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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第七章 混乱の王都編
225/518

その223 メス豚、出発する

◇◇◇◇◇◇◇◇


 亜人達との会談の翌日。

 ちょび髭の中年男――ガルメリーノ・ガナビーナは、クロ子達の砦へと向かう馬上にあった。

 護衛の隊長は辺りを警戒しつつも、昨日と全く変わらないガナビーナの様子に驚いていた。


(相手には魔獣がいるというのに、良く平気でいられるものだ。見かけによらず意外と肝が据わっているのか、単に危機意識が薄いだけなのか)


 恐らく、あまり深く考えていないだけなんだろうな。隊長は心の中でため息をついた。

 彼はこの護衛任務を命じられた時、現地となるメラサニ山まで道案内が出来る者を探した。

 幸いな事に、部隊にはつい先日までメラサニ山で戦っていた者が――元・ハマス軍の”五つ刃”、”一瞬”マレンギがいた。

 残念ながらタイミング的にマレンギに会う事は出来なかったが、彼の部下達(※クロ子達と戦った仇討ち隊の兵士達)に会う事は出来た。

 彼は兵士達に、「亜人の女王に会いに行く事になった」と告げた。


「そこで、お前達に亜人の村までの道案内を頼みたいのだが――」


 彼らの変化は劇的だった。


「ダ、ダメだ! 俺は二度とあそこにはいかないぞ!」

「呪いだ! 女王クロコパトラに呪われる! 女王は冥府神の娘なんだ!」

「あの山に入ってはいけない! 俺達のように呪われてしまうぞ!」


 兵士達はすっかり取り乱している。

 仕方なく隊長は、彼らに道案内を頼むのを諦め、亜人達に関する話だけでも聞くことにした。

 そこで彼は女王クロコパトラの人知を超えた魔法の力。そして女王の使役する恐るべき”魔獣”の存在を知ったのである。


(あの時は、彼らが言うような凶悪な生き物がこの世にいるとは思えない。そう思って話半分に聞いていたんだが・・・)


 昨日、亜人の砦で見た魔獣の姿。

 黒い子豚の姿に粗末なハンカチーフ。背中には柔らかそうなピンク色の塊。頭の左右から伸びた捻じれた角に、額から伸びた大小二本の角。


(あれはまさしく、話に聞いていた魔獣の姿そのものだったな)


 魔獣は亜人の代表者の横に座って、時折相槌を打つようにブヒブヒと鳴いていた。

 その姿は、まるで己の言葉が通じない人間に対して、亜人の代表の口を使って、自分の言葉を代弁させているようにも見えた。


(・・・いや、流石にそれはないか。それにしても薄気味の悪い獣だった)


 隊長はクロ子の目が――こちらの心を見透かしているような不気味な目が――気になって仕方がなかった。

 彼は魔獣を退席させて欲しいと頼んだが、「それは困る」とハッキリと断られてしまった。


「俺としたことが。出発前にあんな話を聞いたから、変に意識してしまったようだ」

「? 隊長、何か?」


 彼は部下の騎士に「何でもない」と答えると、気持ちを切り替えて周囲の警戒を続けたのだった。




 ガナビーナ一行は亜人の砦までやって来た。

 こちらを見つけた見張りの亜人が、仲間に何か指示を出している。


「――むっ。ガナビーナ殿、お待ちを。砦の様子が少々おかしなようです」


 隊長は馬に拍車を入れるとガナビーナの前に出た。

 部下達も辺りを警戒しながら、護衛対象の周りに集まる。

 護衛達の緊張感が伝わったのか、ガナビーナは怯えた様子でキョロキョロと辺りを見回した。


「な、なんだ? 亜人共が何か企んでいるのか? ――ひっ!」


 ガゴン。ギギギッ・・・


 門の閂が外される音がすると、大きな扉が軋み音を上げながら開いた。

 砦の中にいたのは、武装した五十人程の亜人の男達。全員、額から小さな角が生えている。

 隊長達が緊張する中、全身傷だらけの大柄な亜人が叫んだ。


「それ! みんな行くぞ!」

「「「せーの」」」


 彼らは声を合わせるとシンプルな作りの駕籠(かご)を担ぎ上げた。

 大男を先頭に、駕籠(かご)を担いだ男達、そして長櫃(ながびつ)を担いだ荷駄隊が続く。


「なっ・・・これは一体」


 予想外の事態に立ち尽くす隊長達の前で、駕籠(かご)が横を向いて止まった。

 薄い木で出来たブラインドがスルスルと上がる。

 その瞬間、隊長達は全員、ハッと息を呑んだ。


 駕籠(かご)の中にいたのは黒髪の若い女だった。

 艶やかな長い黒髪。白磁のような白い肌。長いまつ毛に濡れた瞳。

 見た事もない意匠の黒いドレスを盛り上げる蠱惑的な曲線美。

 まるで名画から抜け出して来たような絶世の美女がそこにはいた。


「・・・クロコパトラ女王」


 ガナビーナが熱に浮かされたような声で呟いた。

 クロコパトラ女王の美貌は、一瞬にしてこの場の男達の心を奪っていた。


「そこな主が、ジェルマン閣下がよこされた使者とやらか。遠路はるばるご苦労じゃった。話は全てウンタより聞かせて貰った」


 女王は特徴的な変わった言い回しでガナビーナに話しかけた。


「用件はあい承った。これより閣下の下に参るがゆえ、その旨、お伝えよろしく頼んだぞ。カルネ」

「おう! ――じゃなくて、かしこまりました、女王! よし、テメエら行くぞ!」

「「「おう!」」」


 亜人達は女王の駕籠(かご)を担ぎ直すと、山道を歩き始めた。

 ガナビーナ達はボンヤリと彼らを見送っていたが、ハッと我に返るとその背に声をかけた。


「お、お待ちを! クロコパトラ女王! お待ちを!」


 彼らは慌てて馬に拍車を入れると、亜人達の後を追いかけた。


「女王! お待ちを! って、なんでこっちは馬なのに追いつけないんだ?!」

「どう考えたっておかしいだろう! 亜人の足はどうなっているんだ?!」


 説明するまでもなく、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の男達は、俺達の魔法(ウインドスプリント)で行軍速度を上げている。

 いくらこちらが馬とはいえ、その背に乗っているのは鎧で身を固めた完全武装の騎士。

 そう簡単に彼らに追いつけるものではなかった。


「女王ーっ! 女王、お待ちを! 我らが道案内致しますゆえ! お待ちを! お待ちをーっ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 我々は大モルト軍の総指揮官ジェルマンのいるリゾート地に向けて出発した。

 私と共に行くのは、クロカンの隊員達のほぼ全員。

 実は最初は最小限の人数だけで向かうつもりだった。

 私が留守の間を狙って敵が攻めて来るかもしれない。そう考えると、村を守る人間が必要だったからである。

 しかし、希望者を募った所、全員が私との同行を希望したのだった。


『ちょっと! みんなが村を離れたら誰が村を守るわけ?!』

「そうは言っても、俺達も一度くらいは人間の町を見て見たいし」

「そもそも俺達が残っても、クロ子抜きで人間の軍隊と戦えるのか?」


 うぐっ。それを言われると厳しい。

 仮に私以外のクロカンの全員が残っていたとしよう。それでも前回の”五つ刃”の討伐軍を防ぐ事は出来ないだろう。

 別に己惚れている訳でも自意識過剰な訳でもない。

 あの時だってギリギリの戦いだったし、そもそも私と彼らとでは作業効率に差があり過ぎる。

 罠を作るにしても、人力で行うよりも、私が魔法でちゃっちゃと行った方が早いのである。

 ついでに言うと、彼らではマサさんたち野犬に命令する事も出来ない。一応、あいつらのボスは私だからな。


 かと言って、防衛のために私が残るという訳にはいかない。

 敵総指揮官との交渉は私にしか出来ない。

 向こうは女王クロコパトラを名指しで指名しているのだ。代理を送れば侵攻の口実を与えてしまう。

 おそらく、この招集は踏み絵だ。

 新しい支配者に服従するか否か。

 当主自らが頭を下げて降伏の意を示さなければ、敵とみなされて討伐軍が送られる。そういう類の通告だ。

 つまり当主は大モルト軍に送られる人質なのである。


 ああ。体が二つ欲しい。

 そうすれば交渉にも行けるし、村も守れるのに。

 そうだ、クロコパトラ! 交渉はクロコパトラに行って貰えばいいんだ! そうすれば私は村に残って敵の侵攻に備える事が――って、クロコパトラの中身は私じゃん。どのみち無理じゃん。


 亜人の少女が――村長代理のモーナが小さく頷いた。


「クロ子ちゃんは行って頂戴。村の事は私達で何とかするから」

『何とかって、どうすんの?』


 クロカンの分隊長、職人の卵のハッシが手を上げた。


「だったら俺が残るよ。どの道、砦に投石機も作んなきゃいけないし」

「なら、人間の軍隊が来たら狼煙を上げて頂戴。それを合図に、村の人達全員で、水母(すいぼ)ちゃんの施設に逃げ込むから」

「ああ、それがいい。俺も適当に戦った後で逃げ出すよ」

「だったら俺達もハッシと一緒に残った方がいいな」

「そうだな。俺達の魔法(ウインドスプリント)を使って逃げれば、人間は追いつけないだろうし。今後は砦の見張りは隊員だけで行った方が安全だろう」


 ちょ、勝手に話を進めないで欲しいんだけど!

 ・・・てか、分かったわよ。全く。


『確かにそうするしかなさそうね。なら、残りの隊員達は私と一緒に行く。これでいいかしら?』

「おう! いよいよ敵地に乗り込むのか! 腕が鳴るぜ!」

『じゃあカルネは留守番で』

「なんでだよ!」

『だから、戦いに行くんじゃないって、さっきから言ってるでしょうが』


 といった訳で、相談の末、一部の隊員を残してほぼ全員で出発する事になった。

 正直、カルネにはああ言ったが、今回の旅は実質的には敵地に乗り込むのとほとんど変わらない。

 少しだけ心細かったので、みんなが来てくれると決まって気が軽くなったのは事実である。


「クロコパトラ女王。なあ、クロコパトラ女王」


 まあそれを正直に言うと、「やっぱり戦うのか」とか言い出しそうだから言わないけどさ。


「女王・・・おい、クロ子」

「何よウンタ。この姿の時はクロ子って呼ぶなって言っといたでしょ」

「お前が返事をしないからだ。それより、後ろのアイツらを放っておいてもいいのか?」

「ん? 後ろ?」


 私は駕籠(かご)を開けると、後ろを振り返った。


「女王ーっ! 女王、お待ちを! 我らが道案内致しますゆえ! お待ちを! お待ちをーっ!」

「・・・え? 何あれ」

「知らん。さっきからずっと俺達の後を追って来ているんだが」


 ちょび髭と護衛の騎士達が大慌てで私達の後を追いかけていた。

 隊員達は彼らと競争でもしているつもりなのか、全速力でノリノリで逃げている。


「ちょ、みんな何やってんのよ! ストップ! ストーップ! 面白がってるんじゃないの!」


 私の声でみんなの足が止まると、ちょび髭達はようやく追いついたのだった。

次回「メス豚と街道の旅」

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― 新着の感想 ―
[良い点] むこうの親玉に会いに行くとなると捕虜となっている王子やショタ坊とも再会することもあるかもしれんね…何やら陰謀渦巻く街にむけて出発進行!
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