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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第七章 混乱の王都編
220/518

その218 ~愛国者達の密談~

お待たせしました。更新を再開します。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 今。サンキーニ王国はその建国以来、最大の岐路に立たされていた。

 大陸の三大国家の一つ、大モルトが国境を越えて進軍を開始。瞬く間に国防の要であるアロルド辺境伯領を併呑したのである。


 この国家存亡の危機に、国王バルバトスは自ら軍を率いて出陣した。

 それに遅れてイサロ王子も、ありあわせの一軍を率いて出立。王の命令に従い、敵の別動隊へと攻撃を仕掛けた。

 王子軍は数も質も圧倒的に劣っていたが、途中で加わったクロ子達、亜人小隊の活躍もあって意外な善戦を繰り広げた。


 しかし、国王軍本隊は大モルト本隊との戦いに敗北。

 国王バルバトスは捕虜となり、サンキーニ王国軍は降伏してしまう。

 それを知ったクロ子達は、その夜のうちに逃亡。

 本拠地であるメラサニ山に戻ると、村人達の力を借りて旧亜人村を要塞化。

 討伐にやって来た仇討ち隊を、逆に返り討ちにする。


 その頃、大モルト軍は本隊のジェルマン・”新家”アレサンドロ軍と、別動隊のカルミノ・”ハマス”・オルエンドロ軍とに分かれて激突していた。

 この戦いはジェルマン率いるアレサンドロ軍が勝利を納める。

 邪魔者を排除したアレサンドロ軍は、サンキーニ王国の王都を目指し、進軍を再開したのであった。


 それから一週間経った。




 ここは王都アルタムーラの商業区画。

 日が落ちてから、まだ一時(いっとき)程(※約二時間)にもかかわらず、通りを歩く者の姿はなく、町はひっそりと静まり返っている。

 月明かりに照らされた黒い町は、まるで全ての住人が死に絶えたゴーストタウンのようである。

 つい先日まで、この区画は一晩中明かりが灯され、「眠らない町」とまで呼ばれていた。

 だが現在、町の人口はその頃の約半数にまで減少している。

 彼らは全員、大モルト軍の略奪を恐れて、王都を逃げ出したのである。


 商業区画の目抜き通り。

 有力商会が軒を連ねるこの一角に、ひと際目を引く大きく立派な建物が建っている。

 まるで貴族の屋敷のようなこの建物こそ、王都の金融を一手に握る大商会。オスティーニ商会の屋敷であった。


 その屋敷の一室で、身なりの良い白髪の老人と、大柄な男がテーブルを挟んで向かい合っていた。

 老人は長い白髪に白い顎ヒゲ。

 一見、隠居した好々爺のようにも見えるが、強い意志を感じさせる鋭い眼光が全ての印象を塗りつぶしている。

 彼こそは、王都最大の商会、オスティーニ商会の商会主。ロバロ・オスティーニその人であった。

 ロバロ老人は瀟洒な作りのタンブラーに酒を注ぐと、男の前に置いた。


「お前自らやって来たという事は、よほど重要な話がある。そう思って良いのだろうな?」


 ロバロ老人の鋭い視線が目の前の男に注がれた。

 男は三十代後半。洒落た帽子に岩のような顔。酒焼けした赤い鼻。頬に大きな刀傷。

 まるで貴族のような高価な服を着ているものの、そんなものでは内面からにじみ出る暴力の匂いは隠し切れない。

 どう見てもまともな商人とは――いや、真っ当な人間とは思えなかった。

 彼の名はバルトナ。彼を知る者からはドン・バルトナと呼ばれている。

 王都の寄せ場を仕切る顔役。手配師の総元締めである。


 ドン・バルトナはゴツゴツとした大きな手でタンブラーを掴むと、一気にあおった。

 その口の端がニヤリとつり上がる。


「法王国産の果実酒か。コイツは上物だ。流石、王都の金融を牛耳るオスティーニ商会。国が滅びそうな時でも一流どころが揃ってやがる」


 男の皮肉に、ロバロ老人はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「ふん。どれほど良い酒があっても、王都の目と鼻の先に大モルトのヤツらが我が物顔で居座っていてはな。おちおち酔う気分にもなれんわ」


 大モルト軍本隊は王都のすぐ近くまで押し寄せたが、王都に踏み入る事なく行軍を止めていた。

 それが三日前の事となる。

 彼らの狙いは何か。ロバロ老人の所にも、まだ情報は入っていない。

 噂では捕虜となっている国王バルバトスが、指揮官のジェルマン・”新家”アレサンドロと、何らかの約束を交わしたとも聞く。

 ちなみに、本隊に敗れて反逆軍となったハマス軍は西に敗走。

 陥落させたアロルド辺境伯城に入り、現在の所は動く様子はない。

 常識的に考えれば、戦力の立て直しを行って再度戦いを挑みに来るか、大人しく国に帰るかのどちらかだと思われた。


「それで? そんな下らぬ話をしに来たのではあるまい。そろそろ息子達が戻って来る時間だ。早く用件を言うがいい」


 ロバロ老人はそう言うと、チラリと窓に目を向けた。

 ドン・バルトナは少し意外そうな顔になった。


「こんな夜にか? 今は商業区画も治安が悪いと聞いているが」


 大モルト軍は王都に入らなかった――つまりは蹂躙されずに済んだ。とはいえ、いつまでこの状態が続くかは分からない。

 そもそもこちらは敗戦国。いつ、勝者による理不尽な暴力が開始されてもおかしくはない。

 王都に残った者達は、喉元に剣先を突き付けられているような恐怖の中、落ち着かない日々を過ごしていた。


「まあな。日のあるうちはまだ落ち着いているが、夜ともなると大通りも物騒だという話だ」

「だろうな。とはいえ、今の王都にオスティーニ商会の馬車を襲うような骨の有るヤツは残ってねえか」


 ドン・バルトナは、そう言って名残惜しそうにタンブラーを手の中で弄んだ。

 オスティーニ商会の稼ぎ頭は金融業。つまりは金貸しである。

 商売柄、貴族社会にも大手商会にも――そして裏社会にすらも顔が利く。

 ある意味、オスティーニ商会が王都を裏で支配している。そう言っても決して過言ではないだろう。

 自殺志願者でもない限り、そんな商会を敵に回す者がいるとは思えなかった。


 ロバロ老人は小さくかぶりを振った。


「そうとも限らん。ウチの馬車だと知らずに襲う可能性もある。今の王都には火事場泥棒目当ての野非人共が潜り込んでいるからの」


 老人はそう言うと、テーブルにタンブラーを置いた。


「全ての原因は大モルトだ。ヤツらがこの国にのさばっているせいで、街道の流通は滞り、国内の治安は乱れ、民は苦しんでいる」 

「まあな。俺も大モルトのヤツらには腹に据えかねている」


 ロバロ老人は「ほう?」と意外そうな顔をした。


「王都に無宿人が増えれば、それだけお前の懐は潤うかと思っていたが?」


 ドン・バルトナの仕事は寄せ場――日雇い労働者の総元締めだ。

 町に食いつめ者が増えれば、それだけ労働力が安く手に入るのだ。


 ドン・バルトナは大きな手を左右に振った。


「人数ばかり増えても、今の王都には仕事がねえ。日頃付き合いのある商会も、半分以上は王都を逃げ出しちまったからな。

 それに俺のような人間にだって自分の国を思う気持ってもんはある。まあどっちかと言えば、『テメエの縄張り(シマ)他国(よそ)のヤツらがデカいツラをしているのが我慢ならねえ』って気持ちなんだがよ」

「ほう。お前の口からそんな言葉を聞くとはな」


 ロバロ老人はドン・バルトナのタンブラーに酒を注いだ。

 なみなみと注がれた美酒に、ドン・バルトナの相好が崩れる。


「王城にバルバトス陛下がお戻りになられれば、ヤツらの好きにはさせないものを」

「違えねえ」


 国王バルバトスは四賢侯の一人として、今も根強く国民の支持を集めている。

 若い層には、昨今、目覚ましい活躍を遂げるイサロ王子の人気が高まっているようだが、ロバロ老人やドン・バルトナのような年長者には、四賢侯のかつての活躍の方が強く印象付いていた。


(国王の話が出たのはいいタイミングだ)


 ドン・バルトナは酒で唇を湿らせると、今夜この屋敷を訪れた本題を話す事にした。


「その大モルト軍だが、連中がパルモ湖周辺に陣を敷いているのは知っているな?」

「当たり前だ。おかげで水から妙な匂いがするようになったと使用人が愚痴をこぼしておったわ」


 パルモ湖は王都の南に位置する湖で、王都を流れるニエリ川の源流であり、この都市の生活を支える水源でもあった。

 王都の人間は、飲み水や調理用の水には井戸水を使うが、洗濯や植物への水やりには川の水を使う。

 上流に大軍が駐留すれば、多少は川の水が濁ってしまうのも仕方がないだろう。


「大モルト軍の”新家”アレサンドロは、バルバトス陛下の館を取り上げてそこに住んでいるそうだ。それは知っているか?」

「ふむ。確かコラーロ館だったか。陛下が殿下に玉座をお譲りになられた後、王城から出て住まわれるための館だと聞いておる」


 パルモ湖は王都からもほど近い自然に恵まれた風光明媚な避暑地で、バルバトス国王は引退後はこの地で余生を過ごすつもりではないかと噂されていた。

 コラーロ館はその時のために手に入れた館だと言われている。

 ちなみにロバロ老人は、あまり関心がなさそうに話しているが、実はその時には自分も隠居して、敬愛する国王の近くに移り住みたいと考えていた。

 そのための土地も既に押さえていた。


 ドン・バルトナは大きく頷いた。


「その館だが、元々は王家のものではなく、別の貴族の物を取り上げたらしいぜ」

「ほう。良く知っているな。確かに、あれを作らせたのは先代のアルベローニ伯爵だ。だが取り上げた訳ではないぞ。陛下は代価を払って買い取ったのだ」


 当時のアルベローニ伯爵家当主は浪費癖が強く、その上、致命的に領地運営のセンスが無かった。

 彼は金に飽かせてパルモ湖の湖畔に美しい館を建てさせたが、すぐに金に困って引き取り手を探す事になってしまった。

 その時、館を買い取ったのがバルバトス国王だったのである。


 ドン・バルトナはニヤリと笑みを浮かべた。

 彼はイスから身を乗り出すと声を潜めた。


「さあ、ここからが本題だ。俺の所にその館の設計に関わったヤツがいてな。そいつらから面白い話を聞いたんだよ。きっとアンタも気にいる話だと思うぜ」


 コラーロ館の設計がどう面白い話になるのかは分からない。

 だが、この男がわざわざ自ら足を運ぶ程の情報だ。決して外には漏らせない、危険な内容である事は間違いないだろう。


「――いいだろう。聞こうか」


 ドン・バルトナが聞き出したという館の”面白い話”。

 それはロバロ老人を驚かせるに十分な内容だった。


「それは――本当の話なのか?」

「実際に館の工事に関わったヤツからも裏は取ってある。間違いねえ」

「ふむ――少し待て」


 ロバロ老人は白い顎髭をしごきながら考え込んだ。

 もし、この話が本当なら、この情報をどう生かすべきか・・・


「――この話を知る者は?」

「俺達以外にいねえはずだ。館を作らせたアルベローニ伯爵はとっくに死んでいる。

 多分、館を買い取ったバルバトス国王も、知らねえんじゃないか? 知ってりゃ絶対に修理させてたと思うからな」

「だろうな。聡明なあの方がそのような手抜かりをするとは思えん。――よし。ここで待っていろ」


 ロバロ老人は部屋を出て行った。

 数分後。彼が戻って来ると、ドン・バルトナは手酌で酒をあおっていた。


「勝手にやらせて貰っているぜ」

「構わん。それよりもコレを渡しておく」


 ロバロ老人はテーブルの上に大きく膨らんだ布袋を置いた。


「当座の活動資金だ。口の堅い者を集めてワシからの連絡を待て。そう先の話にはならんはずだ」


 ドン・バルトナは袋を持ち上げた。

 ズシリと重い袋の中には、ぎっしりと金貨が詰まっていた。


「ほう。どれくらいの人数がいる? 戦えるヤツも必要か?」

「その辺はお前に任せる。ワシの計画はこうだ」


 男達の密談はそれから約三十分程続いた。

 話がひと段落ついた所で、ロバロ老人は住み込みで働いている使用人を呼んだ。

 大人しそうな、まだ十代の若い青年である。


「ワシはしばらく忙しくなる。ワシへの連絡はここにいるマルチェにしろ。・・・いいか。くれぐれもヘマだけはするなよ」

「はっ! この俺を誰だと思ってやがる! 王都の手配師の総元締め、ドン・バルトナ様だぜ!」


 ドン・バルトナは、子供が見れば泣き出しそうな凄みのある表情でニヤリと笑った。

次回「メス豚、特訓する」

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