その181 メス豚、敵軍に備える
本日二本目の更新です。
読み飛ばしにご注意下さい。
私は山の中を走っていた。後ろにはアホ毛犬コマが続いている。
・・・いや、別にコマを連れている事に理由はない。というか、コマが私から離れないのだ。
半月ほど前。私はクロコパトラ小隊の小隊員達を連れて、この国の戦争に参加した。
どうやらコマは、私が何日も村を留守にするとは思っていなかったらしく、私がいない間に随分と寂しい思いをしていたようだ。
村に戻ってからもう何日も経つけど、今朝も家の外でずっと待っていて、外に出た途端に尻尾を振って後に付いて来たのだ。
まあ、別に邪魔をする訳でもないし。飽きるまで好きにさせておけばいいんじゃないかな?
そんな事を考えながら走っていると、私の背中のピンククラゲが、ひょろりと細い触手を伸ばした。
『要・方向修正』
『おっと、了解』
どうやら目的地が近付いて来たようだ。私はピンククラゲ水母の指し示した方へと進路を変更した。
そのまま走ること少々。やがて前方に人影が現れた。
彼らは”亜人”の村人達である。
私は足を止めると、作業中のオジサンに声をかけた。
『どう? 作業は進んでいる?』
「うわっ! ビックリした! なんだクロ子か。急に話しかけて来るなよ。見ての通りだ。今の調子なら早ければ今日中に終わるんじゃないかな」
水母はさっさと私の背中から離れると、作業現場の確認に向かっている。
作業中のオバサンが、水母に気付いて振り返った。
「スイボちゃん。こんな感じだけど、これでどうかしら?」
『・・・必要十分』
水母は周囲を見回してフルリと震えた。
彼らは何の作業をしているのか?
敵軍を迎え撃つための準備。そのための工事である。
私達クロコパトラ小隊が、逃げるように――いやまあ、実際に脱走して来たんだけど――亜人村に戻って来たのは、五日前の事になる。
誰一人欠ける事無く、全員無事に戦場から帰って来た我々に、村は喜びで沸き返った。
無事って、大男カルネは重症だろうって? そりゃまあそうなんだが、一応、五体満足で生きて帰ったんだからギリセーフじゃね?
明るい笑顔に包まれる亜人村の中にあって、しかし、私の心は重かった。
私はこれから彼らをどん底に突き落とす話をしなければならない。その罪悪感で胸が締め付けられていたのである。
深刻な私の様子が気になったのだろう。村の代表を任されている少女、モーナが私に話しかけた。
「どうしたのクロ子ちゃん。さっきからずっとふさぎ込んでいるけど」
『・・・モーナ、ちょっといい?』
丁度いいタイミングだ。私はみんなに話す前に、一度モーナに相談する事にした。
我々クロコパトラ小隊が参加した戦争――大モルト軍対サンキーニ王国軍は、サンキーニ王国の敗北に終わった。
そのこと自体は正直どっちでもいい。
問題は、私達が敗戦国に与して戦ってしまった事にある。
「それって良くないの?」
『私にも分からない。このまま何も無ければいいんだけど・・・』
我々にとってベストな未来は、勝者である大モルトがこの村を無視してくれる事である。
戦勝国として一国を支配する事になった以上、山の中に隠れ住む少数の亜人になんて構っている暇はない。そう判断して放置して貰えるのが一番望ましい。
実は水母はこの可能性が一番高いのではないか、と推測していた。
「そう。――けど、クロ子ちゃんはそう思っていないのよね?」
『水母の考えは理屈としては正しいと思う。けど、人間は理屈だけで動く訳じゃないから』
むしろ感情や損得勘定で動くのが人間というものだろう。
中身はコンピューターの水母には、この辺の心の機微は理解出来ないと思うけど。
『私達は戦場で彼らに力を見せてしまった。敵対した大モルト軍は当然として、イケメン――王子軍にも警戒されてしまったと思う』
亜人は山野に隠れ住む動物ではない。戦う力を――牙を持つ集団である。
この戦いで彼らはそう思い知ったはずだ。
――いやまあ、最初からそう思わせるために戦争に加わったんだがな。
こちらに戦う力がある事を示さないと、交渉にもならないし。
しかし、その交渉相手があっさりと敗戦国になってしまったのは私の誤算である。
てか、さすがにもろ過ぎやしないか?
我々にとって楽観的な未来は、こちらの力を認めた大モルト軍がスカウトに来る、という形だろう。
しかし、残念ながら今回はあり得ないと思う。
私は戦場で敵兵を――彼らの仲間を殺し過ぎた。
それが戦場だと言われればそうなのだが、こういうのは理屈じゃない。報復を行わなければ、彼らの気持ちは収まらないだろう。
戦争はスポーツじゃないのだ。戦いが終わればノーサイド、互いの健闘をたたえ合う。そんなキレイごとは通らない。
戦争の後は戦勝国による暴行と略奪、そして虐殺が起きるのは歴史が証明している。仮に一部の者が我々の力を惜しんだとしても、周囲の空気がそれを言わせないに違いない。
「クロ子ちゃんは、クロ子ちゃん達が戦った相手が、ここに攻めて来ると考えているのね?」
『その可能性が高いと思っている。
――いや、水母の理屈も分かるのよ? 私達の戦力なんて、敵から見たら無視出来るような極小な物なんだって。だから、敵地に攻め込んで忙しい敵軍は、私達の事なんて無視するんじゃないかって事も。
でも、何だかイヤな予感がするの。このままじゃ済まないような悪い予感がして仕方がないのよ』
私の選択のミスが、この平和な村に敵を――しかも三大国家のひとつ、大モルトの軍を呼び込む事になったのではないだろうか?
もちろん、大モルトが全軍でこの村に進軍して来るとは考えられない。
牛刀をもって鶏を割く、という言葉があるが、今回の場合は鶏を割くのにロケットランチャーを持ち出すようなものである。
(私なら、投降したイケメン王子にやらせる。王子の評判を落とす事にもなるし、亜人達の恨みを自分達から逸らせられる訳だし。その上、この国に裏切られたと感じた亜人は、二度とこの国には協力しないだろう)
大モルトが私の考え通りに動いた場合。敵としてやって来る軍の中にショタ坊がいるのは間違いない。
ショタ坊は何度も私達と行動を共にした、いわば亜人分野の権威者である。
イケメン王子の信頼の高さから考えても、必ず何らかの形で軍に加わるだろう。
ショタ坊と戦うのか。
あの日。彼に参戦を求められた時、私は最初、断るつもりでいた。
しかし、ここで断ればショタ坊を見殺しにしてしまう事になる。そう思ったからこそ、かつて命を救われた恩を返すという名目で、「今回だけ」彼に力を貸す事にしたのだ。
その結果がこれだ。
やっぱり私は甘かった。
あの時、情に流されてしまったせいで、山の中で平和に隠れ住んでいる亜人の村人達を、戦争に巻き込んでしまった。
『ごめん、モーナ。私のせいでとんでもない事になってしまって。いや、謝って済む事じゃないとは分かっている。けど・・・でも・・・本当にごめん』
「クロ子ちゃん・・・」
私は叱られるのを待つ小さな子供のように、顔を伏せてグッと歯を食いしばった。
モーナは村の代表として、全員の命を預かっている。私の迂闊な行動のせいで、村のみんなの命が危険にさらされていると知らされてどう思うだろうか?
責任感の強い彼女の事だ。私に対して激しい怒りと――そして強い失望を感じたに違いない。
私は卑怯にも、そんな彼女の表情を見るのが怖かったのだ。
モーナの声は想像していたよりもはるかに静かだった。
「クロ子ちゃんは、ここに人間の軍隊が来ると言うのね?」
『――絶対という根拠はない。水母が言うように来ないかもしれない。けど、私は多分、来るんじゃないかと思っている』
「クロ子ちゃんはそれで、私達はどうするべきだと思っているの?」
『ぜ、全員で、た・・・戦う・・・べき・・・だと、思う』
「それはどうして? 私達はクロ子ちゃんと違って戦う力なんてないわ」
『・・・なにも剣を持って切り合うだけが戦いじゃない。そっちは責任を持って私がやる。みんなには戦いの準備と、そのための手伝いをして欲しい』
「それって私達女にも――私にも出来る事かしら?」
『もちろん、モーナにだって出来る。土を運んだり、罠を作ったり。男の人なら、木を切ったり、柵を作ったり出来る』
「――そう。みんな。クロ子ちゃんはこう言っているけど、どうする?」
『えっ?』
モーナの言葉に私は驚いて振り返った。
いつの間にか家の外には村人達がビッシリ詰めかけていた。
「クロ子がそう言うなら、文句はねえ! もちろん手伝うぜ!」
「木を切るなら俺に任せてくれ。以前ククトが人間の商人と取引して手に入れた鉄の斧があるからよ」
「だったら俺は切った木を運ぼうか。足腰の力ならまだまだ若いヤツらに引けは取らんぞ」
「俺達は父ちゃんを手伝う!」
「私は罠を作るのを担当するよ。どういうのを作ればいいんだい?」
「なら私達はマニス婆さんを手伝うわ。罠の製作は任せて頂戴」
「俺達は戦闘を担当するぜ! 若いヤツらが受けた角を付ける手術。俺達にも受けさせてくれるんだよな?」
口々にアピールを始める村人達。
彼らは全員、この戦いに参加するつもりらしい。
予想外の展開に、私は頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなってしまった。
『なんで? みんな私が憎くないの?』
「クロ子ちゃん」
モーナは手を伸ばすと、ヒョイと私を抱き上げた。
「クロ子ちゃんは、こうして私が抱きかかえられるくらいの小さな子豚じゃない。それなのに私達を人間の軍隊から救い出してくれたし、こうして新しい村まで用意してくれた。みんな感謝しているのよ? それに今回だって、また先頭に立って、人間達の軍隊と戦うつもりでいるんでしょう?」
「そうともよ。いつもいつも、クロ子ばかり危ない目に合わせて、俺達が村でのほほんとしている訳にはいかねえぜ」
「何か失敗したとか言ってたけど、それだって私達の事を考えて行動した結果なんでしょ? だったらそれに文句を言う人なんていやしないわ」
「そうともよ。生きてれば間違いや失敗なんて、するのが当然さ。人間の軍隊? そんなの来るのが分かっていれば、迎え撃つ準備だって出来るってもんだ。今度はヤツらに目にもの見せてやるぜ」
みんな・・・。
私はホッとするのと同時に、みんなの命の重さが体にズシリとのしかかるのを感じた。
今回、私は選択を誤った。失敗した。けど、次の失敗だけは絶対に許されない。
乾坤一擲。
ここが私の運命を――今生の人生を掛けた大勝負だ。
ここで負けてしまったらそれでゲームオーバー。一巻の終わりだ。退路は無い。その覚悟で挑む。
相手が大モルト軍だろうと、ショタ坊の率いるこの国の軍だろうと関係ない。私達が生き延びるために敵は倒す。ヤツらに攻めて来た事を後悔させてやる。
『みんな――協力して頂戴!』
「「「「おうっ!!」」」」
こうして私と亜人の村人達による、防衛戦のための準備が始まったのである。
次回「仇討ち隊、東へ」




