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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
168/518

その166 ~”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロ~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは大モルト軍本陣。今日の(いくさ)を終え、続々と戻って来る部隊から、ひっきりなしに報告がもたらされていた。


 本陣の奥、ひときわ大きな幕舎に集まった将軍達。

 最奥に座っているのは、二人の将。


 片や三十代後半。太い眉にへの字口。いかにも武人然とした頑固そうな男。

 この軍の総指揮官であり、大都市ハマスを本拠地とする大貴族。カルミノ・”ハマス”オルエンドロである。


 彼の隣に座っているのは、まだ二十代前半の若武者。

 アスリートのように引き締まった体を持つ若者である。

 眉目秀麗、利発そうな顔立ち。ただ座っているだけで、自然と人目を集めてしまうカリスマ性。

 ”ハマス”オルエンドロの義理の息子であり、”古今独歩”の異名を持つ、ボルティーノ・オルエンドロであった。


 ボルティーノは、元々、オルエンドロに連なるそこそこ名の通った家の長子であった。

 彼がまだ幼い頃、家で人相学の大家を世話した際、かの人相学者から「この子はいずれ多くの人の上に立つ大器となります。大事に育てられますように」と告げられた。

 あるいは、もてなしの礼として、家主の跡取り息子を無難に褒めただけかもしれない。

 しかし、両親はこの言葉を大層喜び、息子の将来のために英才教育を施す事を決めた。


 ――ここまでなら、良くある親バカのエピソードとなるはずであった。

 ところが、である。果たして息子は人相学者の言う通り、大きな才に恵まれていた。

 計算を学べばたちまち10桁の暗算をこなすようになり、乗馬を学べば馬を己の手足のように操り、剣を学べば騎士団で彼に敵う者はいなくなった。


 ボルティーノは乾いた砂が水を吸うように、知識と技能を我が物としていった。

 ・・・やはり、人相学の大家の看板は伊達ではなかったのかもしれない。

 やがてこの子供は、誰からともなく、”古今独歩”――過去から現在に至るまで、比べるものがいないほど優秀である――と呼ばれる事になったのだった。


 この英才の噂は、やがてハマス・オルエンドロ当主の耳にも届く事となった。

 当主はひと目でこの才気あふれる若者を気に入った。

 彼は周囲の反対を押し切り、娘の婿――女婿(じょせい)として家に迎え入れ、自分の跡取りとする事を決めたのだった。



 攻撃部隊からの報告が入るにつれ、幕舎の中はホッとした空気に包まれていった。


「どうやら若様の策、上手くいったようでございますな」

「さすがは若様。後は全軍で攻め込むだけ。敵の王子の首は取ったも同然ですぞ」

「左様。あの邪魔な堀さえ無ければ、戦力で勝る我々が手間取る道理はありません」


 口々にボルティーノを誉めそやす将軍達。

 今朝までは不安な顔をしている将軍もいたはずだが、見事な手のひら返しである。

 優秀な跡取りにハマス・オルエンドロも、鼻が高そうに見える。


 昨夜、ボルティーノの部隊が合流するまで、本陣は暗い雰囲気に包まれていた。

 補給基地に敵の(※クロ子達の)襲撃を受けた影響は大きく、このままでは早くて三日、最大まで引き延ばしても十日で物資を使い潰す状況にまで追いやられていたのである。


 ボルティーノは義父から話を聞くと、直ぐに敵陣の地図を持って来させた。


「まず軍を半分に割りましょう。半分を更に半分に割り、一方を周辺の村々に送り、当座の兵糧の確保を命じます。残る一方は後方へ送り、物資の運搬を任せるのです。陣地の兵が半分に減るだけでも、兵糧の減りを抑える効果が見込めます」

「しかし、それでは戦力までもが半分になってしまいますぞ!」


 将軍の声にボルティーノは地図を指し示した。


「敵陣の西と北から攻めている軍を大幅に削りましょう。西は敵陣から出る汚物にまみれているため、(いくさ)で負った傷口から毒が入り、負傷兵の間から病気が流行る恐れがあります。おそらく西側は現在も積極的には攻められずにいるのでは? また、北は丘の傾斜が厳しく、上手く押さえる事が出来たとしても、この方面からは大軍を動かせないため、こちらにとっては労多くして益は少ないでしょう。よって西と北からは兵を割いてもさほど影響は出ないかと思われます」

「し、しかし、全軍に与える影響が・・・」


 ボルティーノは理路整然と説明した。しかし、一部の将軍はそれでも納得し難い様子だった。

 理屈は理解出来ても、戦力が減るという部分が感情で納得出来ないのだ。

 戦力に余裕があるというのは、その分、精神的な余裕にもつながる。

 今でも陣地に立てこもっている敵を攻めきれずにいるというのに、戦力が減ればこちらが不利になるのではないだろうか? そう不安になっているのである。


 ボルティーノは彼の義父、総指揮官のカルミノ・オルエンドロへと振り返った。


「私に少々考えがあります。明日からの戦い、私に任せて頂けないでしょうか?」

「・・・よかろう。好きにするがいい」

「ハマス様! よろしいので?!」

「左様! 若様を疑う訳ではありませんが、そのような大事、簡単にお決めになられて大丈夫なのですか?!」


 将軍達がうろたえる中、ボルティーノは義父からの強い信頼を感じて気持ちを引き締めるのだった。


 ハマス・オルエンドロにとって、この戦いは不本意な形となっていた。

 最初は戦力差に物を言わせて、簡単に捻り潰すつもりでいた。

 鎧袖一触でイサロ王子の首を取り、軍を返して、国王バルバトスの本隊を背後から強襲。

 親子共々血祭りにあげ、生意気なジェルマン・”新家”アレサンドロの鼻を明かしてやるつもりだった。


 しかし、蓋を開ければ、敵の予想外の抵抗に遭い、思わぬ足止めを食らわされる事となった。

 それどころか、この数日は味方が攻めあぐねているのが明らかで、戦いは長期戦の様相すら呈していた。

 大軍というのは維持し続けるだけでも莫大なコストがかかる。

 現在の物資不足は、敵の別動隊によって集積場の物資が焼き払われた事によるが、今のままの戦況が続けば、そう遠くない未来に、やはり物資の不足に悩まされるのは目に見えていたのである。


 ハマス・オルエンドロは、彼の見込んだ若武者の策に乗ってみる事にした。

 全軍を経験不足の若者に任せるのは大きな賭けでもあった。

 しかし、ハマス・オルエンドロは百戦錬磨の優秀な将である。

 長年、戦場で鍛えられたカンが――ここぞという場面で働く直感が、この場はボルティーノの言葉に従う事こそが最良であると告げていたのである。


 そして賭けは成功しつつあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜。

 ここは王子軍の立てこもる陣地の入り口。

 当初の計画のままこの丘に砦が建てられていた場合、”大手”と呼ばれる事になったであろう正面入り口。


 攻守の要となるこの場所には、深さ三メートル、幅十メートルにも渡る深い横堀が作られている。

 掘削された排土は、そのまま陣地を囲む土塁として積み上げられ、連日の大モルト軍の猛攻を良く退けていた。


 今宵、この場は連日に無い異様な雰囲気に包まれていた。

 堀の外では、大モルト軍によって煌々とかがり火が灯され、もし、王子軍の兵士が顔を見せようものなら、容赦なく矢が射かけられていた。

 彼ら大モルト兵が見張る先。そこには半ばまで埋め立てられた堀の姿があった。


 そう。”古今独歩”ボルティーノの立てた作戦。

 それは攻撃を邪魔する堀を埋め、大軍の移動するための道を作るというものであった。

 昼間、東の戦場でもクロ子達が敵に同様の作戦を仕掛けられたが、あれはボルティーノの策を”赤備えの騎士”ポルカが拝借した物だったのだ。


 大手の堀には、ここと同じ埋め立て地が、後四か所作られている。

 いずれも王子軍にとって、どこを取られても泣き所となる絶妙な場所である。

 明日は最後の仕上げと共に道が完成し、大軍が雪崩を打って攻め込む予定となっていた。

 そうなれば数にも装備にも劣る王子軍は、苦境に立たされる事になるだろう。



 大モルト軍の包囲網の中、体格の良い長身の髭の鎧武者が興味深そうに埋め立て地を覗き込んだ。


「さすがは若様じゃわい。我らの行く手を阻む邪魔な堀さえ越えてしまえば後は土塁に取り付くだけ。しかも敵にとって守り辛い場所ばかり選んでおる。いやはや、若様を敵に回した相手が気の毒になってくるわ」


 武者はそう言うと、彼の代名詞とも言える巨大な薙刀を両手でしごいた。

 男の名はモノティカ。

 偃月刀(グレイブ)と呼ばれる薙刀。その中でも、刀身の背の部分に鉤が付いているものをフォチャードと呼ぶ。

 彼は数々の戦場で、巨大なフォチャードを軽々と振り回し、多くの敵将を打ち取った事で、”フォチャード・マスター”、”フォチャードの”モノティカ と呼ばれていた。


 一見、モノティカは独り言を言っているように見える。

 しかしこの時、夜風がかがり火の明かりを揺らめかせると、闇の中に男の姿を照らし出した。

 全身黒ずくめの男である。

 いかにも武人然としたモノティカに対し、こちらはどこか陰気な印象の地味な男である。

 陰気な男は陰気な声で呟いた。


「・・・”二つ矢”がやられたそうだ」

「なっ! マジでか?! 誰にやられたし?!」


 モノティカは先程の物々しい喋り方から一転、若者感丸出しの言葉で陰気な男の言葉に食いついた。

 良く見れば、顔も髭で誤魔化しているだけで、どことなく幼さを感じさせる。

 

 ”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロの親衛隊。その中でも最も武勇に優れた五人、”五つ刃”と呼ばれる者達。

 フォチャードのモノティカは、一番若輩者の五つ刃で、メンバーからは、ややマスコット的な扱いを受けていた。

 本人はそれを気にしてなのか、童顔を隠すために髭を伸ばしたり、殊更に堅苦しい喋り方をしているのだが、逆にそれらがからかわれる原因にもなっていた。


「分からん。――いや、殺した相手は分かっている」

「はあ? ”不死の”、お前何言ってんだよ。意味分かんねえし」


 陰気な男――”不死”の異名を持つ男――は、言葉を探して首を傾げた。


「殺したのは女だ。目撃者がいる。が、どうやって殺したのか、それが分からない。あるいは殺したのはその女ではないのかもしれない」

「??? 現場を見たヤツがいるんだろ? だったらどうやって殺したか、分からないはずないだろうが」


 モノティカは困惑している。


 確かに、二つ矢アッカムが殺された事は素直に驚きだ。

 もし、五つ刃から戦死者が出たら、間違いなく次に五つ刃に入るのは彼だと目されていた男だったからである。

 次点としては”赤馬隊”の隊長、”赤備えの騎士”ポルカ辺りだろうか?


 彼らの知らない事ではあるが、昼間の戦闘で二つ矢アッカムだけではなく、赤備えの騎士ポルカも戦死していた。いずれも手を下したのは黒い髪の女である。


「女が駕籠に乗って空から降りて来たかと思えば、二つ矢の体が粉々に吹き飛んだそうだ。そう聞かされてお前なら信じるか?」

「空から? 粉々? えっ? えっ? どういう事?」


 モノティカはあまり知恵が回る方ではない。

 主人である古今独歩ボルティーノの話も、大体いつも半分程しか理解出来ない。

 だから今回も、いつものように自分の頭が悪いせいで話が理解出来なかったのだろうと考えた。


「心配するな。俺にも分からない」

「お前にも分かってなかったのかよ!」


 憤るモノティカ。しかし不死のロビーダは、既に別の事に気を取られていた。

 ロビーダは、日頃感情を見せない彼にしては珍しく、ハッと目を見開くと身を乗り出していた。


「女だ」

「女?」


 その時、ようやく周囲もロビーダが見付けた物に気付いたようだ。兵士達の間にざわめきが広がっていた。


「何だあの駕籠は? いつからあそこにあった」

「あれは亜人か? 亜人の奴隷?」

「おい、駕籠の中を見ろ。若い女が乗っているぞ」

「女? 何だってこんな所に女が?」


 いつの間にか敵陣の土塁の上に、粗末な駕籠が乗っていたのである。

 駕籠の中には黒いイブニングドレスの女が座っていた。

 この距離でもハッキリと分かる艶やかな黒髪の美女である。

 夜の闇が生みだしたかのような、この幻想的な光景に、この場の誰もが思わず意識を奪われてしまった。


 美女は兵士達が見守る中、しばらくジッと堀の底を見ていたかと思うと――フワリ。


「浮いた?! 今、駕籠が宙に浮いたぞ」

「ま、まさか。かがり火の薄明りでそう見えただけじゃないか?」


 駕籠ごと滑るように移動すると、土塁の向こうにその姿を消した。


「何だったんだあれは?」


 この疑問に答えられる者はいなかった。

 この夜、堀の埋め立て地となる五か所全てで、この謎の女の姿が目撃されたという。

もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?

『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』

https://book1.adouzi.eu.org/n6946fj/

昔のレシプロ戦闘機(四式戦闘機)に転生してしまった青年が、異世界の貴族の少女にドラゴンと勘違いされてしまう物語です。

タイトルにこそ戦闘機と付いていますが、ミリタリー色は全然控え目で、軽く読めるお話になっていると思います。

結構長く続いているので、夏休みに読みごたえのある小説を探している方は是非。


次回「メス豚は残業が嫌い」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 通常の敵なら良将として名を残しただろうに…相手は人の領域で推し量れない相手なんだよな…
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