その204 メス豚vs”双極星”
敵軍の中から髭モジャの武将が進み出ると、魔獣に――つまり私に――勝負を挑んで来た。
てか、勝負しろと言われて、敵のド真ん中にのこのこ乗り込んで行くヤツなんているのか?
だが、私はあえてこの挑戦を受ける事にした。
後になって思うと、この時の私は正常な判断力が失われていたのだろう。
戦場という生死のかかった特殊な空間。仲間達の死。引き際を誤ると全滅するという重いプレッシャー。
そういった異常な状況が強いストレスとなって私にのしかかり、心ここにあらずというか、ある種の酩酊状態になっていたんだと思う。
私は第一分隊隊長のカルネに後を託すと、陣地を飛び出したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
”五つ刃””双極星”ペローナ・コロセオは、愛用の槍を手に、要塞化された亜人村を睨み付けていた。
指揮官が先頭に立って敵に戦いを挑む。
そう聞くと突拍子もない話のようだが、本来、コロセオは”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロの親衛隊。その一人でしかない。
元々、戦場の槍働きで武勲を立てる側の人間なのである。
確かに、五つ刃の武勇は鳴り響いている。しかし、いくら彼らの名声が高くとも、軍の階級上では、あくまでも”兵卒”の立場に過ぎない。
”ハマス”軍に残った五つ刃”双極星”ディンターが、将軍達の愚かな決定に意見が出来なかったのも、将と兵という高い階級の壁が立ちはだかっていたためだったのである。
「! 来やがったか!」
亜人村の門の上から、小さな影が降り立った。
この一ヶ月の間、散々、彼らに煮え湯を飲ませて来た、仇討ち隊の天敵、魔獣である。
周囲の兵士達からどよめきが上がった。
浮足立った兵士が不安そうにコロセオに振り返る。
「コ、コロセオ様。本当にお一人で戦われるのですか?」
兵士の怯えた表情に、コロセオは舌打ちを返した。
「ちっ。なんだ? だったらテメエらがアイツを殺るってのか?」
「あ、それはその・・・」
コロセオは手にした槍をブンと振るった。
「だったら黙って見てろ。魔獣って言うからどんな化け物かと思ったら、角の生えた小さな豚じゃねえか。あんなヤツ、俺の槍で串刺しにしてやるぜ」
コロセオは頭上で大きく槍を振り回しながら、魔獣に――クロ子に向けて足を踏み出すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私はまるでチンピラのように、周囲の敵兵を目で威嚇しながら進んだ。
私に挑戦して来た髭モジャは頭上で大きな槍を振り回している。
ビア樽のような体の、見るからに”力持ち”といった感じの武将だ。
実際、ヤツの槍は、そこらの一般兵が持っている物とは、見た目も大きさも全然違う。
槍の先端の鉄の部分――刀身の部分の事を穂、または身と言う。
当たり前だが、鉄で出来たこの部分が長ければ長い程、槍は重く、扱い辛くなる。
髭モジャの槍は、穂の長さが一メートル近くはありそうな、異常なデザインをしていた。
『あれが大身槍ってヤツか』
大身槍とは、穂の長さが一尺(※30.3cm)を超える槍の事を言う。
日本独自に発達した槍で、有名な本多忠勝の愛槍「蜻蛉切」も、大身槍に分類される。
槍として突くだけではなく、その長い穂を生かした斬撃も可能で、乱戦では無類の強さを誇ったとも言われている。
そのように一見、良い事尽くしのように聞こえる大身槍だが、実は使いこなすには人並み外れた腕力と、高い技量が要求される。
穂が長いという事は、それだけ先端部分が重く、槍としてはアンバランスな作りをしているためだ。
基本的に大身槍は、持ち手のなる柄の部分を太く、重くして、全体のバランスを取っているそうだ。
その結果、ゴツくて重い槍に――使用者を選ぶ槍に――なっているのである。
『まあ、どんな武器を使っていようが、私のやる事はひとつだがな。唸れ流星鎚!』
私は流星鎚の魔法を発動。ソフトボール大の木の塊が、うなりを上げて私の周囲を飛び回る。
対接近戦用の最強魔法、流星鎚だ。
「な、なんだあれは?! 魔獣の魔法なのか?!」
「コロセオ様! ご注意を!」
敵兵の間から悲鳴が上がった。
この髭モジャはコロセオと言うのか。いいだろう。私に挑んだ愚か者の名として覚えておいてやるよ。
いやゴメン、やっぱ無しで。覚えておける自信がないわ。私、人の名前覚えるのって超苦手だから。
髭モジャは「はんっ!」と鼻を鳴らした。
「そんなこけおどしが、この俺に通じるかよ!」
私の背中のピンククラゲがフルリと震えた。
『要注意。相手は敵軍の指揮官』
ちょ。今になってそれを言う? そういう大事な事は先に言っといて欲しいんだけど。
つーか、指揮官自らが一騎打ちを挑んで来たわけ? 漫画や映画じゃないんだぞ。
まあ受けた私が言うのもなんだけど。
ていうか、コイツが敵の指揮官だっていうなら、私にとってはむしろ好都合だ。
コイツさえぶっ殺せば、敵軍が浮足立つのは違いない。
いいね、いいね。俄然張り切っちゃうぜ。
『わが名はクロ子! いざ参る!』
「来やがれ! 魔獣退治だ!」
私と敵の指揮官との一騎打ちは、私の先制攻撃から始まった。
先制攻撃、とは言ったものの、私のやる事はシンプルだ。
相手の懐に――流星鎚の間合いに――飛び込む。ただそれだけで、敵は自動的に私の周囲を旋回する無数の刃に切り裂かれてズタズタになる。
血まみれの名が伊達ではない事を思い知らせてやるぜ。
「――むんっ!」
『! ヤバッ!』
得も言われぬ恐怖に、私は驚いて飛び退いた。
一瞬遅れて、槍の穂先が音を立てて空気を切り裂く。
もし、あのまま飛び込んでいたら、間違いなく串刺しにされていただろう。そう確信させる鋭い突きだった。
槍はそのまま軌道を変えると薙ぎ払いに移る。
突きを放った直後だぞ? なんつーバカげた腕力だ。
私は空中で体を捻ると・・・『届け!』。よし! 届いた! 辛うじて地面を蹴って体を逃がした。
ギャリン!
金属が削れる甲高い音に耳が痛くなる。
槍の刀身が流星鎚の刃と接触したのだ。
敵の指揮官は槍を戻すと、「ちっ」と舌打ちをこぼした。
「槍の刃が欠けたか・・・」
私は元の場所まで退くと、ふうっ、と息をついた。
なんてヤツだ。あの一瞬の間に二度殺されたかと思った。
敵の指揮官は油断なく槍を構え直している。
一先ずは様子見、といった感じか。あちらから攻めて来る気はないようだ。
慎重だな。もっとガンガン前に出て来るタイプかと思ったんだが。
――やり辛いな。
私だって、伊達に今生で何度も死線をくぐってはいない。今の一連の攻撃だけで、相手が自分よりも遥かに格上の剣豪という事だけはハッキリと分かった。
そんな相手が油断なく待ち構えているのだ。私にはヤツの槍をかいくぐって肉薄するビジョンが全く思い浮かばなかった。
私は背中のピンククラゲに尋ねた。
『ねえ水母。さっきの攻撃だけど、もし、私が避けられなかったら、あんたが防いでくれてた?』
『・・・障壁の耐久上限』
マジか。頼れるチートキャラ、水母もお手上げの攻撃って。
これはムリだな。
所詮、私は生後半年の子豚でしかない。前世だって、クラスの中でもどっちかと言えば運動が出来ない子の方だった。
そんな私が、こんなに鍛えに鍛えた一流アスリートみたいな化け物を相手に出来る筈はない。
だったらどうするか? 簡単だ。敵の土俵で戦わなければいいのだ。
『お前は確かに強敵だった! くらえ! 最も危険な銃弾!』
これは武道の試合ではない。殺し合いだ。よもや、飛び道具が卑怯、とは言うまいよ。
私の正面の空気が渦巻くと、不可視の弾丸が発射された。
私の最も得意とする魔法。最も危険な銃弾だ。
「むんっ!」
バ・・・バカな。
敵の指揮官は大身槍を薙ぎ払った。
ただそれだけで。槍の巻き起こす風圧だけで、ヤツは私の放った必殺の弾丸を相殺してしまったのだ。
最も危険な銃弾の魔法は、空気の渦を作り出し、強烈な回転を持った空気の塊を目標に向かって飛ばすものである。
飛翔した空気の弾丸は、目標にぶつかると同時にエネルギーを解放。その力で対象物を破壊する。
あくまでも空気の塊を飛ばす関係上、銃の弾丸のように、何百メートルも飛ばせないし、速度も音速を超える事が出来ない。
逆に利点としては、周囲に豊富に溢れる空気を利用しているため、銃のように弾薬を必要としないし、火薬を使わないため発射音も出ないし、光も発生しない。
まるでステルス・キルのために作られたような魔法なのである。
それをまさか、こんな力技で防ぐなんて。
私はショックのあまり立ち尽くしてしまった。戦いの中で、この隙は致命的だ。
しかし幸い、敵の指揮官は不思議そうな顔で自分の槍を見ていた。
「なんだ? 殺気を感じて槍で払ったが、今の妙な手応えは何だったんだ? 何かを切ったのは間違いないが、俺は何を切ったんだ?」
マジかコイツ・・・自覚もなく、勘だけで私の魔法を防いだのか。
私はこの時、自分が対峙している相手の正体を知らなかった。
戦場で私達が出会った手強いスナイパー、”二つ矢”アッカム。しかし、敵軍にはそのアッカムをも上回る五人の凄腕がいるという。
その名は”五つ刃”。
この世界の冥府神が持つという命を刈り取る鎌。その鎌になぞらえ、五つ刃と名付けられたという五人の凄腕達。
その一人こそが、私の目の前にいる”双極星”。ペローナ・コロセオだったのである。
次回「メス豚と思わぬ苦戦」




