その149 メス豚、解放感を味わう
「ボソッ(あれは輜重部隊か)」
「何か気が付いたんですか? クロコパトラ女王」
戦場を見下ろす山の上で休憩中――じゃなかった、様子を窺う私とショタ坊。
私の呟きにショタ坊が反応した。
「なに。後方に荷車の列が見えると思うての」
「ああ、確かに。物資の集積所から前線まで運搬して来たんでしょうね」
そう。敵の布陣のはるか後方。街道を外れた場所に荷車の列が停まっている。
どうやら敵はあの場所に、運んで来た荷物を積み上げるつもりのようだ。
空になった荷車には、代わりに負傷兵が乗せられている。安全な後方に運んでから治療をするのだろう。
なる程、あの荷車は敵の集積所を目指すのか。
「・・・ふむ。ここはセオリー通りにいくのもありかの」
「”せおりい”ですか?」
そういう事。
私は思い付いた作戦をショタ坊に相談してみた。
「なる程。敵の集積所を襲うんですね」
敵は王子軍を全軍丘に押し込んでいる状況に警戒心が緩みきっているのか、大した護衛も付けずに無造作に物資の運搬をしている。
まさかこんな所に別動隊がいるとは想像していないのだ。
そんな彼らの後を尾行するのは、さほど難しい事ではないだろう。
問題はたどり着いた集積所に、十分な数の守備隊が残されていた場合だ。
我々の人数は百人にも満たない。
敵の戦力次第では襲撃を見送らなければならないだろう。
しかも、襲撃に成功しようが失敗しようが、一旦行動を始めてしまえば王子軍との合流は明日以降になってしまう。
このまま夜を待って王子軍と合流するか、可能性に賭けて敵の物資集積所を叩きに行くか。
安全策で行くか、賭けに出るか。
選択肢は二つに一つ。
決めるなら早く決める必要がある。
荷車隊にはどんどんケガ人が乗せられている。今にも出発しそうである。
ショタ坊はしばらく悩んでいたが、一つ頷いて顔を上げた。
「・・・みなさん。今の作業を中止して集まって下さい」
どうやらショタ坊の心は襲撃に決まったようだ。
ショタ坊は敵軍の集積所に向かう事を決めた。
「亜人のみなさんの足が速かったおかげで、予想していたよりも早く到着する事が出来ましたしね」
小隊の面々は鼻高々である。お世辞だっての。本当チョロイなお前ら。
「クロコパトラ女王も、それでよろしいでしょうか?」
私? 私もショタ坊の決定に賛成だ。
大軍を相手にする際に、敵の糧道を断つのはセオリーだ。
曹操vs袁紹の官渡の戦い然り。曹操vs孫権・劉備連合の赤壁の戦い然り。
大軍の弱点は莫大な維持コストなのである。
「あの、女王?」
「――良かろう」
ホッとするショタ坊。
ん? ああ、これはあれか。私が協力の条件に「そちらの指揮下には入らない」と約束させたからか。
私が契約を笠に着てゴネるんじゃないかと警戒していたのか。
いやいや、私達をすりつぶすようなムチャな作戦でなければ従うっての。
「ラリエール様、お待ちを。まだ水場を探しに行っている者達が戻っていません」
「そうでした。では、彼らが戻り次第、出発出来るように準備を整えておいて下さい」
幸い、話している最中に彼らは戻って来た。
ショタ坊達と私達は慌ただしく出発の準備を整えた。
道も無い山の中では、馬を走らせる事は出来ない。
それにショタ坊達は山歩きに慣れていない。
街道を行く荷車の足は遅かったが、ショタ坊達は付いて行くのに苦労していた。
私達? 私達は余裕ですよ。
「ハイポートに比べれば楽勝だな」
「ああ、ハイポートならこうはいかない」
お前らホントにハイポートを引き合いに出すのが好きだなっ!
本当はハイポートが大好きなんじゃね?!
隊員達の冗談(?)はさておき、我々クロコパトラ小隊は余裕をもって敵を尾行していた。
山には木や丈の高い草が生い茂り、彼らから我々の姿を隠している。
「俺達の姿が敵から隠れるのは助かるが、こっちからも向こうが見え辛いったらないな」
ブツブツと文句を言っているのは第一分隊隊長のカルネである。
確かに、彼の言う通り、このままだと見失ってしまいそうだ。
念のため、時々、副官のウンタが先行して敵荷車隊の確認を行っている。
「ウンタ。何人かで先行してくれない?」
「それより人間達を置いて俺達だけで先に行った方が良くないか?」
なる程。そっちの方がいいかもな。
私は後方のショタ坊に確認を取った。
「――ここで荷車隊を見失う訳にはいきません。女王の判断にお任せします」
よし。言質は取った。
「では我々は先行させてもらおうかの。カルネ」
「おう。分かったぜ」
私の指示で駕籠はペースアップ。みるみるうちにショタ坊達を後方に引き離していった。
「ハイポートに比べれば」
「ああ、ハイポートだったらこうは」
「ハイポートは」
だからそれはもうええっちゅーねん。
耳タコだっちゅーねん。
私は苦労して首を捻ると、ショタ坊達の姿が見えなくなった事を確認した。
もう見えないよね? 大丈夫だよね? 絶対に見てないよね?
いよっしゃー!
バリッ!
とうっ!
「あっ! おい、クロコパトラ女王! 何やってんだ?!」
クロコパトラの背中が割れると可愛い子豚ちゃんが登場。
おおっ! この風、日の光! この解放感よ!
『いいじゃない。どうせ人間達はずっと後ろなんだし』
「そりゃまあそうだが・・・。もし、誰かに見付かっても知らねえからな」
その時はその時。野生の野豚のふりでもしますって。ブヒッ。
久方ぶりの大自然よ。山よ、私は帰って来た!
水母がクロ子美女ボディーを改造して居住性を上げてくれたとはいえ、基本的に全身肉襦袢なのは変わらないからな。
全裸にはかなわんのだよ。ブヒヒッ。
「全裸って、お前。まあ豚は服を着ないからな」
飼い犬に服を着せる飼い主はいるが、飼い豚に服を着せる飼い主はいるのかな? 知り合いに豚を飼ってた人はいないので知らんなあ。
まあ、私の場合は首にスカーフを巻いているがな。
裸スカーフとか、私って斬新だな!
何だかテンションアゲアゲの私。
自分で自分の感情がコントロール出来なくなっている。
今ならお箸が転がっても笑いが止まらなくなりそうである。いやいや、マジで。
おっ、前方に良さそうなヌタ場(※泥浴び場)を発見! といやっ!
「あっ! オイ、どこに行くんだ――って、お前! 泥だらけになってんじゃねえよ!」
ブヒーッ! ブヒーッ! ヒャッハーッ! 泥んこ遊びじゃあ!
たーのしーっ!
「そんなに汚れてどうするんだよ! もう戻れって!」
『冗談! 私の旅は始まったばかりだぜ! とうっ!』
「ちょっと待て! どこに行くんだよクロ子!」
オイラがどこに行くのかって?! そいつは風に聞いとくれ!
思わぬ解放感にちょっとおかしくなった私は、風の向くまま気の向くまま。みんなの迷惑も顧みないまま、ハイテンションで野山を駆け巡るのであった。
次回「メス豚、やり辛さを覚える」




