その188 メス豚と開戦前夜
私は猿忍者達を全滅させると、水母達と合流した。
「ワンワン!」
私が木の上から姿を現すと、アホ毛犬コマが興奮して走って来た。
ちょっとコマ。喜んでくれるのはいいけど、あんたの頭の上から、ピンククラゲが転がり落ちてるんだけど?
ブチ犬マサさんが申し訳なさそうに、地面に落ちたピンククラゲに鼻面を摺り付けた。
『スイボ。ウチのコマがすまん』
『・・・問題無し』
水母はフワリと浮き上がると、マサさんの頭の上に乗った。
しかし、いつもとは違う座り心地に、どこか収まりが悪かったのか、落ち着きなくソワソワと動いている。
結局、彼はマサさんの頭を離れると私の方へとやって来た。
水母はいつもそうしているように、私の背中に乗ると、満足そうにフルリと震えた。
マサさんは何も言わなかったが、こっちを見る目はなんだか寂しそうに見えた。
『敵の偵察隊は始末したけど、他にも仲間がいるかもしれない。急いでクロカンの隊員達と合流するわよ』
『でしたら、私達は残ってこの辺を見張っておきます』
「ワンワン!」
今となっては、山のこの辺りは全て私の縄張りだ。いくつかあった野犬の群れは、全てシメて傘下に収めている。
その数およそ80頭。現在、私は彼らを総動員して周辺の偵察に当たらせていた。
敵もまさか野犬が私達の偵察要員とは思わないだろう。どう見たってそこらの山を徘徊しているただの野犬だからな。
そしてコマは勢いだけで何も考えずに吠えたのが丸分かりである。
嬉しそうに振られる尻尾に合わせて、頭のアホ毛が能天気に左右に揺れた。
『ならお願い。無理はしないでいいからね。敵は日が落ちる前に山を降りるはずだから、そうしたら村に戻って頂戴』
『分かりました』
仮に敵兵に見付かった所で、野犬の足に人間が追いつけるとは思えない。だが、先程の猿忍者達のようなヤツらだっている。油断はしない方がいいだろう。
村と聞いて野犬達は嬉しそうに尻尾を振った。
彼らには、ここの所ずっと山の中で偵察をしてもらっている。
そのため、日頃の狩りは後回し。その埋め合わせは、村の人達に頼んで用意して貰っている。
野犬達は毎日、村でご飯を貰っては山に偵察に出かけ、夕方には村に帰ってご飯を貰う。
もはや完全に飼い犬状態である。
まあ野犬達は嬉しそうだし、今の待遇に不満が無いなら別にいいんだけどさ。不満どころか、いつの間にか他の地域から群れに加わっているヤツまでいるみたいだし。
・・・一度、全体の犬数を数え直しといた方がいいかもな。
彼らの中での私の序列も気になる所だ。よもやご飯をくれる村のおばちゃんの方が上になったりはしていないよな?
そんな事を考えている間に私達は旧亜人村に到着。先行していたウンタ達クロカンの隊員達と合流して、村に戻ったのであった。
私は外から聞こえる声で目を覚ました。
むう。もうそんな時間か。
今は深夜。多分、午前一時とかそのくらいだと思う。時計が無いから正確な時間は分からないけど。
当然、家の中は真っ暗だ。
ちなみに豚は、一日の大半を休息状態という半分寝ている状態で過ごしている。
ガチで寝ている訳じゃなくて、何かがあればパッと起き上がれる浅い眠りだ。
しかし私は、前世が人間だったせいか、夜になると普通にガッツリ寝ていたりする。そして今生でも朝の寝起きは苦手だ。次に転生をする時は、昼はあっても朝はない世界にして欲しいものである。ムチャ言うなって? サーセン。
そんな事をボンヤリと考えていると、小さな明かりがこちらに近付いて来た。
パイセンのお婆ちゃんだ。
「クロ子ちゃん。起きてる?」
『今、起きた』
私は寝起きの伸びをする代わりに、バタバタと足を動かして起き上がった。
決して足が届かないからジタバタした訳じゃない。ないったらない。
お婆ちゃんは心配そうな表情で私を見ている。
不安を感じているのは当然だ。これから人間達との戦いが始まるのだから。
『大丈夫。絶対に人間の軍隊になんて負けないから』
「・・・気を付けてね」
お婆ちゃんは何か言いたそうにしていたが、結局、口にしたのは励ましの言葉だけだった。
本当は、ケガをするな。無理をするな。そんな事を言いたかったのだろう。
けど、今、それを言っても仕方がない。今回ばかりは無理をしなければ全てを失ってしまう。全力を尽くさなければ人間達の大軍には敵わない。
それが分かっているから、お婆ちゃんは何も言えなかったのだ。
『じゃあ行って来る』
「いってらっしゃい」
私はお婆ちゃんに見送られながら家を出たのだった。
村の中は明かりを持った村人達でいっぱいだった。
村人達の緊張が伝わって落ち着かないのか、野犬達があちこちで無意味に走り回っている。
私の姿を見つけた村人達が、お喋りを止めて一斉にこちらに振り返った。
おおぅ。なんだろうこの空気。お腹の下辺りがヒュンとしたぞ。
――ええい。こんな事で怖気づいてどうする。
私は下っ腹に力を入れると、一歩前に踏み出した。
私達はこれから戦いの準備を始める。
そのために、みんなにはこんな真夜中に起きて貰ったのだ。
村人達は、今から役割に応じて三つのグループに分かれてもらい、それぞれ移動を開始する。
一つは私をリーダーとするクロカンの隊員達。人数は八十人。
彼らは私と一緒に前線となる山へと向かう。
この戦いにおける主力部隊だ。
次は村長代理のモーナをリーダーとする、村の男達と支援の女性達。こちらは最多人数となる百三十人。
彼らには旧亜人村へと移動。私達主力部隊のフォローと協力をしてもらう。
ちなみに作戦期間中は、クロカンの隊員達も旧亜人村で寝泊まりをする事になっている。敵にこの村の位置が人間達にバレないようにするためだ。
そして最後のグループは、モーナのママをリーダーとする非戦闘員達。老人と子供、それと病気やケガをしている人達だ。人数は七十人。ちなみにクロカンの隊員、大男のカルネも、現在は負傷欠場中のため、このグループに入っている。
彼らにはこのまま村に残って貰う。もしも敵がこの村を発見したら、全員で水母の研究所へ逃げ込んでもらう事になっている。
だったら最初から施設に移動しておけばいいだろうって?
う~ん。ぶっちゃけ、あそこは住み心地が悪いのだよ。
今回の戦いは何日続く事になるか分からない。最悪、冬になって山が雪で閉ざされるまで戦う可能性だってある。
そんなに長い間、あんな洞窟みたいな場所に閉じ込もっていたら、子供達が精神的にどうにかなってしまいそうだ。
「クロ子ちゃん」
「クロ子」
村長代理のモーナと、副官のウンタが私を見つけて近付いて来た。
――が、二人は私の前に立つとそのまま何も言わない。
そして二人の後ろに村人達が移動した。
こうして、村人全員の前に私一人がポツン立たされる形になった。
えっ? 何、この状況。
まるで学校の朝礼みたいな――って、あっ! ひょっとして、これって私が何か言わないといけない感じ?
所信表明とか、演説とか、そういったヤツを求められてる?
いやいや、マジかよ。そんな事、急に言われても困るんだけど。
そもそも私って人前で話すのって超苦手なんだが。
しかし、私も前世ではNoと言えない日本人だった女だ。それに今回は、村のみんなを巻き込んでしまった責任もある。
しゃーなし。やるか。
『・・・風の鎧』
私は身体強化の魔法をかけると、ヒラリ。手近な屋根に登った。
いつの間にかそばに来ていた水母が体を光らせて、私の姿をいい感じにライトアップしてくれる。
村人達の間から「おおっ」と感嘆の声が上がった。
「ワンワン!」
声援ありがとうコマ。
ううっ。緊張するのう。
『みんな! 昼間も話したけど、今、山の麓に人間達の軍がやって来ているわ! 詳しい数までは分からないけど、私は最大で五千と見ている。この村の十倍以上の人数ね。しかもこっちはお年寄りや子供も合わせた数だけど、相手は戦える男だけで五千。戦力の差はハッキリしているわ』
先ずは状況説明から入ろう。情報の共有は大事だ。
村人達の間に緊張が高まる。こちらの方が不利なんだから当然っちゃあ当然だ。
『向こうの方が数が多いんだから、絶対に真正面から相手にしない事。敵に見付かったら逃げて頂戴』
「俺は逃げ足だけは得意だぜ!」
お調子者が茶々を入れた事で軽い笑いが起きた。
いい感じだ。今のは中々悪くないタイミングだった。
『まともに戦ったら、敵はみんなよりも強い。けど、それは亜人が人間に劣っているという訳じゃなくて、相手は軍隊――武器と防具が充実しているからよ。
だけど今回は、それが敵の弱点にもなる。重い武器に動き辛い防具は、山の中ではマイナスにしかならない。この山でなら、みんなの方が足も速いしずっとタフに動けるわ』
「ああ。俺達は狩りで山を走るのには慣れているからな」
「私達だって、木の実や山菜を採るために、日頃から山歩きはしているわ」
「そうとも。人間の騎士っては日頃は馬に乗って楽をしているんだろ? そんなヤワな足腰をしたヤツらに負けやしないぜ」
自分達の方が敵より勝っている所があると分かり、彼らも次第に気分が高揚して来たようだ。
声に力がこもり始めた。
はしゃぎすぎるのは良くないが、戦いの前に悲観的なムードになるよりはずっといい。
『みんな!』
私は声を強めた。
『これから長く厳しい戦いが始まるわ! けど、絶対に途中で諦めないで! 私も全力で戦うから! 村の全員の力で、人間の軍隊をやっつけて、ヤツらをこの山から追い出しましょう!』
「「「「おおーっ!!」」」」
深夜の村に、村人達の歓声が響き渡った。
私は屋根の上から彼らを見下ろした。
そして一人一人の顔を見ていく。この戦いの中で、帰らぬ人になるかもしれない。生きている今の顔を覚えておくのだ。
もしも私が戦い以外の道を選んでいれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
大モルト軍はこの国を滅ぼした事で満足して、亜人の村になんて見向きもしなかったかもしれない。
だが、そんな可能性を考えていても仕方がない。
私には振り返ったり立ち止まったりしている余裕なんて無いのだ。
今はただひたすらに全力で戦う。
後悔は全てが終わった後でする。
次回「メス豚とメラサニ山の戦い」




