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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
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その196 ~闇の中~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ”ハマス”オルエンドロ軍の”五つ刃”、”双極星”ペローナ・コロセオが率いる仇討ち隊。

 彼らは宿敵、女王クロコパトラを討ち取るべく、女王の隠れ住むメラサニ山へとやって来た。

 しかし、その初日は誰も予想だにしない結果に終わった。

 彼らは亜人の仕掛けた卑怯な罠に翻弄され、敵軍の影すら発見出来なかったのだ。


 秋の日はつるべ落とし。兵士達が夕方の食事を終える頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 陣地内にポツポツとかがり火が焚かれる中、ここ、本陣のテントでは、二人の”五つ刃”が今後の方針の見直しを迫られていた。


 陰気な黒ずくめの男――”不死の”ロビーダは、あっさりと言い放った。


「敵の作戦は大体分かった。遅滞戦術だ」

「ちっ。クソ面倒な手で来やがって」


 苛立たしげに吐き捨てるコロセオ。しかし、ロビーダは、敵の作戦は理にかなっていると思っていた。

 こちらは大軍であちらは寡兵。そして彼らの本拠地はこの険しいメラサニ山にあるのだ。

 まともにやって勝てないなら、攪乱作戦を取るのが当たり前。敵は戦力不足を地の利で補ったのである。


 しかし、それをコロセオに語った所で、本質的には理解しては貰えないだろう。

 ”ハマス”オルエンドロ軍は家柄の高い――つまりは誇り高い将兵が多い。

 実はコロセオは名家の生まれだった。

 彼らは弱者の戦い方や、汚い戦い方を、(いや)しいものとして忌避する傾向が強かった。


 しかし、出自の卑しいロビーダにとってみれば、そんなものはバカげたプライドでしかない。

 戦いは勝たなければ意味はない。キレイだの汚いだのは勝って生き残った上での話なのだ。


 コロセオは不機嫌そうにロビーダに尋ねた。


「・・・それで”不死の”。どうすればいい?」


 コロセオは自分がこういった戦いを苦手とする事も、ロビーダが得意とする事も知っている。

 彼は必要とあれば、素直に他人の意見を聞くだけの柔軟性も持っていた。”双極星”は、決して勢いだけのイノシシ武者ではないのだ。


「敵の弱みを突く」


 敵は数が少ない。これは最初から分かっていた事だが、よもや一戦すら出来ない程とは思ってもいなかった。


「おそらく、亜人の数は最大に見積もっても千人に届かないのではないかと思う。その半分は女。そのまた半分は戦えない老人子供と考えれば、戦える者の数は最大でも二百五十といった所か」

「女王クロコパトラという例もあるぞ。魔法が使えるなら、亜人は女も戦うかもしれんだろうが」

「だとしても、兵の数は三百は超えないはずだ。もし、敵にそれ以上の戦力があるのなら、今日、俺達が罠にかかった所で間違いなく攻撃を仕掛けているだろうからな」

「・・・ふん。そりゃそうか」


 ロビーダは敵兵の数は多くて三百。実際は百程度ではないかと考えていた。

 コロセオにとっては信じ難い話だ。彼は戦場で女王クロコパトラの魔法を見ている。

 あれ程の力を持つ支配者に率いられる集団が、そこらの小さな村程度の規模とは思えなかったのだ。

 しかしコロセオは、今は自分の感覚よりも、ロビーダの見立ての方を信じる事にした。


 ロビーダは無表情に続けた。


「敵の数は少ない。ならば今日のような大掛かりな罠は、もうほとんど残っていないと見てもいいだろう」


 重機の無いこの世界では、罠を作るのも全て人の手で行わなければならない。

 神殿の柱に使われるような巨大な丸太を使った罠や、広範囲の落とし穴は、そう簡単に作れるものではないのだ。


「今日、俺達は敵にいいようにしてやられてしまった。だが、逆に言えば敵にとって貴重な罠を二つも使わせたとも言える」

「なるほど。ケガ人こそ多く出たが、死者は少なかった。つまり俺達は、ヤツらの仕掛けた罠を空打ちさせてやったって訳だ」


 光明が見えた事でコロセオの顔から苛立ちが消え、頭が回転し始めたようだ。「ならば――」彼は続けた。


「ならば、ヤツらの弱みを突くというのは、俺達の強みを生かすという事。――お前の考えが読めたぜ。人海戦術だな」


 ロビーダは小さく頷いた。


「そうだ。亜人の村まで道を作る」




 ロビーダの提案した策。それは森を切り開き、敵の村まで道を通すという大胆なものだった。

 この戦いは亜人の村の討伐などという甘いものではない。山城に立てこもった敵軍を相手にするつもりで行け、と言ったのだ。

 コロセオはロビーダの提案を受け入れ、気持ちを切り替えて戦いにのぞむ事にした。


 夜が明けて翌日。早速、コロセオはロビーダの作戦を実行した。

 兵士達には武器と装備に代わって、斧や鎌、円匙(スコップ)を手にするように指示した。

 その数、約千人。

 残りの兵士達は彼らに先行して周囲の警戒を行わせた。

 そちらの指揮官はロビーダ。

 亜人の罠が待ち構えている事が予想される、危険な任務である。


「また野犬が吠えてるぜ」


 工兵の誰かがポツリと呟いた。


「いいから手を貸せ。この木を切っちまうぞ」


 流石に大きな木までは手を出せないが、小さな木や視界を遮る藪は切り払われた。

 千人もの健康な成人男性の作業量は大きく、みるみるうちに周囲は開けて行った。

 警戒していた敵の襲撃が無かった事もあって、作業は順調に進んだ。


 しかし、彼らは手元の作業に集中するあまり、自分達の上空を半透明の小さな塊が飛んでいる事に気が付かなかった。

 半透明の塊――前文明の対人インターフェイスは、十分に情報(データ)を収集すると、フヨフヨと山の中へと去って行ったのだった




 順調な作業班に対し、周囲を警戒しながら先行している偵察班は、思わぬ光景に足を止めていた。


「・・・これは」


 指揮官の黒ずくめの男――”不死の”ロビーダは、日頃はあまり見せない戸惑いの表情を浮かべていた。

 彼の視線の先には何も無かった。

 そう。あるべき物が何も無かったのである。


「あれだけあった丸太はどこに消えた?」


 昨日、彼らを襲った亜人達が仕掛けた罠。十数本にも及ぶ丸太は、放置されたままになっているはずである。

 場所の間違いはあり得ない。辺りにはしっかりと破壊の痕跡が残っているからだ。

 ならば丸太はどこに消えたのか? 仮に誰かが片付けたとして、彼らですら手を出せなかったあの大量の丸太を、たった一晩で片付ける事など出来るのだろうか?


 そう考えた時。ロビーダはハッと息を呑んだ。

 ”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロが戦死したあの戦い。亜人の女王クロコパトラは何をしただろうか――


「しまった! 下がれ! ここには(・・・・)敵の罠が(・・・・)仕掛け(・・・)られて(・・・)いるぞ(・・・)!」


 ロビーダが叫んだ途端。ドドドドドド・・・腹に響く低い音が伝わって来た。


「なっ?! なんだこの音は?!」

「ちっ!」


 ロビーダはうろたえる兵士達に背を向けると、一目散に斜面を駆け出した。

 音の原因はその直後にやって来た。


「丸太だ! 大量の丸太が転がって来る!」

「に、逃げろ!」

「うわああああっ!」


 ドドドドドド


 兵士達の悲鳴は大量の丸太に飲み込まれた。

 間一髪。ロビーダはギリギリで安全圏に逃れると、悔しさに大きく顔を歪めた。


「やられた! なぜ俺は気付かなかった! マヌケにも程があるだろう! 女王クロコパトラはあれだけの大岩を、同時に十個も宙に浮かせてみせたのだ。ならば巨大な丸太も同じように浮かせられると気付くべきだったのだ!

 何が敵の貴重な罠だ! バカめ! 女王クロコパトラはその気になれば、いくらでも同規模の罠を仕掛ける事が出来るのだ!」


 口に出しても信じられない話だが、実際に目の前で起こっている。

 ロビーダは聡明であるが故に、自分の洞察力に――常識に足を引っ張られてしまったのだ。

 彼らが相手にしているのは、魔法という規格外の力を持つ者。その事実を失念していたのである。

 いや、彼を責めるのは酷というものだろう。

 ”ハマス”オルエンドロ軍にあれ程の被害を与えた大魔法。そんな魔法を攻撃用の武器では無く、土木工事に使ったと考える方が常識外れなのだ。


 丸太は昨日と同じような場所で動きを止めた。

 後には数多くの負傷した兵士が残された。

 あちこちから兵士の悲鳴とうめき声が聞こえる。

 ロビーダは目の前の惨状に声も出なかった。

 かつては奴隷として、後には兵士、今は親衛隊として、数々の戦場に参加したロビーダの肌感覚。

 戦いの中で研ぎ澄まされた直感が、この場の空気に負け戦の持つ独特の気配を感じ取っていたのである。


(マズイ。この戦いには俺の経験が――いや、俺達の常識が通じない。このままでは”古今独歩”ボルティーノ様の仇討ち隊三千。枕を並べて討ち死にの可能性すら有り得る)


 まるで闇を湛えた、底の見えない大穴を覗き込んでいるような恐怖感。

 何か得体の知れない存在に絡み取られているような不安感。

 逃げ場のない袋小路に追い詰められたような閉塞感。


 ロビーダは不意に、捕虜の騎士の言葉を思い出した。


 ――兵士達の間では、魔獣は冥府神ザイードラの使徒ではないかと噂されています――


(もしも魔獣が冥府神の使いなら、その魔獣を使役する女王クロコパトラは、冥府神ザイードラそのものになるのではないだろうか)


 ロビーダは自分の不吉な思い付きに、無意識のうちにゴクリと息を呑んだのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ロビーダの不安は的中する事になる。

 日を追うごとにクロ子達の妨害は激しさを増し、工事は何度も中断させられる事となった。


 しかし、一度こう(・・)と決めた時の指揮官のコロセオの決断にブレはなかった。

 数多くのケガ人を出しつつも、彼は工事を諦めなかった。

 道路はゆっくりと、しかし着実に山の奥へと伸びて行った。


 こうして工事開始から約一ヶ月後。

 彼らは遂に、亜人の村をその視界に収める場所にまで進出するのだった。

次回「混迷する”ハマス”オルエンドロ軍」

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