その222 メス豚、事情を知る
砦の家の中で、ちょび髭とウンタの話し合いが始まった。
ちなみにちょび髭は何の権限も持っていないと言う。だったらただの使い走りじゃん。メッセンジャー・ボーイじゃん。
などと愚痴っていても仕方がない。
だったらせめて情報くらいは頂こうか。
「ほぼ互角の兵力だったのか。それじゃあかなり厳しい戦いだったんじゃないのか?」
「とんでもない! 圧倒的な大勝利に終わったとも! 寄せ集めの王子軍にすら手を焼く”ハマス”軍が、閣下の軍に勝てるはずがないではないか!」
交渉には毛ほども役に立たなかったちょび髭だが、こちらに関しては中々優秀なヤツだった。
私達がちょっとおだててやれば、彼は機嫌良く色々な話をしてくれた。
勿論、身内のひいき目は考慮しなければいけないが、そこを差し引いても、貴重な大モルト側の情報を得ることが出来たのであった。
と言った訳で、時系列順に整理してみようか。
大モルト軍の総指揮官はジェルマン・”新家”アレサンドロ。
アレサンドロ家とは実質的に大モルトを牛耳っている大貴族である。
彼はアレサンドロ家の中でも最も有力な貴族、”執権”アレサンドロ家に命じられ、この国に攻めて来た。
ちなみに執権とは国王に代わって政治を執り行う役職の事である。
大モルトでは、執権を含む三役と呼ばれる最高役職があって、それら全てをアレサンドロ家が独占しているんだそうだ。
さて。執権アレサンドロはジェルマンに軍を任せるにあたって、彼にお目付け役を付けた。
それがカルミノ・”ハマス”・オルエンドロ。
オルエンドロ家は執権の直臣の名家で、その中でもハマスは、むしろジェルマンを上回る程の家柄なんだそうだ。
こうして二つの大きな派閥が同居する混成軍が編成された。
なぜこんなトラブル必至のクソ人事になったのか?
それは新家アレサンドロ家と、執権アレサンドロ家の不仲が原因と言われている。
新家は先代当主の時に執権の分家から別れて生まれた、新しいアレサンドロ家である。
つまり、新家は先々代まではオルエンドロ家だったのだ。
新家の初代当主はかなりのやり手だった。
彼は類まれなる商才で一代で巨大な商業都市を築き上げた。
彼は潤沢な資金を元手に政治の世界でも辣腕を振るい、ついには執権からの独立を果たし、新たなアレサンドロ家を興したのである。
なんというサクセスストーリー。この世界版の大河ドラマが製作されたら、初代は間違いなく主人公に選ばれる類の人物だな。
そんな経緯があったため、新家は執権の派閥の中に多くの敵を作っていた。
とはいえ、やり手の初代に正面切って敵対出来る者は誰もいなかった。
やがて初代が急死した事で、今の当主に代替わりした。
執権はここぞとばかりに難癖を付けては新家の力を削ぎにかかった。
現当主ジェルマンも懸命に抵抗したが、まだ二十代の若輩者。
海千山千の妖怪共の相手をするには、圧倒的に経験値が足りなかった。
彼は狡猾な策に絡み取られ、遂には新家を支える経済の基盤であった商業都市まで取り上げられてしまったそうである。
今回の出兵も、元々は執権の当主がヒッテル王国からの要請を受けて、決定されたのものだった。
それが巡り巡って、こうして新家が行っている。
執権の狙いは戦で新家の力を削ぐ事にある。
しかし、それが分かっていても、出兵の命令自体は国が出した正規の物である。
断れば反逆の意ありとみなされて討伐軍を差し向けられるかもしれない。
分かっていても従わざるを得ない。
ジェルマンは、不本意ながら自ら兵を率いてこの国に攻め込んだのであった。
さて。この国に攻め込んだ大モルト軍だったが、早々に問題が表面化した。
ハマスはジェルマンに対し、「お前なんかの指示になんて従えるか」と反発した。
ジェルマンは「だったら勝手にしろや」とばかりに彼らの好きにさせた。
こうして大モルト軍は、ジェルマン率いる本隊とハマスの別働隊の二つの部隊に別れ、それぞれが王都を目指す事になったのであった。
グダグダだな大モルト軍。
それでも勝っちゃうんだから、やはり数の力は偉大という事か。
ちなみにこの直後の展開は、私らもイケメン王子軍に参加していたから知っている。
ジェルマンの本隊は川を挟んでこの国の国王軍と対峙。
ハマスの別動隊はイケメン王子軍を発見。功に逸った彼らは王子軍を攻め立てたが、思わぬ抵抗に遭い失敗する。
ハマス軍が王子軍を攻めあぐねている間に、ジェルマンの本隊が国王軍を撃破。
敵に国王を捕えられた王子軍はハマス軍に投降する。
その後、ハマスの一部部隊が討伐軍を結成。我々を追ってこのメラサニ山に進軍した。
ひと月に及ぶ激しい戦いの末、彼らは大きな被害を出して敗走したのだった。
さて。我々が討伐軍と戦っている間。大モルト軍本隊は何をやっていたのか。
ジェルマンの本隊とハマスの別動隊は遂に決裂。何と雌雄を決するために野戦を行っていたのだという。
マジかよ。敵国のド真ん中で同士討ちとか、お前ら何やってんの。
そして完全に蚊帳の外のこの国の悲しさよ。
大モルト軍を二つに割ってのこの戦は、ジェルマン側の勝利で幕を閉じた。
ハマスの当主は命からがら逃走。現在は国境近くの占領地で、部隊の再編成を行っているという。
ハマスの部隊に置いて行かれたイケメン王子は、今度はジェルマン軍の捕虜となり、そこで国王と親子の再会を果たしたそうである。めでたしめでたし。なのか?
国王と王子。二つのカードを手中に収めたジェルマン軍は進軍を続け、遂に王都まであと一歩の距離まで到達した。
しかし、ジェルマンはなぜかそこで全軍に停止を命じた。
現在、大モルト軍は王都の南、山間に湖の広がるパルモという場所に駐留しているそうだ。
この土地は富裕層の避暑地として知られる、美しい自然に囲まれたリゾート地なんだそうだ。
つまりはアレだ。日本で言う軽井沢みたいな場所だ。多分。
ジェルマンの真意は分からない。しかし、景色が良い所に来たのでリゾート気分になった、という訳ではあるまい。
彼はこの地に留まると、各地の貴族家に降伏を呼び掛けた。
――降伏を受け入れるのであれば、大モルト軍に逆らった罪は問わない事とする。至急、当主自らが出頭するように。従わない場合は恭順の意思なしとみなして進軍する。
そのような書状を持った使者が各地に向かった。
そして我々の下にやって来たのが、このちょび髭だったのである。
いや、長い話だったわ。
とはいえ、色々と興味深い話も聞けたので、我々にとっても有意義な時間だった。
そしてちょび髭は、自分の上司の自慢話が出来て鼻高々である。
殴りたい、その笑顔。
さてさて。それよりもちょび髭への返事だが・・・。
「それで、お前達の女王にはいつ会えるのだ?」
ん? ああ、そうか。うっかりしてた。
私としてはすっかり話を聞いたつもりでいたが、ちょび髭的には、まだ女王に面会すらしてないんだった。
そうだねえ。みんなとも相談したいし、ここは時間が欲しいかな。
てなわけでウンタよろしく。
「――あ~、それなんだが、実は女王は今、不在なんだ。このメラサニ山の山頂には聖域があって、女王はそこでサマーディの瞑想? に入っているのだ。その地は下界の穢れを嫌う絶対的不可侵聖域――グレートサンクチュアリ? のため、女王以外は入る事が許されていない。伺いをたてようにも連絡のつけようがないのだ。明日の朝には確実に戻るので、返事は明日という事で良いだろうか?」
「そ、そうか。瞑想か。それは亜人の習慣か何かなのか?」
「いや。俺達はそんな事はしない。こんな事を考えるのはクロ子――ゴホン。クロコパトラ女王だけだ」
ちょっと、言い方! 「そんな事」とか言わない!
幸いちょび髭は、私の口からの出まかせを信じたようだ。
そしてウンタ。ジト目で私を見ない。
私があんたに言わせているのがバレちゃうでしょうが。
「では、女王が戻って来たら、吾輩が訪れている事を伝えておくように。言っておくが、お前達を生かすも殺すもひとえに閣下のお心次第。くれぐれも早まったり誤った判断を下さないよう気を付ける事だ」
ちょび髭は最後にそう言って脅しをかけて立ち上がった。
あるいはこれは脅しではなく、ちょび髭なりの親切心から出た忠告だったのかもしれない。
私達は砦の門の上で、ちょび髭達を見送っていた。
彼らはこのまま山を降りて、ショタ坊村で一泊するという。
今の時間からだと、中々の強行軍になると思うが、どうせなら屋根のある家で寝たいのだろう。
ここの所、朝晩はかなり冷え込むようになっているからな。外で夜を過ごすのはキツいと思うし。
ウンタが私に振り返った。
「それでクロ子。これからどうする? ヤツらに降伏するのか?」
周囲の隊員達が緊張したのが分かった。
みんな黙って私の言葉を待っている。
降伏か徹底抗戦か。実はそこに関しては最初から決まっていた。
『降伏はする。それは最初から決めてた事だから。問題は相手からの条件――だったんだけど、そっちは少しだけあてが外れたかもね』
あてが外れたと言うか、肩すかしを食ってしまったというか。
この国の各地に送られたという降伏勧告の使者。当然、重要度の高い領主には有能な使者が。それなりの貴族の所にはそれなりの能力を持った使者が送られたと思われる。
そして我々の所に送られて来たのはあのちょび髭だった。
有能? それなり? いや、どう考えても”微妙”だろう。アレは。
そう。大モルト軍の総指揮官ジェルマンにとって、我々は微妙な人材を使者に送る程度の重要度だった、という訳だ。
あれ。なんだろうこの気持ち。何だか釈然としないのだが。
我々は大モルト軍に対して、「こちらは戦えるだけの力を持っている」と示したつもりだった
”五つ刃”とかいうスゴそうなヤツらとだって戦ったし、撃退もしてのけた。
その結果がこの程度の評価って、これってあんまりじゃね?
・・・いや。五つ刃は王子軍と戦った別動隊の――ハマス・オルエンドロとやらの部下だった。
ジェルマンにとって我々は、「自分達に負けたハマスが手こずった弱小勢力」に過ぎなかったのだ。
う~ん。これをどう取れば良いのだろうか。
本人の能力はともかく、こうして使者が来ただけでも、まだマシと思うべきなんだろうか?
一応、「山に隠れ住む小さな村の亜人達の力を、大モルトが認めた」という事実は変わらない。
交渉のきっかけは掴めた訳だし、そういう意味では成功と言ってもいいだろう。
末席も末席、おまけと言ってもいい扱いではあるのだが。
『いや、それだって考えてみれば悪くないかも。無駄にヘイトを買って報復の対象になるくらいなら、軽く見られた方が交渉もしやすいか』
「何にせよ、俺達はクロ子の決めた方針に従う。お前が戦うと言うのなら一緒に戦うさ」
「ああ。俺達はそのために水母の手術を受けたんだからな」
「人間の軍隊相手にも一度は勝ってるんだ。次だってきっと勝てるさ」
「そうとも!」
相変わらず隊員達の指揮官に対する信頼が無駄に高い。
いやまあ、支持率が低いよりは断然いいんだけど、こうまで高いと妄信と言ってもいい。
これって逆にプレッシャーなんだけど。
『だから、なんで戦う話になってる訳? 私は降伏って言ったよね。そもそも――』
「おおい! 人間の軍隊がやって来たんだろ?! どうなったんだ?!」
大きな声に振り返ると、森の中から大柄な亜人の青年が仲間達を連れて現れた。
クロコパトラ歩兵中隊の分隊長、カルネと隊員達だ。
「砦から狼煙が上がっているのが見えたんで、狩りを中止して駆け付けたんだ! 敵はどうなった?! もう逃げ出した後なのか?!」
『いや、だから、なんで戦いがあった事が前提な訳? あんた達は・・・いやいいわ。みんなとは一度良く話し合っておかないとダメみたいね』
基本方針を共有しておかないと、いつか私の目が届かない所で暴発しかねない。
士気が高過ぎるというのも、これはこれで困りものである。
次回「メス豚、出発する」




