その189 メス豚とメラサニ山の戦い
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翌日。
空は前日までの秋晴れとは打って変わり、全体的に薄く雲が立ち込めていた。
”五つ刃”、”双極星”コロセオ率いる仇討ち隊は、朝食を終えると共に早速、進軍を開始した。
本来であれば、一日休みを入れて行軍の疲れを取る予定だったが、偵察部隊がやられた事で指揮官の怒りに火が付いてしまったのである。
彼らは複数のルートで山に入った。
その数、約二千五百。
僅か百名程度の留守部隊を残し、ほぼ全軍で出撃した事になる。
ほぼ全軍、とは言ったものの、広大なメラサニ山のどこに潜んでいるのかも分からない亜人の女王クロコパトラを捜すには、三千にも満たない数では明らかに不足している。
しかし、今回、彼らにはガイド役がいた。
イサロ王子軍から大モルト軍に鞍替えした捕虜の青年タウロである。
彼はルベリオ少年の護衛として、何度か亜人の村を訪れていた。
その時、村は無人だったが、押さえておけばキャンプ地として利用出来る。
指揮官のコロセオは、五つ刃の同僚、”不死の”ロビーダと相談して、先ずはその亜人の村を確保する事にした。
しかし彼らの行動は、陣地の遥か上空に浮かぶ半透明の前文明の対人インターフェースによって、完全に筒抜けになっていたのであった。
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山の中に野犬の遠吠えが響き渡る。
短く、長く、短く、長く、そして長く。
お馴染みの”テ連送”――「我、敵を発見す」――である。
全員が所定の配置について待つ事少々。
上空をフヨフヨとピンククラゲが漂って来た。
『水母! ここよ!』
『偵察完了』
水母は地上に降りて来ると触手を伸ばし、早速、地面に何やら描き始めた。
『ちょ、ちょっと待って水母。ウンタ、用意していた紙を持って来て』
「分かった」
我らクロコパトラ歩兵中隊――クロカンの副官ウンタは、荷物の中から丸めた紙を取り出した。
以前、ショタ坊にも披露した事のある、自作の紙モドキである。
ウンタは紙を手にしたまま、困った顔で荷物を探っている。
「おい、誰かインクをしまった場所を知らないか?」
『インク不要』
水母の触手が伸びると、ウンタの手から紙をひったくった。
そのまま紙の上を触手が滑ると、黒い線が引かれて行く。
どうやら触手の先端の温度を上げる事で、火が付かない程度に紙を焦がしているようだ。
なんとも器用なマネを・・・。
流石は前文明の魔法科学が遺したスーパーコンピューターである。
用意された紙モドキに、みるみるうちに周辺の地図と敵軍の動きが描き込まれていく。
ふむふむなる程。敵は三方向から山に入ったと。更に中央の部隊が一番布陣が厚いと。
『――目的地は多分、旧亜人村か。水母の予想していた通りね』
『単純計算の結果』
なにその”世界一腕の立つ殺し屋”みたいなセリフ。そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!
水母は、敵があの陣地跡地を利用するであろう事も、この三つのルートを辿って旧亜人村に向かう可能性が非常に高いであろう事も、前もって予測していた。
彼が言うには、「ここは敵軍にとって土地勘の無い他国である事」「メラサニ山は大軍の移動を妨げる険しい山である事」「相手の方が戦力が圧倒的に上で、あえて奇をてらう必要は全く無い事」等から、他の可能性はほとんどないと判断したそうだ。
敵軍にとって、今回の戦いの一番の難敵はこの山の大自然であって、そこさえクリア出来れば、私達は力押しでどうとでもなるザコに過ぎない、という訳だ。
なんだか悔しい気もするが、実際、この数の差はいかんともしがたいから仕方がない。この悔しさは全力で敵軍にぶつける事にしますわ。ブヒヒッ。
そういったわけで、私達は水母の立てた予想に従って、今日まで準備を進めていたのであった。
私は熱心に木の根元を掘り返しているアホ毛犬を呼んだ。
『コマ! 敵の動きはこちらの予想通り。みんなに”作戦実行”の合図を送って』
「ワンワン! アオーン! ワンワン!」
短く短く、長く、短く短く。
・・―・・
これは有名な”ト連送”。意味は「全軍突撃せよ」。
ちなみに「全軍突撃せよ」とは言ったものの、本当に突撃をする訳じゃない。たかだか百人で突撃した所で鎧袖一触、蹴散らされて終わるだけだ。
だったら突撃言うなって? そりゃまあそうなんだが、こういうのはノリというか勢いが大事じゃね?
「クロ子! 来たぞ!」
おっと。早速、敵軍がやって来たようだ。
水母が掴んだ情報によれば、ここにやって来るのは敵軍の主力。その数、千五百。
敵の約半数がこの場所に投入されている事になる。
対する我々は、クロコパトラ歩兵中隊の四小隊。その数、四十人(プラス私)。
こちらも全八小隊のうち、半数をここに投入している事になる。
・・・同じ半数同士でも桁が二つも違うんだが。
マジで絶望的な戦力差だが、降伏しても許されるかどうかは分からない。最悪、根切りに――皆殺しにされてしまう可能性だってある。
だったら戦う。これは勝ち負けの戦いじゃない。生きるか死ぬかの戦いだ。
全員の緊張が高まる。
いよいよ戦争開始が始まったのだ。
『開始と始まりで意味が被ってる。重言注意』
う、うっさいわ。ちょっと言い間違えただけだし。
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仇討ち隊の指揮官、”双極星”コロセオ率いる主力部隊は、亜人の村へと至る最短ルートを進んでいた。
もし、亜人達が戦う気概を持ち合わせているのであれば、このルート上に防衛線を張っているものと思われる。
そこでコロセオは、本日出撃する部隊を千五百と千の二つに分けた上で、更に千の部隊を五百ずつの二部隊に分け、それぞれ別々のルートで亜人村を目指させていた。
これは仮に本隊が敵に足止めを食らったとしても、迂回部隊がその背後を突くなり、無防備な村に攻め込めるようにとの考えである。
戦力も装備も明確に格下の相手だからと言っても決して驕る事は無く、相手を甘く見たり無駄な隙を見せたりはしない。
コロセオは、どうしても同じ双極星のペローナ・ディンターと比べられ、直情的で単細胞と見られがちだが、そこは五つ刃。
決して勢いやツキだけで勝ち上がって来た猪武者ではないのである。
隊列の先頭を行く黒ずくめの陰気な男が、ふと足を止めた。
この部隊の副官、”不死の”ロビーダである。
不自然に立ち止まったロビーダに、後ろの兵士が不思議そうに尋ねた。
「どうかしましたか? 何か気になる物でもありましたか」
「いや、何でもない。――俺は少しの間、ここを外れる」
「え? でも――」
ロビーダは戸惑う兵士を無視。周囲を見回すと、茂みの中に入って行った。
兵士はその様子を見て、「そうか。用を足しに行ったんだな」と勝手に解釈した。
その時、別の兵士がふと顔を上げて耳を澄ました。
「・・・また犬の遠吠えだ。ここは随分と野犬の多い山なんだな」
「かもな。俺達人間が大勢山に入ったし、それで警戒しているんじゃないか?」
「おい、何かあったのか?!」
先頭が立ち止まった事を不審に思った隊長が、彼らの様子を見に来た。
「あ、いいえ、特に何も」
「そうか。亜人がどこから攻撃してくるか分からん。良く注意して進め」
隊長は彼の職務上、一応は「注意しろ」とは言ったものの、本人も自分の言葉に半信半疑だった。
相手が野蛮な亜人とはいえ、これだけの数の相手に少数で挑んで来るとは思えないし、仮に戦えるだけの数を集めているのなら、それだけの数をこちらが気付かない訳が無い。
彼らは会話を切り上げると再び行軍を開始した。
しかし、その直後、彼らは今度こそ異常を感じて立ち止まる事になった。
「何だ、この音は?」
「上だ! 見ろ! 山が崩れている!」
正確には山が崩れていた訳ではない。巨大な丸太が山の上から、しかも大量に転がり落ちて来たのである。
兵士達は悲鳴を上げて逃げ出した。が、坂を転がり落ちる丸太の速度には到底敵わない。
山が崩れたのではないかと思う程の激しい轟音。そして算を乱して逃げ惑う兵士達。
後列の兵士達は、先頭に何が起きたかも分からないうちに、あっという間に混乱の中に飲み込まれてしまった。
重い装備のまま坂道を駆け下りれば、当然、転倒する者達が続出する。
倒れた仲間につまづいて倒れる者。倒れた兵士を避けようと立ち止まった事で、背後から突き飛ばされて倒れる者。
混乱が混乱を呼ぶ中、大量の丸太が彼らを蹂躙していく。
ドドドドドド・・・・
「うわああああああっ!!」
こうしてメラサニ山の戦いは、クロ子達の奇襲攻撃の成功で幕を開けたのであった。
次回「奇襲攻撃」




