その147 メス豚と新たな魔法
ショタ坊村を出て一週間。
我々は戦場を見渡せる山の上に到着していた。
「まさか本当に走って馬に付いて来るなんて・・・」
ショタ坊が驚きの目で我々を見ている。
「(亜人は我々人間よりも健脚なのか?)」
「(そんな話は聞いた事がないぞ。女王の所のヤツらだけなんじゃないか?)」
ショタ坊の部下達が、何やら小声でひそひそと噂話をしている。
こちらに聞こえていないと思っているのだろうが、豚の聴覚を侮らないで頂こう。
全部バッチリ聞こえているのだよ。
どうやら彼らは我々の足の速さに恐れを抱いているようだ。
「(やはり角が原因じゃないのか?)」
おっと、中には鋭い指摘をする者もいるな。
そう。クロコパトラ小隊の足の速さには、魔法というトリックがあったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて。以前、何回かに渡って話をしたクロ子式新兵訓練。
あの時は圧縮の魔法の練習を始めた所で終わったと思うが、実は訓練の後に私の所に質問に来た新兵がいたのだ。
『私が使った魔法?』
「ああ。はいぽーと? だったか? あの時に、ずっと何か魔法を使っていただろ?」
はいぽーと? ああ、ハイハイ。ハイポートね。
私の魔法を尋ねて来たのは、一人だけウンタの使った魔法の発動を感じ取ったあの隊員だ。
名前はハリィ。私は心の中で密かに魔法使いハリィと呼んでいる。
どうやら彼はハイポートの時に、私が魔法を使ったのを感じ取っていたようだ。
私は彼の前で身体強化系の魔法、風の鎧を発動してみせた。
『ハイポートの時に使ってた魔法って、コレの事でしょ?』
「あっ! そう! これだ! なあ、なんであの時はずっとこの魔法を使っていたんだ?」
風の鎧は、かつて戦った巨大洞窟蛇から私がパクった――いやさ、ラーニングした魔法だ。
風を鎧のように身にまとって、自分の敏しょう性を上げるバフ系の魔法である。
分かり易く言えば、FFの『ヘイスト』、ドラクエの『ピオリム』のようなものだよ。全然分かり易くないって? サーセン。
私の覚えた魔法の中でも、特に使用頻度が高い便利魔法と言ってもいいだろう。
『――といった感じの魔法ね』
「そ、それって俺も覚える事が出来るかな?!」
鼻息も荒く前のめりになる魔法使いハリィ。
さあ? どうなんだろ?
私はブヒッと背中のピンククラゲ――水母に尋ねた。
『覚えるのはおそらく可能。しかし大変無謀。魔力不足』
水母はバッサリと切り捨てた。
風の鎧の魔法は、点火や圧縮の魔法と違い、発動させればそれで済むといったタイプの魔法ではない。
発動状態を維持し続けなければならないのだ。
魔法の発動自体は努力次第でどうにか出来ても、魔法を持続させるには常に魔力を消費し続けなければならない。
いくら角で魔力を底上げしているとはいえ、亜人の持つ魔力量では不可能だと水母は考えたようだ。
「それでも、使えるんだったら教えて欲しいんだ! なあ、頼む!」
ひょろりと触手を広げ、プルリと体を震わせるピンククラゲ。
どうやら「やれやれ」というジェスチャーのつもりらしい。
一体どこでこんな仕草を覚えて来るのよ。全く。
それはさておき。
『教えるだけなら別に構わないわよ』
「本当か?!」
教えて困る事もないからね。魔法の練習にもなるだろうし。
水母は腕を組むように触手を絡めると、ゆっくりと左右に揺れた。
今度は、「甘い事だ」とでも言いたいらしい。
私は体を傾けた。
不意を突かれたピンククラゲは、私の背中からスルリと滑り落ちた。
ベチョッ。
床に落ちた水母は、濡れた雑巾が床に落ちたような音を立てた。
『濡れた雑巾が床に落ちたような音を立てたわね』
『雑巾? 否定。私の固有名称は水母』
ピンク雑巾は触手を振り上げて私に抗議した。
こうして私は、魔法使いハリィに風の鎧の魔法を教える事になった。
彼は一生懸命頑張っていたが、結局、魔法を発動させる事は出来なかった。
「手ごたえはあるんだけど・・・」
『まあ頑張りなさい』
元々は巨大洞窟蛇が使っていた魔法だ。
見た目と違って原理自体はそう難しいものではない。
何度も繰り返していれば、そのうちヒョッコリ出来るようになるんじゃないかな?
翌日聞いた話だが、あの後割とすぐに成功させたんだそうだ。やはり彼には魔法の才能があったんだな。
私? 私はナチュラルボーンマスター・クロ子だから。
生まれついての魔法の天才だから。
風の鎧だって、覚えたその日のうちに使いこなしましたが何か?
「使えたのはいいけど、ちょっと使っただけで、すぐに魔力が切れて気分が悪くなったよ」
どうやら、最初に水母が言った通り、亜人達では魔法を維持するための魔力が、根本的に足りていないようだ。
お気の毒様。
といった訳で、私はこの話はこれで終わったものだとばかり思っていた。
しかし、ハリィは諦めていなかったのだ。
新兵達の魔法の練習が開始されたとはいえ、一日中そればかりをやっていた訳ではない。
というか、やろうと思っても彼らでは魔力がもたない。
私は練習の合間合間に従来通りの筋トレを挟んでいた。
『お前達! 今日は外に出て直進行軍だ!』
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
『歩調ー! 数え!』
「いち、いち、いちにい! いち、いち、いちにい!」
数日前のハイポートの悪夢再び。
やがて全員が脱落――いや、一人だけ死にそうな顔をしながらも、私に付いて来ている新兵がいた。
例の魔法使いハリィだ。
私が意外に思いながら見守っていると、ふと魔法の発動を感じた。
これは!
『ストップ! 全軍休憩! ちょっとハリィ、あんた今魔法を使ったわね?!』
そう。ハリィは不完全で不格好ながら風の鎧の魔法を使っていたのだ。
つい先日、私に風の鎧の魔法を聞きに来た新兵、魔法使いハリィ。
ハイポートの訓練の中、彼は確かに不完全ながらその魔法を使って見せた。
一人だけ私について来ていた事からも、彼がこのハイポート最中に時々魔法を使っていたのは間違いない。
実際、今もぶっ倒れている新兵達の中で、唯一彼だけがもう回復して立ち上がっている。
しかし、それにしては疑問が残る。
亜人の持つ魔力程度では、風の鎧を発動、維持出来るはずがないのである。
「その通りですサー! ええと、クロ子から教えてもらった魔法だと、魔力の消耗が激しくて使えなかったんですサー! だから自分なりに必要な部分だけ使う事にしたんですサー!」
『必要な部分?』
彼の語尾はサーサーうるさいので、こっちで簡単にまとめようか。
お前がサーサー言わせたんだろうって? まあそうなんだがな。
ハリィは風の鎧を覚えたものの、彼の魔力量ではほんの数秒しか魔法を維持出来なかった。
当然、そんな魔法に実用性はない。
そもそもなぜ彼は風の鎧の魔法を覚えたいと思ったのか?
新兵の中でも体力に自信の無い彼は、以前のハイポートの訓練中、死ぬような思いをしたんだそうだ。
もうあんな苦しい目に会うのはゴメンだ。
ハリィは、自分達と同じ距離を走っても、まるで平気な顔をしている私の秘密を知りたい、と強く思った。
私の説明によると、それは風の鎧の魔法というらしい。
ハリィは二度とあんな辛い思いをしたくないという一心で、見事、魔法を発動させる事に成功したのだった。
しかし、残念ながら風の鎧の魔法を維持するには、彼の魔力は少なすぎた。
そこで彼は考えた。
全身に風を纏わせるからいけないのではないだろうか?
自分の目的はハイポートで苦しまないようにする事だ。だったら魔法の範囲を絞って、それこそ足だけに風を纏わせればいいんじゃないだろうか?
こうして彼は寝る間も惜しんで苦労を重ね、足だけに風の鎧を纏わせる事に成功したのだった。
『なる程。それでも走っている最中にずっとというのは無理だったから、時々足だけ風の鎧を発動させて楽をしていたと?』
「サー! そうですサー!」
いや、サーサーうるさいっての。
てか、楽をするためにそこまで努力をするか?
呆れた・・・あ、いや、やっぱり大したもんだな。
楽をするために魔法を覚えたばかりか、その魔法を自分に合うように魔改造したんだからな。
うん。やっぱりスゴイわ。中々出来ることじゃないわ。”魔法使い”の二つ名は伊達じゃないわ。私が心の中で言ってるだけだけど。
というか、そこまで前回のハイポートはキツかったのか。
ここでようやく声が出せるまでに回復した新兵達が、ハリィに詰め寄った。
「ゼエ、ゼエ。お、おい、俺達にもその魔法を教えてくれよ」
「ハア、ハア。頼む。この通りだ。というか、教えないと・・・殺す」
殺すとか物騒だな!
どうやらそれ程彼らは本気と書いてマジらしい。
『あっ。良ければ私にも教えてくれない? 一応知っておきたいし』
「サー! イエッサー!」
有効そうなら今後は私も使っちゃおうかな。
次回「メス豚、戦場を観察する」




