その217 ~秋風メラサニ山~
◇◇◇◇◇◇◇◇
”五つ刃”同士の死闘。あの激しい戦いから三日が過ぎた。
仇討ち隊の陣地の中を、三十代半ばの古武士風の男が歩いていた。
彼の名は”一瞬”マレンギ。今やこの部隊唯一の”五つ刃”となった男である。
マレンギはふと立ち止まると荷車の一団を見た。
「あれでケガ人の輸送は最後か?」
「いえ、午後にもう一団。そちらが出発すれば終わりとなります」
マレンギは”双極星”ペローナ・コロセオを討ち取った後、仇討ち隊の解散を宣言した。
事前に心配していた兵士達の反発は無かった。
それどころか、全員が安堵のあまりその場に泣き崩れてしまった程である。
マレンギは彼らの予想外の反応にすっかり面食らってしまった。
こうして部隊を掌握したマレンギは、先ずは現状を把握する事に務めた。
「まさか仇討ち隊の状況がそれ程悪くなっていたとは・・・」
部隊は惨憺たる有様だった。
死者・行方不明者は合わせて約九百人。
これは部隊全体のおよそ三分の一が失われている計算になる。
マレンギは事前に、負傷者は多数出ているが死者は少ない、との報告を受けていたので、この桁外れな被害に驚いてしまった。
「一体、何があったんだ?」
「我々は敵の本拠地と思われる、亜人の村に攻め込んだのですが――」
兵士の語る内容は――正直に言って鵜呑みにはし辛いものだった。
「そんなデタラメな罠など聞いた事が無い。要塞化しておいた本拠地を焼く? なんでそんな無駄な事をする。要塞の利を生かした防衛戦を行えばいい話だろう」
「それは・・・我々にも分かりません。しかし、疑われるのでしたら、他の者達にも聞いて下さい。俺達全員、あの地獄のような場所から生き延びて来たんですから」
他の兵士からの聞き取りも、似たような内容、似たような結果に終わった。
マレンギはクロコパトラ女王の考えが全く理解出来なかった。
マレンギがクロ子の考えを理解出来ない理由。それは彼が真っ当な武人だからかもしれない。
戦というのは国と国、あるいは領主と領主の力比べ。互いに軍を率いてぶつかり合い、負けた方が勝った方に従う。そんな彼の常識が、クロ子の価値観を理解する事を無意識に邪魔していたのである。
クロ子の目的は自分達が生き残る事。極論すれば、戦の勝利も、相手を従える事も望んでいない。
勝つために、あるいは勢力を伸ばすために戦うのではなく、ただ生き残るために戦う。
そこにあるのは生きるための戦略。王道から外れた邪道の戦い方だった。
「しかし、こうして実際に我々に大きな被害を与える事には成功している――か。効果は認める必要がある、かもしれんな」
結局、マレンギはそう考えて、自分を納得させる事にした。
”不死の”ロビーダでさえ理解不能だった女王クロコパトラの――クロ子の常識外れの発想を、真っ当な武人であるマレンギが、正しく評価出来るはずはなかったのである。
部隊が受けた被害は死者の数だけに留まらなかった。
陣地に残されていた者達は、そのほとんどが負傷していたし、”双極星”コロセオに率いられて、亜人の村を攻略に出ていた者達も、翌日には大多数が熱を出して寝込んでしまった。
マレンギはこの三日間、彼らを医療施設の整った後方のランツィの町まで送る作業に忙殺されていた。
しかし、それも今日で最後だ。
明日はこの陣地を引き払い、歩ける者達を率いて町に戻る予定になっている。
仇討ち隊の戦いは終わったのである。
「結局、ロビーダは戻って来なかったか」
もう一人の”五つ刃”、”不死の”ロビーダは戦いの中で行方不明となっていた。
目撃者が多数いた事から、罠から無事に脱出しているのは間違いない。だが、その後の足取りは杳として知れなかった。
ただし、相手はあのロビーダである。”不死”の二つ名は伊達ではない。
彼は今まで数々の死地から、奇跡のごとく生還している。未だに姿を見せない理由までは分からないが、誰も彼が死んだとは思っていなかった。
一応、ここから近い小さな村に――クロ子とルベリオ少年が生まれ育ったグジ村に――分隊を残す事になっている。ロビーダが山から下りて来れば、彼らから連絡が入るはずである。
「ロビーダとディンター辺りは、出来れば俺の部下として引き抜いておきたいしな」
マレンギは、”五つ刃”の中でも、”不死の”ロビーダと”双極星”ディンターは、話せる相手だと――十分な利益と誠意を示せば説得が可能な相手だと――考えていた。
彼らは、家柄が良くない。ロビーダは元々奴隷だし、ディンターは陪臣(家臣の家臣)の出だ。
自分達を取り立ててくれた”古今独歩”ボルティーノ亡き今、”ハマス”オルエンドロ家に忠誠を尽くす理由はなくなっている。
逆に今は亡き”フォチャードの”モノティカと”双極星”コロセオは、実家が”ハマス”オルエンドロの直臣である。
二人は家族や親族を裏切ってまで、マレンギに付いて来るとは思えなかった。
この時、陣地に山からの風が吹きつけた。
既に大半の兵士がランツィの町に移り、陣地の中は閑散としている。
風は遮られる事もなく、陣地の中を吹き抜けていった。
やがて訪れる冬を感じさせる、冷たい秋の風だった。
山に野犬の遠吠えが響き渡る。
長く短く。それはどこか物悲しく、聞く者の郷愁を掻き立てた。
僅かに残った兵士達が怯えた目で――恐怖と畏怖を含んだ目で――山を見上げた。
今では彼らは、自分達は冥府神ザイードラの怒りに触れたと考えるようになっていた。
女王クロコパトラは冥府神の巫女。あるいは冥府神ザイードラそのものかもしれない。
自分達は愚かにも女王を討伐するべく、彼女の聖域に足を踏み入れてしまった。
女王は最初は罠で侵入者を拒んだ。この時、命は奪わなかったのは、あくまでも追い払うのが目的だったためだろうか。
しかし、それでも自分達は行軍を諦めなかった。
そのため、遂には女王の――冥府神の怒りを買ってしまった。
あの夜聞いた恐ろしい声を覚えていない者はいない。
【土足で我が村に踏み入った、汚らわしき人間共よ】
【お前達は自らの愚かさが招いた罪を、己が命で贖うのだ】
愚かさと傲慢の代償。それは土(大岩)と炎、そして水の裁きであった。
【呪われよ、悪しき人間共よ】
彼らは夜な夜な女王の悪夢にうなされ、悲鳴を上げながら目覚める事になった。
自分達は呪われてしまった。
この山には決して入ってはいけなかったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
野犬達の遠吠えがあったのは、山の反対側にあたる崖の下だった。
私が到着すると、二匹の野犬が尻尾を振りながらコロンと転がって腹を見せた。
『ご苦労様』
私が野犬達のお腹を前足で軽く踏むと、彼らは嬉しそうに尻尾を振った。
犬がお腹を見せるのは服従のポーズで、私が彼らのお腹を踏んだのは、「私が上位者である」と確認させる儀式だ。
決して、彼らが女子に――メス豚に――お腹を踏まれて喜ぶ特殊な性癖の持ち主という訳ではない。
足で踏まれて「ご褒美です」とか、そんなアブノーマルな話じゃない。ないったらない。――ないよな?
そんな気色悪い趣味を持つ部下は願い下げなんだが。
崖下には、人間の兵士の死体が冷たい躯を晒していた。
どうやら道に迷って、こんな山の反対側まで来てしまったらしい。
疲れ果てて朦朧とした所を、足を滑らせて崖下に落下。打ち所が悪くて死んでしまったようだ。
旧亜人村での激しい戦いから三日間。山ではこうした兵士の死体を数多く見かけるようになっていた。
『成造・土。水母、お願い』
『了解』
私が魔法で地面に穴をあけると、背中のピンククラゲが兵士の死体を魔力操作で浮かせて穴に落とした。
死体はこうして埋めておかないと、野犬達が食べてしまう。
一度人間の味を覚えてしまった野犬は、危なくて亜人の村に入れる事は出来ない。
小さな子供や赤ん坊を獲物として狙う危険があるからだ。
『じゃあみんな。引き続き偵察を――』
「ワンワン!」
ここでアホ毛犬コマがやって来ると、尻尾を振りながら周囲の匂いを嗅ぎ始めた。
私と一緒にここに向かっていたのだが、途中でウサギを見つけて、追いかけて行ってしまったのだ。
全く、この寄り道犬め。
コマは今度は仲間の股ぐらの匂いを嗅ごうとして怒られている。
ちょ、こっち来んなし。私の股ぐらの匂いを嗅ぐ気なら、最も危険な銃弾の魔法をぶち込むからね。
『ホラ、行くよコマ』
「ワン!」
私はコマを引き連れてパトロールに戻るのだった。
あの戦いから三日。水母の朝夕の偵察によると、人間達の軍隊はキャンプ地から後退を始めているらしい。
後退した兵士達はショタ坊村を通過して、更に後方へと引き上げているそうだ。
戦力の補充も無いし、どうやら撤退と考えて間違いないだろう。私達の大勝利だ。
しかし、そうと分かっても、私は勝利に浮かれる気分にはなれなかった。
私はちゃんと上手く出来ただろうか?
この戦い。実は私達はただ勝てばいいという訳ではなかった。
例えば三千の敵軍と戦って、ギリギリで撃退出来たとしよう。
しかし、そんなものは一時的な勝利に過ぎない。
敵は三千で負けたのなら、倍の六千、あるいは一万の軍で第二回戦を挑んで来るに決まっている。惜しい結果で負けたのならばなおさらだ。
対して我々は戦力の補充が出来ないまま、減った戦力で次の戦いに臨まなければならない。
当然、二回戦は敵の勝利。亜人の村人達は殺されるか、奴隷にされる。私は丸焼きにでもされて、彼らの戦勝祝いのテーブルの上に乗ることになるだろう。
私達は勝つのは大前提。ただし、普通の勝ち方ではダメ。
必要なのは、敵が二度と攻撃しに来られなくなるような勝ち方。「亜人を攻めるのは割に合わない」そう相手に思わせるような、圧倒的な勝ち方でなければならないのだ。
この難しい条件を、私は罠を多用することでクリアしようと考えた。
先ず私は、こちらは姿を見せず、罠だけで相手の消耗を――精神的な疲労を誘う事にした。
敵は出来るだけ殺さない。しかし、ケガ人だけはキッチリと出す。
殺したら敵兵の我々に対する敵対心を高めてしまう。それにケガ人は敵の行動を縛る枷にもなる。
敵には、ケガ人という足手まといを抱えたまま、戦いを続けてもらうのである。
これが戦いの中で出た被害なら、勝っても負けても、双方に大きな被害を出す事になる。
しかし、罠で一方的にやられたとなれば話は別だ。
私達の戦力は丸々温存されて、人間側だけが大きな被害を出した事になる。
こんな割の合わない戦いはない。
「割が合わない」、「戦うだけ損だ」、敵兵にそう思わせれば大成功である。
そうやって敵兵の士気が十分に下がった所で、この戦いで最も大掛かりな罠に敵軍を誘い込むのだ。
そう。旧亜人村を丸ごと撒き餌に使った水攻めである。
今度はケガでは済ませない。可能な限り敵兵の息の根を止める。
今までは、ケガをさせるため――彼らの厭戦ムードを高めるための罠だったが、今回は殺すため――最大の被害を与えるのが目的だからだ。
我々はいつでもお前達を殺す事が出来る。今まではあえてそうしなかっただけ。
そう思い知らせる事で、兵士達の心を折るのが狙いなのである。
私達にとっては、ギリギリの戦いの連続だったが、敵はこちらの懐事情を知らない。
彼らにしてみれば、ずっと戦力を温存している我々はさぞや不気味な存在に思える事だろう。
それが私の狙い。私は全力でこけおどしを仕掛けたのだ。
手札は全部ザコカード、伏せカードはハッタリ。しかし、一方的にやられまくった敵は、こちらが手札に強力なカードを握っているのでは、と疑ってしまう。あの伏せカードはもしかして、という不安を消せなくなる。
この一ヶ月の攻防戦で、私達は自分達の力を示してみせた。
これを受けて、敵の総指揮官はどう判断するだろうか。
危険だと見て全力で潰そうと考える?
あるいは、敵対するのは損失が大きいと見て、交渉の道を探る?
どちらが選ばれたとしても、私はもう一度、死線をくぐる必要があるだろう。
賽は投げられた。
私の未来に待つのは生か、それとも死か。
冷たい秋の風が森の中を吹き抜けた。
いつしか季節は冬に差し掛かろうとしていた。
これで『第六章 メラサニ山の戦い編』は終了となります。
今年も一年間、『私はメス豚に転生しました』にお付きあい頂きありがとうございました。
第七章は来年に、他の小説を切りの良い所まで書き上げ次第、取り掛かる予定です。気長にお待ち頂ければ幸いです。(その間に私の他の小説を読んで頂ければ嬉しいです)
まだ、ブックマークと評価をされていない方がいらっしゃいましたら、今年の最後に是非、よろしくお願いします。
それと、作品感想もあれば今後の執筆の励みになります。「面白かった」の一言で良いので、こちらも出来ればよろしくお願いします。
それでは、皆様良いお年をお迎えください。




