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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
154/518

その152 ~カルミノ・オルエンドロ~

◇◇◇◇◇◇◇◇


「輜重部隊が敵の攻撃を受けただと?!」


 大モルト軍の天幕の奥、ひと際勇壮な鎧に身を包んだ男が吠えた。

 歳は三十代後半。太い眉にへの字口。いかにも武人然とした頑固そうな男である。


 彼の名はカルミノ・”ハマス”オルエンドロ。

 迂回部隊の大将であり、大都市ハマスを根拠地とする”ハマス”オルエンドロ家の当主でもある。


 カルミノの剣幕に、連絡に来た騎士が青ざめる。


「それで被害は?!」

「はっ! 当主は勇敢に戦いましたが、残念ながら天佑に恵まれず、敵の刃にかかりましてございます! 敵は物資を焼くと夜陰に乗じて遁走致しました!」

「それで物資の被害は?!」


 カルミノにとって、末端の一族の生死などどうでも良かった。

 敵にいいようにやられたオルエンドロ家の面汚し。その事実に怒りは覚えても、死を悼む気持ちは全く無かった。


 連絡の騎士は緊張にゴクリと喉を鳴らした。


「その・・・村に集めていたものは・・・全て使用出来なくなってしまいました」

「なっ・・・!」


 想像を超えた被害にカルミノは一瞬言葉を失った。


「全て? 全く使えないのか?」

「・・・はっ。懸命に消火致しましたが、火の勢いが強すぎて間に合わず」


 騎士の言葉は全くのウソというわけではない。

 ただ、懸命に消火していたのは部隊の一部で、ほとんどの者は敵の夜襲に算を乱して逃げ惑うばかりだった。


 今回の不幸は、指揮官の不在、その一言に尽きた。

 もし、当主がまともに部隊を把握していれば、おそらくクロ子達は襲撃を諦めていただろう。

 仮に襲撃していたとしても、物資を全て焼き払う事は不可能だったはずである。

 大事な物資を、運搬した先から、全て村の中央に山積みにしていたのがいけないのだ。

 まともな指揮官であれば、リスクを考慮し、村の何箇所かに分けて物資を保管していただろう。


 カルミノの顔が怒りで朱に染まった。

 彼はイスを蹴って立ち上がると、腰の剣を抜き放った。


 ダンッ!


 剣は深々と机に突き立っていた。

 カルミノは剣を引き抜くと、今度は横に薙ぎ払った。


 バンッ!


 机が天幕に当たる大きな音に、立哨中の兵が驚いて天幕の中に飛び込んで来た。


「”ハマス”様! いかがされましたか?!」

「・・・代わりの机を用意しろ。急げ!」

「はっ!」


 慌てて踵を返す兵士達。

 カルミノは、怒気を漲らせながらも一先ずは剣を鞘に納めた。

 報告に来た騎士の姿は無い。恐怖のあまり一目散に逃げ出していた。

 彼はかたわらの将軍をチラリと見た。


「手持ちの物資でどれだけもちそうか?」

「今のままだと三日。伸ばせば十日はもつでしょうが・・・」

「話にならん!」


 カルミノは吐き捨てるように言った。


 彼らは行軍をしているのではない。サンキーニ王国の王子の軍と戦っている最中だ。

 給与を減らせば、兵の士気はたちまち底をつくだろう。

 それに消耗品は食糧だけではない。矢も必要なら敵陣攻略のための資材だって必要となる。


「確かイサロ王子だったか。この国で唯一残った王子という話だが・・・最後まで残っただけに中々にしぶとい」


 イサロ王子の軍が弱卒である事は、カルミノはとっくに見破っていた。

 というよりも、初日の襲撃で捕らえた兵から、相手がこの国の王子が率いる軍である事も、兵の半数近くが兵とも呼べない寄せ集めである事すらも聞き出していた。


 この時点でカルミノは二つの選択肢があった。


 一つは部隊を半分に割って片方を王子軍にあて、もう片方を率いて下流で戦っている敵本隊の側面なり背後なりを突くというものだ。

 無視するという選択肢は無い。もしそんな事をすれば、敵はこちらの背後から襲い掛かって来るに決まっているからだ。


 この場合の問題は、誰に別動隊の指揮を任せるか、である。

 なにせ相手は唯一生き残っている敵国の王子だ。それを捕らえた者はこの(いくさ)でも大きな功績となるだろう。


 本心としてはカルミノ自身が別動隊を率いたかった。

 しかし、敵本隊とあたる部隊を他人に預けるのは問題が大きい。

 こちらの本隊――”新家”アレサンドロ家の若き当主、ジェルマン・アレサンドロにいいように使われ、手柄を全て奪われる恐れがあった。


 今回の遠征軍、その総大将はジェルマン・”新家”アレサンドロである。

 これはカルミノの主君となる本家筋、”執権”アレサンドロ伯爵家の当主が直々に命じた事である。

 本来、”新家”だけで行う所を、”執権”当主は、カルミノも同行し、指揮下に入って戦うようにと命じたのだ。


 本家の当主が何を考えてこのように命じたのかは分からない。

 しかし、カルミノは”新家”の当主、ジェルマンが大嫌いだった。

 いや、憎悪していると言ってもいい。

 本家の命令とはいえ、カルミノはこの二回り程若い他家の総大将の下で戦うのが不満だった。

 そして何より、ジェルマンは”新家”とはいえ正式にモルト王家に認められた【アレサンドロ】である。

 そう。ジェルマンは”執権”アレサンドロ伯爵領では、本家以外に認められていない【アレサンドロ】を堂々と名乗っているのである。


 カルミノは常日頃からジェルマンを見下していた。

 ”新家”アレサンドロなど、吹けば飛ぶような新興の勢力に過ぎない。

 家の格といい、領地の広さといい、ジェルマンの”新家”アレサンドロはカルミノの”ハマス”オルエンドロの足元にも及ばない。

 なのに相手は【アレサンドロ】を名乗り、自分は傍流の【オルエンドロ】に甘んじていなければならない。

 カルミノはそれがどうしても我慢ならなかったのだ。


 あるいは本家当主は、そういったカルミノの暗い憎悪を利用するつもりだったのかもしれない。

 しかし、仮に本家の狙いがそうだとしても、カルミノは喜んで本家の策に乗っただろう。

 それほど彼は”新家”アレサンドロを――いや、ジェルマン個人を憎んでいた。


(あのクソ生意気な小僧を許してはおけん!)


 アロルド辺境伯の城を攻めた時の事である。

 完全に取り囲みながらも意外な粘りを見せる敵に対し、彼らは思わぬ足止めを強いられていた。

 カルミノは、ここは一度仕切り直しと、部隊を後方に下げて再編成に乗り出した。

 彼がほんの数日前線を空けたその間に、なんとジェルマンは自分の手勢だけで電撃的に攻め込み、城を落としてしまったのだ。


 本来であれば、手ごわい城を落としたジェルマンを褒めるべき所だ。だが、ジェルマンを見下しているカルミノはそうは思わなかった。

 突然、裏切って手柄を独占した。自分の軍をダシに使った。そう思ったのである。

 カルミノは激怒したが、ジェルマンは素知らぬ顔で受け流した。

 そうしろという命令をしたわけでもないのに、勝手に兵を下げて再編成したお前が悪い。

 そう言って火に油を注いだ。


 今回、カルミノが別動隊として行動しているのも、ジェルマンの指揮下でいる事に耐えられなくなったからである。

 カルミノは自分達の子飼いの部下を纏めて、別動隊として動く事を宣言した。

 ジェルマンはどう思っただろうか?

 不快に思ったに違いないが、少なくとも表面上は気にした素振りも見せずに、「好きにするがいい」と彼らの自由を許した。


 そんな経緯もあり、カルミノとジェルマンの亀裂は決定的となっていた。互いに協力するというのは、もはやあり得ない。

 少なくともカルミノの方にはその気は全く無かった。


 そういった理由で、カルミノの方針は決まった。

 全軍をもってイサロ王子の軍を叩く。王子の首を取るなり捕虜にするなりした上で反転。ジェルマンと戦っている敵主力の背後を突き、総大将を討つ。

 今度はジェルマンの軍を利用して、自分達が手柄を独り占めする番だ。

 カルミノは自分の策に己惚れ、暗い愉悦に浸っていた。


 そんなカルミノの目論見は、開戦早々に外れる事になる。


 イサロ王子の軍はまともに戦おうとしないのだ。

 こちらが前に出ると、戦いもせずにすぐに後ろに逃げてしまう。

 そうなればこちらも追わなければならない。とはいえ、一度敷いた陣を再編して、行軍出来るようにするには時間がかかる。

 大軍であるがゆえのもどかしさである。


 こうしてイライラとストレスの溜まる追いかけっこが続いた。


 敵が足を止めて戦いに転じたのは数日後の事である。

 やっとまともな戦いになる。

 ようやく訪れた好機にカルミノは戦意を高まらせた。

 しかし、丘に陣を敷いた敵は意外な粘り強さを見せた。

 あと一押し。明日には敵陣は崩れるのは間違いない。

 そう思わせる戦いが続き、既に十日を過ぎていた。


 敵は弱卒揃いではなかったのか?


 カルミノは思うに任せない戦いに、内心で焦りを覚えていた。


 ここまで聞けば分かるかもしれないが、実はカルミノは攻城戦を苦手としている。

 野戦は得意だが、陣地に立てこもって守勢に回った敵を崩すのを不得手としているのだ。

 総大将のジェルマンは、前哨戦となるコルターツィ砦の戦いでいち早くそれを見抜き、カルミノを外す方向でアロルド城を攻めたのである。



「”ハマス”様。いかがいたしますか?」

「・・・軍を後方へ下げる。物資の確保が最優先だ」

「はっ!」


 これ以上、物資をすりつぶすような戦いは出来ない。

 それに連日の戦いで負傷兵も多い。

 ずるずると引きずられるように戦いを続けていたが、ここらで兵にも休みを入れた方がいいだろう。


(イサロ王子。なんとも命冥加なヤツよ)


 こうしてカルミノ軍の本隊は一度包囲網から外れて街道の西まで下がった。

 イサロ王子軍の包囲まで解かれた訳ではないが、その包囲網は明らかに前日までより手薄になっていた。


 そしてその日の深夜。

 手薄になった包囲網を、夜陰に乗じて百名にも満たない小集団が突破した。

 見張りの兵士達は慌てて彼らの後を追ったが、騎馬と徒歩、そして彼らの担ぐ駕籠(かご)という奇妙な小集団は、まるで風のように丘を駆け上がり、何者の追従をも許さなかった。


 言うまでもなくこの小集団とは、ルベリオ達とクロ子率いる亜人達の事である。


 こうして翌日からイサロ王子軍の逆襲が始まるのだ。

次回「メス豚、イケメン王子と再会する」

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