その153 メス豚、イケメン王子と再会する
私達は王子軍の本陣テントに通されていた。
正面に座っているのは、指揮官のイサロ王子。
緩やかにカーブを描いた金髪に、宝石のような碧眼の絵に描いたようなイケメン王子だ。
しかし、ランタンの薄明かりのせいだろうか。王子は以前に見た時よりも随分とやつれて見えた。
母国に大陸の三大国家の一角、大モルトの大軍が攻めて来ているのだ。
心労だの疲労だのが蓄積しているのも仕方がないよな。
ちなみに王子の後ろには、副官らしきカイゼル髭のロマンス・グレーなオジサマ。それとショタ坊。
対してこちら側は、私ことクロコパトラ女王と私の副官のウンタ。それとピンククラゲこと、前人類の対人インターフェイス水母。
とはいえ、王子側は水母の正体を知らないので、向こうは我々は二人だと思っているはずだ。
水母の存在は私達の切り札だからな。ギリギリまで伏せておくつもりである。
こうして我々の会談が始まったのだが――
(なんか空気が重いんだけど。ひょっとして私達って歓迎されていない?)
そう。王子は不機嫌そうな顔を隠そうともせず、先程からジッと私を睨み付けたまま、黙り込んでいる。
ひょっとして、寝入り端を起こされて気分を害しているのだろうか?
私も寝起きが悪い方なので、その気持ちも分からないではないが、こちとら遠路はるばる助けに来てやったのだ。ちょっとくらい愛想良くしてもいいと思うんだが?
ショタ坊は不機嫌な主人をどうして良いか分からないようだ。今にもストレスで死にそうな顔をしている。
いつまでも口を開かない王子に代わって、ロマンスグレーの副官が会話の口火を切った。
「――ゴ、ゴホン。ええと、先ずは互いの自己紹介から致しましょうか。このお方はこの国の王子であらせられるイサロ殿下でございます」
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子達クロコパトラ小隊がイサロ王子軍と合流したのは、そろそろ日付けが変わろうかという深夜だった。
彼らは快速を生かし、戦う事無く大モルト軍の包囲網を突破したのであった。
味方の陣地に入ってすぐに、ルベリオは王子のテントに向かった。
クロ子の想像通り、王子はテントで寝ついた所だった。
王子は寝起きにもかかわらず、ルベリオの帰還と再会を喜んだ。
しかし、その喜びもルベリオの報告を聞くまでの間であった。
「クロコパトラ女王と、女王の部下四十人が、殿下に協力してくれるとの事です!」
「――むっ? あ、ああ、そうか」
途端に表情を曇らせるイサロ王子に、ルベリオは疑問を覚えた。
ルベリオは気付かなかった。王子はクロコパトラ女王の存在を持て余していたのだ。ハッキリ言えば迷惑だと思ったのである。
確かに数日前、王子はルベリオの献策を受け入れ、クロコパトラ女王の協力を仰ぐ事を決断した。
王子軍にはまともな戦力が不足していたし、猫の手も借りたい状態だったのは間違いない。
だが、ルベリオが王子軍を離れていたこの数日の間に、戦局は大きく変化してしまった。
現在、王子軍は、圧倒的多数の大モルト軍の攻勢を退け、今も互角の戦いを続けている。
なぜこのような事が可能になったのか?
敵部隊の将軍、カルミノ・”ハマス”・オルエンドロは、陣地に立てこもった部隊を攻めるのを苦手としていた。
そしてこの場所は、建設半ばで放棄されたとはいえ、元々砦が作られる予定だった程、守りに適した土地である。
守りに徹した敵を攻めるのが苦手な敵将と、有利な地形で完全に守りに徹した王子軍。
敵味方の攻守が絶妙にかみ合って、微妙な均衡状態が作られていたのである。
さらに王子軍にとっても、選択肢の少ない状況が良い形で作用した。
連日の激しい戦いに、練度が低かった王子軍の兵達が経験を積み、成長していたのである。
とはいえ、あくまでもこの戦いにおける最適化であり、この陣地、この相手に対しての防衛戦に限った話ではある。
とはいえ、王子軍の兵士達は成長し、今では敵の攻撃を危なげなくさばけるまでになっていた。
王子もようやく明日をも知れぬ状況から解放され、次の方針を考える余裕が出て来た所であった。
そんな状況の中、ルベリオが亜人部隊を率いて戻って来た。
中途半端な増援は不確定要素であり、ようやく安定した現在のバランスを崩しかねない。
自分で呼び出しておいて身勝手な話だが、王子は「面倒な事になった」と感じたのである。
「あの、殿下?」
「いや、何でもない。それで亜人達は今、どうしている?」
「あ、はい。夜とはいえ、兵士の目もあります。本陣の天幕で休んで貰っています」
四十人を入れるには狭い天幕だが、深夜という事もあって、テントは全て就寝中の兵士達で塞がっている。
かといって、外に待たせておいて騒ぎになってはマズい。
将兵達のほとんどは、ルベリオが亜人に協力を求めに出た事を知らない。
さらに彼らは連日の戦いで気が立っている。
「何でこんな所に亜人風情が!」と、絡む者も出かねない状況である。
もしもそうなった時に、あのクロコパトラ女王がどう反応するか? ルベリオにも想像は出来なかった。
(やはり俺が亜人の女王に会わねばならんか)
王子は気が乗らなかった。
副官の”目利きの”カサリーニ伯爵に丸投げする事も考えたが、何か不手際があっては取り返しがつかない。
伯爵に任せるにしろ、責任者である王子が同席する必要があるだろう。
王子は渋々重い腰を上げた。
「分かった。会おう。おい、誰かカサリーニ伯爵を呼びに行け」
イサロ王子の指示を受けて、テントの入り口で立哨していた兵士が走り去った。
「女王とは隣の天幕で会談をする。お前も同席しろ」
「はっ」
ルベリオは王子の不機嫌そうな態度を不思議に思いながらも、大きく頷くのだった。
イサロ王子がカサリーニ伯爵と簡単な打ち合わせを済ませ、テントに入ったのは三十分程後の事である。
既にクロコパトラ女王は従者の亜人と共にテントの中で待っていた。
(駕籠ごとテントに入ったのか?!)
テントに入った王子は驚きに目を見開いた。
十人は楽に入れるテントだが、クロコパトラ女王の駕籠を入れるにはギリギリだったようだ。
駕籠のかつぎ棒がテントからはみ出しそうになっている。
クロ子も「これはどうかな?」とは思ったものの、彼女は未だにクロコパトラ女王の義体をほとんど動かせない。
当然、歩く事など出来ない以上、駕籠から降りてテントに入るなど不可能だ。
クロ子は戸惑う兵士達をスルーして、駕籠ごとテントに乗り込んだのである。
イサロ王子は困惑しながらも席に着いた。
王子はこの扱いの困る来訪者をジロリとねめつけた。
いや、本人は睨んだつもりはないが、無意識に不満が顔に出てしまったのだ。
気分や考えがその都度、態度や表情に出やすい所は、王子の若さゆえの甘さである。
彼の支持者であるカサリーニ伯爵辺りから言わせれば、今後の課題と感じられる部分であった。
(ほう・・・なる程。ルベリオが顔を赤くするのも分かるな。これはまるで芸術だ)
王子はクロコパトラ女王の美貌に目を奪われた。
艶やかに伸びた黒髪に、ホクロ一つ見当たらない白磁のような白い肌。やや垂れ気味の悩まし気な切れ長の瞳に、濡れたように怪しい光沢を放つ赤い唇。
洗練されたデザインの黒いイブニングドレスは、女性らしい完璧な曲線美を描いている。
唯一、欠点をあげるとすれば、その体を彩る装飾品が、傷の入った安い宝石や粗末な加工品である点ぐらいだろうか?
女王は名画の美女が月明かりに命を吹き込まれ、この世に生を受けたのだ。
そう言われても、王子は「なる程確かに」と納得してしまったかもしれない。
王子は絶世の美貌を前に言葉を失くしてしまった。
いや、それは王子だけではない。彼の後ろに控えたカサリーニ伯爵も同様だった。
先程の打ち合わせでは、女王との話し合いは伯爵が担当して、王子はその場において確認と大まかな方針の指示に留まる予定となっていた。
そもそも、この軍を実際に管理、運用しているのは伯爵だ。
王子は手足となる部下も持たなければ、直属の兵すら持っていなかった。
この部隊はあくまでも”国王が王子に貸し与えた部隊”なのである。
しかし、カサリーニ伯爵は、女王の美貌に目を奪われて、一瞬自分の仕事を忘れてしまった。
伯爵はハッと我に返ると、慌てて言葉を紡いだ
「――ゴ、ゴホン。ええと、先ずは互いの自己紹介から致しましょうか。このお方はこの国の王子であらせられるイサロ殿下でございます」
こうしてようやくイサロ王子とクロコパトラ女王の会談がスタートしたのである。
次回「メス豚、戦場を観戦する」




