その155 メス豚と防衛戦
戦場にブオー、ブオー、と、ほら貝? 角笛? の音が鳴り響く。
今朝から始まって何度目かの攻撃が終わったようだ。
まるで潮が引くように、みるみる敵兵達が後退して行く。
争いの喧噪が遠のき、静寂が訪れた陣地の周辺にホッと弛緩した空気が流れた。
「なあ、これで何度目の後退だ?」
「三度目かな? 戦ってのはこうやってやるんだな。知らなかったぜ」
見学組の亜人達の間からのんきな感想が漏れる。
お前ら完全に他人事だな。まあ、ここは最前線から遠く離れた本陣だし、実感が湧かないのも仕方がないけど。
野戦の場合はどうかは知らないが、少なくとも攻城戦は、攻撃側がまるでストラテジーゲームのようにウェーブ――攻撃の波――を繰り返して、相手の損耗を重ねる方法を取るのがこっちの世界でのセオリーのようだ。
だから防衛側はウエーブの合間合間にこうして休憩が出来る事になる。
そう考えれば、休まず切れ目なく攻め続けた方が効果が高そうだが、それだとおそらく攻め手側の兵士の体力がもたないのだろう。
勉強でも仕事でも、メリハリを付けずにだらだらと続けても、かえって作業効率が下がってしまうというわけだ。
副官のウンタが戦場の一角を指差した。
「なあ、カルネ。さっきから気になっていたが、あの場所はヤバいんじゃないか?」
「ん? そうか? どれ、どこの事だよ」
ウンタの指摘に大柄な亜人の青年――第一分隊隊長のカルネが身を乗り出した。
ふむ、どれどれ。
ウンタが指差しているのは、本丸となっている丘の東。斜面に何本も深い切れ込みが入っている場所だった。
「ああ、あの溝か。なんであんな溝が何本も掘ってあるんだろうな」
「あれは竪堀ね」
「たてほり?」
いやまあ、私も詳しくは知らんのだがな。
竪堀とは堀切――陣地防衛のために、斜面を開削して溝にしたもの――の一種で、陣地を囲むように作られる横堀とは違い、斜面に沿って縦に作られたモノの事を言う。
斜面に取り付いた敵は堀切によって横移動が邪魔され、防衛側から狙いやすくなるという訳だ。
「まんべんなく四方八方から攻め込まれたら、守る方が大変でしょ? だから敵を一列に纏めちゃって、先頭の相手しか戦えないようにしてしまう訳よ」
「へえ・・・なんでそうなるんだ?」
カルネの返事に私は思わずズッコケそうになってしまった。
あんたちょっと頭に栄養が足りてないんじゃない? オメガを摂れ、オメガを。(※オメガ3脂肪酸 脳に良いとされる三つの栄養素 DHA・EPA・αリノレン酸の事)
不思議そうにウンウン頭を捻るカルネとは違って、ウンタは相変わらず難しい顔をしている。
ああ、そういえばアンタはさっき、「あの場所はマズいんじゃないか?」とか言ってたっけ。
私はウンタが注目している場所を良く見てみた。
――あれは。
ちいっ。そういう事か。敵もいいようにやられているばかりじゃなかったんだな。
「ウンタ。ショタ坊――じゃなかった、私達と一緒に来た人間の子供を呼んで来て。大至急。重要な話があるから」
「分かった」
私の意図を察したのだろう。ウンタは素早く走り去って行った。
果たして次の敵の攻撃の開始に間に合うか?
すぐにウンタに連れられてショタ坊がやって来た。
ショタ坊の護衛達は厳しい目でこちらを睨んでいる。
今朝からの戦いで気が立っているのだろう。何もせずに本陣で遊んでいる私達を不快に感じているようだ。
私らだって好きでサボっている訳じゃないんだがのう。
「クロコパトラ女王、大至急との事ですが何か?」
「あそこを見りゃれ」
あそこを見ろ、と言ったくせに全く動かない私に代わって、ウンタが例の場所を指差してくれた。
すまん、ウンタ。私もせめてこの義体の腕くらいは動かせるようにならんとな。
私が密かに反省している中、ショタ坊は不思議そうな顔でこちらに振り返った。どうやら彼の目にはただの溝にしか見えなかったようだ。
今やお貴族様になったとはいえ、つい半年ほど前まではショタ坊村のただのショタだ。気付かなくても仕方が無いか。
私達の様子を見て、こちらを睨んでいた護衛の騎士が、チラリと斜面を見下ろした。
怪訝な表情で見つめることしばし。――が、やがて何かに気付いたのか、ハッと息をのむと「まさか」と声を漏らした。
「? 何か気付いたんですか?」
「ラリエール様(※ショタ坊の家名)、あそこを見て下さい!」
護衛のただならぬ気配に戸惑うショタ坊。だが、やはり彼の目にはただの斜面しか映っていないようだ。
私の副官ウンタが、適当な石を拾うと地面に数本の線を引いた。
「コレは丘の斜面に掘られた溝だと思ってくれ。敵の兵士は朝からこの溝を辿って丘の頂上を目指していた。だが、敵は攻撃に紛れて溝の途中に土嚢を積んで簡易の橋を作っていたんだ」
ウンタの指摘に、ショタ坊は慌てて斜面を見下ろした。
だが、ウンタの言う”橋”は、兵士の死体や崩れた柵の残骸に紛れて上手くカモフラージュされている。
素人のショタ坊には中々見つけられずにいた。
私? 私らも当然、素人だが、今朝からずっとこの場所で戦の様子を見ていたからな。
良く見れば、「妙に不自然に残骸が固まっている場所」くらいは気付くさ。
ウンタはショタ坊に声をかけた。
「おい。時間が無いから話を続けるぞ。敵が橋を作ったのはこの場所とこの場所とこの場所だ」
そう言ってウンタは地面に引いた線の一部にバッテンを描いた。全ての橋を繋いだ先にあるのは丸い記号。
ショタ坊はハッと目を見開いた。
「敵の狙いは”腰曲輪”か!」
本丸の斜面の途中、丘や山の中腹に張り出すように作られたスペースの事を”腰曲輪”と呼ぶ。
山の腰に位置する場所に作られた曲輪。それで”腰”曲輪である。
ガチの防衛施設である二の丸、三の丸とは違い、腰曲輪の役目はあくまでもサブ的なものとなる。
ちなみに”曲輪”とは城の区画の呼び名で、本陣のある本丸の区画は”本曲輪”。本丸の手前に設けられた防衛施設――二の丸の区画は”二の曲輪”と呼ばれる。そういった曲輪――区画が集まったものが”砦”ないしは”城”となるのである。
竪堀には、敵を簡単には腰曲輪に取り付けないようにする役目もある。
曲輪に対して横に作られた堀を乗り越えないと、敵は腰曲輪にたどり着けないためである。
どうやら敵は目障りな腰曲輪を攻略するために、部隊が斜面を横移動出来るように通路を作ろうとしているようだ。
幸い通路はまだ完成していないらしい。そして現在、ここから見た範囲で味方に何の動きも無い以上、どうやら現場は敵の思惑に気が付いていないようだ。
我々は俯瞰で全体を見下ろしていたために、たまたま気が付いたのかもしれない。
ショタ坊は慌てて立ち上がった。
「ご忠告を感謝致します。君、急いで前線まで――いや、僕が直接行きます」
ショタ坊は護衛の騎士を連絡に向かわせようとしたが、すぐに自分で直接現場に向かって指揮する事を決断した。
現場の指揮官が事態を甘く見て後回しにしてしまえば、取り返しのつかない事になる。そう懸念したのだろう。
「それでは――」
「まあ待て」
私はショタ坊を呼び止めた。
「ここで見ているだけなのも退屈していた所じゃ。妾達も手伝ってやろうではないか」
ショタ坊は困惑の表情を浮かべて私を見た。
いや、違うか。きっと頭の中で、前線に私達を連れて行く事のリスクとメリットを秤にかけているのだろう。
「お気持ちは嬉しいですが、私の一存では決めかねます。殿下に伺いを立てないと」
どうやらショタ坊は、面倒ごとに関わっている時間はない、と判断したようだ。
だがそうはいかない。
「妾達は主に自由行動を約束して貰っているはずじゃが?」
「ぐっ! そ、それは確かに・・・」
返事に詰まるショタ坊。
約束をしたのはショタ坊本人だからな。当然言い逃れなんて出来ないのだ。
ショタ坊は困った顔で上目遣いに私を見た。
おおう。なんつー嗜虐心を刺激する表情だ。
なんて顔をするんだお前は。私の心のいけない扉が開いたらどうしてくれる。
「あの、私は撤去作業を指示しに行くだけで戦いに行く訳ではないですよ?」
「・・・知っておるわ。退屈したからと言うたであろうが」
まあウソだがな。
このままだと、せっかく敵の狙いをあばいた功績を、まるっとショタ坊に奪われてしまいそうだ。
せっかく覚悟を決めて戦場まで来たんだ。このまま見学しているだけ、という訳にはいかない。
手柄を立ててこの国に恩を売るためにも、先ずは王子に私らが役に立つ事を認めてもらわなきゃならん。
せっかくのチャンスなんだ。ここは最大限に利用させてもらおう。
迷うショタ坊を護衛の騎士が促した。
「ラリエール様。敵の攻撃が始まる前に向かいませんと」
「・・・そうですね。分かりました。クロコパトラ女王。けど、前線では私の指示に従って下さいね」
「よかろう」
よしっ。これで防衛戦に参加する口実を得た。
抜け駆けの功名、という言葉もあるように、一度戦場にさえ出てしまえばこっちのもんだ。
いやはや腕が鳴りますな。
「――本当に指示に従って下さいね」
「よかろう」
私の態度から何かを察したのか、念を押すショタ坊。
まあ、それでも私のやる事は変わらんがな。
もしもこの小説が気に入って貰えたなら、私の書いた他の小説もいかがでしょうか?
『レベル1の最弱が上限突破の最強レベルに~スキル・ローグダンジョンRPGで俺はダンジョンの中では最強~』
https://book1.adouzi.eu.org/n1567fk/
長いタイトルですみません(笑)。こちらは完結作品となっています。
十年前に異世界に転移してしまった少年(今は青年ですが)が、日本に帰る手段を求めてダンジョンに潜る話です。
どちらかといえば、バトルよりもドラマ寄りのお話だと思います。
話数にして150話程(約50万文字)なので、小説を読み慣れている方であれば二~三日で最後まで読めるかもしれません。
読みごたえのある完結作品を探している方は是非。
次回「二つ矢アッカム」




