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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第六章 メラサニ山の戦い編
186/518

その184 メス豚、偵察を行う

 私はクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)――通称クロカンの隊員達を引き連れて、山の中を移動していた。

 今やクロカンの隊員数は総勢八十名。

 これは人間の集団としてみればちょっとした数だが、軍隊の実質的な戦術単位はあくまでも大隊以上。中隊は大隊を構成する部隊の一つでしかない。

 まだまだ、まともな敵と正面切って戦えるような戦力にはなっていないのである。


「はあ、はあ、はあ・・・」


 現在の行軍は、新人達の足に合わせているため、遅れがちになっている。

 彼らはまだ身体強化系の魔法、劣化・風の鎧(ウインドスプリント)が使えないためだ。

 じれったくて仕方がないが、これ以上速度を上げると脱落者が出てしまう。

 私はじりじりと焦る気持ちを抑えながら、ペースを守って走り続けていた。

 ここでクロカンの副官、ウンタが、先頭を走る私に追いついた。


「クロ子。新人隊員達が遅れそうになっている。いっそ、彼らは後に残して、俺達だけで先に行かないか?」


 どうやら彼も新人達の遅れが気になっていたようだ。

 ぶっちゃけ、かなり魅力的な提案だったが、私達が目指すのは敵軍が布陣している危険エリアだ。


『――ダメよ。もし、彼らだけで敵と遭遇したら、ひとたまりもないわ』


 そう。人間の兵士が山の中で亜人の足に追いつけるとは思えないが、戦場というのは何が起きるか分からない。

 新兵達も無理をして行軍しているし、疲労のピークで敵に見付かったら、逃げ遅れて捕まる者も出るかもしれない。

 最悪、彼らの口から新亜人村の位置が人間達にバレるおそれがある。


「それなら、新人隊員達はここで返せばいいだけだろう?」

『それはそうかもしれないけど・・・』


 彼らに敵軍を見せておきたい、というのは、ただの私の思い付きだ。

 絶対に必要という訳ではない。

 私は小さな広場で足を止めた。


『ちょっと考えさせて。ここで少し休憩するわ』

「分かった。おおい、休憩だ!」


 後方からは安堵の吐息と――そして多少の苛立ちの気配を感じた。

 言うまでも無く、ホッとしたのは走り疲れた新人達で、苛立っているのは古参の隊員達だ。


 これはマズいかもしれんな。


 このままだと、行軍速度の遅れだけでなく、新人と古参の間に亀裂が入る可能性がある。

 それなら、これ以上空気が悪くなる前に、ウンタの提案を受け入れて、新人達は村に戻ってもらう方がいいのかもしれない。

 いや、待て。それだと逆に、新人と古参の間に溝を作る事になりはしないか?


 私の計画では、これから八つの分隊を作ることになっている。

 一分隊の人数は十人。古参五人に新人五人だ。

 古参と新人の間に溝が出来ると、この編成を考え直さなければならなくなる。

 古参だけの分隊が出来るのはともかく、新人だけの分隊が出来てしまうと、部隊全体の戦力の低下を招いてしまう。


 どうするのが正しいのか。


 しかし、私が考えに沈んでいたのはそこまでだった。

 ガサガサという葉擦れの音と共に、数頭の野犬が飛び込んで来たのだ。

 先頭を走っていたブチ犬が嬉しそうに尻尾を振った。


『黒豚の姐さん!』

『マサさん。人間の軍隊を発見したのはマサさん達だったのね』


 マサさんは野犬の群れの実質的なリーダーだ。

 群れで翻訳(トランスレーション)の魔法を使える唯一の野犬で、アホ毛犬コマのパパでもある。

 ちなみにコマは、隊員達の間をうろついてはせっせと匂いを嗅いで回っていたが、パパとの再会に、千切れんばかりに尻尾を振りながら飛びついた。


「ワンワン! ワンワン!」

『こら! コマ! 邪魔をするな! それでは姐さん。ここからは我々が案内いたします』

『そう。よろしく』


 こうして私は新人隊員達の答えを出せないまま、なし崩しに行軍を再開したのだった。




 私達は崖の上から眼下の光景を見下ろしていた。

 私の予想通り、敵軍は、かつての魔獣討伐隊のキャンプ跡地に陣地を作っている最中だった。

 というか、この山の麓で、千人以上もの集団がキャンプ出来る場所なんて限られている。

 特に理由がない限り、同じ場所を使うのは当然だろう。


 人数は・・・どのくらいだろうか?

 以前やって来た魔獣討伐隊よりは多いというのは分かる。

 だが、覚悟していたよりはずっと少ない。

 最悪、イケメン王子軍全軍、一万が来るかもしれないと考えていたのだ。

 ざっと見た所、五千もいないのではないだろうか。

 というか、コイツらはこの国の軍なのか、大モルトの軍なのか、一体どっちなんだ?


「これが人間の軍隊・・・」

「・・・なんて凄い数なんだ」


 新人達はあまりの人の多さに、すっかり度肝を抜かれている。

 私にしてみれば、「思ったよりも少ない」といった数だが、生まれてこのかた、たかだか三百人程度の亜人村しか知らない彼らにとっては、千人単位の人数というだけで十分に圧倒されるのだろう。


「く、クロ子。あんな数、俺達だけでどうにか出来るのか? 人間がまるでアリの群れのようじゃないか」

「おい、落ち着け。今は偵察に来ただけだ。それにあの数に直接、戦いを挑む訳じゃない。村人総出で今までずっとそのための準備をして来ただろう」


 そういう事。

 取り乱していた新人は、ウンタに諭されて「それは、そうだが・・・」と言葉を飲み込んだ。

 うろたえまくる新人隊員達に対して、古参隊員達は落ち着いたものである。

 まあ、彼らはつい先日まで、万単位の軍隊のぶつかり合いを見ていたし、なんならその中に飛び込んで戦っていた訳だからな。

 古参隊員の落ち着きを見て、新人隊員達の動揺も少しはおさまったようだ。

 こういう場面を見ると、やはり、新人だけで組ませるのは不安が残る。

 新人の彼らも、戦いの中で成長して貰わないと――


「クロ子?」

『あ、うん。何でもない。・・・ええと、人間の軍隊の数に驚いているようだけど、私達は一度にあの数と戦う訳じゃないから。確かに、いきなりあの数が一斉に山に入ったら打つ手はないけど、多分、そうはならないから心配しないで』

「そ、そうなのか?」


 私達は野山を徘徊する野生の獣ではない。小なれど集団戦闘を行える軍団である。

 そしてこの山は私達のテリトリー。

 カードゲームで例えるなら、ここは私達に強化(バフ)がかかって、敵軍に弱化(デバフ)がかかる、フィールドカードみたいなものである。

 フィールド魔法”山”。効果は、種族・亜人は移動力と体力がアップ。種族・人間は移動力と体力がダウン。


 こんな状態で、敵の指揮官がやみくもに全軍を突撃させるとは思えない。

 戦いの結果、味方に犠牲が出るのは仕方がない。しかし、味方の犠牲を前提とした作戦では、部下も従わないし、士気だってダダ下がりだ。

 それはそうだろう。兵士達だって死にたくないのだ。それに自分達が死んで勝った所で、指揮官の手柄になるだけとなればなおさらだ。

 指揮官は、ただ勝てばいいというわけではないのである。

 ましてや我々は、彼らよりも数も装備も数段劣る、山野に生きる亜人達。向こうからしてみれば、ぶっちゃけザコである。

 敵の指揮官には味方の犠牲が少ない勝利を――圧倒的な勝利を――求められているのである。


『だから最初は無理をせずに地形の把握に努めると思う。ていうか、私なら絶対にそうする。そしてこちらの情報を――村の位置や大軍を動かしやすい安全なルート、こちらの逃走ルート――なんかを押さえた上で、全軍で一気に押し込むでしょうね』


 ゴクリ。

 隊員達が息を呑んだ。

 あの大軍が村に押し寄せる。そんな光景を思い描いてしまったのだろう。

 確かに、そこまでいけば完全にお手上げだ。しかし、逆に言えば、そうさせなければいいのである。

 この山、全てを使って”遅滞戦闘”を行うのだ。


 遅滞戦闘は、敵よりも少数の部隊によるゲリラ攻撃で敵の行動を妨害。可能であれば敵全体の進軍を押し止める、という戦術の事を言う。

 遅滞戦闘で重要なのは、とにかく味方の犠牲を出さない事。

 なにせ多数の敵に対して、少数の味方で行う戦術なのだ。部隊に損耗が出れば、あっという間に敵を抑えきれなくなってしまう。


「けど、それで勝てるのか? 妨害しているだけだと、いつかは敵に村までたどり着かれるてしまうんじゃないか?」

『それは勝利条件を何にするかによるわね』


 我々の勝利を、敵軍の撃破、敵将の討伐、とするならば、遅滞戦闘では決して達成する事は出来ない。

 なぜなら、この戦術は敵の行動を邪魔しているだけで、最初から敵の本陣を――敵本隊を――狙っている訳ではないからである。


『でも、敵だっていつまでも私達と戦ってはいられないはずだから』


 ぶっちゃけ敵は、私達を倒した所で得る物は特に無いのだ。

 そして軍隊というものは維持しているだけでもコストがかかる。

 だから大軍になれば大軍になる程、戦線を長く維持しておくのは難しくなるのだ。


 例えば、豊臣秀吉の天下統一への最後の事業、小田原の北条攻めは、二十万の大軍で半年以上にも及んだという。

 同じように小田原城を攻めた上杉謙信は、豊臣秀吉の約半分、十一万の大軍で取り囲んだものの、一ヶ月も経たずに撤退したそうだ。

 これは上杉謙信が無能だったのではなく、天下人・豊臣秀吉だから出来た事なのである。

 二十万の兵士が一日当たりに消費する米の量は、なんと187トンにもなると言う。

 確か学校の25メートルプールの容量が約250トンだったと思うので、大体プール七分目くらいの米が毎日必要になる訳だ。

 それ程莫大な兵站を、滞らす事も無く、半年以上も続けてみせた豊臣秀吉が凄すぎるのである。


 そういった意味では、今回の敵の数は、補給と戦力との絶妙な兼ね合いの結果なのかもしれない。

 思っていたよりも早い到来といい、敵には余程、優秀な指揮官がいるようだ。 


 ――この戦い、厳しくなりそうだな。


 私は緊張で胸が締め付けられるのを感じていた。


 その時、犬の遠吠えが鳴り響いた。近い。

 短く、長く、短く、長く、そして長く。

 これはさっきも使われた”テ連送”だ。意味は「我、敵を発見す」。

 偵察中の野犬の仲間が、敵軍発見を知らせてくれているのだ。

 しかし、なぜ今更? それに私達はこうして現場にいるというのに――


『しまった! 敵の偵察部隊が山に入っていたんだ!』


 くそっ! 私はバカか! 少し考えれば気付きそうなもんだろ!

 敵軍の到着に完全に浮足立ってた。敵は陣地の構築と並行して、周囲の安全確認を行っていたのだ。

 そう。既に敵の偵察部隊はこの山に入っていたのである。

 幸い、野犬の遠吠えはまだ距離がある。近くには来ていない。時間はある。


『みんな! 撤退よ! 敵が来ているわ! 急いで!』 


 間に合うか? とにかく急がないと。

 こんなに敵陣に近い場所で戦ったら、最悪、敵の増援に囲まれて私達はこの場で全滅だ。

次回「メス豚と偵察部隊」

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