その202 メス豚とロマン武器
私はショックを受けて立ち尽くしていた。
目の前には、腕から血を流す丸顔の亜人の青年――第五分隊隊長のシンモ。
第五分隊はさっきの戦いで全員、負傷している。
そして、命を失った四人の隊員達――
「・・・おい。おい! クロ子!」
シンモの声に私はハッと我に返った。
「クロ子。急にぼんやりしてどうしたんだ? 魔法の使い過ぎで魔力が枯渇したのか?」
『・・・いや、何でもない』
私は大きく頭を振った。
ここは戦場だ。こんな事でうろたえていてどうする。
私が立ち尽くしている間にも、他の場所では、仲間が戦闘を続けているんだぞ。
『みんなは下がって休んでいて。私は時間稼ぎをして来るから。水母。彼らの傷の治療は任せてもいいよね?』
『任された』
私の背中のピンククラゲが、どこぞのドラマの天才外科医のような事を言いながらフワリと浮かび上がった。
「いいのかクロ子? お前だけで」
『何? 私の心配? ひょっとして危ない所を助けられて、私に惚れちゃった?』
シンモは「いや、それはないけど」と、間髪入れずに否定した。あっそ。
『みんなには、まだまだ戦ってもらうから。そのためにも、今は大人しく水母の治療を受けて頂戴。いいわね』
「それは・・・確かにそうだな。分かった。けど、無理だけはするなよ」
私は「はんっ!」と鼻を鳴らそうとして、「ブヒッ」と鼻を鳴らした。
『無理するなって? 今生で今まで無理をしてなかったら、とっくの昔にディナーの食材になってるっての!』
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法をかけると、土塁の向こうに飛び出したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
敵の右翼では、副官のカルーセが眉間に皺を寄せていた。
先程の突撃で、味方の兵は亜人達の守る土塁に取り付いた。
敵の抵抗は弱く、制圧するのも時間の問題かと思われた。
しかし突然、兵士を乗せたままの梯子が宙に浮かび上がり、彼らの上に落下したのである。
梯子はバラバラに砕け、掴まっていた兵士は即死した。
運悪く梯子の下敷きになった者達も重傷を負った。
それだけではない。今まで土塁に取り付いていた兵士達も、亜人達の反撃にあって、転がり落ちて来たのである。
突然の異常事態に、兵は浮足立った。
敵陣で一体何が起きたのか?
彼らはすぐにその答えを知る事になった。
「うわああああっ! た、助けてくれ!」
「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」
この悲鳴を聞いただけで、前線の兵士達は大きく退いた。
この一ヶ月に及ぶ戦いの中で、魔獣の悪名は兵士達の間に恐怖の代名詞として、深く心に刻み込まれていたのである。
副官カルーセは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「・・・むう。俺達の部隊が貧乏くじを引いたという訳か」
魔獣は複数の魔法を使う事が確認されている。タチの悪い事に、そのどれもが、人間を死に至らしめる強力な魔法ときている。
”五つ刃”、”不死の”ロビーダは、魔獣に対しては絶対に一人では当たらないように、と厳命していた。
「必ず周囲を取り囲み、集団で当たれ。こちらからは守って手を出さず、可能な限り相手に魔法を無駄撃ちさせて、疲れて弱った所を仕留めるのだ」
言うのは簡単だが、実際に実行するためには犠牲を必要とする厳しい作戦である。
カルーセが、思わず”貧乏くじ”とこぼしてしまったのも仕方がないだろう。
「・・・だからと言って、他に良い方法も無いか」
副官カルーセは、良く言えば生真面目で極めて堅実。悪く言えば頭が固く、奇をてらった策や慣れない戦い方を不得意としていた。
そんな彼にとって、このメラサニ山での戦いは完全な苦手分野――まるで悪夢そのものであった。
彼は”不死の”ロビーダの指示に従って、部下に指示を出そうとした。
しかし、事態は彼の予想を超えて急展開した。
魔獣が堀を飛び越え、単身でこちらに攻め込んで来たのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私はひとっ飛びで堀を越えると、敵軍に切り込んだ。
「ま、魔獣だ!」
「く、来るな! 来るなあああ!」
「気を付けろ! 何かを引きずっているぞ!」
悲鳴を上げて後ずさる兵士達。
そっちから攻めて来ておいて、来るな、はないんじゃなかろうか?
そして、何を引きずっているかって? よろしい。ご期待に応えてお見せしましょう。
コイツは私の新兵器。こんな状況にぴったりの、とっておきの”ロマン武器”なのだ。
『くらえ! 流星鎚!』
私の詠唱(?)と共に、ソフトボール大の塊が、うなりを上げて私の周囲を旋回した。
「な、何だこれは――うわああああっ!」
「ぎゃああああっ! 俺の顔が!」
私が駆け抜けた後には、切り裂かれ、血を噴き出す兵士達が残された。
どうよ、この威力。血まみれの名は伊達ではないのだ。
鞭剣という武器を知っているだろうか?
”蛇腹剣”とも”連接剣”とも呼ばれる武器で、通常は剣の形をしているが、戦いの中で自在に刃の部分を分割、鞭のように振って戦う事も出来るというイカした架空武器である。
架空武器。そう。鞭剣は実際には存在しない、創作物の中でのみ存在する武器なのだ。
しかし、そのケレン味溢れるデザインが、多くの視聴者の(中二)心を惹き付けるのか、この剣は登場以来、数多くのアニメや漫画で活躍して来た。
そう。鞭剣とは、あくまでもファンタジーの中だけの”ロマン武器”なのである。
さて。折角、こうして剣と魔法のファンタジー世界に転生したのだ。だったらロマンを――現実には存在しない武器を――追求しない手はない。
私の中の封印されしエ〇ゾディアが疼いたのも仕方のない話だろう。
私は水母の全面協力の下、鞭剣の実現というドリームプロジェクトに着手した。
しかし、素人の私には新兵器の開発は荷が重すぎた。
結局、完成したのは、バラバラにした剣の刃を紐で繋いだだけの、何とも言えない不細工なシロモノでしかなかった。
『用途不明』
『いや、ちゃうねん。私が思っていたのはもっとこう・・・いやホント、なんでこうなったし』
せっかく水母に協力して貰ったし、コイツを作るのに、数少ない貴重な剣を何本も犠牲にしている。
今更、無かった事には出来ない。というか、そんな事をしたら、クロカンの隊員達からどんなイヤミを言われるか分かったもんじゃない。
『――出来ちゃったモンは仕方がないでしょ。今からコイツの有効活用の方法を見つけるわよ』
『呆れ顔』
こうして完成したのが、この流星鎚の魔法なのだ。
流星鎚は、何かを指定し、私の周囲を一定の距離で飛び回らせる、という効果を持つ魔法である。
元々は自分の守りのため、有名ロボットアニメの〇ィン〇ァンネルみたいな物が、魔法で再現出来ないかと考えて作り出したものだった。
理想としては、盾状の物が私の周囲をクルクルと回り、敵の攻撃に合わせて自動で受け止める・・・みたいな形にしたかったのだが、さすがにそいつは理想が高すぎた。
自動でクルクル回る所まではどうにか再現出来たが、それ以上はどこにどう手を付ければ良いのかも分からなくなり、残念ながら開発はストップしていたのである。
今回私は、死蔵していたこの魔法を引っ張り出して、再利用してみたのだ。
ソフトボール大の木の球に、出来損ないの鞭剣を繋ぎ、流星鎚の魔法でグルグルと振り回してみると、あら不思議。
触れる者全てを切り裂く凶悪な武器の完成である。
問題点としては、鞭剣部分は完全に私のコントロール外。ブンブンと振り回しているだけなので、周囲に味方がいる場所では危なくて使えない。
完全に単独行動時専用の、用途限定武器なのだ。
『どけどけ! 私に近寄るとケガするぜ! なんぴとたりとも私の前には立たせねぇ!』
私は流星鎚の刃を振り回しながら、敵軍の中を駆け抜けた。
敵兵は面白いくらいに慌てふためいて逃げて行く。
なんだろう。自分が項羽や呂布にでもなった気分?
流星鎚って、ガチでチート武器なんじゃね?
私はなんという恐ろしい兵器を生み出してしまったのだろうか。
気分アゲアゲなんですけど。脳内に幸せホルモン、どっぱどっぱって感じ。
私、この魔法で天下を取れそうな気がする。
今日から私は富士山だ!
その時、私の頭上を黒い塊が飛び越していくと、敵の後方にバラバラと欠片を降らせた。
どうやら第八分隊のハッシが投石機の修理を終え、攻撃を再開したようだ。
ちっ。折角、良い気分に浸っていたのに水を差しおって。
――と、いかん、いかん。
私はハッと我に返った。
いつの間にか調子に乗ってた。こんな風に浮かれて、ロクな目に遭ったためしがない。
それに、ここにいるのは一般兵だけみたいだが、もしここに例の手強いヤツが――黒ずくめの忍者指揮官が――いたら、調子に乗った私の隙を見逃さなかったに違いない。
致命的な失敗をしでかす前に気付いて良かった。
敵を混乱させ、攻撃を鈍らせるという目的は十分に達成したのだ。ここは引き下がるのが得策だろう。
私は踵を返そうとして――ムッ。
何やら立派な鎧を着た敵を発見した。
行き掛けの駄賃だ。最後にヤツの命だけは頂いて行く。
『EX最も危険な銃弾!』
パーン!
大きな破裂音と共に、立派な鎧を着た敵の上半身が吹っ飛んだ。
おおう。相変わらずのゴア表現だのう。家庭用ゲームならCERO・Z間違いなしである。日本版にだけ規制のかかった、いわゆる「おま国仕様」もあり得るか。
周囲の兵士達が悲鳴を上げながら腰を抜かしている。
「ブ、ブラッコリィ様!」
「だ、誰か! 本陣に、コロセオ様に連絡を! カルーセ・ブラッコリィ様が魔獣に殺された!」
ほうほう。あの慌てふためく様子。やはりアイツは敵の高級将校だったみたいだ。こいつはいい手土産になったわい。
私は今度こそ身を翻すと、意気揚々と――少しだけ心の中で呂布を引きずりながら――仲間の下へと引き上げたのだった。
次回「メス豚、挑戦される」




