その201 メス豚と防衛戦
旧亜人村防衛戦。
この一ヶ月もの間、村人総出でコツコツと続けて来た要塞化工事。その成果は伊達じゃない。
深い堀に高い土塁。物見やぐらに防衛用の投石機。
いかに敵が大軍をもって攻めて来ようと、そう簡単に落とされてたまるものかよ!
【こ、こちら左翼シンモ隊! 手が足りない! 敵に突破されそうだ! 至急応援を頼む!】
・・・ああうん。やっぱり数の力って偉大だよね。
私は背中のピンククラゲに声をかけた。
『水母! 第一分隊と第二分隊に連絡! 二人共聞こえてる?! 私はしばらく持ち場を離れるから、この場所のフォローをよろしく!』
水母はフルフルと震えながら私の声を伝えている。・・・実際はほんの数秒のラグのはずなんだけど、なんかじれったいな。
おっと、返事が来た。
【こちら第一分隊カルネ。了解】
【第二分隊トトノ、任せとけ】
よし! 頼んだ!
『EX最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
「ギャアアアア!」
私は置き土産とばかりに敵に魔法をぶち込むと、ヒラリ。『風の鎧!』。身体強化の魔法を使って、左翼の味方の救助に向かったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子達にとって左翼。敵にとって右翼を指揮しているのは、落ち着いた物腰の顔にキズのある男。
若い騎士が多い親衛隊の中では、”五つ刃””一瞬”マレンギとほぼ同年代にあたる。
代々コロセオ家に仕えるブラッコリィ家の騎士で、名前はカルーセ。
”五つ刃”、”双極星”ペローナ・コロセオの副官である。
指揮官コロセオの副官が直々に率いているのだ。右翼の士気が他よりも高くなるのも当然であった。
「厄介な投石機は静かになったか」
副官カルーセはボソリと呟いた。日頃から無表情なので分かり辛いが、これでもホッとしているのである。
彼の部下達は、カルーセが取り乱したり怒鳴ったりした所を見た事が無かった。
マニスの孫、ハッシが作った投石機は、元の設計が優れていたのか、製作したハッシの工作技術が優れていたのか、結構な精度と連射力を誇り、攻撃側の兵に少なくないダメージを負わせていた。
その投石機からの投石が、つい先ほどからめっきり飛んで来なくなったのである。
どこか破損したのか、他の場所に移動したのか。
どちらにしろ、厄介な飛び道具の無い今が、攻撃のチャンスである事は間違いない。
カルーセの判断は早かった。
「弓兵に合図を送れ。一斉射だ」
「しかし、先程の攻撃でかなりの矢が使用されました。ここで一斉射を行えば、手持ちの矢を全て打ち尽くす事になってしてしまいます」
「構わん。矢を撃ち尽くした者から、槍を持たせて突撃させろ」
「はっ!」
角笛の合図と共に、弓兵が一斉に矢を放った。
低い位置から高い位置を狙うため威力は落ちるが、とにかく数が多い。
亜人達は慌てて土塁の向こうに身を隠した。
「よし、今だ! 突撃! 盾を持った兵は梯子を守れ!」
「ワアアアアアアアアア!!」
兵士達は一斉に堀から飛び出すと土塁に取り付いた。
その勢いに亜人達が浮足立つ。
丸顔の亜人が手に握り込んだ何かに向かって叫んだ。
「こ、こちら左翼シンモ隊! 手が足りない! 敵に突破されそうだ! 至急応援を頼む!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
村の中を走る私は、手持ち無沙汰な様子で佇む集団を見つけた。
あれは・・・誰だっけ?
いや、顔は覚えているんだぞ。確か第八分隊の隊員達だ。
第八分隊の分隊長は、水母のライブラリにあった投石機を作った青年だ。名前は、ええと・・・そうそう、ハッシ。
何でも村の職人のマニスお婆ちゃんの孫なんだとか。血は争えんな、とか思った記憶がある。
件の投石機はバラバラで、彼らは困った顔でその周りに立ち尽くしていた。
一体、何があったんだ?
『みんな何やってるの?! 今は戦闘中よ! その投石機はどうしちゃったの?!』
「クロ子! す、すまん! 投石機が壊れちまったんだ!」
彼らの話によると、投石機は連続使用による負荷に耐え兼ねて、故障してしまったんだそうだ。
現在、左翼が押し込まれているのは、飛び道具の支援が無くなったのが原因かもしれない。
『それでどうなの? あんた達の隊長はどこにいるわけ?』
「ハッシならここにはいない。見てくれ。アームの押さえが割れているだろ? 発射の際の衝撃がこの部分に集中してしまったせいで壊れちまったらしい。今、ハッシが替えの部品を作っている所だ。簡単な構造だから時間はかからないそうだ」
なる程。構造上の不具合というヤツか。初期ロットにありがちな話だな。
そもそも、初期ロットに限らず、道具は使っていればそのうち壊れる。当たり前だ。
これは予備のパーツをストックさせておかなかった私のミスだ。
いや。流石にそこまでの余裕は無かったか。予備のパーツを作るくらいなら、もう一台組み上げて戦力を増やす方を選んだだろうし。
やはり、国力とはイコール、戦力だ。戦争ってのは、ホント、人手も金もない貧乏人なんかがやるもんじゃないね。
私はその場を去ろうとして、ハタと立ち止まった。
『そうだ。投石機はもう一つあったよね?』
「ああ。第七分隊のハリィが使ってる。あっちも同じ作りだから、同じ部分がヤバイらしい。ハッシはコイツの修理が終わり次第、予備の部品作りにかかると言っていた」
さすがはマニスお婆ちゃんの孫。私が思い付くような問題には既に気付いていたか。
『そう。よろしくね』
私は一人で戦っている訳じゃない。私が気付かない部分はこうやって仲間がフォローしてくれている。
私は自分の至らなさと、仲間の頼もしさを強く感じていた。
私が第五分隊の守る左翼に到着した時、部隊は崩壊ギリギリまで押し込まれていた。
数か所に梯子がかけられ、敵が次々と土塁の上に登って来ている。
このまま敵に橋頭保を確保されたらマズイ。
『最大打撃!』
極み化させているような余裕は無い。私はとりあえず目の前の梯子に最大打撃の魔法をかけた。
最大打撃は物を宙に浮かせる現象に特化した魔法である。
今回の防衛戦でも、丸太の罠の設置に、大きな石の撤去にと、主に土木作業の面で大活躍してくれた。
やたらと長い梯子が、十人程の兵士をぶら下げたまま空に登って行く。
おお、大量じゃわい。
「う、浮いてるっ! 何だ?! 何が起こっているんだ?!」
「なっ?! 魔獣だと?! お、俺達をどうするつもりだ?! 梯子を放せ!」
ほうほう、放せとな。いいだろう。
ほれ、ポイっとな。
「ぎゃあああああああ」
私にポイされた梯子は、掴まっていた兵士達と一緒に堀の中に落ちて行った。
あの高さから落ちたんだ。当然、梯子は二度と使い物にならない。
一緒に落ちた兵士達はどうなったかって? 気の毒な事になったんじゃないかな?
私の姿に、土塁の上の敵兵達はすっかり浮足立った。
「ま、魔獣だ! 魔獣が来たぞ!」
「くそっ! 何で俺達の所に!」
そんな化け物を見るような目で見ないでくれないか。こんなにキュートな子豚ちゃんなんだぞ。あ、食材を見るような目もお断りなんで。
敵が戦意を喪失するのと入れ替わるように、クロカンの隊員達は息を吹き返した。
「今だ! 人間達を追い落とせ!」
「うおおおおおっ!」
丸顔の亜人――第五分隊の隊長、名前は確か・・・そうそう、シンモだ。シンモの声で隊員達が一丸となって敵兵に襲い掛かった。
おっと、ぼんやり見ている場合じゃなかったわい。
『最も危険な銃弾! 最も危険な銃弾! も一つ、最も危険な銃弾!』
「ぎゃああああっ!」
「だ、ダメだ! 逃げろ!」
混戦の中、敵と味方が入り乱れ過ぎて、単発の魔法しか使えないのが少々歯がゆい。
私達の攻撃を受けて、敵兵はバラバラと土塁の向こうに転がり落ちて行く。
おやおや、梯子をお忘れだよ。
『EX最大打撃!』
極み化された魔法によって、敵の梯子がまとめて宙に浮かんだ。
逃げ遅れた何人かが、必死の形相で梯子にしがみついている。おやまあ、ご愁傷様。
私は、どうせ捨てるならと、敵が固まっている場所に落下させた。
「うぎゃあああああああっ!!」
一言で梯子と言っても、十メートルもの巨大な梯子だ。
そんな質量がビルの屋上程の高さから落ちて来るのだ。まともに当たれば無事には済まない。
戦場のあちこちで悲鳴が上がり、敵の勢いがやや落ち込んだ。
丸顔の亜人、分隊長のシンモが私に礼を言った。
「すまないクロ子。助かったよ」
『いいって。みんな大丈――夫』
シンモは地面に赤い染みを作る程、腕から血を流していた。
彼だけじゃない。第五分隊は全員が体のどこかしらから血を流し――そして四人が倒れたままでピクリとも動かない。
彼ら四人は既にこと切れていた。
次回「メス豚とロマン武器」




