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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
194/518

その192 メス豚と第二の罠

 私はクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達を連れて、次の罠を仕掛けた場所へと移動していた。

 そこでは旧亜人村からやって来たオジサン達が、まだ作業をしていた。


「ようクロ子。どうしたんだ? もう敵をやっつけたのか?」


 のんきにこちらに手を振るオジサン達。

 副官のウンタが私に代わって彼らの言葉に答えた。


「いや。敵は予想外の大軍で押し寄せて来た。丸太の罠で被害を与えたが、倒してまではいない。もうじきここにやって来るだろう」

「な、なんだって?!」


 青ざめて浮足立つオジサン達。


『大丈夫。ここの罠が上手くいけば、きっと撃退出来るから』


 私は慌てて彼らをなだめた。何の根拠もない安請け合いだが、戦いは始まったばかりだ。

 ここで亜人達に動揺が広がるのはマズイ。ウソだろうがハッタリだろうが、口先ひとつで落ち着いて貰えるなら、いくらでも安請け合いするというものだ。


『でも危険だからみんなは村に戻っていて。残ってコッソリ覗き見したりしちゃ絶対にダメだからね』

「そ、そんな事するはずないし」


 明らかにうろたえるオジサン達。その反応。さてはマジでやるつもりだったな。

 ウンタが彼らをジト目で睨んだ。


「ハリィ小隊のみんなは、彼らを村まで送り届けてやってくれ。その後は連絡があるまで村で待機。さあ、叔父さん。大人しく村に戻ってくれ」


 どうやらこのお調子者のオジサンは、ウンタの叔父さんだったようだ。

 とはいえ、別に意外でもなんでもないか。亜人村は小さな村だからな。結構な割合で何かしら親戚関係があるんだろう。

 前世で都会っ子だった私としては、「何だか面倒臭そう」としか思えないけど。

 叔父さんはバツが悪そうにしながら、仲間達と一緒に去って行った。

 ウンタは叔父さんを見届けると私に振り返った。


「それでどうする? クロ子」

『そうね。今回は私がやるわ。みんなはそれを見て次からの参考にして頂戴』


 隊員達の視線が私に集まる。

 ううっ。自分でハードルを上げてしまった感じ。

 こういう優等生的な発言は私のキャラじゃないんだが・・・

 けど、今回の戦いは最初からクライマックス。いきなり総攻撃開始のハードモードで防衛戦がスタートしている。

 だから一つのミスも許されない。

 別に隊員達を信用していない訳じゃないけど――いや、やっぱり信用しきれていないのか。

 魔法に関しては私の方が専門(エキスパート)だ。自分でやった方が確実。そういった驕りがあることは否めない。

 何だろう。何だかイヤなヤツだな。私は。


「どうしたクロ子?」

『・・・何でもない。緊張してちょっとナーバスになっただけ。あれよ。マリッジブルーみたいな感じ?』

「いや、何を言っているのかさっぱり分からんのだが」


 そりゃそうだろ。言った本人にも分からないんだから。

 戦いの前に迷いは禁物。私の判断は間違っていないはず。今はそう信じよう。




 そのまま待機する事、約二時間。

 だんだんと待つ事に疲れを感じて来た頃、見張りに残して来た魔法使いハリィ達がやって来た。


「来るぞ。敵が進軍を再開した」


 どうやら敵は一旦安全な後方まで下がって休憩を取っていたようだ。

 くそっ。それを知ってれば私もゆっくり休んでいたのに。

 人間は長時間の緊張を維持出来ない。必要のない時に警戒していても、無意味などころかマイナスですらある。

 神経が疲れていては、本当に必要な時に100%のパフォーマンスを発揮出来ないからだ。

 次からは気を付けるようにしよう。

 こういった細かなノウハウは、自分で経験しないと気付かないもんだな。


 私は頑張って集中力を高めながら、事前に決めていた配置についた。

 そこから更に待つ事三十分。

 ザワザワという物音が遠くから近付いて来た。

 敵の主力部隊がやって来たのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ”双極星”コロセオの率いる主力部隊は、一度、安全な後方に下がって休憩を取っていた。

 コロセオは焦る気持ちを抑えながら、兵士に休憩とケガの治療を命じた。

 重傷者や、ケガを負って行軍に耐えられない者は後方に下げたとはいえ、予想外にケガをした兵士は多かった。

 すぐにでも出発したい気持ちは山々だが、戦いは始まったばかりだ。今はまだ無理をするような状況ではない。


 コロセオはたっぷり休憩時間を取ると、行軍の再開を命じた。


 行軍を開始してすぐに、先程の被害現場に到着した。

 副官がコロセオに尋ねた。


「片付けて行きますか?」

「・・・いや。時間が惜しい。迂回して進む」


 副官の懸念も分かる。退路の確保は軍事の基本だからだ。

 もしも敵に敗れ、後退しなければならなくなった時、この丸太は邪魔になる。

 亜人ごときとの戦いで、こちらが不利になる状況は考え辛いが、安全な退路が確保されていないというのは、いざという時の不安要素となる。


 しかしコロセオは丸太を撤去するための時間を惜しんだ。

 それに、片付けなければならないのは巨大な丸太が十数本。しかも現場は足場の悪い山の斜面である。

 もしも作業中に不慮の事故でも起きれば、今日の行軍は中止にしなければならなくなるだろう。


「今日はこのまま進むが、明日以降はこのルートは使わない。多くの兵士が歩く事で斜面がくずれて、丸太が転がり出すかもしれんからな」


 捕虜の知っていたルートは、今進んでいるこの場所だけだったが、コロセオは本隊とは別に二つの隊を作り、別ルートで亜人の村に向かわせている。

 彼らが大軍でも通れるルートを見つけていれば、明日以降はそちらを使えばいいのである。

 とはいえ、こうなって来ると、別ルートを行く別動隊の様子も気になる所だ。

 彼らは果たして無事に進めているだろうか?

 しかし、流石に山の中では連絡を取り合う方法が無い。

 そもそも、移動中の部隊がどこにいるのかは誰にも分からないし、仮にそんな状況で伝令を出した所で、味方を見つけられずに山で遭難してしまうのがオチだろう。


 それから一時間。敵の姿はどこにも無く、平和な登山が続いた。

 心配されていた敵の罠も、今の所見当たらなかった。


(やはりさっきの丸太が、ヤツらの仕掛けた最大の罠だったか)


 この世界ではまだ内燃機関は発明されていない。土木作業用の重機などは存在しないのだ。

 よって、土木工事は全て人力で行わなければならない。つまりは人海戦術が基本となる。

 普通に考えれば、亜人は村人だけであれほどの規模の罠を作ったのだ。他の罠を作れるだけの余力があるとは思えない。

 あれは亜人達が作った乾坤一擲の罠だった。そう考えるのが妥当だろう。


「その罠ですら、俺達に深手を負わせる事は出来なかった訳だがな」

「は? 何か?」


 コロセオは「何でもない」と口をつぐんだ。

 慣れない山歩きに、さしもの彼も無駄口を叩くのが面倒だったのである。


 いや? 違う。


 いつの間にか行軍のペースが上がり、そのせいで疲労を感じるようになっていたのである。

 そういえば地面から下生えが消え、まるで道のように平らで歩きやすくなっているが、そのせいだろうか? 


 隊の中ほどを歩くコロセオには分からなかった。

 実は先頭を行く者達は、地面に亜人の物と思われる複数の足跡を見付けていた。

 先程クロ子が出会った、副官ウンタの叔父が、仲間達と一緒に歩き回った時に残った足跡である。

 兵士達はその足跡を追って歩みを速めた。そのため行軍の速度が上がっていたのだ。


 そしてそれは何の前触れもなく、突然起きた。

 その兵士は足を踏み出した先――踏みしめるべき地面が消え失せたように感じていた。

 一瞬の浮遊感の後に、彼の体は土にまみれながら落下していた。湿った土の匂いがツンと鼻を突く。


 ドスン!


「痛っ! ぐああああっ!」


 落差にして二メートル程だろうか? 衝撃はすぐにやって来た。

 着地の衝撃で彼は倒れ込み、地面に転がった尖った石が手のひらの皮膚を破り、肉に食い込んだ。


「ゴホッ! ゴホッ! 何だコレ!」

「足が! 足が折れた!」

「ぐっ・・・腕が動かない。肩が抜けたみたいだ」

「痛てえ! 一体何があった?!」


 どうやら被害に遭ったのは彼だけでは無かったようだ。

 周囲で仲間達の悲鳴が上がっている。

 彼らは恐怖と痛みに激しく混乱していた。




 この場にいる者達の中で、一番この事態を冷静に見ていたのは、木の上に隠れている”五つ刃”、”不死の”ロビーダではないだろうか?

 彼は突然、兵士達が地面にポッカリ開いた大きな穴に落下したのを見ていた。

 そう。彼らはクロ子の作った落とし穴に落ちたのだ。


 落とし穴として考えれば、驚く程の規模(スケール)である。

 穴の大きさは、大体縦二十五メートル、横十五メートル。上から見れば良く分かるが、穴というよりもただの窪みである。

 おそらくは自然の窪みに手を加えて、落とし穴のように加工したものだろう。


 クロ子の後をつけて来た彼は、クロ子達が何かを狙っているのを察した。

 そう。彼はクロ子達がここに罠を仕掛けた事を知っていたのである。

 しかし彼はそれをあえて仲間に知らせずに、ジッと息をひそめて隠れ続けていた。

 確かに、ここに罠があることを仲間に知らせ、迂回するように指示していれば、今回の被害は防げただろう。

 しかし、それでは敵が何を狙っていたのかが――敵の仕掛けた罠がどういったものだったのかが――分からない。


 そう。ロビーダは敵の手の内を読むために、ただそれだけのために、仲間に被害が出る事を知りながら誰にも知らせなかったのである。


 最終的な勝利のためになら、眉一筋動かさずに仲間を犠牲にする冷酷さ。理屈では分かっていても、そう簡単に出来る事ではない。

 そして、この慎重さと非情さこそが、彼がどんな絶望的な死地からも生還し、例え殺しても死なない男――”不死”と呼ばれるまでになった所以でもある。


 不死のロビーダ。

 敵だけではなく、味方からも恐れられる男。

 その冷徹な視線は、クロ子達にジッと注がれていた。

次回「メス豚、自分の立場を知る」

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