その162 ~カルネvs赤備えの騎士ポルカ~
◇◇◇◇◇◇◇◇
「来るな! 俺に構うな、行け! 味方の陣地はヤツらのすぐ先だ。急いで知らせるんだ! ――ぐっ!」
飛来した矢がベルナルドの部隊の若い騎士、エルーニョの足に突き立った。
これで背中と足、二本の矢を受けた事になる。
致命傷ではないが、重傷である事は間違いない。
クロ子の小隊長、亜人の大男カルネは、慌ててエルーニョの下へと駆け寄ろうとした。
しかし、この騒ぎは二人は前方、敵の”赤馬隊”に伝わっていた。
「敵か?! くそっ! 後ろに回り込まれていたとはな!」
敵の部隊の中から、ひときわ目立つ赤備えの騎士が飛び出した。
赤馬隊の隊長、”赤備えの騎士”ポルカである。
「お前達は倒れた敵兵に止めを刺せ! 俺はそこの亜人をぶっ殺す!」
ポルカは長刀を振りかぶるとカルネに叩きつけた。
ガキン!
「ぐっ! 何て力だ」
「――ちっ! 地べたで戦うのはどうにも調子が出ねえ」
本来、”赤備えの騎士”ポルカは、人馬一体となった馬上での戦いを得意とする。
いつもの彼であれば、馬の速度プラス、高い位置から振り下ろされる武器。二つの威力が上乗せされた強烈な攻撃となっていたはずである。
いかにカルネが力自慢でも、馬と人間を合わせた質量を剣一本で受け止める事など出来はしない。
剣ごと地面に叩き伏せられていただろう。
「ええい、この野郎!」
「むっ。たかが亜人と侮っていたか。だが――」
カルネは強引にポルカの長刀を押しやった。そのまま体格を生かした体当たりを狙うが、ポルカには見え見えだ。彼は素早く身をかわした。
カルネは今のやり取りだけで、相手の技量が自分を遥かに上回る事を察してしまった。
言ってみればカルネは、ただの村の力自慢であり、ケンカが強くて度胸はあっても、殺し合いに関してはド素人だ。
対してポルカは、本来の活躍の場が馬上にあるとはいえ、殺し合いの場数も十分に踏んでいるし、剣術も嗜んでいる。
動乱の大モルトでは、いくつかの剣術の流派が広まっている。
その中でもポルカが師事しているのは”捨身剣”。
体術を中心とする、一風変わった超実戦剣術だ。
捨身剣では武器を選ばない。全ての基本は体術にあり、武器は手足の延長と考える。
槍が無ければ剣を、剣が無ければそこらの石を、石もなければ砂で目つぶしを。
武器となるモノはとにかく何でも使う。勝つためなら卑怯も何もない。そういう”生き汚い”剣術なのである。
焦るカルネの視界の隅で、敵の兵士がエルーニョの背に剣を突き立てるのが見えた。
「ぐはっ――」
「くそっ! テメエら何してやがる!」
「馬鹿か?! 他人の心配をしている場合かよ!」
カッと頭に血が上るカルネ。エルーニョを助けようと振り返った所を、背後からポルカの長刀に貫かれてしまった。
「ぐうっ・・・」
「ちっ。骨に阻まれちまったか。ああ、面倒くせえ。地べたに降りての戦いがこうももどかしいとはな」
カルネは自分のミスを悟った。
この敵は強い。中途半端な覚悟で戦っていてはなぶり殺しにされるだけだ。
(すまねえ。一旦、お前の事は見捨てさせてもらうぜ)
カルネは心の中でエルーニョに詫びた。
(ここからは、一か八か、命を懸けてコイツに挑む!)
血を吸って濡れたシャツが、べったりと張り付いて動きづらい。
どうやらかなりの出血のようだ。
背中が焼けるように痛い。
敵は遥かに格上、こちらは負傷している。そしてもし、幸運に恵まれて相手を倒す事が出来たとしても、次の瞬間、彼は周囲の敵兵達に寄ってたかってなます切りにされてしまうだろう。
カルネの命は今や風前の灯。死神の鎌は頸動脈ギリギリにまで達しているかと思われた。
タイミング。角度。全てが奇跡だった。
”赤備えの騎士”ポルカは、カルネの背後の空に信じられないモノを見付けたのだ。
「あん? 女の乗った駕籠?」
青い空にポツンと一つ。質素な駕籠が浮かんでいた。
どんなトリックを使っているのか、駕籠は何かに引っ張られるようにスルスルと丘を降りて行く。
あまりに奇妙な光景に、一瞬、ポルカの思考が止まった。
戦いの中、不可思議な出来事に目を奪われてしまったのだ。
そしてそれはポルカだけではなかった。
彼の部下達も呆けたように空に浮かんだ駕籠を見つめていた。
緊迫した戦いの場に生じた僅かな空白。
カルネはこの隙を見逃さなかった。
「うおおおおおっ!」
「しまっ――ぐっ!」
彼はエルーニョから預かった剣を腰だめに構え、体ごとポルカにぶつかって行った。
大男が全体重をかけて全力でぶつかって来たのだ。例えポルカが体幹を鍛え上げているとはいえ、傾斜した足場で受け止め切れるはずはない。
二人はもつれ合ったまま、斜面を転がり落ちていった。
ポルカの部下達は、一瞬、何が起こったか理解出来なかった。だが、直ぐに正気に戻ると、慌てて隊長の後を追いかけようとした。
「くそっ! 亜人風情めが!」
「ま、待て! あれを見ろ!」
誰かの声に空を見上げると、さっきの駕籠が音もなく空中を滑り、こちらに向かって来るのが見えた。
駕籠の中ではこの世の者とは思えない美貌の女が、冷たい目で彼らを見下ろしている。
「な、なんだあの女は! こっちに向かって来るぞ!」
「隊長! ポルカ隊長はどこに行った?!」
「く、来るな! 化け物!」
女を乗せた駕籠は彼らの上空に達すると、小さな声を漏らした。
「最も危険な銃弾乱れ撃ち×10」
「「「「ギャアアアアアアアッ!」」」」
死を告げる百発もの不可視の弾丸が、彼らの頭上から雨あられと降り注いだ。
丘の下では、二人の男が倒れていた。
亜人の大男カルネと、”赤備えの騎士”ポルカである。
ポルカの脇腹には深々と剣が刺さっている。
カルネの捨て身の攻撃は、ポルカに深手を負わせていた。
「くそが。俺としたことが何てザマだ」
ポルカは顔を歪めながら立ち上がると、脇腹に刺さっていた剣を引き抜いた。
「ぐっ・・・痛つつ。ハアハア・・・も、もう少し内側にズレていたら、まともに腹をやられていた所だったぜ」
自分の長刀は、丘を転がり落ちている最中にどこかに落としてしまった。
ポルカは敵の剣を握りしめると、倒れたままの亜人――カルネへと向かった。
カルネはピクリとも動かない。気絶しているだけなのか、あるいは打ち所が悪くて死んでしまったのか。
「亜人ごときが。よくもこの俺を!」
ポルカは剣を振り上げるとカルネの頭に叩きつけた。
ガツン!
兜がへこむ程の強い衝撃に、カルネの意識は無理やり覚醒させられた。
「がっ・・・」
「はんっ! まだ死んでなかったか、しぶといヤツだぜ! 俺からのプレゼントだ、たっぷり味わってくれや!」
ポルカは兜と言わず、鎧と言わず、無茶苦茶に剣を叩きつけた。
カルネは必死に体を丸めると、辛うじて顔と腹部をガードした。
カルネが体のあちこちから血を噴き出し、全身がしびれて感覚を失った頃、ようやくポルカは切り疲れてその手を休めた。
「ハア・・・ハア・・・おら、止めだ。最後にその首、切り落としてやんよ」
ポルカはカルネの上に馬乗りになると、首に剣を押し付けた。
カルネは剣を掴んで止めようとするが、手がしびれて思うように力が入らない。
「ほら、どうした? さっきみたいに抵抗してみせろよ。どうした、首に剣がめり込んでいるぜ? ああ、大分刃こぼれしているから、簡単には切り落とせそうにないな。やれやれ、最後まで面倒をかけさせやがる。まあ、その分俺は長く楽しめるってもんだがな」
(ぐっ・・・息が・・・俺は殺されるのか? 死・・・殺され・・・俺)
カルネの頭に走馬灯が浮かんでは消えた。
楽しかった事、嬉しかった事、両親が、家族が、友人が、小隊の仲間達が、黒豚のクロ子が・・・
カルネは朦朧とした意識の中、戦いに向かう直前、クロ子と交わした会話を思い出していた。
あの時、自分は何と言っただろうか。
そう。確か、「俺はこの通り頑丈に出来ている」。それと、「俺達には女王に鍛えられた魔法もあるし、そう簡単にはやられやしねえぜ」だった。
「そういえば今まで俺は戦場で敵を何十人と殺しているが、亜人を殺すのは初めてだ。どうせなら最初はお前みたいなヤツじゃなく、亜人の女を組み敷いてヒイヒイ言わせながら殺してやりたかったぜ。なあ? この国には亜人が大勢いるのか? だったらそのうち試してみてえんだがよ」
ポルカは自分の言葉の何が面白かったのか、ゲラゲラと笑った。
カルネは酸素不足で白濁していく意識の中で思った。
手足は痺れて動かない。
クロ子に教えられた魔法がある。
息がかかる程近付けられた顔。
視界いっぱいに広がる醜い表情。
大口を開けて笑う男。
男の口が――口の中が――俺には魔法が――そうだ、魔法だ――魔法を使わないと――
「(圧縮)」
カルネはほとんど意識を失っていた。
それは本能的な魔法の発動だった。
無事に発動した圧縮の魔法は、大きく開けたポルカの口内の空気を限界まで圧縮すると――
パンッ!
ポルカの口の中で炸裂した。
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次回「復讐の誓い」




