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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
209/518

その207 メス豚、行動を開始する

 太陽は西の山の稜線にかかり。足元には影が長く伸びている。

 山の夜は早い。しばらくすれば辺りは暗闇に覆われるだろう。


 私は崖の上から旧亜人村を見下ろしていた。

 今や村は敵兵で埋め尽くされている。

 血を吸ったように赤い夕焼け空に、彼らの上げる勝鬨(かちどき)の声が響いている。


「うーら! うーら! うーら!」

「ワアアアアアアアアアッ!」


 ふん。今だけは勝利を喜んでいるがいい。

 そう思いながらも、私の心はザワついて落ち着かなかった。


「おい、クロ子。どうしたんだ?」


 全身傷だらけの大柄な亜人が私に声をかけた。

 クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)、第一分隊隊長のカルネだ。

 彼の鎧は返り血に汚れ、あちこちへこんでいる。今日の死闘を潜り抜けた証である。

 幸い、周囲に他の隊員はいないようだ。

 いい機会だ。私は気になって仕方がなかった事を、彼に聞いてみる事にした。


『・・・ねえ。本当に村を敵に明け渡して大丈夫だったの? みんなイヤな気分じゃない?』


 そう。私が気にしていたのはその点だった。

 あそこは、彼らが生まれ育った村である。その村を人間達に明け渡したばかりか、これから利用しようとしている。

 みんな、こんな作戦を立てた私を恨んでいないだろうか?


 カルネはちょっと意外そうな顔になった。


「クロ子にも人の心ってのがあったんだな」

『おい』


 なんだそのリアクション。私は真面目に話しているんだぞ。

 お前(隊員)達の中で私は一体どういう扱いなんだ?

 マジで不安になって来たんだが。


「何も思う所がないと言えばウソになるさ。だが、全員が納得して受け入れた事を今更気にしてどうする」

『そりゃそうなんだけど・・・それって、あんたが特別脳筋だからとかじゃない?』

「のうきん? なんだそれ? まあいいや。とにかく、この件でクロ子を恨むヤツなんていないってこった。――なあクロ子」


 ここでカルネは真面目な顔になった。


「半年ほど前。村は人間の軍隊に襲われた。俺達は捕まり、人間の町で奴隷として売られる運命だった。それを助けてくれたのがお前とククトだ」


 そうか。あれから半年も経つのか。

 パイセンの事を思い出すと、私の胸に痛みが走った。


「あれに俺が――いや、村の男達がどれだけショックを受けたか分かるか? 分からねえだろうな。

 クロ子はまだいい。お前は強力な魔法が使えるからな。それに何と言うか、普通じゃないから。

 けど、ククトは違う。

 アイツはチビで瘦せっぽちで、日頃は狩りにも行かずに、村で畑を耕しているようなヤツだった。

 正直言って、俺達は陰でククトをあざ笑っていたよ。女に混じって土いじりをしている軟弱なヤツだってな」


 パイセンは地球の転生者だ。

 カルネ達、教育も受けていない、狭い村しか知らない男達には、パイセンの本当の凄さは理解出来なかったんだろう。

 カルネは小さくかぶりを振った。


「だが・・・今思えば、俺達はアイツの頭の良さに嫉妬していたんだと思う。

 ククトは人間の商人と取引をして村の生活を良くしたり、肥料、だっけ? そいつを使って畑で採れる作物を大きくしたりと、誰にも真似出来ない事を次々とやってのけた。

 多分、俺達はアイツを認めたくなかったんだと思う。だから、アイツの弱いとこだけしか見ていなかった。

 いや。真実から目を背けて、気付かないフリをしていたんだ。

 けど、アイツは弱くなかった。

 アイツはクロ子と一緒に俺達を助けてくれた。腕っぷしだけが自慢の俺にも出来なかった事をククトはやってのけたんだ。

 本当に悔しかったぜ。そして、助けてもらってホッとしている自分が心底情けなかった。

 そして知ったんだ。強さってのは体のデカさや狩りの腕だけじゃない。目には見えない強さ――頭の良さや気持ちの強さ――そういったモノもあるって事をさ」


 私は軽い驚きを覚えていた。彼らが私の事を――パイセンの事をどう思っているのか。実はこうして面と向かって語られたのは初めてだったのだ。


 あまり口が立つ方ではないカルネが、こうして淀みなく喋っている事からも、多分、仲間内では何度かこの話をしていたんだろう。

 発言(アウトプット)する事で、自分の気持ちや考えを整理し、人の話を聞く(インプット)する事で、自分自身を見つめ直し、自分の本心に気付く。

 彼らは過去の自分達を見つめ直し、至らなさを受け入れ、前に進もうとしている。

 そうやってたどり着いたのが、今の言葉なんだろう。

 私は――私はパイセンの死を乗り越えているんだろうか?

 後悔に縛られているだけじゃないだろうか?


「確かにあの村が無くなるのは辛い。けど、俺達にはもう新しい村がある。

 今、俺達が第一に考えるべきなのは、村のみんなと今の生活を守る事だ。前の村を惜しむ”感傷”に振り回される事じゃない。

 全員そこは良く分かっているさ。だからクロ子は気にしなくてもいい」


 カルネ。あんた・・・

 私は彼を侮っていた事を恥じた。

 村を犠牲にしなくてもいいならそうする。しかし、私達は圧倒的に戦力が足りない。

 肉を切らせて骨を断つ。血を流す覚悟を受け入れなければ勝利は得られない。

 カルネはちゃんと現実に向き合っていたのだ。


 私は彼に頭を下げた。


『さっきは脳筋なんて言ってゴメン。言い過ぎだったわ。そうよね。あんたでさえ分かっているんだから、当然みんなだって分かっているわよね』

「ん? のうきんってのは悪口だったのか? そんなふうに謝らなくてもいいぜ。どうせ意味なんて分かってなかったからな。そうそう。俺でさえ分かっているんだから、みんなが分かっているのは当然――って、おい、クロ子それはどういう意味だ?」


 自分で言って気付いたか。そういう所が脳筋だっての。

 お前、反省したんじゃないのかって? 反省したとも。けど、素直に謝るのも照れ臭いじゃない。

 これはアレよ。ツンデレってヤツ?(※違います)


 私の背中のピンククラゲから触手が伸びると、私の頭をツンツンとつついた。 


要注目(見てみ)


 水母(すいぼ)の指摘に村を見下ろすと、白い煙が数本、立ち昇っている。

 食事の支度の煙だ。

 などと思っている間にも、煙の数は次々と増えていった。

 どうやら敵は村で夜を過ごす事に決めたらしい。

 敵の指揮官は、今から下山を始めても途中で日が暮れる、そう判断したようだ。

 せっかく攻め落とした村を、敵がみすみす手放す訳はないのだ。

 夜のうちに我々が戻って再占拠したら、元の木阿弥になるんだからな。


 とはいえ、これはひとつの賭けだった。

 最悪、敵が村を破壊、放棄する可能性だって十分にあったのだ。

 だが、今回は敵にその時間が無かった。

 そもそも、そうさせないために私達が戦った、という所もある。

 要塞としての堅牢さを敵に思い知らせる事で、村の価値を上げ、基地として再利用したくなるように思考を誘導したのである。


『作戦続行。コマ。ウンタに連絡』

「ワンワン! アオーン! ワンワン! ワンワン! アオーン! ワンワン!」


 私の指示を受けて、アホ毛犬コマが遠吠えを始めた。

 短く、短く、長く、短く、短く。

 ・ ・ ― ・ ・

 ト連送――意味は『全軍突撃せよ』。

 この報せを受けて、ウンタ達は行動を開始するはずである。


『カルネ。ケガ人の治療は?』

「もう終わった。動けないヤツらは、ひとまずここに残していく」

『・・・そう』


 野犬達には負傷者を守るように命じてはいるが、彼らは暗闇の中、不安な思いで仲間達の帰りを待ち続ける事になるだろう。

 彼らのためにも失敗は許されない。


『なら、全軍に連絡! 今から出発! 作戦の最終段階に入る!』

「おうとも!」


 この一ヶ月にも及ぶ防衛戦。その中でも最大の作戦が今、最終段階に入ったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 旧亜人村は兵士達でごった返していた。

 元々、三百人程が暮らしていた村に、千人を超える人間達が詰めかけたのだ。

 建物はあっという間に階級の高い者達によって占拠され、一般の兵士達は村の広場やそこらの空き地に座り込んだ。

 幸い、村には全軍が入り切れるだけの広さがあった。

 もし、この場に以前、村に訪れた事のあるルベリオ少年がいれば、畑や物置小屋が潰され、平らに均されている事に気付いたかもしれない。

 そう。クロ子は敵の全軍が村に駐留出来るように、わざわざ空いた土地を作っておいたのである。



 食事の支度をしている兵士達を横目に、村を歩く全身黒ずくめの男。

 ”五つ刃””不死の”ロビーダである。


 村に入ってから、彼はずっとこうして歩き回っていた。

 勿論、ただの散歩ではない。何度も周囲を見回し、どこかに怪しい部分が無いか目を光らせていたのである。


「今の所、特に妙な点はないが・・・」


 ロビーダは、女王クロコパトラが惜しげもなく自分達の村を放棄した点が、どうしても気になっていた。


「コロセオが一気に攻め落とせなかった程、要塞化された村だ。こちらに奪われれば当然、取り返すのも難しくなる。そんな道理が分からない女王ではあるまい」


 そう。ロビーダは女王クロコパトラが故意に撤退した――わざとこちらに奪わせた――のではないかと疑っているのである。


 もしそうだとすれば、考えられる可能性は二つ。

 一つは村に敵を誘い込み、不意を突くという作戦。

 「敵の村を落とした」と油断した所を、伏せておいた兵で襲い掛かるのである。


「しかし、そんな兵を隠しておけるような場所は見当たらない」


 村の建物は全て空き家だった事は調査済みである。仮に隠し部屋があったとしても、そんな場所に潜ませておける人数は限られている。


「敵の狙いがこちらの指揮官――俺やコロセオの命だったとしても、その程度の数は敵ではない。出て来た所を返り討ちにしてやるだけの事だ」


 もう一つの可能性――ロビーダはこちらの方が可能性としては高いと考えていた――は、敵は外から村に入れる隠し通路を作っている、という物だ。

 兵達が寝静まった深夜。敵は隠し通路を使って手勢を送り込み、夜襲を仕掛けるのだ。

 だが、亜人の村人の土木技術程度で、そのような大規模な工事が可能だろうか?

 ロビーダはクロコパトラ女王の魔法を使えば可能なのではないかと考えていた。


「いかにもクロコパトラ女王がやりそうな作戦だ。・・・そう思って部下にも探らせているのだが」


 そう。今の所、それらしい通路を発見したという報告は入っていない。

 ロビーダもこうして見回っているが、特に怪しい場所は見付かっていなかった。


「それとも俺の考え過ぎか? 単に女王は俺達の戦力には敵わないと見て撤退したと」


 ちなみにこれは、指揮官の”双極星”ペローナ・コロセオの考えでもある。

 敵はこれ以上の消耗を避け、自分達にとって有利な場所まで――メラサニ山の険しい山奥に――こちらを引き込もうとしているのではないか。コロセオは女王の作戦をそう推測していた。


 それはそれでありそうな話だ。

 この一ヶ月間、女王は徹底して戦力の消耗を抑え、罠だけでこちらに抵抗して来た。

 戦いの場が山奥に移れば、こちらの疲労は増し、地形を生かした罠も、より凶悪な物が用意出来るようになるだろう。

 女王が当初の方針のまま戦い続けるつもりなら、普通に考えられる話だ。


「・・・だが、あの女王がそんな策を取るだろうか?」


 ロビーダは、あの悪辣なクロコパトラ女王がそんな平凡な策を選ぶとは、どうしても思えなかった。

次回「メス豚と大仕掛け」

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[良い点] 諸葛亮「ただで村を明け渡すのはもったいない。火計で全滅させましょう」
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