その178 ~ブラマニ川の戦い・決着~
話は数日前に遡る。
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ここはアロルド辺境伯の領地との境となる川。ブラマニ川。
その東西の両岸では、大モルト軍の本隊とサンキーニ王国軍とが、互いに陣を敷いて睨み合っていた。
大モルト軍三万六千に対し、サンキーニ王国軍二万八千。
戦力の上では大モルト軍が優勢だが、絶対的な差とは言えない。
攻め勝つ事が勝利条件の大モルト軍に対し、サンキーニ王国軍はこの地を守り切れば良いのである。
そういった意味では、サンキーニ側が有利とも言えた。
サンキーニ王国軍を指揮するのは、国王バルバトス。
四賢侯の一人に数えられる名君にして名将。
彼が選んだ作戦は、川という地形を利用した”漸減作戦”であった。
敵を順次、こちら岸に渡らせ、局地的に数的優位を作り出した状態で叩く、という策である。
戦いが始まって既に半月が経過していた。
大モルト軍はどうにかして川を越えようとするが、王国軍はそのことごとくを返り討ちにしている。
しかし大モルト軍は、粘り強く攻撃を続けた。
その効果と言ってもいいのだろうか? 国王は疲労の蓄積で体調を崩し、前線で指揮が執れなくなっていた。
「陛下。どうかここは我々に任せて、お体を大事にして下さい」
「しかし今、私がここを離れては――いや、分かった。皆の言葉に従おう」
国王は彼の体を心配する将軍達の勧めで、しばらく後方に下がって養生する事になった。
国王は「自分がこの場を離れて大丈夫か?」という不安があったが、前線にいても病で倒れて指揮が執れないのでは同じ事となる。
彼は不安を抱えながらも、今は体を休める事を優先して、一日でも早く前線に復帰する事に決めた。
結論から言えば、この時の彼の不安は的中する事となる。
国王が後方に下がって直ぐに、王国軍では部隊間の連携が乱れ始めた。
絶対の指揮官のいない今、指揮官達が個別に敵に対応するようになっていたためである。
漸減作戦で重要なのは、攻め時と引き時である。
攻め時を失うと敵に攻め込まれ、引き時を失うとズルズルと乱戦に引き込まれる。
大モルト軍も当然、この弱点には気付いていた。
彼らは手を変え品を変え、ずっと揺さぶりを掛け続けて来たが、国王バルバトスは水も漏らさぬ巧みな指揮で、敵に微塵も付け入る隙を与えなかった。
その鉄壁の防衛線が、今、崩れようとしていた。
崩壊のきっかけを作ったのは、王国軍に吸収されたアロルド辺境伯の残党軍だった。
アロルド城が落とされ、再起を誓って脱出した彼らは、東に逃れた所で王国軍と合流。
そのまま国王バルバトスの指揮下に入っていた。
とはいえ、元々彼らは辺境伯の軍――独立性の強い部隊だ。国王バルバトスの目が光っている間は大人しく従っていたが、彼が目が届かなくなった途端、行動に歯止めが利かなくなってしまった。
「敵は逃げ出したぞ! 追え! 我らの領地を荒らしたヤツらを許すな! アロルド様の仇を討つんだ!」
彼らは敵軍の後退に引っ張られる形で、ブラマニ川へと突撃した。
「いかん! あれはどこの部隊だ?! このまま深追いすれば対岸の敵から狙い撃ちにされるぞ!」
将軍達が気付いた時には遅かった。
アロルド辺境伯軍の突撃は、川の半ばで水に足を取られて鈍ってしまった。
対岸の大モルト軍は、しめたとばかりに一斉に矢を射かけた。
冷たい水の中にバタバタと倒れる辺境伯軍の兵士達。ここで遅れて、前線の兵士達も川に足を踏み入れてしまった。
戦場の兵士は、限られた狭い範囲の情報しか見えていない。
味方が突撃したのを見て、遅れないように自分達も前に出てしまったのである。
「しまった! ダメだ! よせ! 後退しろ!」
事態に気付いた将軍達が慌てて後退を指示したが、時すでに遅し。
何日も粘り強く相手の隙を伺っていた大モルト軍の指揮官が、みすみすこの好機を見逃すはずはなかった。
すぐさま敵の突撃が始まった。
怒涛ごとく押し寄せる大モルト軍に、装備も練度も劣る王国軍はなすすべがなかった。
王国軍はまたたく間に押し込まれていった。
「後退するな! 耐えろ! 押し返すんだ!」
後退しろという命令が最前線に届いた時には、今度は後退するなという命令が出される始末。
王国の将軍達は、急激な戦況の推移に付いて行けず、場当たり的な指示を出す事しか出来なかった。
「陛下を! 大至急バルバトス陛下をお呼びしろ! 陛下でなければ、この混乱を治める事は出来ない!」
「わ、分かりました!」
こうして病床の国王が、急遽、前線に呼び戻される事になった。
しかし、この判断が国王の運命を決めてしまうのである。
一度崩れた戦線は、容易には立て直す事は出来なかった。
やがて敵の一軍が川から上がり、こちら岸に橋頭堡を築いた。
こうなってからはあっという間だった。
この半月の均衡は何だったのかと目を疑う程、大モルト軍は次々と攻め上がり、やがてはサンキーニ王国軍の陣地にまで届いた。
なすすべなく青ざめる将軍達。
しかし、本当に彼らが血の気を失うのはこの後だった。
額から血を流した騎士が、血相を変えて本陣に駆け込んで来た。
「た、大変です! 陛下が! 陛下が敵に捕らわれました!」
「なっ! そんなバカな!」
全てはタイミングと言う他はない。
後方から本陣に移動中の国王バルバトスの馬車が、突出していた敵の部隊と鉢合わせをしてしまったのだ。
サンキーニ王国軍にとっての不運は、大モルト軍にとっての幸運だった。
激しい戦いの末、大モルト軍は馬車の護衛をことごとく打ち倒し、国王の身柄を確保した。
ここに戦いの帰趨は決した。
大モルト軍は次々と渡河を果たし、次第に王国軍を押し込んでいる。
国王は捕らわれ、野戦でも負けようとしている。
実際に一部の貴族家は戦いを放棄、既に敗走に移っていた。
ここからの逆転はあり得ない。
「こ・・・後退しろ。陛下が療養されていた後方の陣まで後退するのだ」
このまま戦いを続けていても、戦死者が増えるだけである。
事ここに至って、ようやく将軍達は後退を決断した。
大モルト軍からの追撃は無かった。
全軍の渡河を優先させたためと思われるが、激しい戦いに案外、相手も追撃するような余裕が無かったのかもしれない。
こうしてこの日の戦闘は、大モルト軍側の大勝利で終了した。
翌日。大モルト軍からの使者がサンキーニ王国軍の陣地を訪れた。
互いの使者の行き来があった後、その翌日には、陣地の外で直接話し合いの場が持たれた。
ここで合意がなされ、王国軍は武器を捨て、大モルト軍へと下る事が決まった。
サンキーニ王国軍の敗北である。
この後、国王の書状を携えた使者が、別戦場で戦うイサロ王子の下へと出立した。
そこには敗北の事実と、至急戦いを止めて投降するように、との命令が書かれていた。
王子は国王の命令を受け、大モルト軍に投降する事を決定するのだった。
こうしてサンキーニ王国は、大モルトの”新家”アレサンドロ、ジェルマン・アレサンドロによって滅ぼされたのである。
次回で第五章が終わりとなります。
次回「イサロ王子の投降」




