その209 メス豚と炎の亜人村
旧亜人村を占拠した敵軍に対しての攻撃が始まった。
私はEX最大打撃の魔法を解除。
夜空に浮かんでいた十個の大岩が、次々と村に落下する。
ちなみに、特にどこかを狙っている訳ではない。逃げ遅れた敵が潰れてくれればラッキー。その程度のアバウトな感じだ。
この落石の目的は敵に混乱を起こすのと、土塁を何箇所か崩しておく事にある。
おっと、今のうちに村の入り口を塞いでおかないと。
『最大打撃!』
私は大岩の一つを移動させると、村の門の上に落とした。
『ついでだ。EX点火!』
岩に押しつぶされて破壊された門が燃え上がる。
これで村の唯一の出入り口は、完全に封鎖された事になる。
いやまあ、実際は裏の斜面に逃げる道があるんだが、狭い道だし、わざわざそっちから逃げる敵もいないだろう。
今となっては、土塁のあちこちが壊れているんだし、普通に考えれば、近いそっちを使うよな。
土塁の上にいた見張りは、既に逃げ出したらしく姿は無い。今が突入のチャンスだ。
『風の鎧!』
私は身体強化の魔法を使用。村の外周の堀をひとっ飛び。土塁を駆け上ると村へに潜入した。
村の中は大騒ぎになっていた。
いきなり巨大な岩が降って来たんだからな。まあ当然か。
何箇所か火の手が上がっているのが見える。
どうやら落下した岩が家を破壊。松明か何かが倒れて建物に火が燃え移ったようだ。
手間が省けて何より。
『EX点火!』
私は隣の家の屋根に火をつけた。
事前に村の家々には屋根裏部屋を作って、乾いたワラをしこたま詰め込んである。
ワラを火口にして、火はあっさりと家中に燃え広がった。
これで良し。さあ、次だ。
私は屋根から屋根に飛び移りながら、次々と家を焼いていった。
敵は激しく混乱しているようだ。悲鳴を上げながら立ち尽くすばかりで、火を消そうとする者は誰もいない。
おかげで火事は燃え広がり放題だ。
ていうか、思っていたよりも火の回りが早いな。このままだと私が豚の丸焼きになってしまいそうだ。
あるいは煙にいぶされて豚の燻製肉の出来上がりか。
・・・ジュルリ。
おっと、いかんいかん。食欲を刺激されている場合じゃなかった。
私は首に下げた通信機に叫んだ。
『水母! 作戦通りお願い!』
通信機は少しの沈黙の後、ブルブルと震えた。
【了解】
◇◇◇◇◇◇◇◇
村は木が焼けるパチパチという音と、兵士達の悲鳴と怒号で埋め尽くされていた。
隊長達は煙に喉を傷めながらも、声の限りに兵士達を抑えようとしている。
しかし、上手くいっていないようだ。部隊の混乱は収まらない。
だが、それも仕方がないだろう。
自分達が現在、敵から攻撃を受けているのはハッキリしている。
しかし、敵はどこにいて、どのようにして攻撃しているのかがさっぱり分からない。
見えない敵から一方的に狙われる恐怖。
彼らは混乱の極みにあった。
そんな中、突然、女の声が響いた。
【・・・出ていけ】
その瞬間。潮が引くように、兵士達の騒ぎの声が収まった。
「・・・な、何だ? 今の声は?」
「お、女の声だったみたいだぞ」
「ど、どこから聞こえたんだ?」
兵士達は息を呑みながら互いに顔を見合わせた。
女の声は、四方八方から――そう。まるで地の底から響いて来たように思えた。
【・・・出ていけ。我が村から出て行くのだ】
再び女の声が響き渡った。
「ま、まただ! 間違いなく女の声だ!」
「ク、クロコパトラ女王だ!」
ザワッ!
誰かの叫び声に、兵士達が一斉に浮足立った。
ま、まさか・・・。
まさかこの女の声は、本当に――
【聞け。土足で我が村に踏み入った、汚らわしき人間共よ。
招かれざる愚か者共よ。
妾の怒りを知れ。
女王クロコパトラの怒りの炎は、お前達を骨まで焼き尽くし、破壊の大岩は天空より降り注ぎ、お前達を血まみれの肉塊へと変えるであろう。
呪われよ、悪しき人間共よ。
女王クロコパトラの名において、死すら生易しい絶望をお前達に与えてくれよう。
慈悲は無い。救いの道もない。
お前達は自らの愚かさが招いた罪を、己が命で贖うのだ】
「う、うわああああああああああああああっ!!」
【出ていけ。我が村から出て行くのだ。呪われし人間共よ】
「た、助けてくれえええええ!!」
【女王クロコパトラの怒りを知れ】
兵士達は算を乱して走り出した。
彼らは崩れた土塁に殺到し、一歩でも早く、一秒でも早く、必死で村から遠ざかろうとした。
こうなれば隊長も、部下達を止める事は出来なかった。
いや。本来止めるべき彼らすらも、恐怖に目を血走らせ、兵士達と一緒に駆け出していた。
この一ヶ月。彼らは厳しい境遇に耐え続けて来た。
毎日の山の上り下り。そして辛い土木作業。せっかく均した土地を、夜の間にボコボコにされていたり、巨大な丸太で埋め尽くされていた事だって一度や二度ではない。
素手で迂闊に何かに触れば、そこには薬が塗ってあり、猛烈なかぶれを引き起こす。
地面のあちこちには草を結んだ罠が作られていて、うっかり茂みに入ると足を取られて転倒する。
一度も敵と戦わないうちに、ケガ人だけは増え続け、夜は彼らの上げる苦痛のうめき声を聞きながら寝なければならない。
そんな苦労を彼らが耐え忍んでいけたのは、明確な目標があったからだ。
それはこの亜人の村。
あの村さえ落とせばきっと勝てる。女王を打倒して国に帰れる。この苦しみも終わる。楽になる。
そう信じたからこそ、兵士達は辛い作業を続けて来られたのである。
しかし、そんな彼らの心はへし折られた。
兵士達は、必死に冥府神ザイードラに許しを請いながら走った。
戦いの神、タイロソスの名を叫び、その加護を願った。
幸運の神、ラキラの気まぐれに救いを求めた。
彼らは勝利の神、鉄の神、夜の神、ありとあらゆる神に助けを求めた。
だがこの夜、このメラサニ山に神はいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は屋根の上から地上の喧噪を見下ろしていた。
兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ回っている。
足の速い者は既に土塁を越え、村の外に出ているようだ。
『ていうか、さっきの言葉は何? 水母、あんた随分とノリノリだったじゃない』
私はフヨフヨと上空を漂って来た半透明の塊に声をかけた。
『意味不明。全てクロ子に言われた通りの行動』
そう。さっきの女性の声は、水母が通信機のスピーカーを使って流した言葉だったのである。
私は、村から撤退する前にクロコパトラ歩兵中隊の分隊長達から、預けておいた通信機を回収。
水母に渡して、敵に発見されないように、村のあちこちに仕掛けておいて貰ったのだ。
ちなみにさっきのセリフは、全て水母の合成音声である。
ホントは私が喋ろうと思っていたけど、私の言葉って人間には豚の鳴き声にしか聞こえないんだよね。
まあ、結果は見ての通りだし。水母にお任せして正解だったわ。
しかしあのセリフ選びは中々にレベルが高かったな。さては中二病の素養があるな?
『意味不明。全てクロ子の指示』
『またまたあ~。”汚らわしき人間共”とか、”己が命で贖うのだ”とか、ノリノリだったじゃ~ん。カッコよかったよ~ん』
『・・・(怒)』
おっと、いかん。からかい過ぎて水母が不機嫌になってしまったか。
ていうかさ。あんた「コンピューターだから心が無い」設定なんだから、そんな風に感情を表に出してちゃダメじゃん。
『ゴメンゴメン水母。私が――何っ!!』
私は殺気を感じてハッと振り返った。
火に包まれた旧亜人村。焼け残った家の屋根の上に、黒装束の男の姿があった。
「やはりお前の仕業だったか。魔獣」
男の口からまるで呪詛のような言葉が漏れた。
辛気臭い見た目に似合った辛気臭い声だ。
コイツは例の敵。この一ヶ月の間、何度となく私の邪魔をして来た――そして昼間に私の勝負に横やりを入れて来た――忍者野郎。あの手強い指揮官だ。
忍者野郎は腰の剣を抜いた。そこらの兵士が持つような飾り気のない直刀だ。
しかし、剣を手にした男の立ち姿には一分の隙も感じられなかった。
緊張感にこの場の空気がピリリと張り詰める。
「――ここでお前を殺す」
『はんっ。それはこっちのセリフだ!』
次回「メス豚vs”不死”」




