その216 ~”一瞬”vs”双極星”~
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忘れもしない三年前のあの日。マレンギは主人である”ハマス”オルエンドロ当主、カルミノに呼び出されていた。
「マレンギ。今後は俺の義理の息子の従者として務めを果たしてくれ」
「ボルティーノ様の? ですか?」
寝耳に水とはこの事だった。当時のマレンギは当主の筆頭従者――現代で言えばシークレットサービスのトップの立場にあった。
当主担当から、次期当主担当への異動は、明確な格落ち。いわば左遷のようなものである。
マレンギはショックを隠し切れなかった。
カルミノは娘婿となった義理の息子――”古今独歩”ボルティーノの才能に惚れ込んでいた。
ボルティーノはハマスを今よりも大きく出来る逸材だ。ハマスの未来のために彼の力は必要となる。
しかし領内には、外様から次期当主の座に登り詰めたボルティーノの事を面白く思っていない者達も多い。
カルミノはそういった手合いから彼を守るため、頼りになる護衛を付ける事にしたのである。
「あれを守ってやってくれ。この役目を頼めるのはお前以外に考えられない」
「・・・分かりました」
当主にこうまで言われれば、拒否出来るはずもない。
マレンギは渋々この役目を引き受けた。
(気持ちを切り替えよう。ボルティーノ様はいずれはこのハマスのご当主になられる方。カルミノ様の惚れ込みようからも、その時期はそう遠くはないかもしれない)
そう考えれば、今は筆頭従者を外されるものの、次期筆頭従者の座を約束されたようなものである。
あるいは、ボルティーノの覚えが良ければ、将に取り立てられるかもしれない。
(あながち悪い事ばかりではないかもしれんな)
マレンギはそう考える事で納得する事にした。
しかし、マレンギの思惑は覆されてしまう。
ボルティーノは自分の手足となって動く親衛隊を創設。マレンギはその一員に加えられたのである。
それでも親衛隊の隊長になっていたのなら、マレンギにとってはある意味、出世と言えたかもしれない。
しかし、親衛隊には隊長職が置かれなかった。
ボルティーノは部隊の中から特に武勇に秀でた五人を選び、彼らを代表として隊員達をまとめさせた。
後に冥府神の持つ命を刈り取る鎌になぞらえ、”五つ刃”と呼ばれる事になる者達である。
ただし、これはあくまでも名誉職。明確なトップはあくまでもボルティーノただ一人とされた。
マレンギは五人のうちの一人に選ばれた。
この時点で、マレンギはボルティーノの、そのおおよその思惑を察していた。
(ボルティーノ様は、俺を将来の幹部を鍛えるためのたたき台に使うつもりでいる)
マレンギ以外の五つ刃はボルティーノと同世代。全員二十代とまだ若い。
おそらくボルティーノは彼らにマレンギの知識や経験を吸収させる事で、いずれ自分が当主になった時に幹部として引き上げるつもりなのだろう。
マレンギは幹部候補生達のコーチ役。次世代の成長のための踏み台の役目に回されたのである。
(ふざけるな! そんな話が納得出来るか!)
マレンギはまだ三十代。アスリートとしての肉体のピークは過ぎているものの、ここで終わるには――次世代に道を譲るにはあまりにも若すぎる。
彼にだって人並みの欲くらいはある。自分はまだまだ上を目指せると信じている。
しかし、次期当主となるボルティーノの将来の構想には彼の席はない。
マレンギのハマスにおける出世の道は閉ざされてしまったのである。
(こんな事なら、あの時無理を言ってでも、カルミノ様の話を断っておくべきだった)
今更後悔しても後の祭り。
マレンギは日々の鬱々とした気分を、剣の鍛錬に打ち込む事で誤魔化していた。
おかげで”五つ刃”の中でも、剣の達人として一目置かれる存在となったのだが、当然、そんな事で彼の気持ちは晴れなかった。
そんな彼の下に、ある日、新家アレサンドロからの誘いが届いた。
マレンギがボルティーノに――ハマス・オルエンドロの将来に――見切りを付けるのに、さほど時間はかからなかった。
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五つ刃”双極星”ペローナ・コロセオは、ビア樽のような大きな体を怒りで震わせた。
「テメエ、”一瞬”の! 今までずっと俺達を裏切ってやがったな!!」
マレンギは同僚に裏切り者と言われても、眉一筋動かさなかった。
一切の動揺を見せない仲間の態度に、コロセオの怒りは頂点に達した。
「薄汚ねえ裏切り者が! その首を跳ね飛ばして当主様の前に突き出してやる!」
「――こうなる事は予想していた。お前は口で言っても絶対に納得しないだろうとな」
マレンギはスラリと剣を抜いた。
サーベルと呼ばれる細身の片手剣だ。
マレンギは剣を持った右半身を前に、左半身を後ろに回して横向きに構えた。フェンシングの競技者が取る構えだ。
マレンギは盾を持っていない。横向きに構える事で、弱点となる無防備な左半身を隠したのである。
サーベルと一口に言ってもその形は様々だ。
彼の使うサーベルは刀身に反りの付いた片刃のもの。刺突にも斬撃にも使える、最もスタンダードなタイプといってもいいだろう。
対して、コロセオの得物は刀身が二尺を超える大身槍。
この大きな槍から繰り出される重い一撃を、片手剣で受けきれるとは思えない。
マレンギはいかに必殺の一撃を躱して、相手の懐に飛び込むか。
そしてコロセオは、いかに自分の間合いで戦うか。
そこが勝負のポイントになると思われた。
二人の間に殺気が立ち込める。
ピンと空気が張り詰める中、先に仕掛けたのはコロセオの方だった。
「しっ!」
ゴウッ!
唸りを上げて巨大な大身槍が振り下ろされた。
マレンギは素早くサイドステップ。縦切りを躱す。
そのまま踏み込めばサーベルの間合いだ。
しかし、槍は地面に付く直前に軌道を変え、そのまま薙ぎ払いに変化した。
コロセオの桁外れの膂力があってこそ、初めて可能となる技である。
だが、マレンギはこれを読んでいた。
彼はバックステップでこの攻撃も躱した。
マレンギが後ろに下がった事によって、戦いは仕切り直しとなった。
「相変わらずの馬鹿力め」
「ちっ。ちょろちょろと逃げ回るヤツの相手ばかりで、いい加減うんざりするぜ」
コロセオは苛立たしげに槍をブンブンと振り回した。
二人の戦いは予想外に長引いていた。
基本は、マレンギが踏み込み、コロセオがそれを阻む。
マレンギはコロセオの攻撃を避ける。
コロセオの攻撃が空振りに終わる。その繰り返しだ。
二人はもう、かれこれ五分以上も似たような攻防を続けていた。
時々、マレンギはタイミング的によけきれずにサーベルで受ける事もあるが、その時も決して正面からは受けずに、力を逃がすようにして受け流している。
まともに受ければ刀身か彼の腕か、あるいはその両方がもたないのだろう。
コロセオは空振り続きのため、当然、疲労も蓄積している。だが、マレンギも前後左右に大きく避けている関係で、やはり疲れが溜まっているように見える。
二人の額には汗の玉が浮かび、呼吸も荒くなっている。
こう言ってはコロセオに失礼だが、ここまではコロセオの大健闘ではないだろうか?
一瞬マレンギは五つ刃の中でも、凄腕の剣豪として知られている。
一対一での切り合いなら五つ刃でも敵う者はいない。そう噂されていた。
戦いの中、コロセオは確かな手ごたえを感じていた。
(確かにコイツは素早い。――だが魔獣程じゃねえ。
それに、コイツから受ける圧迫感。これも魔獣程じゃねえ。確かに強いが、まともな強さだ。
魔獣との戦いの時に感じたような、息も出来ないような追い詰められた感じ。どこから攻撃が来るのか分からない、一瞬の気の緩みも許さないデタラメなヤバさがねえ。
だったら簡単だ。近付けさせなければコイツの攻撃は届かない。俺の距離を保てば一方的に攻められる)
逆にマレンギは内心でコロセオの粘り強さに舌を巻いていた。
この精神的に未熟な剣士は、攻め切れずにいる事に焦れて、もっと早い段階で自滅すると考えていたのである。
(コイツは度胸と勢いだけの猪武者だと思っていたが、よもやこれ程タフな戦いが出来たとは。
俺の見立てではとっくに崩れていてもいいころ合いなんだが・・・完全に予想外だったな。精神的に成長したのか。一体、何があったんだ?)
魔獣は小さくて素早く、そして必殺の魔法も合わせ持つ、極めて厄介で危険な相手だった。
コロセオは一つの死線をくぐった事で、剣士として一皮剝けて成長していたのだ。
こうなると、マレンギとコロセオ、二人の年齢の差が重くのしかかって来る。
アスリートとして肉体の全盛期にある双極星コロセオと、三十歳半ばを過ぎ、技量はともかく、肉体的にはピークを過ぎている一瞬マレンギ。
このまま戦いが長引けば、どちらがより早く力の限界を迎えるかは言うまでもないだろう。
(そうなる前に仕掛けるしかないか。まさかコイツがここまでやるようになっているとはな)
五つ刃同士の死闘は、今や最終局面に入ろうとしていた。
マレンギが距離を詰め、コロセオが攻撃を仕掛ける。
何度も繰り返された攻防がまた繰り返された。
しかし、今回はその後が違っていた。
マレンギが更に一歩踏み込んだのだ。
「むっ?!」
(お前の攻撃は既に見切った! 気持ち良く戦い過ぎて調子に乗ったな)
一方的に攻めていると、どうしても自分のリズムで――同じテンポで――戦ってしまう。
マレンギはコロセオの攻撃を躱しながら、相手の攻撃の間合い、そしてタイミングを計っていたのである。
コロセオは慌てて槍を引き戻した。その動きにピタリと合わせてマレンギが飛び込む。
ここはもうマレンギの――サーベルの間合いだ。
下から跳ね上げるような攻撃が、コロセオに襲い掛かる。
タイミング。そして速度。全てにおいて完璧な攻撃だった。
コロセオの首が切り裂かれて血が噴き出す――固唾を呑んでこの戦いを見守っていた者達は、そんな光景を見た気がした。
どんな剣の素人にも分かる。それほど完璧なタイミングの一撃だった。
しかし、この絶体絶命のピンチの中、コロセオはまだ諦めていなかった。彼の目がクワッと限界まで見開かれた。
「舐めるな!」
ガキン!
金属がぶつかる大きな音。マレンギのサーベルはコロセオの鎧を叩くと、ギリギリの所で顔をかすめた。
切り裂かれたコロセオの頬から血が流れる。
コロセオは防御が間に合わないと見るや、下がるのではなく、逆に一か八か前に出て距離を詰めたのである。
空間を潰されたマレンギの攻撃はコロセオの鎧にぶつかり、不完全な一撃となってしまったのだ。
「くっ・・・」
「させるか!」
マレンギはすかさずバックステップで距離を取ろうとする。
ここで相手の距離に逃がしてしまっては、今度こそ必殺の一撃をもらってしまう。
コロセオは相手を突き飛ばそうと、両手で槍を前に突き出した。
マレンギは槍の柄をサーベルで受け止めた。
ガッ!
コロセオの大身槍は柄の芯に鉄が通っている。
鈍い音をたててサーベルと槍の柄がぶつかると、マレンギは「うっ!」と顔を歪めた。
どうやら、コロセオの馬鹿力を正面から受け止めた事で、利き手を傷めてしまったようだ。その手からポロリとサーベルが落ちる。
コロセオは「しめた!」とばかりに槍を大上段に振りかぶった。
「ハッ! コイツで止めだ! ――ガフッ」
コロセオは自分の喉から生えたサーベルの刀身を、信じられない思いで見つめていた。
剣が引き抜かれると同時に、喉から勢い良く血が噴き出した。
「ゴ・・・ゴボッ。ゴッ・・・ゴバッ・・・」
「――すまない。命まで取るつもりは無かったが、手加減をしていたら俺の方がやられていた。よもやここまで強くなっているとは。正直、お前を見くびっていたようだ」
マレンギは左手に持った剣を振って、刃に付いた血を飛ばした。
そう。マレンギは利き腕を痛めたふりをして、わざと武器を手放してみせたのだ。
ギリギリの戦いの中、初めて掴んだ大きなチャンスに、コロセオは勝負を決めようとして気がはやり、大きく振りかぶってしまった。
ここまでタフに戦って来たコロセオが、この戦いの中で初めて見せた小さな隙――一瞬の気の緩みだった。
しかし、全てはマレンギの誘いだった。
マレンギは左右をスイッチすると、落としたサーベルを空中でキャッチ。そのまま左手で無防備なコロセオの喉にサーベルを突き立てたのである。
「不死のロビーダ程ではないが、俺も捨身剣は修めている。コイツは外伝として教わった、まあ、いわば外道の技だ。
本来、言い残したい事でもあれば聞いてやる所だが、その傷では何も喋れまい。長く苦しませるのも気の毒だ。今、止めを刺してやる」
マレンギは大きく踏み出すと、ヒュッ。風を切り裂く音と共に銀閃が奔り、コロセオの体から頭がズレた。
首から血が噴き出ると、頭がポロリと落ちる。
ドッ・・・
そして、首から上を失ったコロセオの巨体は、重い音を立てながら大地に倒れたのだった。
こうして五つ刃同士の死闘は、双極星ペローナ・コロセオの死によって決着が付いたのである。
明日の更新でこの章は終了となります。
次回「秋風メラサニ山」




