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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
167/518

その165 メス豚と通り魔騒動

 私は死んだ男を見下ろしていた。

 心臓はドキドキと跳ね上がり、喉から飛び出しそうな程激しく脈打っていた。


 さっき突然、水母(すいぼ)が魔力操作で私の周囲に障壁を張った。

 何事かと思って振り返ったら、私の真後ろに殺意丸出しで大型ナイフを突き出している男が目に入ったのだ。

 そりゃあビックリするってもんだろう。

 町の中で突然通り魔に襲われたようなもんだ。

 思わず問答無用で、最も危険な銃弾(エクスプローダー)の魔法をぶっ放してしまったが、一体コイツは何だったんだ?


「どうした?! 今の魔法は何だ?!」

「人間の兵士が倒れているぞ! 女王がやったのか?!」


 私の周囲の小隊員達も慌てている。

 そりゃそうだ。いきなり私が人間の兵士をぶっ殺したんだからな。

 副官のウンタが尋ねた。


「クロコパトラ女王。何があった」

「分からない。けど、コイツ、私を殺そうとしてた」

「何?!」


 最も危険な銃弾(エクスプローダー)の魔法は男の眉間を貫通。頭蓋骨の内部を衝撃波でぐちゃぐちゃにして、後頭部を吹き飛ばしていた。

 そのため、顔は比較的無事で残っている。

 ――とはいっても、目玉は内部からの圧力に押されて両方どこかに吹っ飛んでいるが。

 あれ? この口元を布で覆っている顔。どこかで見覚えがあるような――って、コイツあの時の負傷兵か?!


 ついさっきの事だ。何故か私を睨み付けながら、陣地の奥に連れて行かれた負傷兵がいた。

 不自然に殺気立っていたので、印象に残っていたのだが・・・まさか私を殺しに来るなんて。


 しかしなぜ?

 クロコパトラ女王はこの国とは敵対していなかったはずだが?

 いや、私が亜人を従えていたから狙われたのかも。

 だとすれば、コイツは人間至上主義を教義とする、アマナ教の狂信者か?


 ここでの騒ぎを聞きつけ、ショタ坊達が駆け寄って来た。

 ううっ。面倒な事になりそうな予感が・・・

 流石に同盟軍の兵士相手に、いきなりぶっ放したのはやりすぎだったか?

 いや、しゃーないじゃん。乙女のピンチだったんだから。

 危うく通り魔にナイフで刺されて、異世界転生してしまう所だったんだから。


「女王! 一体何が?!」

「待て! これ以上クロコパトラ女王に近付くな!」


 私の緊張を察して、ウンタがショタ坊達の前に出た。

 小隊員達も武器を手に私を守るように取り囲む。

 一触即発。緊迫した空気に、ショタ坊達が鼻白んだ。


「そこに倒れている兵士が、女王を襲おうとした」

「女王を! 女王はご無事だったんでしょうか?!」


 指揮官の元優男君が慌てて身を乗り出した。

 ショタ坊は驚いて倒れた兵士に振り返っている。


「クワッタハッホ卿、この兵士の所属は?」

「――お待ちを。おい! 各隊の隊長をここに呼べ! 大至急だ!」


 慌てて駆け出す兵士達。

 う~ん、やっぱり面倒な事になったか。

 せっかく手柄を上げて、私らの力が認められたばかりだっていうのに。

 世の中、上手くはいかないもんだ。

 私はお腹に石を飲み込んだような、沈鬱な気分になるのだった。




 結論から言おう。死んだ男の身元は全く不明だった。

 どこの部隊の隊長も、男の顔に見覚えが無かったのだ。

 この男は、別の部隊から迷い込んだんじゃないか、という話だ。

 どういう事?

 この部隊は、本陣の真下の腰曲輪という重要拠点を任されているだけあって、元優男君が実家から連れて来たちゃんとした部隊である。

 だから、各隊の隊長は兵士の顔は大体覚えているらしい。

 けど、死んだ男が他の部隊の者だとすれば話は別だ。王子軍の半数は出自も知れない無宿者達の寄せ集めなんだそうだ。


「死んだ際にかなり人相が変わってますからね。絶対に見覚えがない、とまでは言い切れませんが・・・」

「いや。舌を切り落とされた者が部隊にいるなどと聞いた事もないぞ。罪人か何かだったんだろうか?」


 隊長の一人が、チラリと男の顔を見下ろした。

 死んだ男――もう通り魔でいいや。通り魔男の顔の下半分は見るも無残な有様で、唇はボロ布のようにズタズタに爛れ、開いた口内には舌が見あたらなかった。

 まるでゾンビ映画の特殊メイクのようだ。

 あっちは作り物でこっちはモノホン。その分グロテスクさはマシマシだ。

 ショタ坊なんかは「ヒッ!」と息をのんで、顔を青ざめていた。


「・・・なんとも惨たらしい」

「隣国ヒッテル王国から流れて来た者だろうか? あちらは詐欺を働いた者の舌を切ると聞いたことがあるぞ」

「舌を? 野蛮なヒッテルの者達のやりそうな事だ」


 マジで? それって舌を切って喋れなくする事で、二度と人を騙せないようにするって事?

 何それ怖っ! 隣の国怖っ!


「それでも唇がボロボロになっている説明にはならないがな」

「傷口も塞がっていないし、まだ新しいケガだな。今日の戦いで負傷したんじゃないか?」

「戦いでか? 一体どうやって?」


 確かに。

 もし、今日負傷したとしたなら、一体誰が通り魔男にこんな酷い事をしたんだろうか?



 結局、これ以上は何の結論も出なかった。

 全員で話し合っても、分からない物は分からない、という当たり前の事が分かっただけだった。

 何せ、誰もこの男に見覚えがない上、唯一、事情を知っている本人は、私の魔法を食らって死んでいるのだ。

 ・・・咄嗟の事とはいえ、殺したのはやりすぎだったかもしれんのお。


 それはともかく。いつまでも通り魔男にばかりかまって(・・・・)はいられない。

 今はまだ戦いの途中。敵の攻撃(ウエーブ)は間近に迫っている。

 敵はこちらの都合に合わせてはくれないのだ。


「では、この男は戦死扱いで。一応はこちらの部隊に忍び込んだ敵の諜者の可能性もゼロではない、という事でよろしいでしょうか?」


 こうしてショタ坊が強引に話を締めくくった。

 誰も納得していないが、今はこれ以上調べようもないのだから仕方がない。


「クロコパトラ女王。大変申し訳ありませんでした。今後はそちらに兵士を近付けさせないよう周知させます」

「――よしなに」


 私にとっては、人間に煩わされないプライベート空間を確保出来たのはラッキーだった。

 正に瓢箪から駒が出る。こればかりは通り魔男様様である。

 近くに人間達がいると、義体から出る事が出来ないからのう。


 その時、遠くからブオーブオーと角笛の音が鳴り響いた。

 敵の攻撃(ウエーブ)の開始である。


「おそらく今日最後の攻撃だ! 全員ここで気を抜くなよ!」

「「「「はっ!!」」」」


 指揮官の元優男君の掛け声で、隊長達は自分達の部隊へと散って行った。

 残った兵士が、通り魔男を陣地の端、死体の列に並べる。

 私は何とも言えない気分で、彼らの作業を見守っていた。


「クロコパトラ女王」

「なんでもない。――みんな集合! 私達はさっきと同じ。突撃の合図があるまでここで待機!」


 通り魔男が、あの時私に向かって放った殺気。あれは一体何だったんだろうか?

 殺し、殺される戦場で、敵から恨まれる事があっても、まさか味方から恨まれるとは思っていなかった。

 ――いや。人間は私達の味方じゃない。

 今は同盟相手として共同戦線を張っているだけ。

 決して手放しに信じていい相手ではないのだ。


 私は通り魔男に、私の心の甘さを切りつけられた気がした。

 戦場に来た以上、戦死者が出るのは仕方がない。

 敵だってやられるために攻めて来る訳じゃないんだ。

 勝った方が生き残り、負けた方がやられる。当然の事だ。

 しかし、私のミスで、私の甘さで、味方と思っていた敵に背中から刺されるような事があってはいけない。


 私は無意識に小隊員達に呼びかけていた。


「みんな」

「「「「?」」」」

「絶対に生き延びるわよ」

「「「「おう!」」」」


 そう。この戦いがどうなろうが、この国がどうなろうが、私達には関係ない。

 這いつくばってでも、泥をすすってでも、しぶとく生き延びる。

 生き延びて生き延びて・・・最後の最後に「勝った」と言う。

 それが私達の勝利なのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから約二時間後。空が赤く染まり始めた頃、大モルト軍の攻撃は終わった。

 全体の戦局は、終始大モルト軍が押し気味に進められたが、クロ子達の守る腰曲輪方面だけは安定した守りを見せた。

 これは敵の主力となる”赤備えの騎士”ポルカの騎馬部隊と、”二つ矢”アッカムが倒されていた事が大きい。

 もし仮に、腰曲輪が敵に落とされていれば、イサロ王子は前線から兵を引き抜き、本陣の守りに当てざるを得なくなっていただろう。

 そうなれば前線の崩壊に繋がっていた可能性も、十分に高かったと思われる。


 こうしてこの日の戦闘は終了した。

 イサロ王子軍は辛うじて戦線を維持した。

 しかし、クロ子はまだ知らなかった。クロ子達のいた腰曲輪から見て反対側。正面戦線では、大モルト軍の計略が見事に功を奏し、王子軍は危機的状況へと追いやられていたのだった。

次回「”古今独歩”ボルティーノ・オルエンドロ」

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