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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
214/518

その212 メス豚、傍観する

◇◇◇◇◇◇◇◇


 クロ子を追って土塁の上に駆け上った”五つ刃””不死の”ロビーダは、眼下に広がる惨状に愕然と立ち尽くした。


「なんだ・・・この有様は」


 夜目の利くロビーダの目をもってしても、暗い堀の底は完全には見通せない。

 だが、この場で何が起きているかだけは――多くの兵士達が悲鳴を上げながら溺れている事だけは――分かった。


「いつの間に堀の中に水が。いや、そもそも溺れるような深さではないようだが」


 ロビーダは激しく混乱していた。

 彼の動揺も無理はない。昼間、亜人村を囲む堀は空堀――ただの溝だった。

 雨など降っていない以上、自然に水が溜まったとは考えられない。間違いなく人為的なものだ。

 だとすれば答えは一つしかなかった。


「――クロコパトラ女王! 最初から女王の狙いはこれ(・・)だったのか!」


 ロビーダは衝撃と――そして女王の罠のあまりの悪辣さに、吐き気を催す程の怒りを覚えた。

 彼は常日頃から、「(いくさ)は勝たなければ意味は無い」「勝つためなら何をしてもいい」と考え、また、実行にも移していた。

 しかし、女王の立てた作戦は、その彼をもってしても、あまりにも外道が過ぎた。


 勝利のため、要塞化した村を自ら焼く。その時点で既にロビーダにとって理解し難い策だった。

 しかし、それすらも本当の罠――水堀(みずぼり)に敵を追い落とすための手段でしかなかったのである。

 重要な拠点を拠点としてではなく、敵を釣る”餌”として考え、惜しげもなく使い捨てる事で敵を罠にかける。

 しかもこの罠は軍人の使う計略や策ではない。

 かかったら最後、無差別に敵兵を殺す、ただの”人殺しの罠”だ。


 矛盾する話のようだが、(いくさ)において、軍は敵兵を必要以上に殺さない。

 実際に前線で敵と殺し合う兵士は別だが、少なくとも将軍や指揮官はそれを望まない。

 なぜなら人間も立派な戦利品だからである。

 敵将は人質として金になる。そして兵士ともなれば、若い労働力として重宝される。

 機械化が進んでいないこの世界では、人間というのは貴重な労働力であり、ある種の商品である。

 勿論、部下や国民としてではなく、奴隷としてではあるが。

 とはいえ、そこに情が全く無いかと言えばそうでもない。敵として戦いはしても相手も同じ人間だ。

 よほどの殺人鬼やサイコパスでもなければ、普通は必要以上に人を殺したくはないものなのだ。


 だが、クロコパトラ女王の罠は、大量殺戮を前提として考えられている。

 そこには降伏も降参も許さない。


 そんなバカげた話があり得るだろうか?

 少なくとも、人の上に立ち、民を従える者が持っていいような考えではない。


「ありえん・・・クロコパトラ女王とは、一体何者なんだ」


 ロビーダは、人間をまるで害虫のように殺すクロコパトラ女王に対して、激しい嫌悪感を覚えた。

 彼は自分が正義感が強いなどとは微塵も思っていない。むしろその逆だと思っているが、その彼をしても女王の価値観は異常過ぎた。


 ロビーダは戦場で見たクロコパトラ女王の姿を思い出した。

 あれは戦いの前夜のこと。彼は戦死した”五つ刃”一番の若手、”フォチャードの”モノティカと共に、敵軍に粗末な駕籠に乗った黒髪の女を見た。

 おそらくあれがクロコパトラ女王だったのだろう。

 一度も日に焼けた事の無いような白く輝く肌。艶やかな長い黒髪。体のラインにピタリと合った、見た事も無い様式のドレス。そして遠目にも分かるその怪しい美貌。

 女王は無表情にこちらを見ていたが、やがて土塁の向こうに姿を消してしまった。

 今思えばあれは「無表情」ではなく、「無関心」だったのではないだろうか?

 人間を人間として見ていない、人間の生き死にに全く価値を見出していない。人間を路傍(ろぼう)の石か何かのように感じている、女王の価値観の表れだったのかもしれない。


 あの女だけは――クロコパトラ女王だけは生かしておいてはいけない。

 だが、先ずは女王が使役する魔獣を始末する。


 ロビーダは怒りを胸に堀の中に飛び込んだ。

 そんな彼の姿を、対岸の木の上からジッと見つめる黒い小さな影があった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 村を望む木の上で、私は驚きの声を上げた。


『あっ。マジか。あいつ飛び込みやがった』

 

 ここで言うあいつ(・・・)とは、例の厄介な敵指揮官――忍者野郎の事だ。


 堀の中は敵兵で溢れ、芋を洗うような大混雑だ。

 ・・・真っ暗なので、ここからは良くは見えないが。

 私もつい勢いで、「忍者野郎とは村の外で戦う!」と決めて村を飛び出したものの、あまりの混雑っぷりを見て、「あ、これは付いて来てくれないかな」と諦めかけていた。

 実際、忍者野郎もこの光景には驚いたのか、しばらくの間、土塁の上でためらっていたほどだった。


 このまま諦めるようならどうしようかな。などと不安に思っていた所で、不意にヤツは堀の中に飛び込んだのだ。

 さすが忍者野郎。死をも恐れぬ凄い度胸だぜ。私に出来ない事を平然とやってのける。そこにシビれる、あこがれるゥ。


『って、あれっ? もしかしてこれって”戦わずして勝利”ってヤツ?』

可能性アリ(そうかもね)


 私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。


 昼間と違って、今は堀の中には水が溜まっている。

 いわゆる水堀(みずぼり)というやつだ。水堀(みずぼり)にしてはちょっと水が少ないけど。

 その分、ただの水堀(みずぼり)ではない。クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達の努力によって、水流のある水堀(みずぼり)になっているのだ。

 要はあれだ。流れるプールみたいな感じ。まあ、実際はあんな楽しいもんじゃないんだが。


 なぜ、私は堀の水をわざわざ流れるプール状態にしたのか?

 それは川と海では、川の方が断然危険だからだ。

 その理由は水流にある。

 水の流れによって生じる体にかかる圧力――水圧は、流れの速さに対して比例するのではなく、二乗となる。

 つまり、水の速度が二倍になった場合、体にかかる水圧は二倍ではなく二乗。実に四倍にもなるのである。


 人間というのは鼻と口が塞がれば容易く窒息死する。

 例えお腹までの高さしか水がなくても、水圧で転んで、そのまま起き上がれなければ溺死するのだ。

 ましてや敵兵は服を着ている。

 彼らが水中でもがけばもがくほど、濡れた服は体にまとわりつき、自由を奪われる。


 ちなみに、実際は服を着ている方が、水に浮きやすいんだそうだ。

 体と服の隙間に残った空気が空気袋――浮力体の役割を果たすからである。

 実際、東日本大震災では、空気を多く含むダウンジャケットを着ていた人の方が、津波の生還率が高かったとも聞く。

 ただしそれはジッとしている場合で、水中でジタバタと暴れれば話は別だ。

 浮力の元となる空気が抜けるばかりか、逆に水が侵入して、どんどん体が沈んでしまう。

 ましてや、今の敵兵は重たい防具も装備している。一度転倒してしまえば、水圧に押されて中々起き上がる事が出来ないだろう。


 何と言うか、運が無かったな。


 ホッとする私の背中からピンククラゲの触手が伸びると、私の頭をツンツン突いた。


要注意(ぼんやりしない)


 水母(すいぼ)の触手が指し示した方向。

 そこには水を滴らせながら、堀から上がって来る忍者野郎の姿があった。




 黒々とした煙を噴き出しながら、真っ赤に燃え上がる旧亜人村。

 兵士達は炎に背中を押されるように、次々と堀に落ちていく。

 彼らの上げる悲鳴が、彼らの断末魔が、辺りに響いている。


 私は木の枝から飛び降りると、忍者野郎と再び対峙した。


『ご苦労様。随分とカッコよくなったじゃない』

「――魔獣。お前はここで俺が始末する」


 忍者野郎のズボンと服は濡れているが、顔や頭は濡れていない。

 鍛え上げられた体幹を持つ忍者にとっては、水堀(みずぼり)の流れを横切る事は、さほど難しくは無かったようだ。

 

 ・・・溺れてくれた方が、こっちとしては楽だったんだけどな。

 少し残念。


『今度は躱せるかな? 最も危険な銃弾(エクスプローダー)!』

「! ちっ!」


 私は最も危険な銃弾(エクスプローダー)の魔法を発動。

 村の中の戦いでは、空気の渦が周囲の煙を巻き込んで、魔法の発動が見切られていた。

 だが、ここではどうだ?


 不可視の弾丸が忍者野郎に襲い掛かる。

 敵は鋭く剣を振って風の弾丸を無効化した。


 ――が、やはり見えてはいないようだ。忍者野郎の表情が険しくなった。


「・・・厄介な攻撃だ。コロセオのヤツは、よくこんな攻撃を何度も躱したものだ」


 いける!


 剣士としては昼間の髭モジャの方がコイツよりも格上だったようだ。

 あいつは勘だけで私の魔法をことごとく封殺しやがったからな。


『ならば、たたみかける! 最も危険な銃弾(エクスプローダー)乱れ撃ち!』

「させん!」


 私はすかさず、魔法の同時発動による面制圧を狙う。

 だが、さすがにこれはバレバレだった。

 敵の放った牽制の棒手裏剣が、私に襲い掛かる。


魔力障壁(ばりやー)


 しかし水母(すいぼ)がすかさず魔力障壁を発動。棒手裏剣は障壁に当たってはじかれた。

 咄嗟に回避行動に移っていた事で私の集中が途切れ、空気の渦は弾丸を生み出す直前に消滅した。


『ちいっ。タメのいる魔法はやっぱ邪魔して来るか』


 魔法の同時発動は、ナチュラルボーンマスター・クロ子といえども、さすがに神経を使う。

 回避と同時に行うのは無理ってもんだ。

 シューティングゲームで、三次元移動をしながら相手のヘッドショットを狙うような感じ?

 私って某バトロワ(A〇〇x)のランクマでも、ずっとゴールドでくすぶっていたもんな。


 ここまでの所、忍者野郎との勝負は、村での戦いとは一転。私がやや優位といった感じである。

 このまま攻め続ければ勝てる。そんな手応えは十分にある。

 ヤツにもそれが分かっているのだろう。

 今までと違って、表情や動きに余裕が感じられなくなっていた。


(けど、余裕が無いのは私も同じなんだよね・・・)


 そう。先程からちらほらと、堀から上がって来る兵士の姿が見え始めている。

 無事にたどり着いた事で、精も根も尽き果てているのか、あちこちで倒れ込んで、今の所動き出す気配はない。

 しかし、時間の経過と共に周囲に敵兵が増えるのは目に見えている。

 それに、今は姿が見えないが、昼間戦った、大身槍(おおみやり)を使う髭モジャ指揮官。

 忍者野郎一人に苦戦しているこの状況で、あの強敵にまで加勢されれば、さすがに私に勝ち目はない。


(そうなる前に、一刻も早くコイツを倒す!)


 私は早期決着を狙って、忍者野郎の懐に――敵の攻撃範囲に――飛び込んだのだった。

次回「メス豚と死闘の決着」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやいや、そもそも戦争じゃないでしょ仇討ち隊は。 戦争は一種の政治活動だけど、こいつらは一方的に侵略しようとしたのを返り討ちにあってるだけだし。
[一言] 捕虜にするにしても多くなりすぎれば管理しきれないし、奴隷にするにしてもノウハウもないし、何より種族が違う。 下手に大人数で来るからこっちも手加減なんてしてられないとなるし、これまでの戦争云々…
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