その160 メス豚vsスナイパー
腰曲輪に作られた簡易陣地の中。崖下の木立を見張っていた負傷兵が叫んだ。
「今、矢が飛んだ! クロコパトラ女王の言っていた通りだ!」
やはりいたか!
この距離での射撃。間違いない。”二つ矢”アッカムだ!
ショタ坊が負傷兵に尋ねた。
「どこを狙ったか分かりますか?」
「そこまでは・・・。敵のかなり後方に飛んだように見えましたが」
件の負傷兵は木立から目を切らさずに答えた。
私は敵の凄腕スナイパー、”二つ矢”アッカムを逆スナイプするために、前線に出ずにこうして後方に控えていた。
しかし、戦いが始まってもヤツはジッと息をひそめて動きを見せなかった。
あるいは既に前線から下がって、もうここにはいないのか? いや、そんなはずはない。
あれほど貴重な戦力を後方で遊ばせてどうする。”二つ矢”は戦場のどこかに潜んでいる。必ずだ。
私は手が空いている負傷兵に手伝って貰って、懸命に”二つ矢”の行方を捜していた。
「! また矢が放たれた! 見えた! あの木にいるぞ!」
「俺にも見えた! あんな高い場所に登っていたのか!」
二度目の射撃で別の兵士も発見したようだ。
木立の一部を指差して叫んでいる。
私の小隊の副官ウンタが、叫んでいる兵士の肩を掴んだ。
「どこだ? どこにいる?」
「あそこだ。この指の真っ直ぐ先。右から数えて三本目。一番大きな木の梢のすぐ下。茶色の服を着ている」
「――あれか。見えた」
ウンタは私に振り返った。
「ウンタ。やって頂戴。さっき言った通りにね」
ウンタは頷くとペタリと地面に座り込んだ。その状態で手に持った長い筒を構える。
筒の直径は約15㎝。長さは約1m。筒の中央には小さな穴が開いていて、筒の内部を貫通している。
ビッシリと巻きつけられた紐が膠の接着剤でガチガチに固められ、持ち手のすぐそばには長い棒が生えている。
そう。これは亜人村のマニスお婆ちゃん作成の、”試製魔法銃・最初期型”なのである。
以前、発射試験を行った試製木製大砲。あれと同時にマニスお婆ちゃんに発注していたのが、この魔法銃となる。
念のために駕籠の中に入れて持って来ていたのを、まさかこんな形で使う事になるとはな。
発射試験の時の反省を踏まえて、銃身は紐をぐるぐる巻きにして補強されている。
そのせいもあって、やたらとゴツイ見た目になってしまったが、強度を確保するためにはやむを得ないだろう。
弾丸の口径は約10mm。ライフル弾というよりも拳銃弾に使われるような豆鉄砲だが、あくまでもこれは試作品。
それに弾丸となる鉛が村では貴重品なのだ。けち臭い話だが、それなりの数を揃えようとすると、弾丸一発に必要とされる鉛の量も馬鹿にならないのである。
将来、魔法銃部隊を編成するなら、鉛の仕入れ先も考えないといかんよなあ。
おっと、今は先の話をしていても仕方がないか。
銃身が木製という事もあって、砲身内部はライフリングがされていない、いわゆる”滑腔砲”となる。
鉛の弾丸も手作りでムラがあるし、銃弾の重量が軽いので風の影響を受けやすいし、そもそも銃身もたったの1mしかないしで、命中精度はすこぶる悪い。
だったらせめて銃身を伸ばせばいいだろうって?
まあそうなんだが、見ての通り、強度を出すために銃身がやたらと肉厚になっているため、木製とはいえ今の状態でも結構な重量があるのだ。
これ以上銃身を長くすれば、重すぎて取り回しが悪くなる上、重量に負けて、余程の力自慢でない限り狙いが安定しなくなるだろう。
ここらが手作り木製銃の限界という訳だな。
やはり将来はどこからか鍛冶職人の手配を・・・って、先の話はもうええっちゅーねん。
はあ。魔法銃は課題が山積みだわ。
「クロコパトラ女王」
ウンタが私を呼んだ。射撃準備が整ったのだ。
ショタ坊が不思議そうな顔で私達を見ている。
さっき軽く説明したが、今一つピンと来ていないのだろう。
だからといって何の問題も無いのだが。
「狙い良し」
「了解。――圧縮!」
魔法の発動と共に、銃身の内部で空気が圧縮される。
ウンタの手元の棒が、シュコンと引っ込む事で空気取り入れ口が塞がる。その瞬間、圧縮された空気が臨界点を超えて膨張した。
この間、約一~二秒。僅かな時間だが、手元がブレて照準が乱れるには十分な時間だ。
発射までのタイムラグが魔法銃の最大の欠点かもしれない。
パンッ!
大きな破裂音と共に、銃口から鉛の弾丸が飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
崖の下。大きな木の梢に近い木の枝に”二つ矢”アッカムは陣取っていた。
小柄なアッカムの身長に、匹敵しようかという大型の弓がしなると、ビュン! 空気を切り裂く音を立てて矢が放たれた。
「――よし」
矢は狙い過たず、敵兵の足――左の太ももに命中した。
これであの兵士は逃げ足を封じられた。
敵がもう一人いるのは分かっている。今はたまたま射線から切れているが、仲間を助けるために近寄った所を仕留める。
アッカムは弓に次の矢をつがえた。
味方の兵士、”赤馬隊”も、背後の敵兵の存在に気付いたようだ。振り返って何か騒いでいるのが見える。
二人の敵兵の命は今や風前の灯である。
アッカムは余裕を持って弓を構えた。
”赤備えの騎士”ポルカの率いる赤馬隊は、本来であれば快速を旨とする騎馬部隊である。
しかし、騎士としての練度も高く、馬を降りても一騎当千、そこらの兵士が束になっても敵わない凄腕揃いでもある。
実の所”赤備えの騎士”ポルカの剣士としての技量は、親衛隊の中ではさほど高くはない。
彼が良く目立つ赤備えの鎧を着ているのは、足りない武勲を戦場で目立つ事で補う意味もあったのだ。
乗馬の技量は高くとも、馬を降りれば剣士としては一流半。それが”赤備えの騎士”ポルカの実力なのである。
(ポルカは手柄を焦っている。功名心は戦果を後押しする力にもなるが、焦りは良くない)
アッカムは仲間を心配していた。
確かにポルカは常日頃から功に逸る傾向が強かった。
実は親衛隊にはポルカの剣術の兄弟子がいる。親衛隊の中でも”五つ刃”と呼ばれるトップ五人のうちの一人である。
その名は”不死の”ロビーダ。
ポルカは兄弟子に並び立つため、貪欲に手柄を欲していた。
(まあ、俺がこうして援護している限り、万が一もないのだがな)
アッカムは自分の力を過信してはいない。ただ純然たる事実として、この戦場で自分を上回る射手はいないと判断しているだけである。
その自分が、こうして全力でサポートに回っているのだ。
万が一の事態などあろうはずも無かった。
彼の視線の先で、射線から切れていた敵の兵士が立ち上がった。
大柄な男だ。その伸びた鼻面を見てアッカムは意表を突かれた。
兵士は亜人だったのである。
人間の兵士と同じ装備をしていたので、後姿を見ていただけでは気が付かなかったのだ。
(まあ、相手が亜人だろうが人間だろうが、同じ事だ)
アッカムはキリリと弓を引き絞った。
親衛隊でも何人もの力自慢が挑んでもびくともしない強弓が、大きく弧を描いた。
極限まで高まった集中に、視界がスッと狭まる。
今まさに、必中の矢が亜人の大男に放たれようとしている――その瞬間だった。
ヒュン。
小さな飛翔音と共に、ピシッ! 視界の隅の木の葉が弾け飛んだ。
「? 何だ?」
集中を乱されて、アッカムは不機嫌そうに木の葉の跡を見つめた。
ピシッ!
今度は自分の頭の上の枝に何かが命中したようだ。
アッカムは背を伸ばして木の枝に手を当てた。
「――何か小さな物が埋まっている? 金属の欠片か?」
どうやら、小石よりも小さな金属の欠片が高速で飛んで来て、木の枝にめり込んだらしい。
アッカムは金属の欠片が飛んで来た方向を目で追った。
そして敵陣の中、座り込んだままこちらをジッと見ている男と目が合った。
俺はヤツに狙われている!
それは直感だった。手段は分からない。しかし、あの男は何らかの方法で自分を狙っている。
アッカムは咄嗟に男の射線から体を隠そうと、身を翻した。
しかし、彼の判断は後一歩遅かった。
ビシッ!
右肩に焼けるような鋭い痛みが走った。衝撃で枝から足を滑らせる。
ヤバイ! と思った時には、バランスを崩して転落していた。
咄嗟に目一杯両手を広げ、木の枝を捕まえようとする。
「ぐっ! うぐっ! かはっ!」
バキバキバキッ! 盛大に木の枝を折りながら、アッカムは地面に叩きつけられた。
幸い、大小の木の枝でそれなりに落下速度は殺されたらしく、あれほどの高さから落ちたにもかかわらず、致命傷は負わなかった。
アッカムは痛む胸を押さえた。どうやら肋骨を折ってしまったらしい。
息をするだけで胸が刺すように痛んだ。
(俺の弓は・・・くそっ! ダメか! 一体今の攻撃は何だったんだ?!)
自慢の大弓は弦が切れ、真っ直ぐに伸びていた。
弦を張り替えるのに三人がかりの力を必要とする強弓である。
負傷した今のアッカムではどうしようもなかった。
(とにかくこの場は退くしかない。何をされたのかは分からないが、ヤツの顔は覚えた。次の戦いでは最初にヤツを狙う)
アッカムは痛む胸と右肩を庇うようにしながら起き上がった。
まさか敵に自分を狙撃して来る者がいようとは。アッカムは自分の腕に溺れ、敵を侮っていた事を後悔した。
しかし、彼にはその後悔を次に生かすチャンスが残されていなかった。
アッカムは、ふと、先程まで響いていた戦場の喧噪が遠のいている事に気が付いた。
何が起こった?
アッカムは痛む体を騙し騙し、周囲を見回した。
「――は?」
それはある種、幻想的な光景だった。
戦場は水を打ったようにシンと静まり返っている。
誰もが、自分の目で見ている光景が信じられないのだ。
駕籠がポツンと宙に浮かんでいた。飾り気のない質素な駕籠だ。
駕籠の中で眼下を見下ろしているのは、見た事も無い美しい女。
黒いイブニングドレスに艶やかな黒い髪。白い肌には血で染めたような赤い唇が怪しく光っている。
戦場という殺伐とした空間には似つかわしくない、涼やかな表情。
全てを超越したかのようなその佇まいに、男達は目の前の戦いを忘れ、心を奪われていた。
「――何で女が」
「EX最も危険な銃弾」
女の唇が謎の言葉を紡ぐと、極み化された不可視の弾丸がアッカムの胸部を捉え、その上半身を木っ端みじんに吹き飛ばした。
こうして”二つ矢”アッカムは、何が起きたのかも分からないまま、混乱の中で絶命した。
もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?
『戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ』
https://book1.adouzi.eu.org/n6946fj/
昔のレシプロ戦闘機(四式戦闘機)に転生してしまった青年が、異世界の貴族の少女にドラゴンと勘違いされてしまう物語です。
タイトルにこそ戦闘機と付いていますが、ミリタリー色は全然控え目で、軽く読めるお話になっていると思います。
結構長く続いているので、ボリュームのある小説を探している方は是非。
次回「メス豚、やってしまう」




