誰かが馬車の車輪の下に何かを放り込んだのかも――ヒイッ!」
御者は小さく息を呑むと慌ててその場に伏せた。
ガツン!
次の瞬間、何か硬い物が馬車にぶつかる音が響いた。
怯えた馬がいなないた。
「なっ! どうした! 何があった!」
「ぞ、賊です! 路地裏から何人もの賊が! ひいいいいっ! お、お助け!」
御者は転がり落ちるように馬車から逃げ出した。
続いて大勢の足音。そして複数の男達の声。
ブラッドの一家が息を呑む中、馬車のドアに外から何かが打ち付けられた。
ガン、ガン、ガン! バキッ!
ドアが破壊されると、武器を持った薄汚い男が乗り込んで来た。
「キャアアアアアッ!」
「止めろ! 私の家族に手を出すな!」
ブラッドの制止を振り払って、妻が、子供達が、そしてブラッド自身が馬車の外に引きずり出される。
馬車の周囲は十人程の男達によって取り囲まれていた。
全員が武器を持ち、白い歯を見せて笑っていた。
闇夜の襲撃現場を、夜空の月だけが銀色に照らしていた。
次回「メス豚と夜ウォーキング」




